精霊文字
21話:悪魔の人格
少々時間は遡る――
風間翔一向が新人類党の元研究所跡へとたどり着いたころ、一人の男性がフォレッタ領へと降り立った。
非活性化されているはずの
気が乗らない任務ではあったが、利害関係による協定を結んでいる以上、シュラに拒否権はなかった。報酬はすでに受け取っている手前、素直に従うしかない。そうでなければ、不利益ばかりが先行する今回の
敵対する英雄と目的が同じである以上、時間に余裕はない。急いで計画を進める必要があると一歩足を踏み出したところで、立ち止まった。
その一睨みだけで射殺せんばかりの鋭い眼を更に細め、修羅場に匹敵する最警戒を纏った。
(どっかから見てやがるな)
姿は見えない。気配もない。魔力の類もない。シュラは全ての感知器官を全開にしてあたったが、それでも何も引っかかりはしなかった。あるのは〝見られている〟という嫌な感覚だけである。
腰に携えた大剣の柄に手を添える。同時にシュラが言う。
「起きろ」
一言。それだけで、ある変化が起きた。
『珍しいな、貴様が俺を起こすのか』
シュラ――男性がもう一度、口を開いて喋ったのだ。
「ロリババアの依頼だ。どっかから【暴君】が見てやがる。邪魔が入るとうぜぇ。手ぇかせ」
『断る。俺が貴様に協力してやる
「ハッ、こまけぇこと言ってんじゃねぇよ。俺も死ねばお前も死ぬんだぜルーザス?」
抑揚に富んだシュラの声音に対し、主人格であるルーザスは淡々としたものだ。まるで本当に二人の人間が会話しているように感じるが、声質は全くの同質。同一人物が代わる代わる話しているのだ。
はた目から見れば、完全に独り言にしか見えない。
ルーザスは一時的に人体の支配権を得ている左まぶたを閉じ、瞑想に入った。
「ロリババアの目的は
これに、ルーザスは閉じたまぶたをピクリと反応させた。
『……いいだろう。しばしの間、貴様に協力してやる。まずは、あれだな』
「みてぇだな」
言い終えた瞬間、地面が揺れた。
通常であれば立つのも困難なほどの振動だが、シュラは宙に張った重力場へと逃れやり過ごす。
地に亀裂が入り、盛り上がる。下から得体のしれない〝何か〟が覆いかぶさる地層を破り、這い出してくる。塞いでいた蓋をこじ開け、それは全容を晒した。
濃緑の瞳に額の赤い目。筋肉を覆う剥き出しの骨格に、三対六枚の骨の翼。
『そういえば、
「ちっ、よりにもよって魔王かよ。ユイの方にも出たって話だったが、あの野郎、量産化に成功してやがったな」
魔王の魔力を前にして、ルーザスもシュラも落ち着いていた。
狙いが同じなら、いずれ【暴君】の邪魔が入るのは自明の理だ。なら、やることは一つと、腰に携えた白銀に輝く相棒を手に収める。
『下半身は俺が操ろう。必要ないだろうが、防御全般はこちらで担当する』
「んじゃ、上半身は俺の好きにやるぜ。当然、攻めは俺の領分だ」
優雅に歩を進め、魔王との距離を詰めていく。
巨大な体躯を持つ魔王の迎撃範囲は当然広い。先に迎え撃つのは魔王の方である。シュラが最後の一歩を踏み出した瞬間、魔王の筋肉が反応し――
魔法使いに必要なのは、身体能力ではなく魔法使いとしての能力である。
反応速度や反射速度ではなく、複数の魔法を同時に扱う
浅輝葵沙那を例にとると、一度に五種類の同属性を同時展開する。その上、三種類の異属性を操るため、最大で七種の魔法を繰り出せることになる。しかし、これはあくまで最大値であり、数が増せば一つ一つの精度は落ち、実用可能な数値はもっと低くなってしまう。
加えて、出現させている魔法の維持、戦闘中に魔法を発動させるための移動技術。三次元技術ととにかく複数処理こそ必要不可欠な能力だ。
特に大魔導士以上のおよそ九割が
だが、最下級の魔法使いでは、たびたび、身体能力で勝ちあがる者が散見されるのだ。
人間の反射速度は、目から入った情報を脳で認識し、動き出すまでに約〇.二秒を有する。聴覚では〇.一五秒とされるのだが、これは映像と音では処理する情報量の差というのが一般的な見解だろう。
それを踏まえ、戦闘中にこの速度が出せるかといえば不可能だ。
あくまで反射速度であり、そこから筋肉を動かすまでに時間がかかるからだ。これを全身反応速度というのだが、動き終わるまでに必要な時間はおよそ〇.三五秒とされている。
世界大会に出場するようなトップアスリートでさえ〇.三秒の壁に阻まれるのだから、瞬発力に特性をもつ雷属性がいかに有能なのか理解できるであろう。
