シズメたまへ(脚本形式)

FZ100

シズメたまへ

【登場人物表】

真魚井静女まないしずめ 15歳 高校一年生。合唱部員

  頼信と後妻・睦の娘。頼信55歳のとき誕生

  航太郎にとっては叔母にあたる

佐名目航太郎さなめこうたろう 15歳 高校一年生

  静女の幼馴染。静女の甥にあたる

・佐名目久枝ひさえ 40歳 航太郎の母、静女の異母姉

・真魚井あつし 35歳 航太郎の叔父、静女の異母兄

・真魚井頼信よりのぶ 70歳 静女の父。航太郎の祖父

・真魚井むつみ 50歳 静女の母、頼信の後妻


三隅真紀みすみまき 15歳 航太郎の同級生。演劇部員

千代延新ちよのぶあらた 15歳 航太郎の同級生

錦織守にしこりまもる 15歳 静女の幼なじみ。合唱部員

湯里洋ゆさとひろし 15歳 航太郎の同級生。演劇部員


・担任教師 男性 航太郎たち一年三組の担任。三十代の中堅教師。

・国語教師 女性。二十代半ばの若手教師。

・一年三組の生徒たち

・その他生徒たち

・野球部員

・合唱部員たち

・僧侶

・司会 斎場の司会役


○ 回想

  赤ん坊の静女と航太郎の写真。

航太郎(N)「いつ頃知り合うたか、よう憶えとらんけど――」

  三歳の静女と航太郎。並んで写真に写っている。

航太郎(N)「いつも傍にいた」

  七五三の写真など幾つもの写真が交差する――


○ 春・高校(全景)

