28話:水面下の攻防

「ここにいたのは間違いありませんね」


 左右対称に流れる髪が地面につきそうになるのは、彼女がしゃがみ込んでいるためだ。

 長方形型の材木を組み合わせてできた床材を指でなぞり、年月の割に埃の溜まり具合がおかしいとルリは断定した。

 中央のエントランスホールには、不自然に埃が掃われ、足跡もくっきりと残る。

 立ち上がったルリは、背後で待っていた仲間を見やり前出の見解を述べた。


「自力で脱出したとは考えられないっスよね?」


 不可解だと、ラルティークは腕を組み、口をへの字に曲げた。

 共に新人類党を相手取った戦友ならば、確実にここへ避難していると思われた。しかし、実際に現場へと駆けつけて見れば、人っ子一人いない現実に呆気にとられた。何より、ここにいたというルリの言が真であるならば、腑に落ちない。

 最初から脱出する力があるなら、研究所跡に避難する必要がなくなってしまう。ならばなぜ、ここへ来て、そしていないのか。まるで神隠しにでもあったとでもいうのか。


「ルリ。俺たちより先に【暴君】がここに来た可能性はあるか?」

「そうですね。【暴君】かどうかの判別は難しいですが、調べたところ足跡は最低でも五人分あります。その可能性を排除するのは早計ではないでしょうか」

「そうか」


 手遅れである可能性を示唆するルリに、しかし、氷室の表情は変わらない。むしろ話を振っておいて「どうでもいい」とばかりに顔を背けた。

 どこか冷徹な面を持つ氷室は、他者に対する心配りに欠ける。七星なら「大変だよ、早く助けないと」と心配するし、現に今も一語一句相違ない発言をしては使命感に燃えている。

 しかし、いざパーティーとしてみると氷室の存在はありがたい。やや暴走気味の濃いメンツが集う中、一歩引いた視点で意見を出すことで絶妙な調和がとれているのだ。だが、これこそがルリの最も警戒している点であった。

 興味がなく顔を逸らしたのではなく、ルリから視線を切るための行動であることを彼女は知っていたからだ。

 氷室は常にルリの傍らに寄り添う。あるいは後方から値踏みする。

 信用していないのだ。魔導研究機構の上司と部下であった【小さな巨人スモールタイタン】と【風精霊シルフ】の関係を今も疑ってかかっている。だからこそ、口を滑らせられない。一瞬の気の緩みが命取りになることをルリは重々承知していた。


「どうされますか七星さん」

「うーん、どうしよっか。どこに連れていかれたかわかんないんだよねルリちゃん?」

「申し訳ありませんが、今はわかりません」

「今はってことは、なんか方法があるってことっスか?」


 完全に否定するわけではないルリの言葉を拾い、ラルティークが訊ねた。


「はい。今回行方不明になった四名の中に、例の少年が含まれているそうです」

「そういや、そんなこと言ってったっスね。で、それがどう関係あるんスか?」

「例の実験体たちが国際魔導機関の監視下におかれているのはご存知ですね?」


 聖戦で直接戦った経験がある五英傑は、実験体の脅威は身を以て知っている。だからこそ傀儡と化していた五人を打ち破り、氷室の生魔法によって洗脳を解いたことは、戦力としても道義的にも大きな意味があった。その後は、監視用の特殊な魔法道具を身に着けることを条件に、自由な行動を許可している。


「失敗作として、カリエラ領の森の中に放置されていた少年も監視対象なのです。国際魔導機関なら追跡しているはずです。ただ、そのためには一度、国際魔導機関に行く必要があります」

「なら、二手に分かれよう」


 間髪入れず提案したのは氷室だ。頭の切れる彼のことだ、この研究所跡から何かしらの痕跡が得られるのではないかと思案したのであろう。

 これに対して、ルリは二つ返事で受け入れる。


「わかりました。それではいつも通り私と氷室さんで組みます。残りの――」


「いいや、今回は俺とラルティークの男性陣で組む。女性陣をこんな埃っぽいところに閉じ込めておくのは紳士的ではないからな。それに俺とお前なら、何かあっても対処できるだろうしな」


