036 天井の梁

 歩く二人の眼前に、そびえる石灰岩の壁。

 二人には、馴染み深いその様相。幾度なく、ロープを繋いでこの壁にルートを切り開いてきた。

 でも、今日行く先は――


 「お前は知らなかったろう」


 壁の前を、通り過ぎて暫く――日の当たる沢沿いに出て、そこを懸垂下降。


 「こっちに来ても、見るのはいつも対岸ばかりだったろう。土塊つちくれの積もった壁を見て、ルートを探すことは無かったみたいだな」


 確かに、その通り。とりわけ理由も無かったため、降りたりはしなかった。

 だから、今眼前に現れたそれを見るのも、初めてのことで。


 「フリークライミングに傾倒するのは良いが、お前は冒険心に欠けている」


 耳が痛い。でもこれを見れば、頷くしかなくて。


 「――良いルーフだろう」


 川の浸食を受けたのだろう。ドーム状に形成されたて、二人の遥か上まで伸びて。高さは8メートル程。それでも、奥から続いて、天井に繋がる空間は、確かな大きさと、衝撃を備えていた。


 「ボルト、打ってあるね」


 ジェイムズが聞いた。眺めると、自然に形成された空間に、似合わぬ人工物。これに立ち向かおうとした、闘いの後。


 「俺が打った。当時はいつか登れると思ったけれど、まるで歯が立たなかった」


 少しの寂寥も顔に出さずに、アレンが言う。

 そのボルトのラインには、確実に分かる特徴が在って――


 「――コルネ」


 そう! 石灰岩でしか現れない、岩のひだ・・。時折、つららを伸ばしつつ、天井の出口へと!

 ジェイムズは、一通りを理解した。このルートを舞台に、勝負は行われる。条件は――


 「このルートを、オンサイトトライで登れれば、お前の勝ち。勿論、マスタースタイルだ。登れなければ、解ってるな」


 アレンがジェイムズを見る。

 結局、ジェイムズがこの勝負を降りるデメリットなど無いのに。何の疑いも無く、こちらを見てくるから――




 「――やるよ」


 ジェイムズは承諾した。乗る必要なんて無い筈なのに。

 このルートを登りたいという、欲求と。マーシャル家への決別の意思が重なって。もう、逃げる選択肢なんて選べなくて。

 そう、ジェイムズはクライマー・・・・・だったから。


 「分かった。オブザべはどれだけやっても構わない」


 アレンがそう言ったのを皮切りに。開始点はどこか。終了点はどこか。ジェイムズは、あれやこれやを聞いて。

 最後に。


 「このルートの名前は……?」


 ジェイムズが聞いた。

 アレンは、目を瞑って。一度上を向いた後、言う。




 「――アーキトレーブだ。登ってみろ」


 始まった。多分最初の、兄弟喧嘩。

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