  山陰の地方都市。その公立高校。

テロップ「入学式前日」

  新入生を迎える掲示板。

  クラス分けで氏名が列挙されている。

  むらがる新入生たち。

  佐名目航太郎(15)、同じ中学出身の千代延新(15)、三隅真紀(15)と並んで

  いる。

  一年三組に航太郎の名が。

航太郎「お、三組だ」

  と、航太郎の親戚の真魚井静女(15)が背後から呼びかけてくる。

静女「航太郎君」

  航太郎、気づかない。掲示板をじっと見ている。

静女「……航太郎?」

航太郎「……」

静女「(苛立つ)……コッタ君!」

  驚いた航太郎が振り向くと後ろに静女が立っている。

航太郎「静女ちゃん」

  静女、微笑。

静女「同じクラスだね」

  確認すると、三組の名簿に静女の名もある。

航太郎「あ、本当だ」

  真紀が振り返って笑う。

真紀「コッタって航太郎?」

航太郎「(赤面)……そう」

  幼い頃の航太郎のイメージ挿入。

航太郎(N)「赤ん坊のとき、航太郎とうまく発音できなくてコッタ、コッタと

 自分を呼んでいたらしい。それで未だにコッタ君である」

新 「航太郎、あの娘誰?」

航太郎「親戚」

真紀「従妹なん?」

静女「(きっぱりと)叔母ですけぇ」

航太郎「……甥です」

真紀「え?」

  ポカン、とあっけにとられた真紀と新。

航太郎「生まれたんは俺が先だけぇ」

静女「二日早いだけじゃない」

真紀「あの、よう分からんけど――」

航太郎「要するに――」

  航太郎、静女をちらと見る。

航太郎「俺の祖父さんが五十五のときにこさえた娘」

新 「山本五十六みたいじゃん」

真紀「ってことはつまり、航太郎君のお母さんが――」

  気づくと、航太郎と同じ中学出身の仲間たちが集まっている。

静女「私の姉です」

  どよめく周囲。

航太郎「別にいい話じゃないぞ」

静女「(うなだれる)お父さんと歩いてると、いつも『お孫さんですか?』っ

 て間違われるのね……」

  感心する周囲。

  静女、一礼。

静女「真魚井静女です。これからよろしくお願いします」

新 「あ、ああ、よろしくです」

真紀「こちらこそ、よろしくお願いします」

静女「じゃ、私これから部活の見学に行くから」

  静女、その場を離れていく。

  各クラブ、新入生の勧誘で上級生が集まっている。

新 「静女ちゃんって、何中?」

航太郎「二中」

  真紀、航太郎の肩をポンポンと叩く。

真紀「残念だったね――」

航太郎「何が?」

真紀「従妹だったら結婚できたのに」

航太郎「知るかッ」

真紀「まあまあ、そうムキにならんでもええけぇ」

航太郎「君は自分のオジサンと恋をしたいか?」

真紀「(首を横に振る)全っ然」

新 「(感心)でもさ、はっきり言って美形じゃん」

航太郎「幼馴染が好みのタイプとは限らないだろうが」

真紀「それ、静女ちゃんに言われたんでしょ」

航太郎「(図星)るさいッ」


○ 翌日・高校・体育館(朝)

  入学式を終え、体育館から生徒たちが退場していく。


○ 同・廊下~一年三組(朝)

  出入口上に「一年三組」と札が。


○ 同・一年三組(朝)

  入学式を終え、生徒たちが席についている。

テロップ「初日」

  静女は窓際の席にいる。

  航太郎、静女をちらと見やる。

航太郎(M)「でも確かにきれいになったよなぁ」

航太郎(N)「うちのバカ親父に言わせると、女の子は高校に上がるくらいから、

 サナギが孵化するように急に娘らしくなる。なるほど、言われてみれば、そ

 の通りだ」

担任教師「じゃあ、皆に自己紹介してもらおうか」

  一瞬ざわついた生徒たち。

  ×  ×  ×

  静女、立ちあがる。

静女「市立ニ中出身、真魚井静女です。佐名目君とは親戚同士です」

  航太郎に視線が集まる。

航太郎(M)「言わにゃあええのに」

  静女と航太郎の視線が合うが、航太郎、視線をそらす。


○ 放課後・音楽室

  合唱部の練習。静女もいる。

  歌う静女。

航太郎(N)「静女に影響されたのか、俺の周りも人が寄ってくるようになった。

 こちらとしては迷惑なだけだ」


○ 放課後・道~体育館/旧練兵場(夕方)

  航太郎、靴を履き替え、表に出る。

  体育館の前を通りかかると、建物の間で静女がきょろきょろしている。

航太郎「何しよるん?」

  振り返った静女、煉瓦造りの建物(※旧陸軍練兵場)を指さす。

静女「中、入れるん?」

 

○ 旧練兵場(屋内練習場)

  木製の扉が開いている。

航太郎「覗いてみようか」

  扉をくぐると、床は無く、地面がむき出しとなっていて、建物内はあちこ

  ちがネットで覆われている。

  静女も跡に続く。

静女「……」

航太郎「たぶん、野球部だろう」

静女「そうかぁ……」

  航太郎、ふと思い出す。

航太郎「そういえば、小学生のとき、展望台に上がりたいって言うたんだっけ」

静女「ああ、そうだった」


○ 回想・航太郎の通う小学校(全景)

  展望台がある建物。

  学芸会を終え、親子連れでにぎわっている。

静女の声「コッタ君」

  航太郎(9)が声のした方を見ると、静女(9)と静女の母の睦(44)がいる。

航太郎「こんにちは」

睦 「こんにちは、航太郎君」

静女「ねえ」

  静女、展望台を指さす。

静女「私、あそこ行ってみたい」

航太郎「ええよ」

睦 「ええん?」

航太郎「どうせ見つかりゃあせんけぇ」

  睦、まぁといった表情になる。

静女「じゃ、お母さん、待ってて」

  静女、航太郎と一緒に校内へ向かう。


○ 同・階段~展望台

  静女、階段の先を見上げる。

静女「……」

  ×  ×  ×

  展望台から見下ろす静女。

航太郎「ほら、前に山があるけぇ、そがぁに見えやせん」

静女「ああ、うん……、でも結構向こうまで見える」

  静女の表情、目を輝かせている。


○ 回想終わり・旧練兵場(屋内練習場)

