すてきな宇宙船常春号2 ~ おしゃべりな植物採集 ~

◎◎◎(サンジュウマル)

第1章★干渉してはダメな星

『ピポッ』

 合成音が聞こえて、短い微睡みから目が覚めました。なにか怖い夢を見たような気がしますが、よく覚えていません。マスターたちが刑務所に入れられたり、巨大な恐竜に追いかけ回される夢かもしれませんね。……現実のことですけれどね!

 枕元に、この宇宙船常春号そっくりの形をした二段重ねの小さな雪だるまが立っています。手足はありません。白い球体ボディの下半分に施された塗装は紅葉。識別ネームは『秋だるま』。春夏秋冬四体ある、船内管理コンピュータ『ピポ』の手足であるロボットです。

目的星もくてきちが見えてきたのですか?」

 秋だるまはふたたび合成音で鳴きながら、丸い両目を肯定の青に輝かせました。


 到着したのは、草原のまっただ中でした。

 遠くに、蟻塚のように穴だらけの岩山が見られます。この星の人々の家ですね。

「マズったのね、人類居住地域が近すぎるのよ」

 と、腕組みして困ったように呟いたのは毎度おなじみ流浪の駄犬シロこと、青いツナギの資材管理担当犬、ユキヤナギ三世でした。

「突風に流されちゃいましたからねぇ」

 我らが常春号は、草原のくぼみに寂しそうにナナメに乗っかっています。

 宇宙船というものは意外と自然災害に弱くて、嵐や雷などでもダメージをうけるのです。衝撃に強い雪だるま型とはいえ、着地の時に竜巻に巻き込まれたというのに墜落しなかったのは、愛らしいわたくしの日頃の行いの良さゆえでしょう。

 ましてや今はキャプテンと副キャプテンがいないので、操縦がすべてコンピュータによる自動制御なのです。キャプテン・モリもレディ・ハナも巧みな操縦だったとは言い難いですし、ピポは有能ですが、それでも、完全に自動操縦任せでは、この多種多様な宇宙での臨機応変さやインプットされていない状況下でのとっさの判断力には少し欠けます。

 有能なパイロットがいれば少なからず楽になるでしょうに。


 今回採取する目的は「喋る花」だそう。刑務所に放り込まれる前のマスターたちが学会を通じて根気強く打診していたという申請がやっと通り、着陸の許可が下りたのだそうです。

 ――きっかけが単なる交通事故とはいえ町一つ半壊させたマスターたちなのに、よくぞまぁ許可が取り消されなかったですよねぇ。さすがお役所仕事。変化や余計な仕事を嫌うだけのことがあります。

 ここは保護地区。惑星ストーンエイジ。

 地球でいえば石の矢尻や土器を使っていたぐらいの文明レベルの、原始時代です。

 宇宙連合の『おのおのの文化の、健やかな成長と個性を見守る』という御題目キレイゴトのもと、現地の人々への接触や交流はかたく禁じられています。

 まあ、俗に言う「プロメテウスるの禁止令」というヤツですね。

 未開の種族に、天界の火を与えたり、コーラの瓶を与えたり、モノリスやタイムマシーンや超能力覚醒ヘッドバンドジャルンなどを与えたりすると、ロクな展開にはならないよっていう……。

「ああ、こいつか? こいつはこう」

 無駄に渋い美声とともに、大豆が鉄板に巻き散らかされたような、軽やかなタララララララララララという銃声が響きました。

「……って、もしもしっ!?」

 とっさに取り出したハンマーのヘッドをカギ爪状態にして、ニート白クマの首根っこの毛皮を引っかけ寄せます。なにをなさってやがるんですか、このおっさんテディベアは!

