30話:迷惑な客

「ここに置いときますね」

「ありがとう風間君、助かったわ」


 机の上にミリアの店から持ち帰った箱が置かれた。次いで、ショウは薬剤と共に中に放り込んでいた納品完了書を取り出しシグレに手渡す。

 ここは国立病院。その最高責任者である時任時雨の部屋である。

 キサの検査が終了するまで、時間つぶしにシグレの所用をこなして戻ってきたところだ。


「アイヴィーもこういうところを見習ってほしいのよね」

「あの人、何かと理由つけてすぐサボりますからね……」


 七年近く傍らで見ていたショウには、簡単にその光景が想像できた。シッカリしている時は頼りがいがあるのだが、普段はダメ人間の典型といっていい。


「ミリアはどうだった。元気にしてた?」

「元気ないわけないじゃないですか。一年中あの恰好ですよ?」

「そうよね。うちで働いてた時はむしろ毎日死にそうな顔してたものね。自分の好きなようにできて元気にやってるなら何よりだわ」

「いやいや、限度がありますって。悪目立ちすぎるんであんまり一緒に歩きたくないですもん」


 そこへ、タイミングを見計らったように一人の少女が入室してきた。


「――誰と一緒に歩きたくないって?」


 顔を合わせて早々に毒づく主に、ショウは機嫌を害する。


「ミリアさんのことだよ。キサを待ってる間にシグレ先生のお使いでミリアさんのお店に買い出しに行ってたの」

「……いい意味で普段通りね。感心するわ」


 机の上に乗っている箱を見てから、キサは言葉とは裏腹に呆れた風な声音で言う。

 あれだけの激戦と巻き込まれた騒動の大きさに、なぜ平然としていられるのかと、キサの真意が透けて見える。

 すでに診察まで終えていたのか、キサの装いは、検査衣ではなく私服だった。

 髪色に合わせたブラウスはデコルテラインを強調しつつ、膝丈まであるタイトなスカートが着る人間を理知的に魅せる。今日はやけに実年齢以上に大人びて見えるのは、はたしてシグレに対抗してのものなのかと思わずにはいられない。

 いつもとは少々違った雰囲気に、背伸びしたい年頃なのかとショウはそんなことを思う。


「うん、着替えも終わったみたいだし、お疲れ様。これで検査は全部終わりよ。結果は金曜日中には出ると思うから、国際魔導機関には私の方から連絡しておくわ」

「何から何までありがとうございます」


 深々と頭を下げるキサに、シグレは気にしなくていいと手首を上下させた。


「風間君といい、浅輝さんといい若いのに礼儀のいい子が多いと嬉しいわ。うちの子も二人みたいに育ってくれてたらいいんだけれどね。それで、これから何か予定があるの? 確か国際魔導機関から色々指示されてるって話みたいだけれど?」


 ショウに続いてキサまで魔法が使えなくなった事実を秘匿するのは言わずもがなとして、魔王の出現に関することだ。新人類党がまた動いたとなれば、嫌でも七年前の事件が想起される。後手に回った前回と違い、今回は先手を打つため、すでにミッションが進められている。

 このミッションに魔王討伐までやってのけたショウとキサにも召集がかかっているのだ。


「はい。この後は、魔王との戦いでボロボロになった装備を整えろってなってますね」


「整えろって簡単に言うけど、新人類党との戦いに参加するとなると高級装備帯だけど、その……生々しい話になるけど、お金とか大丈夫なの?」


「それなら心配いらないです。なんか魔王討伐のクエストって事後受託できるみたいで一人頭二億一千五百万エイスの報酬出たんですよ」


「ああ、あれってそんな貰えるのね。あのクエストってお飾りで受ける機会なんてとんとないから知らなかったわ」


 魔王の観測は歴史上、今回を換算してもたったの三度しかない。賢者ですらおいそれと受託できる案件ではなく、まさに棚から牡丹餅な臨時収入である。ただ、本当に死にかけた手前、もう一度受けろと言われたら丁重にお断りする。

