第24話 切れ者
「諸君、ついに時は来た!」
多くの天幕が張られた前線基地に降り立ったエステバル国王グスタホは、行列を成して敬礼する兵士たちの間を颯爽と歩き抜けると、その先で待ち迎えるダビドと掲げた右腕を軽く交差させて振り返った。
「我らエステバルこそ世界を波乱に導く元凶と、長年ベアダは各国に吹聴してきた。確かに我らは戦争が大好きな、どうしようもない戦闘一族である。それは今ここに集う、やる気満々な諸君らの顔を見て再認識した」
グスタホの話に兵士たちがどっと笑い声をあげた。
「しかし、我らには戦争よりも大事なものがある。それはこの世界を正しき方向へと導こうとする信念だ! 国が生き延びる度に、国民に負担をかけてはならない。国民が生きる為にこそ、国は全力を挙げて奉仕するのだ。それを履き違えて圧政を敷く連中から人々を救い出す、それこそが我らを戦場へと駆り立てる唯一の理由である!」
拳を強く握り締め、心臓のある左胸に叩きつけるグスタホ。
グスタホの演説に鼓舞された兵士たちもまた、各々の武器を空高く突き上げたり、大声をあげるなどして、己の矜持をベアダの地に示す。
「さぁ、勇敢なるエステバルの兵士たちよ、今こそ諸君らの日々の弛まぬ訓練の成果を、体中を駆け巡る熱い血潮をこのベアダの地にて存分に発揮するがよい。エステバルが波乱の元凶であると糾弾しつつも、これまで我らを討とうとはしなかった腰抜けな連中に、悪を討つ真なる信念を持つのならばたとえ両国に大きな障害があろうと乗り越えて正義を示すべきなのだと教えてやれ! そうだ、我らエステバルは遥かなる海を越えて今、ベアダを討つ為にやってきたのだ!」
これから始まる戦争を前に、兵士たちの士気を最高にまで高めたのを確信したグスタホは満足げな笑みを浮かべた。
そして兵士たちに混じってグスタホの演説を聴いていた頭領もまた、高揚感に浸りながら顔をニヤニヤと歪ませていた。
「お初にお目にかかります。『アガルトの夜明け』を率いておりますラモンと申します」
エステバル国王グスタホを前に、頭領は自ら名乗って頭を垂れた。
先の演説から半日は軽く経過している。
エステバルがベアダに侵攻出来たのは、言うまでもなく例の砦を落とした自分たちのおかげだ。にもかかわらず、謁見の前に軍議が先だとダビドに制され、控えの間でひたすら待たされた。
内心ではかなり苛立ってはいる。
が、そんな素振りは微塵も感じさせることなく、頭領は畏まってエステバルへの忠誠心を見せた。
「やぁ、今回の勲功第一な君をこんなに待たせてしまって申し訳なかったね。顔を上げてくれ。私がエステバル国王グスタホだ」
頭領の態度に満足したのだろう。グスタホは気分を良くした返事をして、頭領に頭をあげるように告げる。
「は、ありがたきお言葉。畏れ入ります」
「ははっ、何を言っている。畏れ入るのは私たちのほうだ。ダビから話は聞いている。この度の砦陥落、素晴らしい手腕であった。おかげで私たちもこうしてベアダへと侵攻することが出来たのだ。改めて礼を言う」
「滅相もございません。我らはただかつてエステバルと交わした約束を果たしたかっただけでございます」
「そうそう、その約束! あれをよくぞまだ覚えていてくれたと、手紙を受けた時は感動したものだよ。さすがは情に厚いと言われるアガルトの民だ」
なぁとグスタホは隣に立つダビドに同意を求めた。
ダビドはやや苦笑いしながらも「そうですな」と簡潔に答える。
ダビドには頭領の考えが分かっていた。
砦を落とした今、彼の頭の中にあるのはエステバルがちゃんと約束を守るかどうか、それだけだ。だから会話の中にわざわざ「約束」のことを取り上げて、こちらの反応を探っているのだろう。
分かりやすいが、抜け目ない。
ダビドにとって頭領とはそういう男であった。
「随分と時間が経ってしまいましたが、約束を無事果たせてほっとしております。ただ、我らの戦いはまだ終わっておりませぬ。むしろこれが始まりだと、さきほど陛下の演説を聞いて心が昂ぶっております」
「ほほう。それは心強いな。分かった、君たちが見事約束を果たした今、私たちも君らのアガルト復興を支援するというかつての取り決めを守ろう。これからもお互い協力して、ベアダの圧政に苦しむ人々を解放しようではないか」
「ははっ。『アガルトの夜明け』、微力ではございますが、陛下の信念に力を添えさせていただきます。――では、早速ではございますが、ひとつご提案させていただきたいことがございます」
ダビドは顔色ひとつ変えないものの、「やはり来たか」と心の中で身構えた。
「提案? なんだろうか?」
対してグスタホは興味を惹かれたように言葉を促す。
「我らアガルトの残党は今やベアダ全土に散らばっております。これらが集結すれば、きっと大きな戦力となるでしょう」
「うむ。期待しておる」
「ですが、その為には同朋が集まるべき旗印が必要となります」
「旗印? 王族の生き残りでもいるのかな?」
「残念ですが。しかし、我らにはまだアガルトの首都ガシュタルがある。ガシュタルをベアダの手から取り戻したとならば、各地から地下に潜った同朋たちが次々と集まってくることでしょう」
「……つまりガシュタルを奪還しよう、と?」
「その通りでございます」
深く頭を垂れる頭領。だが、その目は密かにグスタホの反応を伺うべく、懸命に上を向いていた。
もちろん、グスタホの表情などは見えない。
