10 それが――これから、あなたが乗る『ガンツァー』と呼ばれる兵器

 地球の空に星が降るようになったのは――

 約二十年前。

 

 人類史上初となる、有人の恒星間宇宙船が天王星を通過した際のことだった。


 その瞬間、人類は人が踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れ――文字通り、『境界線』を越えてしまった。

 そして、人類存亡の悪夢が――幕を開けた。


 人が恒星間を移動するという世紀の宇宙探査計画――


『トロイア計画』。


 コールドスリープされた十五名の男女と、数匹の動物を乗せて打ち上げられたその恒星間探査宇宙船の名は――


『トロイ』。


 未知の宇宙に、広大なる外宇宙に、人類が居住できる新しい惑星を見つけ出すという壮大すぎる計画。何千、何万光年先の宇宙に人類という種子を芽吹かせる、途方もない夢。

 

 その人類の新しい夢は、宇宙空間に突如として現れた巨大な小惑星に――後に『ファースト・ギガント』を引き起こす巨人『ウラノス』によって宇宙の塵と化した。


「その小惑星――第一巨人『ウラノス』は、突如として宇宙空間に出現した。おそらく、『ワームホール』や『ワープ』と呼ばれる現象――私たちが便宜上『転移』と呼んでいる未知の方法や航法で、別の宇宙から、私たちの宇宙へと移動し、宇宙船『トロイ』を飲み込んだ」


 僕は、戦闘機乗り――『ガンツァー・ヘッド』になる際に聞かされた二十年前の悲劇『ファースト・ギガント』の説明を思い出していた。

 

 ミクリ・ミカサによって語られたその悪夢は、人類を滅亡寸前まで追いやったその悲劇は――あまりにも突然で、あまりにも悲惨で、あまりにも理不尽だった。


「出現した『ウラノス』は、その後、真っ直ぐに地球に向けて進路を取った。そして、月から地球への軌道を通過して南極に落下。その小惑星であり、隕石――黒い岩の塊は人の形をしていて、まるで『巨人ギガント』が空から落ちてくるようだった。だから、私たちはそれを『巨人』と呼称したの。もちろん、人類は持てる力を注いでそれを阻止しようとしたけれど、それらの全ては無駄に終わった。人類の兵器のほとんどは、その『巨人』にはまるで通用しなかった。まるでね」


 巨大すぎる人型の隕石が空から降り注ぐ光景は、恐怖以外の何ものでもなかったと思う。

 

 僕が初めて迎撃に参加した第十一巨人『パラス』は、人の形でこそなかったが――それでも、その凄まじさと恐ろしさは筆舌に尽くしがたかった。

 

 まるで、空が黒い絶望を纏って落ちてきたみたいに。


「第一巨人『ウラノス』の落下後も、『巨人』の出現と落下は続いた。『財団』の調査結果によると、『巨人』の出現と落下は、人類とは別の『知的生命体』による一種の防衛装置――文明をもった生命体が、外宇宙に進出することを防ぐためのブービートラップではないかと予測された。その境界線が、天王星を越えるラインだったと言うわけね? ほんと、クソッタレな話だけど。もちろん、どこの誰が、いったいどんな目的で、こんな虐殺行為を行うのかは皆目分らないけれど、『巨人』を形成する元素が、この宇宙には存在しない『重珪素じゅうけいそ』――我々が『ギガニウム』と呼称する特殊な元素であることからも、『巨人』たちが遥か遠くの宇宙から移動をしてきているということだけは分る」

 

『重珪素』――『ギガニウム』。

 

 人類が観測できる宇宙には存在しない未知の元素。

 しかし、これが後に人類が『巨人』を迎撃するための切り札にもなった。

 

「南極に落下した『巨人』を調査したところ、重珪素『ギガニウム』には、時間と空間に干渉する性質があると分ったの。人類の兵器――特に大陸弾道弾などのミサイル類がまるで命中しなかった理由が、この性質によるもの。この元素の前では、計器やレーダー類のほとんどが役に立たない。そして、その後出現した第二巨人『ネフィリム』の落下をもって、南半球は完全に人の住めない不毛の地に――汚染された黒い海へと化した」


 計器やレーダー類を狂わせる未知の元素。

 時間と空間に干渉する『ギガニウム』。

 

 この性質により、『巨人』の迎撃は困難を極めた。

 核を搭載したミサイルを発射しても、その多くは『巨人』に命中することなく宇宙を彷徨さまようだけ。ミサイルを命中させるには、少なくとも目視で確認できる範囲――有視界での迎撃を行うしかなかった。


「さらに人類にとって致命的だったのが、地球の空を黒い雲が覆い尽くし、地軸の変化も相まって地球全体が永遠の冬に閉ざされたこと。環境の変化にはまだ対応できても、地球を覆う黒い雲は『重珪素』を含んだ『金属雲』でもあり、これにより衛星を介した通信は機能しなくなってしまった。宇宙空間で『巨人』を迎撃しようにも、空と陸とで通信を断絶されたんじゃ、大規模な部隊による作戦行動は難しく、それが『巨人』迎撃をより困難にした。まぁ通信に関しては、現在は遅延程度にまで障害を回復することができたけど、人類は文字通り――空を奪われた」

 

 重珪素『ギガニウム』を含んだ金属雲。

 計器やレーダーを無効化し、通信を遮断する黒い雲の壁。


『巨人』の襲来によって人類は空を奪われ――空に恐怖し、絶望した。

 二度と空を見上げて、空に手を伸ばそうなんて思わなくなるほどに。

 

『巨人』の襲来以降――人類は空を飛ぶことを、空の先に行くことを諦めてしまった。地下に籠り、下だけを向いて生きる日々が延々と続くようになった。

 

 だから、僕はもう一度人類に空を見上げてほしいと思った。

 もう一度空に手を伸ばし、その先に行くことを夢見てほしいと。

 

 だから、僕は戦闘機乗りに――

『ガンツァー・ヘッド』になった。

 

 人類が唯一巨人に対抗し、巨人を迎撃できる兵器。

 それが――


『ガンツァー』。


「だけど、人類だってただ下を向いて絶望していたわけじゃないのよ? 膨大な犠牲と被害の上に、なんとか『巨人』を迎撃するための対策を生みだした。その結果、私たち人類は、今日まで生き延びることができた。それが――これから、あなたが乗る『ガンツァー』と呼ばれる兵器」

 

 操縦席の中で――あの日、僕を初の迎撃作戦に送り出してくれたミクリ・ミカサの声が蘇る。

 

 これから、僕が搭乗して巨人迎撃に出る戦闘機――


『ガンツァー』の中で。


「これが、人類が生み出した『巨人』に対抗する唯一の切り札――人型迎撃戦闘機『ガンツァー』よ」


 あの日見た『ガンツァー』の姿は、今も僕の網膜に焼き付いている。

 

 黒い流線型のシルエット。

 側頭部から角のような二本のアンテナが伸びたシャープな頭部。

 その頭部の半分を覆うフェイスマスク。

 メインカメラと各種センサー機能を登載したデュアルアイ。


 黒の鎧を纏った騎士か武者のような――そんな人の形を模した全長十三メートルに及ぶ『巨人』が、そこには立ち尽くしていた。


 人が『巨人』に対抗するために開発した唯一の切り札。

 人が人を模して造った『巨人』。

 

 それが、僕の乗る人型迎撃戦闘機――

 


秋水しゅうすい

 

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