 そんな事情もあり、念願でもある高級装備帯に手が届くとなるとやはり嬉しいものがある。

 逸る気持ちを見透かしたのか、シグレが釘を刺すように注意を促した。


「でも、気をつけなさいよ。高級装備帯は一生ものだから、あとからこれじゃなかったって嘆いても遅いからね。ちゃんと吟味して選ぶのよ?」


「それなら大丈夫です。今日行くお店は知り合いが店主をしているので、色々アドバイスしてくれると思います」


「あら、そうなの? それなら安心そうね。いいの選んできなさいよ」

「はい。ありがとうございます」


 頭を下げ、キサと共に診察室をあとにした。

 目指す場所は鍛冶国家として名を馳せるディスラクティア王国。その一等地に店を構えるクウェキト=ルフマンの店。数少ないA級武具を取り扱う屈指の名店である。




 * * *




 希代の名付与師【絡め手】ルースが選んだパーティーの内訳は、どんな薬剤も調合できる【治癒神パナケイア】ミリア。A級武具を制作できる【氷狼】クウェキト。同じくA級輝宝きほうを生成できる【月詠】ドロシーの四人で構成される。

 主要な活動は武具作成のクエストを軸に置く。ドロシーのこしらえた輝宝を用いて、クウェキトが武具を作成し、その客をルースに流し、ミリアが魔法文字ルーンに必要な薬剤を調合する。この四人が一体となり、高級装備帯をほぼ独占市場としているのだ。とはいえ、供給が追いつかず他へと客が流れるので〝ほぼ独占〟に留まる。


 鍛冶国家の名に恥じぬように、ディスラクティア王国に足を踏み入れればそこかしこから金属の匂いが漂い、熱せられた空気が肺を焼く。

 外壁に近い三等区こそ、炎が街の壁という壁を赤く照らし、金属を叩く槌が旋律を奏でるが、城に近い中央の一等区に差しかかるとそれもなくなる。

 百貨店のブランド衣服店にも負けない立派な陳列窓が整然と並び、煌びやかな装備が通行人の目を惹きつける。そんな高級装備帯の有名店が軒を連ねる中、バロック様式からなる豪奢な建築物が飛び込んできた。

 三階建てのそれは一等区においても類を見ないもので、大通りに面した一階部分の陳列窓には魔鉱石マナタイト製、最硬石アダマンタイト製、聖金属オリハルコン製と三大鉱石で生成された色取り取りの武具が飾られる。

 ショウが扉を開けると、正面のカウンタ内で座っていた男性が顔を上げた。


「おう、ショウじゃねぇかよ。俺の店に来るなんて初めてじゃねぇか? っと【戦乙女ワルキューレ】も一緒か。ますます珍しいな。――よっと」


 男は回り込むのが面倒だと、カウンタに手をつくと、上体を寝かせて飛び越えた。


「お久しぶりですクウェさん。僕とキサ二人の装備を見繕って欲しいんですけど、良いですか?」

「そりゃ全く構わねぇけど、いいタイミングで来たな」

「いいタイミングって何がですか?」


 何のことかわからず、ショウは小首を傾げる。


「いやな、最近、素材制作の任務がやたら入ってて、丁度大口を処理し終わって手が空いたとこなんだよ。てか、金は大丈夫なのか? うちは、ディスラクティア王国だと女王の次くらいには品質に自信がある超高級武具店だぞ?」


