エピローグ ~元凶にして無縁の鍵~

39話:箱庭計画

「朱雀まで出したってのに、らしくねぇじゃねぇか」


 ショウたちを見送ったあと、二人きりになった部屋の中でシュラがそう切り出した。


「アイヴィー=バセットが想定以上であったからの。よもや、二属性で超級の領域に至っておるとは、すでに賢者と比べて遜色ない実力だ」

「魔王との戦いで無茶苦茶やらかしてやがったからな。壁を破ったってとこか」

「戦力の増強は望むところである。今日はそれを知れただけでも収穫としておこう。とは言え、お主のせいで想定外の議題が増えてしもうたがの」


 チクリと刺す雨宮の言に、シュラは飄々と返す。


「敵の目を欺くには味方からって言うからな。新人類党れんちゅうに気取られねぇには好都合だろうが。これから攻めるってタイミングで呑気に試験のお話しようってんだ、作戦の成功率は少しでも上げときてぇ」


「よく言う。試験が終われば選挙だ。年々英雄派が票田を伸ばしておるからの、本音は実績が欲しいというところであろう?」


 心の内を見透かす雨宮に、シュラはそもそも隠そうとも、隠せるとも思っておらず「たりめぇだろ」と鼻で笑い飛ばす。

 そこへ、シュラの耳飾り型の魔法道具が反応した。

 緊急通信の合図に、雨宮は閉口し、シュラが左耳に手を添える。


「どうした……ちっ、めんどくせぇ、このタイミングか、わかった。俺が出る」

「何があった?」


 露骨に歪むシュラの顔に、重大な何かが起こったのは確かだ。

 面倒臭そうに頭を掻き、盛大に嘆息する。


闇精霊シェイドの野郎が障壁ゲートに向かいやがった」

「近頃大人しいと思っておったが……保護者が全員出払った弊害か」

「氷室の奴はギルドメンバーを招集してやがるし、ルリはシグレのとこにお使いだ。残りの人選的に、まぁ、逃げ出したってとこだろうな」


 普段から闇精霊シェイドの暇つぶしに付き合っているメンバーが全員、ヴェザリアンド山脈強襲作戦の打ち合わせ中だ。

 残るエミリアは話が通じないので論外だとして、ラルティークも今は王女の護衛である。そうなると、余るのは七星だけだが、闇精霊シェイドは彼女を嫌っている、というより苦手なのだ。

