第2話ティナ=マニエル

 自治都市郡国家フューゾル。


 本来で在れば国としての体を成しておらず、各々が独立していた都市達が戦乱の世に対抗するために、合併を繰返し国としてった国家である。


 各々の都市の代表者が寄り合い、議会にて国の在り方を決める、そんな新体制の国家。


 その国家の中心に位置する、国の名前にも成っている、フューゾルにおいて500万の人口を要する[フューゾル市]の中心からやや外れた、名物の噴水のその前に[銀竜酒家ぎんりゅうしゅか]と言う店がある。


 その銀竜酒家で、毎日の恒例こうれい行事が本日も開催されていた。


「ジュディさん! 仕事またすっぽかしましたねっ!」


 ボーイッシュに短くした髪の、年の頃なら17.8歳ほどの少女が、目の前で優雅ゆうがにソファーに腰掛けティータイムを楽しんでいる金髪の美女に怒鳴りつける。


「‥‥‥ティナちゃん? 私は仕事をすっぽかした訳じゃ無いのよ? ただ、依頼人が気に食わなかったの」


 悪びれもせず、ジュディと呼ばれた金髪美女はそう言うと、おもむろにテーブルに上がっているモンブランにフォークを通した。


「っがぁっ! それをすっぽかしたって言うんでしょうがっ!」


 ティナが肩を怒らせてジュディに吠える。

 そんなティナの後ろから、メイド服姿の長い黒髪をした14.5歳ほどの少女が声をかける。


「まぁまぁ、姉さん落ち着いて」

「ルーニア、私は落ち着いているわよ!」


 全く落ち着いていない口調でティナはルーニアと呼ばれた少女に言った。


「それのどこが落ち着いてるんですか‥‥‥」


 そう言って、ルーニアはジュディの向かいのテーブルに、ココアとショートケーキを置いた。


「コレ、取り敢えず注文の品、いいから姉さんも座って落ち着いて」


 ルーニアがティナをテーブルに促すと、渋々しぶしぶと言った表情でジュディの向かいのソファーに座った。


「‥‥‥このままじゃ、今月のここの家賃ヤバいんですけど、ジュディさん?」


 ショートケーキをつつきながらジュディに向けてティナが言った。


「‥‥‥何とかなるって、心配し過ぎよティナちゃん?」


 のほほんとジュディが言う。

 ルーニアはそんな様子を横目に店の奥へと引っ込んだ。


「だ、か、らっ! 何とかならないから言ってんですってば!」


 ショートケーキの欠片かけらを飛ばしながら怒鳴どなる。


「メイシンさんから、今度家賃遅れたら問答無用で追い出すって言われてるでしょうが!」


 スプーンをジュディに突きつけて現状を説明する。


「‥‥‥メイシンさんなら待ってくれるってば、ティナちゃん」

 それでもニコニコとしながらそうのたまうジュディ。


「あぁあっ! この人はぁああっ!」


 頭を抱えてティナは絶望と戦う。


かく折角せっかく今回の依頼をくれた市長の所に顔を出しに行きますよ!」


「‥‥‥ロゼッタに会いたくないの‥‥‥」


 ティナの言葉にジュディは顔をしかめて言う。


「良いから! 行きますよ!」


 ジュディのうでを強引につかみ、出口に引きずる。

 何とか逃れようと入り口のドア枠に手を掛けて踏みとどまるが、ティナに力ずくで引き剥がされた。


「いーやーっ! 助けてぇルーニアちゃん!」

「行ってらっしゃーい」


 助けを求めるジュディをルーニアは笑顔で見送った。


ーーーーー


 市庁舎へは、銀竜酒家を出て北へ真っ直ぐに進めば見えてくる。

 二人は途中に流れる河にかる橋を渡り、市庁舎へと急いだ。


「全く‥‥‥ジュディさんはなまけすぎですよ」


「無理矢理連れ出しておいて、怠けすぎはひどくない!?」


 ふるえる指先をティナに指しながら、自分のなまぐせを否定しようとするジュディ。


 溜め息と共にあきれた口調でティナが答える。


「事実じゃ無いですか、少しは働いてください」


 その言葉に、一瞬言葉をつまらせかけたが何とかジュディが言い返す。


「少しぐらいは働いてると思うの、私」

「‥‥‥先月の依頼達成数、何件でしたっけ?」


 にがにが々しい表情でティナはつぶやいた。


「‥‥‥えっとぉ‥‥‥」


 ひたいに冷たい汗をかきながら明後日あさっての方角を向く。


「一件ですよ! 一件! しかも! 何故なぜか達成後にマイナス収支です!」


 あまりのティナの剣幕けんまくに、ジュディがひきつる。


「えっ‥‥‥えへっ、そうだっけ?」


「どーすんですか!? 先月のメイシンさんの般若はんにゃ形相ぎょうそう、もう忘れたんですか!」


 そう言われ、ジュディは先月末の怒れるメイシンを思いだし、かわいた笑いを見せる。


「あはは‥‥‥ロゼッタに仕事をもらうしかないかぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」


「ちゃんとロゼッタさんにあやまって下さいよ? ただでさえ依頼を放棄ほうきしまくりなんですから」


 その言葉に、ジュディの足は更に重くなるのであった。


ーーーーー


 フューゾル市庁舎、三階建ての石造りの建物で中にはおよそ120人の人間が働いている。

 その市庁舎の三階 最奥さいおくに市長室がある。


「‥‥‥と、言う訳で‥‥‥」


「何が『と、言う訳で』なのよ?」


 ジュディの説明を青筋あおすじかべながら切り返すスーツ姿の女性。


「あの‥‥‥ロゼッタさん、ジュディさんも一応反省はしてまして‥‥‥」


 横目にやり取りを見ていたティナがフォローする。


「‥‥‥ティナちゃん、ジュディを甘やかしてもろくな事にならないわよ?」


 ロゼッタはジュディを冷めた目で見据みすえる。


「アンタって昔から全く変わらないわよね‥‥‥」


 ジュディは顔をひきつらせながらロゼッタを見つめた。


「貴女も昔からまー‥‥‥ったく変わらないわよ」


 相変わらずの冷めた目で言った。

 ロゼッタはめ息をつき、目の前の机の上の資料に目をやりながらティナに向けて話始めた。


「まぁ良いわ‥‥‥ティナちゃん、新しい仕事が欲しいんでしょ?」

「えっ‥‥‥あ、はいっ! 何とか仕事を‥‥‥」


 急に話が切り替わり、慌てて返事をするティナ。


丁度ちょうど仕事が一つ余ってるの、条件はそんなに良くないのだけど‥‥‥」

「やります! やらせてください!」


 色々とギリギリのティナは飛び付いた。


「ティナちゃん、内容の確認はしないの?」


 ジュディがマトモな意見を言った。


「‥‥‥私達に仕事を選ぶ余裕よゆうがあると思うんですか?」


 とても冷めた目でジュディを見るティナ。


「あ、貴女達、そんなに切羽詰せっぱつまってるのね‥‥‥」


 若干じゃっかん引いた感じでロゼッタは、自分の右隣に立つスーツ姿の耳のとがった女性に書類を渡す。


「それじゃ、後の事は秘書のルシアに聞いて」

「では、お二人には私から説明しますね」


 ルシアはそう言うと、二人を応接室へと促した。


「‥‥‥貴女、いつまで今の貴女を演じるつもりよ、ジュディ‥‥‥」


 頬杖ほおづえをつきながら、部屋から出ていった二人に向けてつぶやいた。

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