Scene2 2人だけのドライブ

 夏美は大学のゼミの後輩で、妹のような存在と言ってよかった。

 その頃は僕にも裕子という彼女がいて、3人で食事をとることもしばしばだった。裕子も夏美をことのほか可愛がっていた。

 いつだったか、「裕子さんは実の姉よりもお姉さんらしいです」と夏美に言わしめるほど、2人は仲が良かった。


 そんな妹のような夏美が半年前にお見合いをして、その人と婚約をしたという連絡を受けたのが、1週間前に突然かかってきた電話だった。

 そのニュースは、少なからず僕の心を波打たせた。

 

 店内の古い掛時計に目をやると、いつのまにか時間が経っていたので、僕たちは店を出て駐車場に停めてある僕のフォルクスワーゲン・コラードに乗ることにした。


「ところで、どこに行こうか?」

 駐車場を出てすぐの赤信号で止まっている間に聞く。

「海ならどこでもいいです」 

 ハンドルを握りながら頭の中で幾つかの候補を絞り出す。しょっちゅう海を見たくなる僕にとって、思い浮かぶ場所はいくらでもある。

「じゃあ、せっかくだから、少し遠出してみるか」

「あ~、それ、いいかも」

 彼女は両手を胸の前で合わせ、甲高い声を上げる。学生時代の、いかにも夏美らしい声がようやく戻ってきた気がして、胸をなで下ろす。


 高速道路は使わずに、あえて国道を通ることにする。

 すでに太陽は西に傾いていて、シャンパンゴールドの空には脱脂綿の切れ端のような雲が流れている。

「きれいですねえ」

 夏美は感慨深げに漏らす。

「日頃の行いがいいと、こういうときに晴れてくれるものなんですよ」

 そう続けた彼女はどこか得意げでもある。

 無邪気な少女のような横顔を見るにつけ、僕も楽しい気分になれる。こんなにも心が躍り出すのはいつ以来のことだろう?


「ひょっとして、今晩は野宿のじゅくですか?」

 夏美は唐突に聞いてくる。

「トランクに1人用のテントと寝袋のセットが積んである。コールマンが作ったきちんとしたものだから、それを使ったらいい。俺はこの車の中で寝るから、変な心配はしなくていいよ。まさか、結婚前の女の子の隣で寝ようなんて思っちゃいないよ」

「心配なんてしてないですよ。そんなことより、テントで寝るっていうだけで、ワクワクしますね」

 夏美は前を向いたまま声を弾ませる。


 小1時間ほど走ったところで、目についたセブンイレブンに立ち寄り、食料を調達する。

 夏美は久々に外に出してもらえた犬のように生き生きとした動きで弁当コーナーに歩み寄り、幾つかのパスタを手に取って品定めをはじめる。

 僕はアルコールのコーナーでスクリューキャップの赤ワインを選ぶ。ボトルを手にした途端にチーズも食べたくなったので、カマンベールチーズとチェダーチーズも買うことにする。

 夏美はいくつかのパスタとサラダを買い物かごに入れている。さらにポテトチップスとジンジャーエールも手に取って、僕に飲み物は要らないかと尋ねてくる。それで僕は、微糖タイプの缶コーヒーをかごに入れる。それからついでにミネラルウォーターも買っておくことにする。後になって、こいつが飲みたくなる瞬間がくるような予感がする。


 パンパンに膨れあがった買い物袋を提げて外に出ると、夕闇はひっそりと大地を包みはじめている。空の低いところには宵の明星もきらめいている。


 再び車を走り出させると、夏美はさっそくポテトチップスの袋を開けて、僕に差し出してくれる。缶コーヒーも、カップホルダーにそっと置く。

「気が利くね」

 夏美は少し照れくさそうに微笑む。

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