43話:王女の策謀

「否決……ですか……」


 期待値が大きかっただけにショウの落胆は大きい。位置取り的に顔色をうかがえないキサだったが、その落胆ぶりは声音から推し量ることができる。

 意気消沈気味のショウに変わって、キサがレディスに訊ねる。


「否決された理由って何ですか? 実力不足ってことではないと思いますけど」


 キサにとってショウは、共に魔王を相手取り、死線を潜り抜けた友人だ。頼りにすれば頼もしいとすら感じていた。そんな彼女からしたら、この決定に不満を抱かないわけがない。

 怒気が隠しきれていないのは、親密さゆえだろう。


「難しいことではないのです。単に時期が悪かっただけなのですよ」

「やっぱり選挙か……」


 予測はしていたものの、こればかりは仕方ないと嘆息する。


「はい、なのです。知っての通り、政策は議員票ではなくによって決まりますです。通常なら議員の過半数で政策が決定しますが、賢者の地位は固定されているので、議員票は不都合なのですよ」


 選挙によって議員が入れ替わるとなれば、国民の支持は不可欠となる。当然、政策は国民に向けてのものが望ましく、公約に掲げることで支持率を得る。

 しかしながら、賢者は議会が入れ替わることがあっても議員としての職務を失うわけではない。そうなれば、自ずと国民の声は反映されなくなり、賢者にとって都合の良い政策に傾倒する。これを避けるための議会票制度である。

 現在、議会は理事会、王帝、大賢者、賢人会、幹部会、評議会の六つの会派に分けられる。それぞれの会で過半数を獲得することで閣議決定する。

 そのため、政策を通すのに必要な議会票は最低でも三票となる。これは大賢者、賢人会が偶数席であることに起因する。つまり、票が綺麗に割れた場合、その議会票は無効とされるのだ。

 王帝は国益、理事会は現実世界を含む国際視点、賢人会は国民投票によって選出されるため、国民の声を政策に反映させる。このようにして、複数の視点から討論することで、単なる議員の数だけでは過半数が取れないようになっている。

 必要なのは最低でも三議会で過半数なのだ。


「賢人会は七月の選挙でメンバーが決定するので、幹部会、評議会も一緒に入れ替わるじゃないですか? そうなると、当てにしていた議会票がどう流れるのか予測できなくなるのです。その駆け引きにちょーっと邪魔だったので御座いますです」

「ようは、シュラの実績に繋がる政策は問答無用で却下したって話っスね」

「ちなみにワタクシとラティは却下しましたのですよ」


 本人を前にしてレディスは、ない胸を張ってふんっと鼻を鳴らす。

 魔法使いは精神力が魔法の強さに直結するため、強い魔法使いほど我が強い傾向にある。

 彼女は王帝の地位に就いてはいるが、元は魔導士育成機関の構成員であり、更に遡ればただの一般人なのだ。王族や貴族として生まれ、地位に即した教育を受けたことがなければ、自然と俗っぽい性格にもなる。

 特に敵対する組織同士が、たかが十年足らずで軋轢がなくなるはずがない。これら複数の要因が重なることで、強い魔法使いほど自己主張が激しくなるのだ。

 こうまでハッキリと反対を主張されてしまえば、ショウとしては異を唱えにくい。確固たる意志を持つ相手に、下手な抵抗は逆に硬化を招く悪手である。

 気落ちするショウをからかうようにして、レディスがニマニマと下卑た笑みを浮かべると、ラティはまた始まったと頭を抱える。


「ですが! ワタクシも鬼ではないのですよ」


 顔を上げるショウに、レディスは力強く人差し指を向けた。


「本当に推薦する価値があるのかどうか、その資質を確かめに来たので御座いますです。結果次第では、ワタクシだけではなく、王女としての全権を振りかざして支援するのですよ」


 腰に手を当て、ふんぞり返る。

 言葉通り受け取るなら、またとないチャンスだ。

 グランチェット国は魔導学園を傘下におく育成国家。在籍する魔法使いの数は世界最多を誇り、平均年齢も若く活気に満ち溢れている。学生の多くは仮所属としてグランチェットに属していることが多く、卒業後に他国へ移住する。

 他の国とは違った国家運営の特色が、レディスの台詞に魅力を持たせる。

 優秀な人間を自国へ招く。これはどの国でも共通認識であり、国力に直結する。つまり、他国からすればグランチェット国とは特に友好関係を築いておきたいのだ。その王女の鶴の一声となれば、少なくない票が動くだろう。


「無償でショウに協力してくれるって、そんな美味しい話じゃないですよね?」

「もちろん、そんな美味しい話が転がっているわけがないのですよ」


 手を口に当て上品に笑うが、力関係がまるで可愛らしくない。圧倒的な優位性を誇示しつつ、交渉に乗り出してくる。ぽっと出とはいえ、王女は王女だということだ。

 突然の訪問で意表を突き、事前に感情を揺さぶり冷静な判断ができないようにしてからの本題への切り込み。政治手腕に偽りはない。判断を誤れば、不利な条件を飲まされる恐れもあるだけに、キサの頬を冷や汗が伝う。


「僕に協力できることなんて限られてると思うんですけど……」

「そんなことはないのですよ。もし、試験に合格して賢者になることが出来たら、政策を押し通すのに、ちょーっと協力して欲しいのです」


 両手を叩き満面の笑みを浮かべる。

 見返りとして組織票を要求してくるレディスだが、真っ当な内容だけに逆にそれだけなのかとショウは訝しむ。

 隠された意図を勘繰る二人に、レディスは決して腹の底を見せない。


「評議会は人数が多いから、あんまり効果がなさそうなんですけど、それだけでいいんですか?」


「はい。それで構わないのです。ただ、誤解されているのですが、風間翔さんは評議会ではなく、幹部会に入ってもらうのです」


「えと、僕が幹部会ですか? 無理じゃないですか?」


 謙遜ではなく、心の底からショウは否定する。

 幹部会は十二属性に付与、複合、多重、侵略戦、防衛戦を加えた全十七議席で構成される。その道のプロフェッショナルであり、専門的な知見を有する者たちだ。おいそれと狙って議席を取れるものではない。


