第3話 イヌとネコ

「おい、面白いモノを見つけたぜ」


 盗賊団の襲撃はこの日も上手く行った。

 小さな村にしては充分すぎるほどの食料や金銭を手に入れ、日頃溜まっていた鬱憤を吐き出し、あとは早々に立ち去るだけ。

 だが、彼らの姿を照らし出す朝日が昇るにはまだ多少時間がある。故にちょっとしたお遊びを楽しもうと考える者がいた。


「なんだその奴隷の娘は?」


 面白いモノを見つけたと男が髪を掴んで引っ張ってきた、みすぼらしい格好をした奴隷の少女を仲間たちが訝しげな表情で見下ろす。

 成熟した女性ならまだしも、まだ年端もいかぬ、貧相な体つきの少女だ。見るからに奴隷の恰好をしており、穢れを知らぬ富豪の娘に初めてを無理矢理身体に刻み込む楽しみもない。

 まぁ中にはこれぐらいの年齢のを好むヤツもいることにはいるが、皆に「面白いモノ」として提供するには相応しくはないだろう。


 加えて奴隷の娘なんて、この荒んだ世の中には掃いて捨てるほどいる。価値なんて、そこらへんに転がっている石ころと同等、いや、むしろ石ころの方が「痛いよう、痛いよう、髪の毛ひっぱっちゃヤだよぅ」と文句を言わない分マシだった。


「うるせぇぞ。そんなの、とっとと殺しちまえ」


 仲間の一人の言葉に、他の連中も頷く。

 が、少女を連れてきた男はどこ吹く風とばかりに無視を決め込むと、村の入り口に佇む青年にむかって

「おい、イヌ。ちょっとこっちへ来い!」

 と大声をあげた。


 青年は相変わらず無表情のまま、呼びつけられた通りに歩み寄る。

 すると男は下卑た笑みを顔面に貼り付けて、例の少女を青年の足元に投げ捨ててきた。


「あいたたたたー。うー、ネコ、何もしてないのにヒドイよぅ」


 お尻を地面で強かに打ち、身体を横たわせながら、少女は恨めしそうに男を見上げて抗議する。


「……ネ、ネコ?」


 青年がピクンと体を反応させて、どもりながらぼそりと呟いた。

 男は少女の泣き言にはまるで聞く耳を持たなかったが、青年のたった一言には反応し、顔をいっそうひどく歪ませた。


「ああ、こいつ、ネコって名前なんだってよ。イヌのお前にはちょうどいいと思って、わざわざ連れてきてやったぜ」


 言われても、青年はすぐには意味が分からなかった。

 しかし、男の言葉の意味を察した周りがニヤニヤと表情を変えたのを見て、ああそういうことかと理解出来た。

 奴隷である青年は、強奪も、強姦も認められてはいない。

 ただし飼い主から与えられたのなら、話は別である。

 もっともそれは見世物以外の何物でもないのだけれど。


「……イヌ?」


 先ほどの青年同様、今度は少女が彼の名前を口にして振り向いた。

 青年の瞳に、金色の髪を持つ、驚いた表情を浮かべる少女が。

 少女の瞳に、銀色の髪をした、感情を失った青年の姿が映った。


「わぁ、あんた、イヌって名前なの? あたしはネコだよー!」


 少女の顔にぱぁと花が咲いた。

 そして何がそんなに面白いのか、イヌなんて名前の人がいるなんて思ってもいなかったぁと派手に笑い転げ、

「ネコは猫に似ているからネコって呼ばれるんだよー。イヌもやっぱり犬に似てるのー?」

 と問いかけてきた。


「…………」


 青年は答えなかった。

 代わりに


「おい、イヌ! どうした、早く教えてやれよ! 犬らしいやり方でよ!」


「オレたちがヤっているのをいつも見ているだろう? なーに、こいつに関しては人間も家畜もやることはそう変わりねぇさ」


 周りの男たちが答え、どっと笑い声が起きた。

 少女は何故笑いが起きているのか分からないらしく、あどけない笑顔に疑問符を交えて周りを見回す。

 対して青年は全てを知っていた。

 このまま何もしなければ、笑いはすぐに怒りとなって、自分も少女も酷く教育を施されてしまうことも。

 そしてそのあとに何が待ち構えているかも……。


 だから青年は、黙って自分のベルトに手をかける。

 この期に及んでも、少女はニコニコと笑っていた。

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