  野球部員が入ってくる。

部員「君ら、何しとるん?」

  振り返った静女と航太郎。

静女「すみません、中が見とうて」

部員「見ての通り。雨天練習場」

  航太郎、静女に目配せする。

航太郎「じゃあ、そろそろ失礼します」

  野球部員、静女に目をやる。

部員「君、一年だろう? 野球部の見学は?」

静女「私?」

部員「マネージャーなら大歓迎だよ」

静女「(言葉を濁す)あ……、私、野球のルール、よう分からんし……」

部員「最初は皆そうだよ」

  静女、かしこまる。

部員「君は?」

航太郎「アハハ、球技は全然ダメで」

  野球部員、笑ってうなずく。

部員「ま、何かあったら声をかけてくれ」

航太郎と静女「ありがとうございます」

  航太郎と静女、外に出る。


○ しばらく後・高校(全景)

テロップ「四月末」


○ 同・一年三組(朝)

  生徒たちが席についている。

航太郎(N)「五月の連休を間近に控えたある日――」

  ホームルームの時間。

  担任が出欠を確認する。

担任教師「えーっと、真魚井はまた休みと」

  航太郎、静女の席をちらと見やる。

  静女の席は空席のまま。


○ 休日・住宅街

  晴れた一日。

テロップ「休日」

  植え込みのツツジ。花が咲いている。蜂が寄ってきて蜜を集めている。


○ 同・静女の自宅

  一台の車が停まる。

  降りてきたのは航太郎と母の久枝(44)。

  航太郎、呼び鈴を押す。

  出てきたのは静女の母・睦(50)。航太郎の祖父の後妻。

久枝「静女、大丈夫です?」

睦 「ちょっと熱を出しとって」

航太郎(N)「静女は体があまり強くない」

睦 「まぁ、入っちゃんさい」


○ 同・静女の部屋

  航太郎たち、入ってくる。

  静女、読んでいた本を閉じる。

静女「いらっしゃい」

航太郎「せやなぁ?(※大丈夫?)」

静女「うん、もう熱も下がったし」

睦 「でも、あと少しで肺炎になるところだったんよ」

航太郎「わ……」

久枝「静女、あんた体弱いんだけぇ無理したらいけん」

静女「高校に入って気が張っとったんかな」

久枝「航太郎、あんた、ノート貸してあげんさい」

航太郎「ああ、うん」

静女「よろしくね。コッタ君」

航太郎(N)「ここだけの話、危うくあだ名がコッタとなりかけたのだが――」

  と、ドタドタと階段を駆け上がる音が。

  航太郎の叔父・淳(35)が入ってくる。

淳 「静女――」

静女「お兄ちゃん」

  淳、菓子折を置く。

淳 「(オーバーアクション気味)大丈夫か? 他に悪いところないか?」

静女「(苦笑)ちょっと風邪をひいただけ」

  睦が入ってくる。

睦 「いつもすみませんねえ」

淳 「大事な妹ですけぇ」

  と、淳、航太郎がいるのに気づく。

淳 「お、航太郎も来とったか」

久枝「二人とも今年で高校一年よ」

淳 「そうか、そりゃ忙しかろう」

航太郎「うん、もう少し勉強しとけばよかったわ」

淳 「まぁ、しばらくしたら慣れようて」

  静女、笑顔に。

静女「そういえば、お父さんは?」

睦 「出かけたみたい」

静女「こういうとき、いつも逃げちゃうんよね」

久枝「でもね、あれで昔は怖い人だったんよ」

静女「へぇ」

淳 「そうそう。何かあったらすぐ怒鳴られたわ」

航太郎(N)「祖父が怖い人だった――よく聞かされたけど未だに実感できない」


○ 静女の部屋

  カレンダーが一枚一枚めくられていく。

  春から夏へと季節は移る。


○ 高校(全景)