 いくら知り合いだからと贔屓するつもりはないと存外に伝えてくる。

 ショウとクウェキトの付き合いは長い。彼は【絡め手】のパーティーに属している傍ら、魔導研究機構に鉱石を納品している業者でもあるのだ。

 魔導研究機構の下部組織、魔法道具生産部門。その部門長こそショウの父、風間勇治である。まだ魔法が使えた頃の幼少期から、研究所に出入りしていた者同士、知己の間柄だ。


「それならご心配なく。予算は二億あります。これで一式お願いします」


 ショウの口から告げられた金額に、クウェキトは口笛を鳴らす。立派な上客だと、笑みを零せば彼の特徴でもある八重歯がその身を晒した。

 細身だが仕事柄肉付きが良く、長身痩躯というに相応しい。パッと見は面倒見のよさそうな兄貴面。それでいて、階級はA級大魔導士。賢者昇級試験も一度だけではあるが、二次に進んだことがある強者でもある。


「それだけありゃ十分だ。【戦乙女ワルキューレ】おめぇの予算はどれくれぇだ?」

「四億はあるかな」

「げっ、キサそんな持ってんのかよ」

「魔導試験の報酬をコツコツため込んでたからね。あれだけで一億は貯金してたから、A級大魔導士ならこれくらいはみんな持ってるわよ?」


 サラリととんでもないことを言ってのけたが、確かに魔導試験の勝利報酬はバカにならない。

 階級に応じて割引があるように、魔導試験にも戦勝報酬が支払われるのだ。D級魔法使いだと一勝ごとに千エイス。C級から上は倍々で上がり、A級魔法使いで八千エイスが支給される。

 その上のD級魔導士になると倍ではなく桁が上がり、一万エイス。大魔導士なら十万エイスといった具合だ。つまり、A級大魔導士なら勝ちさえすれば毎週八十万エイスもの大金が手に入る計算である。


「んー、となると【戦乙女ワルキューレ】は割引分も含めりゃ九億ってとこか。OKわかった。で、どんな装備がいいが言ってみな。術者に合わせた最高品質を見繕ってやる」


 そう言ってクウェキトはカウンタの上に飛び乗り、胡坐をかいた状態で膝を一つ叩いた。


「私あんまりどの装備がどうとか詳しくないのよね」


 見る人が見れば興奮間違いなしの装備類だが、キサにはピンと来ていないようで、陳列された武具を怪訝な瞳で品定めする。


「おいおい、そんなんで高級装備にしようってのかよ。もう少し知識つけてからこいよ。ったく」


 クウェキトは金色の髪をわしゃわしゃと掻き、これも商売だと素材の説明を始めた。


「まず高級装備帯に分類されるのは大きく分けて三つだ。大気中のマナを蓄える性質を持つ魔鉱石マナタイト。逆にマナを散らす効果を持つ聖金属オリハルコン。どんな攻撃にも耐える最硬石アダマンタイトだ。つっても三者三様に良し悪しがあってな。魔鉱石マナタイトはマナを蓄える分、魔法文字ルーンとの相性が良く軽い。半面、強度に乏しく杖以外の武器にはお勧めしねぇな。当然、聖金属オリハルコン魔法文字ルーンとの相性が悪いから武器にするのはご法度だ。形状維持型を上乗せしようとしたら、それが散っちまうからな。強度こそ魔鉱石マナタイトより上回るが重量は鉄より重いこともあって、全身鎧だとまず身動きは取れねぇ。やるなら軽鎧けいがいが基本だ。最後に最硬石アダマンタイトだが、ハッキリ言って壊れることはない。レベル7の形状維持型と切り結べるくらい単体でも超強力。その上、衝撃吸収の特性を持っててな、鎧にしたら壊れねぇわ、防具の中身まで守るわで良いことずくめ。ネックはクソ重い。軽鎧けいがいですら死ぬほど重い。とにかく重い。試しにそこの立てかけてる片手剣持ってみな」