「それではお言葉に甘えて私たちが国際魔導機関へ行くということでよろしいですか七星さん?」


「うん、いいよ。ルリちゃんと氷室くんの決めたことなら、きっとそれが一番!」


 参謀として絶大な信頼を寄せるルリと氷室の決定に口出ししないと、びっと親指を立てる。

 仲間の意見を無下に断らない姿勢はリーダーとしての資質の一つだ。しかし、今回に限ってはルリの内心は穏やかではなかった。

 間者として墓穴を掘ればよし、おかしな行動を起こさないよう目を光らせる。今までずっとそうしてきた氷室のことならば、必ずルリと一緒に組むと思い込んでいたからだ。

 言葉には詰まっていない。自然に返している。懸念は、予想外の不意打ちに、氷室をここへ残してしまうことになったことだ。

 最初にしゃがんで調べていたのは氷室に視線を悟られない細工である。

 例の地下通路へ続く足跡は残っていない。シュラはわざと痕跡を残すことで、そちらに注意が向くことを逸らしている。仮に氷室と別れたとしても、たどり着くことは困難であろう。


「それじゃあ、氷室くん、ラティくん。あとはよろしくね」

「おう、任せるっスよ、ナナ」

「いいから、さっさと行け」


 ぶっきら棒に答える氷室に、七星はぷうっと頬を膨らませる。


「それでは何かわかりましたら連絡を取り合いましょう」


 そう言ってルリは広範囲にも適用される連絡用の首輪を氷室に渡した。

 最後にスカートの端を両手で摘まみ、一礼。結局半分寝落ち気味だったエミリアは、一言も発することなく七星たちに連れられ研究所跡を去って行った。

 男二人だけ残された状況で、ラルティークは露骨にやる気をなくして項垂れる。


「華やかムードだったのにショックっスよ」

「全員四十代だぞ。お前はあれが華やかに見えるのか?」

「夢も希望もないっスね!? いいんすよ実年齢とか! こういうのは見た目が大事なんスよ、見た目が!!」


 この場にいればルリの折檻を免れられない発言だが、本人がいない今となってはラルティークに遠慮はない。失言の多さはもはや愛嬌だろう。

 基本的に口数の少ない氷室にとって、ラルティークは逆に喋りすぎでうるさい相手としてぞんざいに扱っている。

 ゆえに、漏れ出たため息は彼の心情を露骨に表していた。

 それでも氷室がラルティークと組むと言い出したのにはわけがあった。


「ラルティーク。真面目な話だ。お前にはあれが華やかに見えたのか?」


 念を押す氷室の問いかけに、意図を汲み取れなかったラルティークは眉根を寄せる。


「そうか。なら、お互いにボロは出していないようだな」

「一体何の話っスかムロ」

「ラルティーク、見せたいものがある。こっちに来てくれ」


 質問には答えず、踵を返して奥へと続く通路に足を向けた。

 そこはほんの数十分前に、ほぼ入れ違いでシュラたちが通過した場所である。

 突き当りまでやってくると、他の場所とは趣が変わり、壁はレンガが積まれてできた小洒落たものだ。

 氷室は左側のレンガ、その一つに手を添え押し込む。すると、レンガの繋ぎ目に沿って隠し通路が姿を現した。


「隠し通路!?」


 驚きを隠せないラルティークを後目に、氷室は問答無用で奥へと進んでいく。

 同時にラルティークは氷室に対して最大級の警戒を示した。

 聖戦の折り、研究所内部に侵入できたのはルリ一人だけである。それは、直前に人造能力者によって阻まれたからだ。その後は、国際魔導機関が正式に調査を進めるということで結果、誰一人として入ることは適わなかった。

 それにも関わらず、氷室は内部構造を熟知している。この違和感にラルティークが危ぶんだのは正解であろう。しかし、当然、ラルティークがそう思うことを氷室も理解していた。