  夏の深い青空。

テロップ「七月末」


○ 同・一年三組

  夏期休暇中の補修授業。

  航太郎は気だるそうに授業を聞いている。

  制服は夏服。

航太郎「暑い――」

  チャイムが鳴り、授業は終わる。

  ×  ×  ×

  航太郎、新とダベっている。

航太郎「あー、やっと終わった」

新 「クーラー入れてくれんのんかの?」

航太郎「図書室ならクーラーあるぞ」

新 「いや、こう暑いとマジで集中力が切れるわ」

  真紀が寄ってくる。

真紀「ねえねえ」

航太郎「何?」

真紀「秋の文化祭だけど――」

航太郎「そがぁな先のことまでよう考えられ

 ん」

真紀「だから、バンド組まん?」

航太郎「あん?」

真紀「演劇部の湯里君、ドラムできるんよ」

新 「ほぉ」

真紀「あんた達、ギターとベースできるでしょ。私がキーボードでどう?」

航太郎「……考えとくわ」

真紀「いや、だけぇ、夏休み中に一度合わせてみん?」

  航太郎の視界に静女がちらと映る。

航太郎「(独り言)んー、たまには良いとこ見せとかんといけん」

真紀「何?」

航太郎「いや、何でもありゃせん」


○ 航太郎の部屋(夜)

  航太郎、アコースティック・ギターをつま弾いている。

  と、ドアをノックして久枝が顔を覗かせる。

久枝「いつまで弾いとるん?」

航太郎「ああ、実は文化祭にエントリーしようと思うとって」

久枝「近所迷惑だけぇ、ほどほどにしときんさい」

  言い終えると久枝、ドアを閉める。


○ 航太郎の部屋

  カレンダー、八月後半となる。


○ 高校・一年三組

  補修授業が終わり、独りボーッとしている航太郎。

  と、携帯電話のバイブレーションが。

  航太郎が携帯を手に取ると、新着メールが届いている。

航太郎(M)「サヒメール?」

  メールのタイトルが「サヒメール」

  本文を読むと、「近頃元気ないね。どうしたの?」とある。

航太郎(M)「サヒメって何だったっけ?」

  記憶をたぐり寄せる航太郎。


○ 回想・小学校の学芸会

  舞台で三年生が「ちび姫と巨人」という劇を演じている。

  舞台上では狭姫さひめという女神に扮した真紀(9)が巨人の足音(の効果音)に

  右往左往している。

狭姫「巨人の足音がこっちに近づいてくる! 早く逃げなければ」

  狭姫、舞台をぐるぐる回って逃げ惑う。

  巨人の足音が大きくなり、段々近づいてくることを表現する。

狭姫「ちびの私ではどこに逃げても同じようなもの。ああ、どうしよう?」

  狭姫、頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまう。

  と、狭姫の家来の赤雁(渡り鳥)に扮した新(9)が登場。

赤雁「やっと見つけました。姫、早く逃げましょう」

  赤雁、狭姫を背負って舞台から退場。


○ 回想終わり・教室

  小学生のときの劇のことだと思い出した

  航太郎、あれこれ考える。

航太郎(M)「真紀かな? ……いや、知らないアドレスだな」

  ふと、脇を見やると、静女がクラスメイトの女子と話している。

航太郎(M)「静女でもない……」

  航太郎、メールを放置して携帯をしまう。


○ 航太郎の部屋(夜)

