19 もう一度空で

 灰色の機体『アルマータ』は、その下半身を盛り上がった断層と断層の間に飲み込まれていた。まるで、地面から顔を出した巨大な怪物に食いちぎられたように。

 

 機体は腰回りの重装甲スカートアーマーから太腿にかけてを、ぐしゃぐしゃに潰され完全に機動力を奪われいる。そしてそれだけでなく、鋭い牙のように突きだした剣山にも似た断層に、機体の右腕と左腹部を貫かれ、液体燃料が赤い血液のようにこぼれ出していた。


 破損した機体の故障個所からからは火花のような放電現象が起き、剝き出しになった装甲の下に見える筋肉や血管にも似た機械類や配線が、崩壊現象の凄まじさを物語っている。そして、角ばった頭部のバイザー型のヘッドアイは――完全に沈黙していた。まるで、その役目を終えて、静かに眠りについてしまったかのように。


 そしてバイザーの下から流れる液体燃料のせいで、『アルマータ』は目を瞑ったまま泣いているように見えた。


『――ヤクトドラッヘじゃない? チャイカが、どうして?』

 

 緑の龍ヤクトドラッヘではなく――灰色の巨兵アルマータの姿に、僕は意味が分からないと呟いた。

 その光景に呆然としていると、通信が入る。


『スカイウォーカー、すまない。チャイカ機は、俺をかばって崩壊現象に飛び込んだんだ』

 

 レーダーで位置を確認すると、崩壊現象の起きた僕たちの頭上にリーダー機のビーコン反応があった。望遠の光学センサーで確認をすると、モニタにカメラ映像が拡大される。


『ヤクト・ドラッヘ』は、バーニアで姿勢制御を行いながら宇宙空間で待機をしていた。

 

 どうやら、彼はチャイカに助けられた後――崩壊現象に飲み込まれる前に『巨人』からの離脱を果たしていたらしい。


『スカイウォーカー、今から俺も巨人への再エンゲージを開始する――』

『いや、先に七班を連れて地球へ降下してくれ』

 

 僕は、彼の言葉を遮りながら急いで言った。


『しかし――』

『――僕たちなら、大丈夫だ。それよりも、今はギガント・マキアーの成功のほうが重要だ。すでに降下をはじめた他の班に続いて、地球低軌道での巨人迎撃準備を開始してくれ。一機でも多くのガンツァーが必要なはずだ?』

『それは、そうだが――もう巨人の爆破が始まるぞ』

『必ず、二人で地球に降りる。だから、僕を信頼してくれ。頼む』

 

 わずかな沈黙が合った後、スクリーンに投影されたウインドに少年の顔が映し出される。

 浅黒い肌に、人好きのする表情を浮かべた男の子だった。

 グラウンドでサッカーでもしていそうな、どこにでもいそうな快活な男の子。


『了解した。スバル、もう一度空で――必ず、帰ってこいよ』

『了解した。ジュアン、もう一度空で』

 

 そこで初めて、僕はリーダー機に乗る『マキア』の名前を呼んだ。

 ジュアンも、初めて僕の名前を呼んでくれた。

 

 僕たちはこの時、ようやく互いを認め合う戦闘機乗りに――ガンツァー・ヘッドになった。


 そして、互いに再会を誓って別れた。

 空で――と口にして。


 緑の竜にも似た『ヤクト・ドラッヘ』の背面、ランドセル状のバックパックから短い翼のように伸びるスラスターが火を噴く。そして、推進剤の燃える白色光を発しながら地球への軌道に消えて行く。


 再び空で会うことを誓った友人が――


 僕を信じて空へ帰って行った。

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