 ショウの背後にあった長さ八十センチメートルの片手剣を指さした。


「そんなに重いの?」

「持ちゃ分かるから、ほら遠慮なく持ってみろって」


 くつくつと笑いを漏らすクウェキトに、ショウは「意地が悪いですよ」と注意する。


「まぁまぁショウは黙ってろって。百聞は一見に如かずって言うだろう?」

「クウェさんの場合楽しんでるだけじゃないですか。キサも下手に持とうとするなよ」

「しないわよ。持つだけなんだ――」


 ズシリと、柄を掴んだままキサの言葉が途切れた。


「……何キログラムあるのこれ?」


 手はそのままに、キサは全く動く気配のない剣から視線を外しクウェキトに問うた。

 現代の魔法使いは敵の思考を乱し、詠唱を中断させるために近接戦に特化してきた。誰だって目の前で斬撃が飛び交えば驚き集中力を持続できなくなる。そして、それを慣行する腕力と脚力が必要となってくる。

 キサも見た目は華奢だが、同年代の子に比べれば相当に筋肉量が多い。それこそ握力は五十近くあるなど男子顔負けの力がある。その彼女が一瞬で諦めるほど最硬石アダマンタイトの重量は異常だ。


「な、重いだろ。その片手剣ですら百三十キログラムある。全身鎧ってなったら一トンまではいかないにしろそれくらいの重量になる」

「誰が装備するのよそれ」


 至極真っ当な指摘が入るが、それはクウェキトにとって聞きなれたフレーズだ。待ってましたと商売トークが始まる。


「よくぞ訊いてくれた。誰が装備してるって言ったな。この最硬石アダマンタイト製の全身鎧を着てるのは、あの五英傑のリーダー【大天使アークエンジェル】こと七星だ」


「いや、そうじゃなくてどうやって動くのよこれ」

「それはだな――」


魔法文字ルーンだよ」


 上機嫌に展開させようとした台詞をショウが上から問答無用で被せた。不自然な格好のまま固まるクウェキトを無視し、ショウはキサに説明していく。


最硬石アダマンタイト製の装備に施す魔法文字ルーンは闇属性って決まってて、重力で軽くするんだ。この片手剣はまだ魔法文字ルーンを掘ってないから持てないだけで、重量はそんな重くならないから気にしなくていいよ」


「おいおいショウ。俺の見せ場取るんじゃねぇよ」


「取るも何も、クウェさんがキサの無知に付け込んで営業始めるからじゃないですか。どうせあれでしょ、一番価格の高い聖金属オリハルコン買わせる気だったんですよね?」


「なっ……ショウ、お前、何の根拠があってそんなこと言ってんだ!?」


 両ひざを叩き、ショウを見下ろすクウェキトだったが、真っ直ぐ睨み返してくる知己に根負けする形で舌を打った。


「悪かった悪かった。ショウの言う通り、欠点はある程度、魔法文字ルーンでなんとかなる。それを踏まえて戦闘スタイルに合わせた素材を選んでくれ」


 戦闘スタイルに合わせる。簡単なようで実は難しい。

 単純に魔法使いの括りにすれば一番相性がいいのは魔鉱石マナタイトだ。蓄えたマナを魔石に流入するような魔法文字ルーンを刻めば半永久機関が完成する。魔法の威力は高まり、多彩な攻撃を得意とするキサなら全体的な能力向上が見込める。

 対して聖金属オリハルコンはマナを散らしてしまう特性のせいで、魔石の動力のみで魔法文字ルーンを起動させることになる。そのため、魔鉱石マナタイト製の武器以外は、鞘からの補充でマナを賄う。これが原因で、初期費用の高さがバカにならない。しかし、マナを散らすという特性が突発性の状況から身を守る。

 そして最硬石アダマンタイト。キサの戦闘スタイルだと選択肢から一瞬で外れる。機動力を生かすためにもそれを削ぐ装備は最も相性が悪い。

 腕を組み考え込んでいたキサだったが、何にするのか決まったのか、顔を上げた。


「なんかいい感じに混ぜたの作れないの?」


 何も知らない無知な人間ほど、時として無茶苦茶を言い出す。

 キサの突飛な発想に、ショウとクウェキトはしばらく言葉を失うのだった――

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