  航太郎の携帯にまたサヒメールが届いている。点滅するダイオードランプ。

航太郎「ん?」

  航太郎、本文を読む。

声 「夏休み終わってから元気ないよね。大丈夫?」

航太郎(M)「狭姫やったの真紀だよな。でも、アドレスが違う。静女も違うし」

  航太郎、「誰?」と返信する。

  と、更に返信が。

声 「何か悩んでいるの?」

  航太郎、「余計なお世話じゃッ」と返信する。

航太郎(N)「でも、悩んでいたのは事実だった」


○ 航太郎の部屋

  カレンダーが一枚一枚めくられていく。

  夏から秋へと季節は移る。


○ 高校・放課後・とある教室

  窓から航太郎と担任が個別面談している姿が覗く。

  航太郎、立ち上がると一礼してその場を去る。


○ 同・廊下

  教室から出てきた航太郎。静女が次の面談を待っている。

航太郎「静女が次?」

静女「うん。面談、どがぁな感じだった?」

  航太郎、ため息をつく。

航太郎「青雲の志はどうした? ってさ」

静女「どういう意味?」

航太郎「どがぁもこがぁも、言葉の通りだけぇ。進路、考え直さんといけん」

  航太郎、うなだれたまま、その場を去っていく。

  静女、無言で見送る。と、担任教師がドアを開け顔を出す。

静女「あ、スミマセン」

  静女、慌てて教室に入る。

  ×  ×  ×

  航太郎、廊下を歩きながら思案する。

航太郎(M)「部活辞めて勉強に専念した方がええんかな?」


○ 航太郎の部屋(夜)

  部屋で漫画を読んでいると、航太郎の携帯にサヒメールが届く。

声 「部活、休んでいるらしいけど、何かあったの?」

  航太郎、逡巡しつつ、返信する。

  以下、メールのやり取り。

航太郎「特に何かあった訳じゃないけど、部活、辞めようかなと思ってる」

声 「なして?」

航太郎「勉強に専念しようと思ってさ」

声 「部活辞めて、それで空いた時間、全部勉強時間に充てられるの? 本当

 に実行できる?」

  率直な意見に航太郎、ぎょっとする。

航太郎「それは……」

  航太郎、読みかけの漫画のページを閉じ、そのまま携帯をしまおうとして

  思い直す。

航太郎「で、君は誰なんだ? 静女?」

  ×  ×  ×

航太郎「返信が来ん……。なしてこがぁな事しよるんだろ?」


航太郎(N)「しかし、打ち明けることで大分気が楽になったのは確かだった」


○ JR山陰本線(朝)

  単線の路線を気動車が東へと進んで行く。

テロップ「秋」


○ 車内

  車内に航太郎の通う高校の合唱部員たちがまとまって座っている。

  合唱部員たちは制服姿(冬服)。

航太郎(N)「今日は合唱コンクール県大会」

  少し離れたところに私服姿の航太郎と真紀、新が座っている。

航太郎(N)「で、俺たちは応援という訳」

  ×  ×  ×

  と、航太郎の携帯にサヒメールが届く。

声 「結局、部活辞めなかったんだね。それで良かったと思うよ」

  航太郎、無言でメールを見つめる。

  面を上げると真紀がいる。

真紀「どうかした?」

航太郎「いや、何でもない」

真紀「ふうん」

  視線をそらして車内を覗くと、静女は合唱部員たちの中にいる。

  航太郎、「誰?」と返信する。

  ×  ×  ×

航太郎(N)「返信は無かった」

  航太郎、ふと思いつく。

航太郎(M)「もしかして、真紀と静女と共通の友人で誰かいるのでは? ひょっ

 として長沢さん?」

  妄想した航太郎、少しだけ舞い上がる。

航太郎(M)「いや、それは無いな……」

  窓の外、宍道湖湖畔を走る。松江の町並みが見えてくる。


○ JR松江駅・階上のホーム

  ホームに快速列車(気動車)が到着した。

  列車のドアが開くと、合唱部の部員たちが出てくる。その中に静女もいる。

  遅れて航太郎と真紀、新が出てくる。

真紀「(急かす)航太郎、早う」

航太郎「悪い悪い」

  航太郎達、階段を下りて改札口に向かう。


○ ホール(全景)