 片腕にはいつもの昼寝枕。もう片手に強化改造したマシンガンを持った彼の周囲には、よく日に焼けた裸体に鹿を思わせる毛皮を巻いた、明るい黄緑色の髪の地元の子供たちが、キャッキャキャッキャと大喜びしていて。遠くでは原始鳥かロック鳥かといった巨大な怪鳥が弾を喰らって地響きをたてて墜落していくところでした。

「プロメテウスったぁあああああああ!」

 わたくしと白ブチ犬の悲鳴が、草原と岩山にむなしく木霊しました。


     ◆ ◆ ◆


 倒れ落ちてもなお見上げるほど大きな怪鳥のくちばしの中からは、浅黒い肌の子供がひとり転がり出てきました。……もしかして、食べられかけてました?

 無事だったようで、すぐに明るい笑顔を浮かべて跳び起きます。

 よく分からない現地の言葉で囀りながら、鳥のヨダレまみれも気にせずにほかの半裸の子供たちにたちまち混じって仔犬のように元気に草原を走り回りはじめました。かなり頑丈な種族ですねぇ。おでこが前に張っていて目がギョロリと大きくて可愛らしく、クロマニョンや北京原人やサウスパークをイメージさせる系の素朴な顔立ちです。

 北極星熊族ポーラグマーアカザの蛮行の理由は分かりましたが、これはいけません。

 もしも宇連うちゅうれんごうにバレてしまったら、この星への着陸資格を永久に剥奪されたり、これから行ける星域が狭まったりするでしょう。

「そんなに気にしなくたって、こいつらが真似できる技術じゃねえよ」

 アカザはうそぶきながら、弾丸を叩き込んで墜落とした怪鳥を大ぶりのサバイバルナイフでサバきはじめます。……え。食べるつもりなのでしょうか。この合成食糧が全盛の時代に? ドン引きです。

 その手元を興味津々に見つめていた現地の子たちは、人懐っこい笑顔で手伝いはじめました。

 顔に星形のアザがある子供が特に熱心に、まるで弟子のように白クマに教わっていますね。最初はつたない動作で自分の黒曜石らしきナイフを使っていたのですが、アカザがマクラから取り出した小さめのナイフを渡すと、やたら器用に手つきをコピーしはじめます。学習能力が高そうな種族ですね。あああ、もうっ。そんなに深く交流してどうしようというのでしょう。

「すでに真似してるじゃないですか!」

 わたくしが叱ると、白クマはニヤリと笑いました。

「気にしすぎだぜお嬢ちゃん。銃の撃ち方を覚えたとしても、銃の作り方まで分かるわけじゃねえしな」

「そういう問題じゃありませんってば。この星の原住民には干渉することが禁止されているんです!」

 そもそも、銃の撃ち方を教えてしまうのだって、環境保護的には問題です。

 ここは、さっさとマスターからの指令を片づけ、ちゃっちゃと離脱するべきでしょう。宇連への報告書は「嘘ではないけれど、正確でもない」ギリギリの路線で誤魔化すしかないですね。

 ああ、でも予定通りの空港に着地していないことはすぐにバレますね。火山に偽装して現地人を遠ざけている無人空港だそうですが、コンピューターがきちんと管理しているはずです。……うう、難しい。

「どちらかというと、彼らに狩られる側の毛皮の塊のくせにっ、厄介なことをっ」

 皮を剥がれてマントやラグマットにされても、助けませんよ?

 ギリギリと歯ぎしりをする高性能なわたくしの視線を受け流して、ふかふかした厚い毛並みな白クマのアカザは手際よく鳥を肉に分解し終わり、ゴツゴツした大ぶりのナイフの血をぬぐってくるりと回すと、昼寝枕の中へ仕舞いました。このマクラは三次元ポケットになっているとクルーたちが噂していましたっけ。

 作業を終わらせたアカザは、ユキヤナギ三世の手元にあるプリントアウトした紙に視線を落としました。

「んで? 今回は“喋る花”ってやつか」

 三世はうなずきます。

「この星が閉鎖される前に、初期の探検隊が見つけたのね。人間ほども大きな花の群生体があって、丸い蕾の先端から話しかけてきたそうなのよ」

 そういえば。不思議の国のアリスに、そんな花が出てきませんでしたっけ? 顔が付いた、口の悪い花が。あるいは星の王子さまに出てくる、高慢ちきで生意気で意地っ張りで可哀想な薔薇でしょうか。

