第41話 お寿司屋さん

 瑞菜が教えてくれるお寿司屋さんに行くにしても少し時間が早いので、一旦荷物をおいて腹ごなしも兼ねて散歩兼ショッピングをすることになった。

 

「琉夜はもっと洋服に気を使いましょう」


 ごもっともである。

 

「ほんとうはもう少し良いものを着たほうが良いんだろうけど、案外馬鹿にできないからねここの服は」


 ユ○クロである。


「ところで、前からちょっと気になってたんだけど……

 おごってもらってるけど、お金って大丈夫なの?」


「ああ、うーんと、言いづらいけど……事故のアレで……」


「あ……ごめんなさい……確かに私も……」


「うん、いいよ。お互いに人には言いづらいことだからね……」


 そっと腕を組んでくる。その手が少し震えている気がした。


「ほんとに大丈夫だよ瑞菜。気にしないで」


 服を掴む手にそっと手を添える。


「……ごめん……」


「うん」


 しばらく当てもなく歩いてなんとなくシャツやらパンツやらを選ぶ。

 瑞菜もすこしづつ元気を取り戻してくれて色々と選んでくれるようになる。

 

「瑞菜。俺達はお互いに似た過去を持っている。

 だからこそ、お互いにそのことに関して気を使いすぎないようにしよう」


「……うん。そうだね。ありがと」


 やっと自然な笑顔が戻ってくれた。


「その笑顔が最高に好きだから、落ち込まないでね」


「……もう、馬鹿……」


 うつむいた耳が少し赤い。こういう可愛い反応してくれるから素直な気持ちを言い甲斐がある。


 軽くお茶をして、目的のお店へと移動するために地元へと戻る。

 瑞菜は俺の知らない道を曲がって俺をどんどん新しい場所へと連れて行ってくれる。今はそれがとても心地よい。

 知っている街から二本も道を曲がれば、全く知らない町並みが並んでいる。

 寿司屋はそんな知らない町並みに佇んでいた。

 自然の木を切り出したような雰囲気のある看板に『鮨 たなか』と書かれている。

 整えられた植木で外からの視線から守られた木造の建物、日本庭園風の入り口、少し高級そうだ。

 

「ここのお魚は、ほんっとうに美味しいから!」


「なんていうか、お店構えが美味しそうです……」


「はは、いいねその表現!」


 まだ少し早い時間なので店内はとても静かだった。

 美しい木のカウンターでは職人さんが開店後も準備に忙しそうだ。


「いらっしゃいませ」


「連絡していた織崎です」


「ご予約の織崎様……こちらへどうぞ……」


 いつの間にか予約を取っていてくれたらしい。

 店員さんに案内されたのは奥の個室。窓から遠くには夕暮れの町並み、手前にはライトアップされた中庭。見事な風景が広がっている。


「な、なんか凄いお店だね。中も……」


「雰囲気いいでしょ? あ、でもたぶん想像しているような超高級店ってわけじゃないよ? 少し背伸びすれば届く感じ」


 庶民的な説明が小市民な自分にはとてもわかり易かった。


「何か嫌いなものある?」


「今日わかると思います……」


「あ、そうだよね。オススメで出してもらおっか。ビールでいい?」


「あ、はい。お願いします」


「私にお願いするわけじゃないでしょ」


「き、緊張しちゃって……」


「私も初めて店長に連れてきてもらった時はそんな感じだったからわかる。

 でも、ひとくち食べたら……ふっふっふ……」


「なんだか楽しそうだね」


「うん! 好きな人に美味しいものを教えるのってこんなに楽しいんだなーって」


 わかる気がする。好きな人に喜んでもらいたい。

 その気持のワクワク感は、俺も今、初めて学び始めた。

 瑞菜には感謝しかない。


「かんぱーい」


 それにしても瑞菜は幸せそうな顔でビールを飲むものだ。


「ん?」


「あ、いや。瑞菜はビール飲む時本当に幸せそうな顔してるなって」


「え、嘘? そんなにマヌケな顔してる?」


「いや、いいと思う。一緒に飲んでてこっちまで幸せになる」


「ほ、褒められてるんだよね?」


「最上級に?」


「なら良かった。ささ、食べて食べて」


 ビールと一緒にコハダの酢じめが出された。

 

「いただきます」


 ものすごく久しぶりの生魚、酢じめなので純粋な生魚ではないかもしれないが……

 一切れを食べてみる。

 ほのかな甘味と酢の丁度いい塩梅が口の中をさっぱりとさせる。

 酢じめされているのにコハダの生感を感じる。

 魚の臭みなんて一切感じない。


 簡単に言って。


「超……旨い……」


「でしょー!」


「味の比較がないんだけど、旨い……のはしっかりとわかる」


「良かったー。間違いないのは知ってても、生魚はちょっと不安だったんだよね……」


 次は鰺のお作りが運ばれてきた。


「うー、ダメだ。我慢するつもりだったけど……すみません、日本酒冷でおちょこ2つで」


 瑞菜さんが鯵をみてすぐに店員さんにオーダーする。


「あと、こちら、珍味で鯵の心臓になります」


「おお、動いている……」


 小さな赤い塊が拍動している。死ぬまで行きていた証拠だ。


「これは珍味だから無理しなくても……」


「いや、いただきます」


 なんとなく、こういうものに抵抗はない。

 生姜と一緒に食べる。生臭さや血生臭さはない。歯ごたえのある、うん美味しい。


「平気だね、というか美味しい。お刺身もいただきます」


 美しい銀、青い輝き、ぷりっぷりの身を少しだけ醤油につけていただく。

 とろける。ぷりっぷりの歯ごたえの後に、とろける。


「え、こんなに美味しいの刺し身って……なんか、凄い期間損した気分になってきた……」


「うーん、ここのがとんでもなく美味しいのは本当だけど、刺し身食べなかったっていうのは、損してましたよ旦那ー」


「あと、日本酒頼んだ理由もはっきりと判りました。

 日本酒のほのかな甘味と、このお刺身の味わい、合う。断言する」


「琉夜さん、通ですな」


「いやー、瑞菜さんも美味しい物を沢山知ってらっしゃる……」


「これからも色んな所に連れていきますよー」


「本当にお願いします」


 その後も、ありとあらゆるものが美味しい夢のような時間を過ごすことが出来た。


 俺達が、ある程度以上のアルコールを摂取しているとリフクエに入れないことを知るのは、天国にでもいるようなご機嫌、ルンルン気分で帰宅した後であった……



 ラックとケアにはメッセージ機能で平謝りしておきました。

 リアルつながりもバレました。


『なんかこの間から変だったもんねー、お幸せに。また行くときは誘ってね』


 お二人が大人で助かりました。

 その後仕方がないので部屋でゆっくり飲み直して。

 イチャイチャして寝ました。


 幸せだー。

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