  合唱コンクールが催される会場。


○ 同・観客席

  航太郎、真紀、新が並んで座席につく。

  真紀が膝の上にボイスレコーダーを出したのが航太郎の目にとまる。

航太郎「それ何?」

真紀「ボイスレコーダーで録音するん」

航太郎「ああ、なるほど」

新 「携帯電話で録音できるんじゃないか?」

  航太郎、携帯電話を手にする。

航太郎「あ、本当だ。俺も録ってみよ」

  ×  ×  ×

  ある学校の合唱が終わると会場から拍手が起きる。

新 「うちの学校、勝てるかな?」

真紀「うーん、出雲はええ先生がおるらしいけぇ、中々厳しいんと違う?」

航太郎「へえ、そうなんだ」

  と、自分たちの学校の合唱部が入場してくる。

  整列した中に静女の姿もある。

  ピアノの伴奏がはじまる。

  集中しようと表情が硬くなった航太郎。

  ×  ×  ×

  歌い終え、静女たち、退場する。

  拍手する航太郎たち。


○ JR山陰本線(夜)

  単線の路線を気動車が西へ進む。


○ 同・列車の中(夜)

  コンクールが終わり、一同は帰路についている。

  窓の外は既に暗くなっている。

  カタンコトンと規則的な音が車内に響く。

  真紀、レコーダーにイヤホンをつけ、録音した合唱を聴いているが、ボリュ

  ームをいじると、イヤホンを外してしまう。

真紀「あーっ、うるさくて聞こえやしない」

  ディーゼルエンジンのノイズが高まり、列車は加速する。

新 「ボリュームどれくらいだよ?」

  真紀、携帯音楽プレイヤーのディスプレイを新に見せる。

新 「わ、普段の倍あるじゃん。それで聞こえんのん」

  航太郎は窓の外をじっと見ている。

真紀「何か見えるん?」

航太郎「いや、なんも」

真紀「今、温泉津だけぇ、あと一時間くらいかな」

航太郎「合唱部……惜しかったよな」

真紀「銀賞だけぇ、中国大会は行けん」


○ JR浜田駅・ホーム(夜)

  快速列車が到着する。

  ホームへ生徒たちが降りてくる。

  思い思いに会話を交わす生徒たち。

  航太郎と静女の視線が交わる。

静女「今日は応援してくれてありがとう」

航太郎「いや、お疲れ様」

  軽く会釈すると二人は別れる。

  静女に背を向けたとき、静女の声が航太郎の耳に届く。

静女「錦織君、送っていってくれる?」

守 「いいよ」

  航太郎、思わず振り返る。

  静女、錦織守(15)と並んで歩いている。

  その後ろ姿。

航太郎「…………」

真紀「どがぁしたん?」

航太郎「あ、いや、別に……」

  真紀、静女の後ろ姿に目をやる。

真紀「ふうん? 静女ちゃんが気になる?」

航太郎「いや、何か凄い自然な感じがしたんだわ」

真紀「よさげな関係だよね」

  航太郎、真紀を横目でちらりと見やる。

航太郎「……送っていこうか?」

真紀「お、珍しく優しいねえ」


○ 数日後・高校・図書室

  図書委員の航太郎、カウンターに詰めている。制服は冬服。

  航太郎、数日前の出来事を思い出す。

  静女と一緒にいた錦織の姿が脳裏に浮かぶ。

航太郎(M)「合唱部員なんだよな。で、送

 ってくれってことは近所なのかな?」

  誰かがカウンターの前に立つが、航太郎は気づかない。

守 「すみません」

  その声で航太郎、我に返る。

航太郎「ああ、どうも」

  航太郎、カウンターの前に立っているのが錦織守だと気づく。

航太郎「あ――」

守 「ああ、君、航太郎君だろう? 真魚井の従兄の」

航太郎「え?」

  守、笑顔になる。

守 「ほら、君が真魚井の家に泊まったとき、一緒に遊んだだろう?」

航太郎「ああ、そういえば――」

航太郎(N)「彼、錦織守はやはり静女の幼なじみだった。で、結果はと言えば、

 お友達が一人増えた」


○ 翌日・一年三組(朝)