 わたくしはあごに指先をあてて首をかしげました。

「フクロウの“誰?フー”や“仏法僧ブッポウソウ”ってやつですか? それとも、“意味はわからないけれど、言語のようだった”タイプでしょうか」

 前者ならば、馴染んだ単語に脳が引き寄せる空耳現象ですし、後者ならば、風が吹き抜ける音や、果実が発酵する時のガスがぷつぷつ弾ける音などを、会話のように聞き誤った可能性があります。

 わたくしは言語学者ではありませんが、翻訳ソフトはインストールされています。

 鳥肉の巨大な分け前を頭にのっけて幸せそうに持ち帰っていく現地の人びとは、宇宙連合で使われている七種類のメイン言葉とはまったく違った、小鳥の囀りか笛のオモチャのような独特の言語系統で、きゃわきゃわと楽しそうに賑やかに騒いで戻って行きます。

 ぎょろりとした大きな目と、メロンとレモンをグラデーションにしたような綺麗な黄緑色の髪のせいもあって、小鳥のメジロの群れを思わせます。

 初期の探検隊とやらがどこの国が母胎だったのかは知りませんが、どう考えてもこの星の生物と会話が成立することはありませんでしょう。

 ブチの白犬は資料を指さしました。

「フツーに会話できたそうなのね」

「そんな馬鹿な!」

「データとして採取した言葉は……『眠いなぁ』『暗くて狭い』『こんなところに来なければ良かった』。探検隊が『あなたは話せるのですか?』と、訊ねたところ『うるさい、あっち行け。静かに寝かせろ』と、返事が来たそうなのよ」

「……それ、会話じゃないです」

 それにしても、性格が悪くて愚痴っぽい花ですね。

「探検隊は小さな蕾や若芽をいくつか掘って持ち帰ったものの、そちらは喋らないまま枯れちゃったそうよ。巨大な蕾ほどよく話しかけてきたらしいから、もったいないことしたのね。隊員が何人か行方不明になったこともあって、標本どころじゃなかったそうなのよ」

「初期の探検隊といえば、燃料の質の悪さもあって、積める荷物の重量には厳しい制限がかかっておりましたものねぇ」

 人員が減ったぶんだけ物を置けたでしょうが、食料や燃料が優先でしょうし。

 宇宙開拓時代初期の医療輸送船が、兄に会いに行くために密航した少女を船外に放り出すことになった悲劇はたいへん有名です。

 さて。ならば我々はなるべく大きな花を採取するべきでしょうね。

 それが本当の事であれ、大げさなホラや聞き違えや誤解であれ、自分自身で確認することは重要なのだとマスターたちから口を酸っぱくして言われています。

「ほかに、探検隊たちによる記録はありませんか? どういった場所に生えていたとか」

「水辺だったようなのね」

 紙を眺めるアカザが、ユキヤナギ三世の言葉に補足を加えます。

「ふん。目撃された群生はどれも川辺か湖のほとりか……。上空から見えていた川のあたりにでも行ってみるか?」

「ほほう、川辺か湖ですか」

 水辺に生えていた花というからにはナルキッソスな水仙でしょうか。それともハス系なのか、あるいは、いずれがアヤメかカキツバタ系なのか……。

「ああ、それから――」

 読み進めていたアカザは、理解できないとでもいうように肩をすくめます。

「“旨そうな匂いがした”らしい」

 わたくしは眉を寄せました。

「美味しそう……とは?」

「玉ネギをバターで炒めたような匂いだろうかの。いや、カレーも捨てがたいのう」

 と、いきなり横から口を挟むライヨン族のタン=ポポ。

 プロのコックなのにやたら俗っぽいセレクトですねぇ。

「カレーよりもバターよりもサラダ油よりもゴマ油よりも、オリーブオイルが好きにゃ」

「にゃ」「にゃ」

 と、今日は三匹に分かれている電子ネズミのチューズ(複数形)。都市伝説的に彼らの種族は、行灯あんどんの油をペロペロと舐めるそうです。……古代の照明あんどんなんて物は、わたくしの豊富な知識には入っていますが、工場で生まれてこのかた実物なんて一度も見たことが無いし、……そもそもそれって、地球的には化け猫の行動なハズなのですけれどねぇ。