「どうして知っているのかって雰囲気だな。お前は腕は立つが、考えていることが顔に出過ぎだ。もう少し隠した方がいいぞ」


「後ろ向いたままでもわかるとか、さすがムロっスね。じゃあ、ハッキリいうっスけど、ムロは裏切り者だったってことっスか? オレを始末するのが目的っスか?」


 頭の悪さは救いようがないと、氷室は盛大に嘆息した。


「ここで殺るくらいなら他にもチャンスはいくらでもあった。それに今殺れば、足がつく。お前はもう少し頭を使え、脳筋」


「む、じゃあ、どういうことか説明して欲しいっス」


「ルリも上手くやったが、アイヴィーもあれはあれで存外頭が切れる。過小評価が過ぎたってことだ」


「ムロ。オレにもわかるようにお願いするっス。全然話が見えないんスけど」


「ルリは国際魔導機関が送り込んだ間者だ」


「間者って……何言ってんすかムロ。聖戦の時にオレたちに協力して、魔法指輪マジックリングを違法改造してまで手を貸してくれたんスよ。それが原因で、賢人会の席次を剥奪された上、現実世界への転移まで禁止されてんスよ!? そこまでしてくれてるルリルリが間者なわけないじゃないっスか!」


 捲し立てるラルティークの反駁に、氷室は「パフォーマンスだ」と切って捨てる。

 国際魔導機関は目的のためなら、手段を選ばない。それくらいなら平気でやってくるような相手たちだ。


「それに今回の事件は国際魔導機関の仕業だ。ルリもさっきそれを認めた」

「認めたって……いつっスか?」


 全くそんな素振りはなかったはずである。氷室には一体何が見えているのか、仲間意識よりも恐怖が勝ってくる。


「俺がさっき【暴君】が来たかどうかを訊いただろう」

「言ってたっスね」

「魔王が現れた以上、何かしらの形で【暴君】が動いてるのは間違いない。だが、ルリは【暴君】の関与を否定しないに留まった。まるでこの五人目が誰なのかを事前に知っていたようにな」


 他の人間ならいざ知らず、様々な可能性を瞬時に導き出すルリには、あり得ないミスだ。


「そこがわかんないんスよ。どうしてそれがルリルリが国際魔導機関の間者に繋がるんスか。それとも、ムロは五人目が誰なのかわかったとでも言うんスか?」


「それは戻ってから調べる。おそらく連中のことだ、口を割らないよう弱みでも握っているはずだが、訊くまでもなく、俺なら接触すればわかる」


「その根拠はなんスか?」


「アイヴィーが道しるべを残していた。人間の嗅覚では嗅ぎ分けられないほどわずかだが、薬品の匂いを、な」


 ラルティークはすぐさま、すんすんと鼻を鳴らす。しかし、何も感じられなかったのか首を捻った。


「無駄だ。俺の鼻が特別製なのは昔話したことがあるだろう」


「むう、確かにそうだったっスね」


「残り香の量からして、最初から匂いでの追跡ができないよう消すつもりだったんだろう。そうでなければ、こんな薄い薬品の匂いを消そうなんて発想には至らないからな。そう考えると、向こうにとっても【暴君】の関与は想定外だったってことか。計画強行で最も厄介なのは俺だ。注意が俺に向いたことで、アイヴィーへの警戒が疎かになりすぎだ。まさか、自分自身に匂いを擦り付けられているとは気がつかなかったらしい」


 上手くいったと、無表情な氷室には珍しく顔を緩める。

 ルリはエントランスホールでのやり取りの最中、顔を逸らしたのは視線を切るためだと誤解していた。むしろ氷室がそう誘導したのだが、実際は匂いを嗅ぎ分けるところを見られないためだ。

 仲間の誰からも疑われず、水面下で繰り広げられる氷室とルリの腹の探り合い。今回に限ってだけ言えば、氷室に軍配が上がった。


「ん? それってつまりは、その五人目とやらは、アイヴィーたちに何かをさせてたってことっスか?」


「そういうことだな。何をしていたのかはこれから調べるとして、ラルティークと二人きりになったのは俺に協力して欲しいことがあるからだ」


「それは全然構わないっスけど、何でオレなんスか? 実力的にはナナや、利便性っていう点だとエミエミの方がいいと思うんスけど」


「あいつらはダメだ。意思疎通が困難なエミリアには無理だし、七星は必ず反対する。それに信用度という意味では、お前は合格だ」


「合格っスか」

「そうだ。お前が聖戦に参加した理由はレディスを助けるためだろう」


 かつて学徒連合と呼ばれる現在の魔導学園の前身組織に所属していたラルティークは、学園のツートップ——その片翼として君臨していた。しかし、彼と両翼を担っていた女性がマジックギルドのスカウトを受け、学園を去ったことで悲劇が訪れる。

