41話:かけがえのない

 息を吐くことで、体中の熱気が抜けていく。力の入っていた筋肉がようやく解放されたと、一時の安息を謳歌する。

 手にしたスティックとボタンを巧みに操ることで、画面の中で戦闘が繰り広げられていた。

 それまでの鬼気迫る操作とは打って変わり、冷静に対処していく。

 完全に集中力が切れたことで一種のトランス状態だった先刻とは別人である。ただしそれはプレイヤーとしての北見加奈であり、画面上ではいまだ無双状態だ。

 頭の中がクリアになったことで、カナは違和感を覚える。否、違和感が彼女を現実に引き戻したのだ。


(これ、やっぱり同じ人だよね)


 同一人物が連続で対戦を吹っかけてきているのは、プレイスタイルからも明白だった。

 しかも、決して弱くはない。手を抜いて勝てるほど甘くはなく、少なくとも今日戦った相手の中では一番であろう。

 それでもカナが負ける通りはない。何度目かもわからない【You win】の文字が画面内に表示され、対戦が終了する。

 普段であれば、この時間はまだ対戦を続けているのだが、このまま連戦されても嫌だと席を立った。あとは、やけに人だかりが出来ていたのも理由の一つだ。


「あんま見ない顔だけど市外よその子?」

「ここ初めて? いつもどこでやってんの?」

「もう帰んの? 暇ならこのあとどう?」


 席を立ったことで、ギャラリーがここぞとばかりにカナを取り囲み質問攻めする。


(目立ってるなあ、ここもあんまり出入り出来なくなりそう)


 苦笑いしてやり過ごしつつ、その場をあとにしようと移動を開始する。そこで対面に座っていた人物を一瞥いちべつした。

 短く切り揃えられた銀色の髪の少女。歳はカナと同じか少し下といったところだろう。鋭い目つきに、飴をなめているのか、しきりに動く口元。椅子の上に片足を立てて座ってはいるが、ちゃんと靴を脱いでいる辺り、そこまで悪印象を与えない。

 露出した膝の上に腕を乗せた格好で、その少女もカナに視線を送ると、ただでさえ細い目を更に鋭くする。

 派手にやり過ぎて怒らせたと、カナは慌てて目を逸らし、そそくさと外に出る。

 今日は大人しく東京いえに戻ろうとしたところで、背後から先ほどの少女がぴったりついてきていることに気づく。


(え、何々怖いんだけど)


 たまたま帰る方角が一緒なのだろうと自分に言い聞かせたカナは、最寄りである南海なんば駅のホームへと向かう。

 ホームに立ち電車待ちをするカナだが、ちらりと横目で確認すれば、一つ隣の列に並んでいるのは間違いなくあの少女だ。

 まさかの同じ電車に冷や汗をかく。

 人目のある場所では目立つからと、人気のない場所までつけてくるのかと、そんなことまで考えるカナは決して大げさではない。高田馬場から難波へ活動拠点を移したのも、少なからずこのことが影響している。

 やや時間が早いこともあって、人はそこまで多くなく、電車に乗り込むと問題なく座席を確保することができる。普段ならこのまま本でも読んで時間を潰すのだが、全く内容が入って来ないのか、目を泳がせる。

 始発駅ということもあり、長い待機時間の末、ようやく電車が動き出した。


 どこの駅で降りるのか、早く降りて、と懇願するカナだったが、少女は一向に下車する様子がなく、足を組み口の中で飴を転がしている。

 カナの願いも虚しく、目的地である泉ヶ丘の駅名が車内に木霊する。

 扉が開き「どうか降りませんように」と懇願するカナだったが、少女が立ち上がることで絶望へと変わる。


(やだやだ、怖い怖い。殴られる? 無理無理無理)


 階段に近かったカナが自然と先を行く形となり、少女がぴったりと背後につける。

 改札を抜け、最初の分かれ道だったがこれまた方角が同じ。それを何度も繰り返し、いよいよ人気がなくなり周りにはカナと少女の二人っきりとなる。

 障壁ゲートのある偽装会社まで近くなったところで、突然カナは少女から声をかけられた。


「お前、もしかして魔法使いか?」


 慌てて振り向くカナの反応を見て「やっぱ、そうなんか」と笑みを浮かべる。

 魔法使いなら方角が同じなのも合点がいく。つけられていたわけではなかったのだと安堵すると同時に、カナは急いで少女に近づき、自身の口元に人差し指を当てる。

 周りを気にする素振りを見せたカナは、声を落として少女へ話しかける。


「あまり大きな声出して言ったらダメだよ。こっちは一般人もいるんだから、聞かれたらどうするの!?」

「別にどうもせぇへんやろ」


 無用な魔法の流布は精霊に消し炭にされるという大原則を知らないのだろうかと、カナは卒倒しそうになる。


「あなた、師匠から何も学んでないの?」

「師匠なんかおらんぞ」


 予期せぬ返答にカナは驚いて「えっ」と声を漏らす。

 勧誘スカウト組は基本的に、勧誘してきた者が師匠となって指導することが多い。それがいないと言うことは、ショウやキサと同じ魔法使いの子供世代セカンドチルドレンなのだろうかと、カナは無理やり納得することにした。


「親からは何も聞いてないの?」

「うちに親はおらん。鬱陶しい保護者面したんは何人かおるけどな」

「ごめんなさい、嫌なこと聞いたね」

「あん? 別にええぞ。顔も知らんしな」


 不躾なことを言ってしまったと消沈するカナの姿を見て、少女は不思議そうに口を開く。


「つーか、お前、うちのこと怖くないんか?」

「え、怖い? うーん、ゲーセンからあとつけられてた時は殴られるんじゃないかって思ってたけど勘違いだったし。目つきの悪さ? のことだったら、それで人を判断するつもりはないよ」


 カナの台詞に、少女は目をぱちくりさせ転がしていた飴の動きを止める。

 左手を腰に当て、何かが少女の感性を刺激したらしく、ごく自然な笑みが零れる。


「お前変わってんな。ゲームも強かったし、うちあのゲーム自信あったんやけどな」

「あー、まあ、一応それなりにやりこんでるからね……はは」

「あんだけ強いならそうやろうな。また相手してや、お前名前は?」

「北見加奈。カナでいいよ。あなたは?」

「うち? 本当に変な奴やな。うちはアズサや。九条梓」


 これからよろしくと、どちらともなく差し出した手を握る。


「アズサって年下だよね? 私今年中三だよ」

「中二やな」


 アズサは頭の後ろで手を組むと、隣りに並び障壁ゲートへと歩みを進める。


「やっぱり年下か。アズサちゃんって学園の生徒? 私は東京の学校」

「生徒らしいけど、全然行ってないわ」


 視線を逸らすアズサに、カナは笑い声をあげる。


「折角の学園なのに勿体ないな。その分じゃ、試験も受けてないんでしょ」

「試験なあ、一回だけ……いや、二回か、受けたことあるだけやな」

「じゃあ、似たようなもんだね。私はまだC級魔法使いだし、良い友達になれそう」

「友達、うちらがか?」


 予期せぬ言葉だったのか、アズサがそんな反応を示す。


「え、友達でしょ? 嫌だった?」


 慣れ慣れ過ぎたかとカナの顔が曇りかけたが、続くアズサの言葉に笑顔が戻る。


「ええぞ。カナはうちの初めての友達や」


 屈託のない笑顔でアズサはカナを受け入れた。

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