  始業前の時間。

  時計の針は八時十五分を指している。

  航太郎が席につこうとすると、静女が呼び止める。

静女「航太郎」

航太郎「うん?」

静女「錦織君と話したでしょう」

航太郎「知っとったん?」

静女「小学生のとき一緒に遊んだじゃない。それが記憶にはっきり残っとるん

 だって」

  静女、くすりと笑みを漏らす。

静女「楽しい思い出らしいよ。よかったね」

航太郎「彼、いい奴だよな」

  静女、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

静女「な思ひと――」

航太郎「はい?」

  静女、万葉集、依羅娘子よさみのおとめの句を諳んじる。

静女「な思ひと 君は言へども 逢はむ時 いつと知りてか 我が恋ざらむ」

航太郎「何それ?」

静女「依羅娘子」

航太郎「はい?」

静女「万葉集よ。準地元なんだから憶えときんさい」

航太郎「えーと、で、誰の歌?」

静女「依羅娘子」

航太郎「知らん」

静女「柿本人麻呂の現地妻」

航太郎「何じゃそれ?」

静女「だから、自分で調べんさい」


○ 図書室

  航太郎、書棚から万葉集を出してページをめくる。

航太郎「……」


○ 職員室

  職員室に入った航太郎、万葉集の本を持って国語教師(女)の席に向かう。

航太郎「先生、すみません、柿本人麻呂の歌ってどこを探したらいいんでしょ

 う?」

国語教師「あら、興味が湧いたの?」

  国語教師、笑顔で向き直る。


○ 図書室

  図書室に戻った航太郎、索引を辿ってページをめくる。

  柿本人麻呂の

  「石見の海 打歌の山の木の間より 我が振る袖を 妹見つらむか」

  という歌が記されたページに至る。

  依羅娘子の歌はその返歌。

  航太郎、じっとその解説を読む。

航太郎(M)「二人が別れたときの歌か。な思ひと……そんなにまで思い煩うな

 ……」

  静女の姿が脳裏に浮かぶ。

航太郎(M)「思わせぶりだけど、言いたいのは『な思ひと』だけだろうて。ま

 あ、要するにあれこれ気にするなってことか」

  しばし思案した後、ハタと気づいた航太郎、本をバタンと閉じる。

航太郎「真紀のやつ、全部しゃべったな」

  航太郎、窓の外を見つめる。

航太郎(M)「だけど、俺、どう思われとるんだろう?」

  新が背後から声をかけてくる。

新 「何独りでぶつぶつ言うとるん?」

航太郎「(気づいて)わっ!」

新 「俺も驚いただろうが!」

  ×  ×  ×

航太郎「――で、真紀があることないこと静女に話したらしいんだわ」

新 「航太郎、お前、幼稚園のときから真紀と一緒で気づかんかったんか?」

航太郎「え?」

新 「あいつの辞書にプライバシーはないんだよ。歩く人間拡声器だけぇ」

航太郎「(汗タラ)……そ、そうだったん?」

新 「まあ、俺も気づいたんは中学生のときだけどな」

航太郎「(目が点)…………」


航太郎(N)「しかし、ひょんなことがきっかけで和歌に目が向いた。これはこ

 れで良かったのかもしれない」


○ 休日・建設会社の敷地・プレハブ小屋

  建設会社の敷地内にあるプレハブ小屋を借りて航太郎たちがバンドの練習

  をしている。


○ プレハブ小屋・室内

  航太郎がアコースティック・ギターを抱えている。

航太郎(N)「今日は文化祭にエントリーする曲を録音することになった」

  ベースは新、キーボードは真紀、湯里洋(15)がドラムス。それぞれの位置

  につく。

  航太郎、マイクの位置を調整。

  ギターを軽くチューニングして確かめる。

真紀「じゃあいくよ。録音開始!」

  真紀がボイスレコーダーの録音スイッチを入れる。