 片翼を失った穴を突き、新人類党による強襲を受けたのだ。必死の抵抗虚しく、学長の娘であったレディスは攫われ、この件を発端にして多くの魔法使いが学園を去ることになる。

 ラルティークの過去を知っていれば、裏切り者である線は限りなく低い。


「まあ、オレを選んでくれたのは素直に嬉しいっスけど、具体的には何をすればいいんスか?」


 頭の後ろで両腕を組み、階段を下り切った氷室に問いかける。


「お前は今レディスの護衛をしているだろう」

「そりゃ、一度はまんまと攫われてるっスからね」

「だったら問題ない。レディスにくっついて入学前登校の説明会に顔を出せばいい」

「入学前登校っスか?」


 今週の金曜日――三月三十一日に予定されている魔導学園の高等部入学者への説明会だ。氷室の考えることは、難しくて理解できないと、ラルティークは首を捻る。


「そうだ。そこに今年から高等部に進学する柳生やぎゅう千狐ちこが必ず登校してくる。お前はただレディスを彼女の近くへ誘導してさえすればいい」

「なるほどっス。彼女のを利用しようって話っスね」

「ああ。俺はそっちに注意が向かないよう動きつつ、一度本部に戻って今後の準備を進める」

「今後って何をするんスか?」


 せっつくラルティークに、氷室はある言葉を口にした。

 最初に疑ったのは自らの耳だ。

 聞き間違いでないならば、今まで最悪の状況を想定して動いていたことすら、まるで足りていなかったのかもしれない。

 あまりの衝撃に、返す言葉に詰まるラルティーク。

 過去の事例に照らし合わせ、氷室の説を検証しようと試みたところで、視界が開けた。

 一目見て、ラルティークは、そこが何をする場所なのかを理解する。


「ここが研究室。実際に実験体がいた場所っスか……」

「そのようだな」


 氷室は容器の前面にプレートを見つけると、目的の名前を探す。そして、想像していた通りの刻印を見つけ、台座に腰を下ろした。

 右の足首を太ももの上に乗せ、本格的な話をするというスタンスを取った。


「順を追って説明するぞ」


 そう前置きし、氷室は己の危惧している説を語り始めた。


「最初に疑問を感じたのはエゼルギア大征伐と禁魔具の悪夢だ。【炎神】を討つ絶好の機会として首脳陣とその側近を除いた実力者の大半を送り込んだが、そこを突かれて手薄となった本陣を狙われた。このことから幹部の誰かがこちら側に潜り込んでいるという見解に誰もが納得した。当然俺もこれに異論はない」


 すでに氷室の口から、裏切り者が誰なのかを知らされたラルティークは静かに聞き入る。


「首脳陣を一掃できれば新人類党を脅かす相手はいなくなるからな」


 個の力に突出した魔法使いは残るが、頭の切れる人間は少ない。あとはどうとでも策に嵌めれば一網打尽にすることも容易いだろう。しかし、首脳陣とて雑魚ではない。想像以上の抵抗にあい、結果として逃走を許している。

 それでも激甚な被害が出たことに変わりはない。

 現代でいうところのビッグ4にあたる四宝のうち二柱を含む、幹部の七名を失った。


「だが、奴らには誤算があった。エゼルギア大征伐に組み込まれていたはずの七星が途中で引き返して来たことだ」


 嫌な予感がする。そう言って七星は独断行動に移った。しかし、これがのちに正しかったと評されるが当時は非難の嵐である。なにせ休戦協定を結んだだけの仮初の連合軍。統制という点から鑑みれば到底許されるべきではない。