「当然、正攻法では無理なのです。風間翔さんの技能で狙えるとすれば付与第一人者ですが、何せあのルースさんが居座ってますからね」

「じゃあ――」


 どうして、と続けようとしたショウの口にレディスが人差し指を当て、言葉を遮る。


「これはまだオフレコなのですが、次の選挙にお父様が参加しますです」


 衝撃的な発言にショウとキサが完全に固まる。

 レディスの父は、現グランチェットの国王である。選挙に出るなれば、自ずと王位を退くということになる。新国王ならぬ新女王はレディス姫であり、世間に与えるインパクトは相当なものだろう。

 現国王としての評価もだが、学徒を総動員しての組織票は侮れない。ほぼ間違いなく賢人会の席次を奪う。


「それが本当なら、レディス王女の持つ水属性の席はどうするんですか?」

「アイヴィー=バセットさんに就いてもらうのです」

「あ、え、アイヴィーさん!?」


 予想だにしない名前に、ショウは素っ頓狂な声を上げた。


「ですです。ご存じなかったですか? 先日の魔導試験二回戦。今年度ランキング十位のモニカ=グラシアさん相手に完勝したのですよ?」


「え、マジで!? モニカさんに勝ったのアイヴィーさんが!? キサ知ってた?」

「うん、私も驚いてる。でも、確かに、理事長との模擬戦で超級魔法レベル7使ってたし、普通にあり得るわね」


「ワタクシほどではないですが凄かったのですよ。ワタクシほどではないですが!」

「姫様と比べたら、太刀打ちできる人って、もうザフィーネ帝しかいないっス」

「それくらいワタクシは凄いということなのです!」

「あ、はい、そうっスね」


 完全に姫のペースだと、ラティは大人しく引き下がる。


「その件でアイヴィー=バセットさんは、フィオナ=バセット女王にお呼び出しを受けているはずなのです」

「それってもしかして、アイヴィーさんも女王の座に、とかってやつですか?」

「ゆくゆくはその流れになるのです。先ほども言いましたが、アイヴィー=バセットさんにはワタクシの後釜として水属性第一人者の席次に就いてもらうのです」


 流れがわからずショウとキサは二人揃って眉をひそめる。


「簡単っスよ。フィオナ女王だと賢人会の席次取れるくらいの票が動くっス。それだと姫様の後釜は他の人になるっス。そうならないために、うちと連盟組んでるんスよ」


「連盟? グランチェットとリグレイスが?」


「珍しいことでもないのです。多国間での協力関係を築かなければ、まともな政治はできないですからね。そこで今関係各所と連携して議席取りに動いているので御座いますです。どうです、政治の世界は黒いのですよ」


 わざとらしく嫌らしい顔つきを作り、悪党感を演出する。


「――と、そうは言っても、今年の試験の結果次第なところもあるので、あくまで予定なのです」

「ここまで具体的な計画練ってて、予定は無理があるでしょ。それ八百長しますって宣言じゃない」


 キサの指摘に、レディスは「どうでしょう」ととぼける。

 一次への介入は難しいだろうが、二次以降は話が変わる。以前ユイが語ったことがあるように三次の特性上、アイヴィーはフリーパスに近い。

 肝心の三次に至っては賢者が出場してくる。直接介入が可能なら今年度のアイヴィーの合格は間違いないだろう。


「そんなことよりも、ほら、風間翔さんの実力を見せて欲しいのです」

「見せるって、僕は一体何をすれば?」


 困惑するショウに、レディスは決まってラティを呼びつける。

 絶対この流れになると予想していたのか、短く「はいっス」と力なく返すとショウと正対する。

 一六四センチメートルのショウに対して、ラティの身長は一七一センチメートル。わずかに身長差がある程度だが、体重差はそれ以上。姫の護衛として就くだけあり、鍛えられた肉体は魔法使いのそれではない。

 値踏みするように見下ろすラティに、それまでの飄々とした雰囲気はない。

 喉元に切っ先を突き付けられたと錯覚するほどの強烈な殺気。ショウの汗腺から汗がにじみ出す。

 しばらく睨み合っていた二人だったが、ラティが殺気を解き、振り返る。


「姫様、少年の身体に付与式魔法文字ルーンエンチャント書いてないっスよ?」


 水着を着たままのショウは、当然上半身が晒されたままだ。

 じっと見ていたのは、威圧ではなく単に付与式魔法文字ルーンエンチャントがどこに書かれているのか疑問に思っていただけなのだろう。

 先ほどまで入水していたのだから、血文字である付与式魔法文字ルーンエンチャントが施されているはずがない。あまりの空気の落差に緊張の糸が切れる。

 天然をかますラティの醜態に、心が決して笑っていないレディススマイルが彼を突き刺す。


「ラティは馬鹿なのです」

「ひどいっス」


 このやり取りに隣で傍観していたドロシーが声を上げて笑う。


「となると移動するってことかなレディス」

「当然そうなるのです」

「では私もついて行こうじゃあないか」

「え、まだついてくるんスか。もうドロシーの用事終わったっスよね」

「こんな面白そうな話、見ていかなければ損じゃあないか。私も行くぞ」

「そんな感じなので、お二人は着替えてきて頂いて宜しいですか?」


 手のひらを合わせ、微笑むレディスのペースに流され、ショウとキサは更衣室へと引っ込むことになった。

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