見えるのは下半身だけだ。
そのグスタホの足が半歩引き、隣のダビドに体の向きを変えたのが見えた。
「なるほど。なぁ、ダビ、彼の話を君はどう思う?」
「確かにアガルトの残党を集結させるには良い手かと」
「なれば!」
頭領が勢いよく頭をあげた。しかし、
「が、ガシュタルは戦略上においてあまり価値のない場所に位置しております。今、そちらに兵力を差し向けるほどの余裕は残念ながらありませぬ」
その出鼻をダビドが挫く。
「申し訳ないがラモン殿、エステバル軍を率いる者として、その提案を聞き入れるわけにはいきませんな」
「で、ですが!」
「ラモン殿、陛下は先ほどアガルトの復興に力を貸すと言われたが、それは決して貴公の野望に与するという意味ではないことを覚えておくがいい。我らエステバルは全ての人々を正しく公平な世界に導くという大義のみで動くのだ」
「……それはどういう意味ですかい?」
頭領の口調が、いつものそれに変わった。
教養のない人間はいくら取り繕っていても、痛い本心を突かれてはたちまちボロが出るものだ。
砦を落とし、エステバルの助力を得た頭領が狙うのは、かつてのアガルトの再興ではない。
自らが権力を握る、新たなるアガルトの建国である。
もしエステバル軍の力を借りてかつての首都ガシュタルを取り戻すことが出来れば、頭領はたちまちアガルト復興の英雄となる。
そして滅亡から十数年が経ち、それまで一度も生存している王族の話が出ていない状況下では、頭領ほど新たな国の王として君臨するに相応しい存在はいないであろう。
それが分かっているから、ダビドは頭領の提案を一蹴した。
砦を落としたと言っても、実際に大きな働きを果たしたのは、彼にイヌと呼ばれる青年と、その青年に懐いているネコという名の少女だ。
頭領と『アガルトの夜明け』の連中は、青年たちがお膳立てしたところへ乗り込んだだけに過ぎない。
もちろん、彼らに作戦を授けたのは頭領ではあるが、仮にも人間である青年に『イヌ』などという畜生の名を与えるなど、その人格は唾棄すべき醜悪さに満ちていて、とても一国の王に相応しいとは思えなかった。
それにダビドはもはや『アガルトの夜明け』を戦力と考えていなかった。
何故なら彼らは切り札である青年を失ったからだ。
見張りが無力化された砦に『アガルトの夜明け』を名乗る盗賊団と共に駆けつけたダビドは、制圧後、砦二階の踊り場に血だらけで倒れている青年を見つけた。
その傍らで少女が必死に団員たちへ助けを求めていたが、誰一人として助ける者はいない。団員のひとりを捕まえて聞いたところによると、なんでも青年は砦を落とした瞬間から盗賊団を脱退しているのだと言う。
だから助ける義理はないとのたまう連中を、ダビドは殴り飛ばしたくなるのをぐっと我慢した。
形はどうであれ、『アガルトの夜明け』はエステバルとの約束通り、砦を落としたのだ。
ならばこちらも約束を果たせねばならない。それまでは丁重に扱う必要があった。
しかし、だからと言って砦陥落最大の貢献者である青年をそのまま見捨てるなど出来るはずもない。
ダビドは少女と協力して、青年を砦の部屋へと運んだ。
その時に右肩に受けた傷を見たが、ひどいものだった。仮に生き延びたとしてもおそらくもう二度と右腕は動かないだろう。
結局、青年が抜けるにしろ抜けないにしろ、もはや『アガルトの夜明け』の戦力は単なるならず者集団へと成り下がった。
そのことはもちろんグスタフにも報告している。
グスタフだって『アガルトの夜明け』なんて連中に何の期待もしていないはずだ。
が。
「まぁまぁダビ、『出来ない』の一言で済ませてはラモン殿の顔が立たないじゃないか」
そのグスタフが何故か頭領を擁護した。
「しかし、陛下。実際問題として」
「兵力が足りない、と言うのだろう? だが、それはガシュタルを落とせば解決できるじゃないか。ガシュタルを解放すれば、アガルトの生き残りが集まってくるのだから」
「それは……しかし、今はまず我が軍を追い返そうと集結しつつあるベアダの前線を叩かなければ、逆にこちらが不利となります」
「そうだね。で、そこでラモン殿に相談なんだが、このベアダの前線基地に襲撃をかけて欲しい」
「なっ!?」
グスタホの提案に、頭領が驚いた声をあげた。
「なーに、敵を追い返せとか無茶なことは言わないよ。ただ適度に夜襲をしかけて、混乱、消耗させてくれれば、それだけでいいんだ。それだけで私たちはぐっと仕事がやりやすくなるし、早々に敵を撃退出来れば、ガシュタル攻略に手を回すことができるかもしれない」
どうだろうか? と頭領に問いかけるグスタホに、ダビドは白々しくも恐ろしいものを感じた。
頭領が無理だと断われば、それはそれで別に構わない。
ガシュタルなんてエステバルからすればどうでもいいところに貴重な兵を派遣しないで済むだけだ。
そしてもし受け入れることがあれば、その時は『アガルトの夜明け』なんて連中と縁が切れる可能性がぐんと高まる。
青年を失った強盗団がベアダの正規兵にちょっかいを出して無事に済むはずなどあるわけがない。
「……分かりやした」
苦渋の表情を浮かべてしばし考えた後、しかし、頭領は答えを出した。
選んだのは地獄への道。
その先に光を見い出しての賭けであろうが、ダビドには愚かな選択にしか思えなかった。
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