 決死の逃走劇。多くの犠牲を出しつつも最後の砦として残った【竜王】のおかげで全滅だけは逃れることができた。

 生き残った本陣のメンバーだったが、それでも押し寄せる魔物との距離が徐々に近づいてきていた。そこへ単身帰還したのが七星である。

 実質的な退路を断たれた状況で取れる策は一つしかなかった。それは七星を筆頭として、宝玉の魔王を討つことだ。なけなしの戦力を投入し、いざ討たんと乗り込んだ先に待っていたのは、瀕死の【竜王】を抱きかかえた【小さな巨人スモールタイタン】であった。

 その背後に宝玉の魔王を横たえて――


「本来なら本陣を全滅させるまで大人しくしているつもりだったんだろうが、七星なら宝玉の魔王を倒しかねない。そこで急遽予定を変更して、魔王から宝玉を回収することにした」

「……それが、ムロっちが裏切り者の正体が【小さな巨人スモールタイタン】だと思う理由っスか」


 辻褄はあうのだ。現に宝玉は国際魔導機関で厳重に保管されていている。

 未知の技術によって生まれた宝玉だが、製造方法は不明なままだ。しかし、魔導研究機構の設立者である【小さな巨人スモールタイタン】がもし新人類党と繋がりがあればどうだ。

 魔法道具は魔導研究機構が開発し、新人類党は宝玉を生み出した。氷室はその認識に一石を投じてきたのだ。そうではなく、新人類党と魔導研究機構は同一の組織であると。


「おかしな点ならいくらでもある。休戦協定の流れになった経緯はなんだ?」

魔法指輪マジックリングの自動防御が優秀だったせいっスね」

「正しくは、生存率をあげる魔法指輪マジックリングが必須だったからだ。現代でもレベル6以上を扱える魔法使いの数はたかがしれている。誰もが魔法指輪マジックリングを求めた。そしてほぼ全員に生き渡ったところで例の魔法を封じる機能が公表された」


 魔法を使おうとすれば激痛が伴い魔法が撃てなくなる。仮に外して魔法を撃とうとしても、自動防御がなくなれば死亡率が上がる。なによりレベル6以上が使えなければ攻撃したところで意味はない。

 こうして戦争の体を保てなくなり、結果休戦の流れになった。


「その直後だ。【炎神】の隠れ家が判明したのは。とはいえ、魔法が使えないのでは対抗手段はない。そこで【小さな巨人スモールタイタン】は連合軍結成を持ちかけ、一時的に魔法指輪マジックリングの制御を外すことを確約した。話が出来すぎだと思わないか? まるで戦争が終わったあとのことを見据えた動きだ」


「確かに上手過ぎる話しっスね」


「現に奴は、国際魔導機関の理事長の椅子に座っている。最初から、戦争終結後は、魔法使いの長として君臨するのが目的だったのではないかと睨んでいる」


「そうすると、首脳陣が生き残ったのは不本意だったってことになるんスかね」


 思案するのに自然と組んでいた腕だったが、核心に迫ったことで左手が口元に伸びる。


「俺はそうだと思っている。首脳陣が下手に生き残ったことで統制を取るのが不可能だと悟ったのだろう。結果として複数の国を作り、王に統治をさせつつ自分は国連の事務総長的な立場を取ることにした。今でこそ二つの帝国と九つの王国から成り立っている魔法王国群だが、当初の計画では一国のみの建国を目指したに違いない」


 表向きは魔法使いの長として実質的な支配下に置きつつ、裏では新人類党として暗躍する。国際魔導機関の理事長なら全ての情報を手に入れられる立場にある。内通者の役割とも合致している。


「でもでも待つっスよ! そもそも【炎神】の隠れ家の情報を流したのは同じ新人類党で、この研究所にいた【神速】を倒したのはルリルリっスよ。ムロっちはさっきルリルリは国際魔導機関の間者って言ってたわけっスから、仲間同士で殺し合いしてるようなもんスよ。おかしくないっスか!?」