なら、元々、この全身反応速度に優れた人間が雷属性で強化したらどうなるのかと言えば、尋常ならざる速度に強化されるのだ。等しく能力値は上がらない。素の能力が高いほど、その恩恵の割合は増加する。
ルーザス=ジェネレイシスの全身反応速度は〇.二八秒。
彼は雷属性で強化した魔法使いを相手取ったとしても、他属性の強化型で同程度の反応速度で動くことができる。そんな怪物がもし雷属性を使えば、どれほどの初速を持つのか。しかし、ルーザスはあえて違う属性を主体とする。
速度特化の光。
発動まで時間がかかるものの、持ち前の反応速度で初速を補う。
つまり、何が起こるのかというと――消えるのだ。
「オラァッ!!」
魔王の視界から一瞬で掻き消えたルーザスは、脇の下を潜り抜け、上半身を操っているシュラが一閃した。
形状維持型を発動させていないただの刃が魔王の分厚い皮膚を破り、鮮血の飛沫をあげさせる。
まるで隕石が直撃したかのような重さを以って、対象を叩き切る最強の剣。いかな魔王とて、相手がこれでは、ひとたまりもない。
目視できぬ速度で飛び交うルーザスを前に、魔王は動けなかった。それでも出鱈目に腕を振り回すことくらいはできるが、それすら許されなかったのだ。
魔王がシュラの攻撃に合わせて反撃に出ようとした瞬間、剣を持っていない左の人差し指を下方へ向ける。
シュラの
魔王の膂力ならばレベル5でダメージを負うことはない。しかし、初動を押さえられてしまえば一瞬ではあるが拘束されてしまう。その僅かな時間があれば、ルーザスの超高速が生きる。
もはや成すすべなく、魔王は棒立ちのまま好き放題に切り刻まれるしかなかった。
「ただの木偶の坊だな!」
『油断するな、だから貴様に身体を明け渡したくないのだ』
基本に忠実なルーザスの詰将棋のような戦闘スタイルに対して、シュラはどう攻撃したら楽しいかを重点において戦う。
そのため、こういうことが起きる。
シュラが刃を煌かせようとした瞬間、ルーザスが距離を取り離れる。すると、シュラはステルラを投擲し魔王の膝に獲物を喰い込ませた。手を離れた愛剣を闇属性の重力で引き寄せ、再び利き手に収める。
二人のスタイルの違いが、突拍子もない攻撃に繋がる。達人であればあるほど、彼らの動きを予測することは不可能になり、同時に二人を相手取っていると錯覚せずにはいられなくなる。
『さすがに硬いな』
「しゃぁねぇな。あれで決めんぞ」
『仕方あるまい。しばらく口は借りるぞ』
そうルーザスが言うと、攻撃はこれまでと同様一切緩めることなく完全詠唱に入る。
『《闇を晴らす月光は希望を宿す・空より降り注ぐ眩しき光が大地を照らす・大いなる祝福により栄光と不滅の神は降臨する・真実は閃光となりて奇跡を呼び込む・慈愛は魔を浄化し新たな息吹を生む力となる・悠久の平和をもたらさんがため星々の煌きが突き刺すだろう・光属性
通常、魔法使いが同時に扱える異属性の数は三つが限界とされる。それは、魔法には精緻なイメージが必要だからだ。
火、雷、風、それぞれを完璧に想像して初めて三種類の魔法を行使できる。
稀に四種類の頂きに到達する者が若干名いるが、それは例外中の例外と言って差し支えない。
そして、ルーザスとシュラもこの常識に囚われた側の人間だ。
ルーザスは三種。シュラは二種の
完全詠唱によって放たれた、光属性全方位型の光が天頂より降り注ぐ。
右手に握ったステルラを横真一文字に振るシュラの
大きく踏み込んだ左脚が重力の足場を叩くルーザスの動作技術――
シュラの完全詠唱破棄――
ルーザスの完全詠唱破棄――
光、闇、地、氷、雷。都合五種類の魔法が魔王を刺し、裂き、潰し、穿ち、貫く。
それほど高位の階位とは言い難いものだったが、これほどの一撃を同時に、そして寸分の狂いなく一点に集約された一撃を核へと叩き込まれれば、さしもの魔王とて耐えることなどできようもない。
事切れた糸人形のように、魔王はその巨体を支えることを放棄し命の灯を消していく。
汎用魔法ではない新技術は
将来、どれだけの才能を持つ魔法使いでさえも絶対に修得できない唯一無二の技術と――
賢人会第六席
【悪魔の人格】ルーザス=ジェネレイシス
効果:五種類の異属性を同時に行使できる技術
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