第30話 楽しい買い物

 家に戻り買い物で手に入れたものを開封していく。

 最低限暮らしに必要な物しか無い俺の部屋に、彩りと余裕が生まれていくような気分だ。

 洋服も着られればいいって考えで買っているから、今後はそういうものも意識したほうがいいかもしれない……

 それよりも差し迫った問題が有る。


「この顔はやばい」


 結構ガチ泣きをしてしまったおっさんの腫れぼったい顔で瑞菜さんを迎えに行くわけには行かない。

 こういう時は冷水シャワーだ。

 

「うひゃっ!」


 大荷物を抱えて汗ばんだ身体に冷たいシャワーがあたり、気持ちがいい。

 色々なことを知って知恵熱を発している頭も冷静さを取り戻してくる。


 シャワーから上がると自分が持っている中では一番ましな白い襟付きのシャツとジーンズを引っ張り出す。

 普段はTシャツとジャージみたいな楽なズボンで一日過ごしている俺からしたら、おしゃれと言っていい。

 なんとなくリハビリも兼ねた筋トレをしているので身体つきは悪くないと思う。

 昼ごはんを食べられなかったが、俺の身体は毎日正確に食事をしているせいで腹が空く。

 まだ流石に時間が早いから何かでごまかさないと……


「あ、ナシまだあったな」


 冷蔵庫に入れられた残り少しのナシをひょいひょいっと放り込む。

 キンキンに冷えたナシは口の中に爽やかな甘味を運んでくれる。

 シャリシャリとした食感も好ましい。

 空腹が満たされるわけではないが、それでも一心地はつけた。

 

 こういう時にリフクエがないと何もすることがない自分がいる。

 何の気なしにパソコンを開いてメンテ中のみんなの書き込みを見る。

 皆メンテナンスが開けるのを楽しみにしている。

 悲鳴に近い書き込みで溢れていた。

 

「しかし……大垣先生の弟さん……」


 あとで先生が元気かどうか店長に聞かないと……

 瑞菜さんはどこまで知ってるんだろ……

 言葉汚くメンテを罵っている書き込みを見て、そっとパソコンを閉じる。

 

「食器一度洗っておくか……」


 購入した食器を一通り洗う。

 ガラガラだった食器を乾かすエリアに綺麗に食器が並べられていく。

 その光景が、何故か心地よかった。

 それと同時に、部屋の中の殺風景さが、少しさびしく感じ始めていた。


「雑貨屋にでも行ってみるか……」


 時間はまだ余裕がある。商店街の雑貨屋や100円ショップなどを覗こう。

 備え付けの下駄箱にずっと入りっぱなしのスニーカーを履いて、俺は外に出る。

 サンダルとの違いに少し驚く。

 なんとなく、走り出したくなる。そんな気持ちだ。


「せっかくシャワー浴びたのに、流石にしないけどね……」


 それでも、まるで身体に新しい羽でも生えたような、そんな気持ちが生まれる。

 ただ歩くだけで楽しくなる。

 商店街の雑貨屋にはまるで宝石箱のように、様々なものが所狭しと置かれている。

 宝石箱のように見えたのは、自分の見る意識が変化したからだろう、以前なら別段何の感想も持っていなかった。

 しばらく雑貨を見ていると、自分は動物を模った物を好ましく思うのだということに気がついた。


「……親父の……影響だな……」


 遠い昔、動物たちは自分の生活の側に当たり前のように溢れていた。

 親父の手伝いでよく世話もしたが、動物というものは損得なしに可愛いものだと思っていた。

 自分も出来ることなら動物に関わる生き方をしたい。

 そんなふうになんとなく考えていた。


「今更だよな……」


 犬が伏せたような形の箸置きが、気に入って手に取っていた。

 その後も幾つかのお店で買物を済ませて一旦帰宅する。

 今からお店に瑞菜さんを迎えに行けばちょうどいい時間になっていた。

 俺は一応変なところがないか鏡で確かめて、お店へと向かった。


 夕方少し早い時間、惣菜を求める奥様方が多い時間だ。

 相変わらず繁盛している。

 すでに瑞菜さんはカウンターにはいなかった。


「お疲れ様です! 時間ぴったりですね」


 お店の外から入ってきた瑞菜さんに肩を叩かれた。

 裏から出て回ってきたみたいだ。


「遅れなくて良かったです」


「店長から聞きましたよー、無謀な買い物をして困ってたって」


「ああ、店長すみません、きちんとお礼を言って無くて……」


「いいのいいの、瑞菜ちゃんにオードブル持たせたから、楽しんでよ~」


 店長はニコニコ、というかニヤニヤしている。

 

「そういうわけで、こんなに持たせてもらっちゃいました」


 結構大きな袋だ。張り切りすぎだろ店長。でも有り難い。


「ありがとうございます。持ちますよ」


「それじゃぁ店長また明後日!」


「はーい、二人共楽しんでね」


 店を後にする。

 

「酒屋さんに寄って行きましょう。

 琉夜さん初めてだから、いろいろと試してみましょう!」


 瑞菜さんのテンションも高い。楽しそうにしてくれると俺も嬉しい。

 

「あっ、これ新発売のやつだ。

 これも見たこと無いなぁ……」


 みるみると籠に缶のお酒が増えていく。


「瑞菜さんって結構飲むんですか……?」


「え! あ、いやいや、流石に普段はこんなに買いませんよ!」


 こんなに買ってたらびっくりです。


「そーだ、琉夜さんの家の冷蔵庫って製氷機つきですか?」


「ええ、家出る前に確認してきたので大丈夫かと……」


「良かったです。結構氷ってかさばるので」


 慣れてらっしゃる。

 そんなこんなでおつまみも含めて結構な量買い物してしまった。

 お金出すと食い下がる瑞菜さん。


「もー、そんなつもりじゃないのに……」


「旦那さん優しくていいじゃないの」


 店員のおばちゃんからそう言われてゆでダコになっている隙に支払う。

 おばちゃんナイスです。


 帰り道も真っ赤になってうつむいてブツブツとつぶやいていた。

 




 

 

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