 暇を持て余した彼女が、娯楽を求めて動いても不思議ではない。

 普通の人間なら特に問題ない行動ではあるが、こと闇精霊シェイドに至っては悩みの種になる。

 金属製の靴が床を踏みしめ、甲高い音が部屋に木霊した。


「お主が行くのか?」

「さすがに放置は出来ねぇだろう。国際魔導機関として、形だけでも対応しましたって事実が欲しい。違うか?」

「確かにの……仕方あるまい。シュラ、お主に任せる」


 雨宮から許可も出たことで、シュラはこの後の予定を繰り下げ現地へと向かため扉に手をかけた。

 すると、力を入れる前に扉が奥へと引かれた。


「よう、戻ったのかルリ」

「ルーザスさん、只今戻りました。もうお話は終わられたのですか?」

「そっちは一応な」


 歯切れの悪い返答に、ルリは小首を傾げ、左右に結えられた髪が揺れる。


闇精霊シェイドの野郎のお守りだよ」


 渋々といったシュラの態度に、ルリは「ああ……」と彼の気苦労を察する。お疲れ様です、とねぎらいの言葉をかけ頭を下げる。

 挨拶も手短に、シュラは急ぎ部屋を後にする。

 扉が完全に閉まるのを確認したのち、ルリは頭を上げ雨宮の元へと歩を進めた。


「遅くなりました理事長」

「構わんよ緋鞠ひまり瑠璃るり大賢者。して、どうであった?」


 玉座へと通じる階段を上り切り、鞄の中から取り出した資料を雨宮に手渡す。

 無言で目を通していった雨宮が、資料を読み終えるなり口角を上げた。


「無事、敷島しきしま葵沙那の覚醒が触発されたようだの。が確認できた時点で予想しておった結果ではあるがの」


 そう言って、資料をルリへと返す。


「それでは、計画は?」

「うむ、ライスナー・ノルドシュトルム計画は最終段階を迎えた。風間翔に渦度うずどを持たせるため、一度、観測不可能な状況を作る必要があったが、ようやく暗黒物質ダークマターとしての性質が発現した。弱い相互作用を持つ敷島葵沙那へ影響を及ぼした以上、箱庭計画もいよいよ大詰めだ。そちらのシュワルツシルト計画はどうなっておる?」


 資料を仕舞うと、ルリの表情からいつもの茶目っ気さが一瞬で消える。年相応の貫禄ある顔つきに空気が締まる。


「あとは覚醒を待つだけです。これが一番厄介ではありますが、すでに私の手を離れています。問題のカー計画は順調なのでしょうか?」


「カー計画の担当はお父様だ。抜かりはない」

「ヴェザリアンド山脈強襲作戦も織り込み済みということでしょうか?」

「むしろ、発案したのはお父様だ。何かしら考えがあってのことであろう」


 ルリの報告に、計画は全て順調に進んでいると、雨宮の顔に笑みが零れる。




 ヴェザリアンド山脈強襲作戦まで残り七日――

 世界は静かに、そして、確実に破滅へと向かっていた――




 * * *




「起きろルーザス」


 郊外に設置された障壁ゲートの前で、シュラは愛刀のステルラの鞘に手をかける。

 シュラが現着する前に、職員によって避難誘導は済ませている。微風が草木を揺らし、心地よい音色が耳を癒す中、街から一人の少女が真っ直ぐシュラの元へと歩いてきていた。


『……よりによって、とんでもない相手の時に起こしたものだな』

「俺一人でどうにかなるなら、わざわざ起こさねぇだろう」


 至極真っ当な指摘に、ルーザスは口を閉ざす。

 その間にも、少女との距離は縮まってくる。

 賢者最小三人組トリオ最後の一人にして、最大にして最強の怪物。遠目でもハッキリとわかる銀色の髪は短く切り揃えられ、一見すると男子にも見て取れる。女性と呼ぶには、全体的に未発達な体つき。装飾には興味がないのか、飾り気のない白地のブラウスに、短い黒のデニム生地が股上を隠す。