 氷室の説はあまりにも強引すぎる。筋は通っているが、にわかには信じられないと声を荒げる。


「同時に言ったはずだ。パフォーマンスだと。あいつらは目的のためなら多少の犠牲は厭わない。それに用済みになれば秘密を知る人間を生かしておく理由はない」


 ラルティークの反論を容赦なく潰す。何度も聞き、そして経験してきた国際魔導機関のやり口。それが邪魔をして、氷室の言葉の説得力を上げる。


「【炎神】の役目が、魔法王国の長となる土台作りだったとすれば、【神速】は人造能力者の作成だ。始末されていたことを考えると完成したと見るべきだな」


 言葉を詰まらせるラルティークに、氷室は隣の容器を叩いた。

 この部屋に入るなりずっと氷室が座っていた台座。その容器の前面に取り付けられていたプレートに書かれていた名前は――


「風間翔。これって確か今回いなくなったって言う……」

「ああそうだ。さて、もう一度言うぞラルティーク。宝玉は今誰が持っていて、この少年は誰の管理下に置かれている?」

「国際魔導機関――っスね」


 ラルティークの顔から血の気が引いていく。成功作とされている実験体五人も含め、全ては国際魔導機関の手中だ。

 こうなってくると、ラルティークも弁護できなくなっていた。新人類党と対立しつつも、国際魔導機関が消極的な動きしかみせなかった聖戦に対して違和感しか抱けないのだ。


「俺たちは国際魔導機関の邪魔を受けないようにと考えて動いている。それがもう連中の手中だ。そうではない。奴らが黒幕だ。そしてここで【神速】がすでにルリの手によって始末されていることから考えて、研究は完成している」


 ラルティークが、ごくりと喉を鳴らす。

 賢人会級の実力を持つ五人ですら成功作であって、完成作ではない。そこに例の魔王に取り付けられた宝玉まで加わったら。もはや成す術はないだろう。

 過去【暴君】が表舞台に現れた時は、必ず大きな戦が起こっている。もし、仮に全ての準備が整っていたのだとしたら、手遅れなのかもしれない。


「わかるなラルティーク。もはや一刻の猶予もない。国際魔導機関の理事長【小さな巨人スモールタイタン】には表舞台から退場してもらう」

「それがオレに協力して欲しいことっスか。これまた大仕事っスね」


 さすがに頬を引き攣らせるラルティークに、氷室は「期待している」と追い打ちをかける。


「そうなってくると、ますますナナの協力が必要じゃないっスか? むしろ、今の内容からして断るとは思えないスけど。あー、でもルリルリが敵とか信じなさそうっスね」


 勝手に自己完結したラルティークの懸念通り、そこがネックになってくる。しかし、こと今回の件に関して氷室が彼を誘った理由が別にあった。

 今も聖戦で戦った人造能力者が生きているのは、氷室が洗脳を解いたからではあるが、それは七星の懇願があったからだ。殺すなと。絶対に生かして真っ当な人生を送らせてやりたいと訴えたからだ。

 もし、新人類党を追い詰めることになれば、あの時のように人造能力者。それも完成作を投入してくる可能性が非常に高いと踏んでいた。


「だろうな。だからこそ、七星には【小さな巨人スモールタイタン】との戦いに集中してもらう。俺たちのやるのは、むしろ汚れ役だ」

「ルリルリとの戦いっスね」

「それもそうだが、一番キツイところかもしれん」


 ここまできて、怖気づくこともない。ラルティークが覚悟を決めた瞳で氷室を見据える。


「風間翔。奴が魔法を使えないのはごく一部の人間だけだが周知の事実だ。仮にその奴が、魔法を使った場合それがどういうことかわかるな?」

「人造能力者の完成ってことっスね」

「ああ、もしそうなったら、それはもう魔法ではない。始まりの魔法使いが〝自然を操る能力者〟だったように風間翔もまた〝別の何かを操る能力者〟になったということだ」


 氷室はそこで一度言葉を切り、決意の固さを示すように宣言した。


「手を抜いて勝てる相手じゃない。殺す気でやる。場合によっては【強制進化】を使うことも辞さない」





 魔導歴十一年三月二十八日、火曜日

 静かな殺意と共に、賢人会三席【怒り狂う治癒師バーサクヒーラー】氷室ナギが動く――

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