 何かが間違って伝わっている感がひしひしとします。

「うんにゃ。炙ったチョコレートに勝るほど美味しそうなものはないのね」

 異議を唱えたのは、甘党のわんこ族、ユキヤナギ三世。

「炙るならば牛のモモだろ。常識的に考えて」

 炙り肉に合わせたウィスキーがどーのこーの語りはじめる白クマのアカザ。白クマの常識ならば生肉なのじゃないでしょうか。

 わたくしは小首をかしげました。

 その「美味しそう」って、どのようなデータから来る感情なのでしょうね。わたくしの生体部分と知識の一部分には、はるか過去に実在した人間のコピーが使われていますが、さすがに、生身に結びついた情緒までは思い起こすことはできません。

 ウエストポーチから壜を取り出して、アンドロイド用の固形燃料アンブロシアをひとつぶ食べました。でこぼこしたカラフルな見かけは金平糖にとてもよく似ていて、わずかな毒素や香料でも感知できるわたくしの敏感な舌の部分に甘みが広がります。ブドウ糖が含まれているせいでしょうかね。匂いはブランデーに数値が近いです。

 そしてラムネ瓶そっくりの器に入った維持剤ネクタルは機械オイルと漢方薬を混ぜたような香りがします。どちらもわたくしたちアンドロイドにとっては、生命を維持し疲労を回復させて命をつなぐ大切な食べ物と飲み物ですが、この匂いを嗅いでも「美味しそう」だとまでは思いません。

 味覚や臭覚などはセンサーに拾われて細かい数字として感知されますが、得た匂いデータはただの情報なのです。

「まぁ、とりあえず。実物を採取してみればわかるでしょうか」

 と、わたくしは結論づけました。一般的に想像するに、花の蜜とか果実の匂いでしょうか。

「女の香水の匂いも“旨そう”ではあるな」

 アカザが色気のある台詞でニヤリと笑いましたが、白クマの発言では文字通りの肉食の意味にもとれて別の意味で怖いんですけれど……。

 そういえば。『物言う花』といえば美女の異称でしたっけ。


「そろそろ出発いたしましょうか。ただ、これ以上は現地の人たちに関わりたくありませんので、集落はなるべく避けて歩きたいです。

 どのようなルートにいたしましょうか」

 今さら悪足掻きかもしれませんが。

 こちらを興味深そうに囲んでいたり、常春号の白い表面に、ぺたぺたと楽しそうに手形や指紋を付けて遊んでいるメジロ髪の原住民たちのことは見なかったことにします。……ここの人たちってアホウドリのように好奇心が強すぎますねぇ。これが『文明に毒されていない』ってことなのでしょうか。警戒心の薄さが素朴すぎます。もしもわたくしたちが悪人だったら、大変な目に遭っていたところですよ?

 三世が多機能デバイスをポケットから取り出してアピールしてきましたが、

「もう、三世のナビアプリは信用しませんからね」

 なるべく冷たく言うと、垂れ耳をさらに垂らしてしょんぼりと落ち込みました。つい先日に別の星で、そのせいでどれほど苦労したと思っているのでしょうか。

「まあ、行き当たりばったりでいいじゃねぇか」

「正気ですか?」

 しれっと発言したアカザに、わたくしは溜息をつきました。いったいなにがこの昼寝マニアの引きこもり白クマの好奇心を刺激したのか分かりませんが、今回は珍しく付いてくる気まんまんですね。プロメテウスったくせに。

 こんなトラブルメーカーと一緒では、これからどんな事態に巻き込まれるか分かりません。わたくしはブチ付きの白犬に笑顔を向けました。

「……三世。ニートを拘束してください」

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