 細い生足は、年相応の一般的な少女という印象しか与えない。少なくともスポーツ、ましてや格闘技とは無縁の肉付きだろう。

 いよいよ張らなくても声が届く距離まで近づいたところで、シュラは大きく前後に足を開きステルラの柄を握る。

 最速の剣術、抜刀――


「なんや、今日は一人かいな」

「引き返すってんなら見逃してやる。だがな、これ以上進むってんなら斬るぜ」


 シュラの全身から殺気が放たれる。

 常人であればそれだけで萎縮する圧を受けて、闇精霊シェイド――九条梓はどこ吹く風で歩みは変わらない。


「どこのどいつか知らんけど、ただの賢者ざこやろ? 邪魔やから失せえや」


 手の甲で払うようにしてシュラを虫けら扱いする。

 話は通じないと、シュラが戦闘モードへと切り替える。


「はい、そうですかと、引き下がれるわけがねぇだろ」

「あっそ。んじゃ、引き下がっても、ええぞ」


 予想外の返答に、シュラは眉根を寄せる。


「どういう心境の変化だ」

「ちゃうちゃう、そうやない。うちより弱いやつの言うことなんか、何で聞かなあかんねんって話や。つまりや、言うこと聞かせたかったら、力づくでどうにかせえってことや」


 身長で遥かに勝るシュラを、九条は首を後ろへ倒し睥睨する。

 むしろ、最初からそのつもりだと、シュラは息を吐き感覚を極限まで研ぎ澄ます。



 シュラ――ルーザス=ジェネレイシスは、血の精鋭の党首ブラッド=ジェネレイシスの三兄弟として生を受ける。

 ルーザスを総隊長として、次男は組織の参謀長、三男が一番隊隊長とジェネレイシス一族が先頭に立ち、魔導大戦時代最強の組織の一角として名を馳せた。

 今でこそ二世理論が確立され、魔法使いの子供は親以上の力を持つことが常識になっているが、戦時中は理論どころか二世そのものが稀有な存在であった。そんな時代に、圧倒的なアドバンテージを有し、ルーザスが出陣した戦いは常勝無敗を打ち立てた。

 当時を知る者は、ルーザスを【不敗神話デュランダル】の二つ名で恐れおののき、マジックギルドから危険度AAAランク、その首に三億エイスの懸賞金が懸けられることになる。


 一八〇センチメートルの長身に七十五キログラムの鍛え上げられた肉体。素の力だけでトップアスリート並の膂力と、全身反応速度〇.二八秒の世界級ワールドクラスの実力者であるルーザスにとっては、当然の経歴と言って過言ではない。加えて、光属性の才を持っていたのだ。彼の進む道に障害はないように思われた。

 そこへ立ち塞がったのが、マジックギルドから危険度Sランクに指定された七人の傑物、別名七帝しちてい――その一角、光精霊ウィルオウィスプである。


 順風満帆な人生を歩んできたルーザスにとって、人生初の格上との死闘であり、光魔法で更に上を行く光精霊ウィルオウィスプに敗北を喫する。

 意識を失う死の間際、止めを刺される瞬間、眠っていた人格――シュラが目覚めることで唯一無二の技術ユニークスキルを開眼する。


 光魔法で最高速を、雷魔法で瞬発力を、火魔法で膂力を、闇魔法で相対時間を、風魔法で空気抵抗を――

 都合五種類の特性と強化によって得られる速度に、最速の抜刀術を合わせることで、光精霊ウィルオウィスプを速さで上回り勝利ジャイアントキリングを収めた。

 その必殺技の名前は――紫電一閃。

 初速から最高速マッハ5到達までに必要な時間はわずか〇.〇一秒。敵はただ切られたことすら自覚できないまま死に至る、最速剣。それこそが紫電一閃である。




 片や闇精霊シェイドこと九条梓は、よわい十三の中学生である。

 先天性魔力異常持ちとして生を受け、後天的に魔力を増幅させる実験を受けたことで常人では考えられないほどの莫大な魔力を有することになる。

 あまりの魔力量に、大気中のマナが引き寄せられ、常に領域が展開されている状態に等しい環境に身を置く。通常であれば第三段階過程プロセスを経て魔法を発現するが、九条は魔力を垂れ流すだけで発動するという永続処理パーマネントの力を持つ。

 四歳で魔王を倒し、六歳で七星を含む五英傑を壊滅にまで追い込み、九歳で大賢者の地位に就き闇精霊シェイドの二つ名を授かる。

 今でこそビッグ4という括りの中にいるが、他の三人が全員四十代の中、一人だけ異質の十代。

 このまま順当に成長すれば、三年以内には九条一強時代が訪れるとされている。



 もし、この二人がぶつかれば、どうなるか――



 九条がシュラの攻撃圏内に足を踏み入れた瞬間、目にも止まらぬ必殺の一撃、紫電一閃が放たれた――







「――だから言うたやろ、賢者ざこは引っ込んどけって」







 最速の剣は九条に届くどころか、遥か手前でシュラは自ら地面に突っ込んだ。

 全てを無に帰す重力が、ありとあらゆる外敵の侵入を阻む。






 手を下すまでもない。


 ただ魔力を垂れ流すだけで、敵は自滅する。


 シュラ程度では、対戦相手にすらならない。


 その遥かなる高みは、なんと険しい道程であることか。


 誰も彼女の君臨する頂に届くことはない。


 それはあまりにも無謀な、茨の道である――

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