第16話 ぶつけ合う想い

「……夏樹さん」


 校門へと向かう道すがら、俺は彩音と出会う。


「……何かするつもりなんですか?」


 彩音は俺の様子を見て、何かを感じたのだろうか。訝しみの視線を俺に向ける。


「……ああ」


 あまり、時間の猶予はない。だが、俺は今、ここに居る彩音を無視するべきではないと感じた。ここはこれから先の俺という人生の物語の結末エンディングに、必要な場面シーンであると直感した。だから、俺は今からやろうとしていることを簡単に説明する。

 彩音は俺の言葉に目を見開いている。いつも無感情な彼女の瞳にさざ波が立つ。


「なんでですか?」

「……なんで?」

「夏樹さんは、なんで部のためにそこまでするんですか?」


 彩音の瞳は俺を真っ直ぐに捉えて、眇められる。そこには敵意とでも呼んでいいほどの感情が込められていた。


「おまえ……そんな顔できたんだな……」


 俺は場違いかもしれないけれど、いつも無表情な彩音が、俺を睨んでいるということに驚いていた。


「は? 何がですか?」


 もはや彼女は苛立ちを隠してはいなかった。吐き捨てるような口調で俺に相対する。


「俺はおまえのことも何も知らない」

「………………」

「おまえが何を考えて文芸部に入ったのか。なんで、俺や御影さんにあんなよそよそしい態度を取るのか」


 俺の言葉を聞いた彩音は困惑したように眉をひそめる。


「俺はそれを知る為にも、この文芸部をまだ終わらせるわけにはいかないんだ」


 朝、瀬尾から聞いた言葉が、頭を過る。


『案外、近しい人のことでも知らないことってあるものだよ』


 そうだ。俺は部活の仲間のことを何も知らない。従妹である彩音のことすらも。

 それは俺の負い目だと思っていた。人と関わろうとしなかった俺の罪だと思っていた。なぜなら、俺は自分の想いや過去をすべて吐露しあうことが真の仲間になる条件だと思っていたから。だから、部員の想いも過去も知らない俺は仲間になんかなれないんだと勝手に思っていた。

 でも、それはきっと違う。


 ――仲間だから知りたいと思うんだ。


 仲間になる為にその人を知るのではない。仲間になったから、その人のことが知りたいと思えるんだ。


「俺はおまえの想いも、過去も知りたい」


 俺は彩音から目を逸らさずに宣言する。


「それはおまえが俺の仲間だからだ……」

「………………!」

「少なくとも、そうありたいと、俺は願っている……」


 彩音は俺の言葉を聞いて、また眼を見開き、俺を苦虫を噛み潰したような顔でにらむ。

 そして、言う。


「やはり、夏樹さんは変わりました……」


 その言葉に込められているのは、明確な怒りだった。

 今の彼女の言葉には、いつも見られない感情が溢れていた。

 いや、違う。

 いつも彼女の感情は、すぐ目の前にあったんだ。

 ただ、俺が見ようとしていなかっただけ……。

 彩音は潤んだ目で呟く。


「あなたはと思っていたのに……」


 俺は仲間である彩音の想いを知りたかった。

 だけれど、今はそうしている時間はない。


「すべてが終わって、俺が文芸部を守れたら話そう」


 俺はそれだけ言って、再び校門へと駆けだした。

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