034 花嫁を乗せて

 其れから、それなりの日か経って。

 父、母、上の兄と、シエラは歩く。家を出て、バスに乗って。それで、今は鉄道駅に向かうところ。

 今日は、ジェイムズ兄さまはお留守番。家を出る兄さまは、取引相手のところに向かう必要はないし。其れに、今は論文を書くのに、大忙しだから。


 「モルテン、行ったことないけれど、どういう場所なんでしょうか?」


 シエラが問う。未だ、婚約相手の顔を見たことも無ければ、家に行ったことも無い。工場があるモルテンなんて、通る機会も無い。だから全部、今日が初めて。


 「まあ、田舎だよ。ウチと変わらないくらいの。サクソンではあるけれど、端の端だしな」


 アレン兄さまが言う。兄さまは、何度かお仕事で行っているらしくて。田舎にしても、人がいるのだから。特徴とか、そういうの。何かしらを教えてくれれば良いのにと。そのまま、正直に言ったら。


 「そんなこと言ってもな。まあ、畑はそこそこあるけれど、大農場は無いな。商店とかは最低限。それと、樫のデカい森がある」


 だけど、そんなもんだと。生きるには困らないけれど、娯楽は無い。


 「退屈かもな」


 アレン兄さまはそう締めて。

 でも、忘れてる、と。


 「兄さま、ウチと同じと言ったじゃないですか」


 同じ、田舎と。小さいころから、家の周りには何にも無くて。それでも。


 「私は、今まで、楽しかったです」


 と、シエラは言った。

 そしたら、兄さまも、頷いて。


 「俺も、そうだな」


 と、言った。

 さっきから、父さまも母さまも喋らない。ただ、二人先を歩いて。こっちの話、聞こえてるだろうけれど。


 (うん。十分)


 聞いてもらえるだけでも、十分。向こうだって、話したくなったら話してくれる。

 だから、アレン兄さまと、話、続けようとして。


 「シエラ、着いたぞ」


 駅。もう着いちゃった。

 アレン兄さまとは、普段そんなに喋らなかったから。ここのところ、話せるのが楽しくて。つい、話しすぎてしまう。


 駅舎は空いている。父さまが窓口に行って、「切符四枚、モルテンまで」と言った。いくらですと言った駅員に、お金を払って、切符。受け取る。


 「ほら」


 父さまが、各々に切符を渡して、改札へ。切符にパンチで穴を開ける、カチッという音が好き。

 コンクリートを盛ったホームに上がる。ピン、と張られた架線の影が、シエラの後ろに落ちる。そう待たずに来た電車、緑の塗装と丸いライト。蒸気機関車の顔が好きだったけれど、よく見れば、この顔も可愛い。


 「乗るぞ」


 父さまは言う。サクソンの、端から端までだから、そこそこ時間は掛かるだろう。

 

 「はい!」


 遅れないように、三人に続いて。電車とホームの隙間、少し広めで。一息に飛び越えて。

 シエラ・マーシャル。この名前とも、あと少し。名残惜しいけれど、家のためだし、自分のためだから。

 叶うなら。次の名前も、好きになれたら。


 (あとは――うん)


 結婚相手。やっぱり、気になる。


 「兄さま。私の婚約者は、どんな人?」


 聞く。

 そしたら兄さまは、ニィと笑って。


 「仕事ぶりは、悪くなさそうだ。後は、見た目は期待してもいいぞ」


 そこまでいうのなら、期待してしまう。


 (出来るなら――)


 ――兄さま達と、同じくらい。格好いい人!!




 電車が走る。緑の電車。ガタンゴトンと音を立てて。揺れて揺れて、止まることもあるけれど。最後はちゃんと、終点まで――

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