  航太郎、イントロを弾きはじめる。

  と、弦がピンと切れてしまう。

航太郎「!」

  四人、演奏を中断する。

航太郎「(申し訳なさそうに)ごめん、弦が切れた」

真紀「縁起悪ッ」

航太郎「スマンスマン。今張り直すわ」

  ×  ×  ×

  演奏を終える。

  真紀、レコーダーのスイッチを切る。

真紀「まあまあじゃん」

  航太郎、ふうと息を吐く。

真紀「あ、そうそう。航太郎、静女ちゃんって合唱部でしょ?」

航太郎「そうだけど?」

真紀「ボーカルでオファー出せん?」

  おお、と航太郎、思案する。


○ 数日後・一年三組

  航太郎、静女に文化祭のバンドの話を持ちかける。

静女「(両の掌を合わせる)ごめん、その日は先約があるんだ」

  拍子抜けした表情の航太郎。


○ 高校(全景)

テロップ「文化祭当日」


○ 同・廊下

  ギターケースを抱えた航太郎、静女とすれ違う。

静女「あら、出るんだ」

航太郎「二時からだけぇ」

  静女、にこやかにうなずく。

静女「分かった」

航太郎(M)「たまには良いところ見せんとな」


○ 同・体育館・ステージ

  バンドのセッティングを終えた航太郎、ステージからフロアを見下ろす。

  客席はそれなりに埋まっている。

航太郎(N)「俺たちがトップバッター。要するに前座という訳」

  静女の姿が小さく見える。

航太郎(M)「来てるな」

  舞台の袖から生徒委員が開始のキューを出す。

真紀「時間だよ」

  航太郎、マイクに向かう。

航太郎「こんにちは――」

  客席のざわめきが消える。

航太郎(M)「思った以上に緊張するな」

  航太郎、咳払いする。

航太郎「自分、叔父にギター習ったんですけど、叔父はバンジョーも弾くんで

 す。で、バンジョークって言うんですけど、アメリカだとバンジョーにまつ

 わる色んなジョークがあるそうなんです。電球一個換えるのにバンジョー弾

 き何人必要? って、答え、何だと思います? 一人が電球を換えて、残り

 が『エレキだ!』って叫ぶんですって。要するに、バンジョープレイヤーた

 ちはアコースティックなサウンドを好むってことなんですけど――」

  静まりかえった会場。

航太郎(M)「ぜ、全然受けん……」

新 「(小声で)もうええけぇ、さっさと始めんさい」

  小声のつもりが、マイクが音声を拾ってしまう。

航太郎「(赤面)あ……」

  客席から笑い声が起きる。

真紀「(小声で)航太郎、いくよ」

  洋がスティックで拍子をとり、演奏をはじめる。

  ×  ×  ×

  演奏に聴き入る静女の横顔。

  ×  ×  ×

  歌い終えると、拍手が。

  ホッとした表情の航太郎たち。


○ 同・フロア

  演奏を終え、ギターケースを抱えた航太郎たちの許に静女が寄ってくる。

静女「真紀ちゃん、凄く良かったよ」

真紀「本当、うれしい」

航太郎「いやぁ、ジョークが通じんで困ったわ」

新 「さっきは固まっとった癖に、よう言うわ」

  笑い合う航太郎たち。

真紀「次の次が静女ちゃん、出番だっけ」

静女「うん」

真紀「がんばって。じゃ」

  静女の許を離れかけたところ、静女が航太郎を呼び止める。

静女「航太郎、ちょっといい?」

航太郎「(ふりかえる)何?」

  静女、作り笑い。

静女「後で話すけぇ」


○ しばらく後・同・通用路~剣道場

  校庭とテニス場などを挟む通路を静女と航太郎が歩いて行く。

航太郎「あ~、これで今年は終わりかぁ」

静女「……」

航太郎「……どこ行くん?」

  静女、振り向く。

静女「剣道場、覗いてみようと思うて」

  しばし無言で歩く。

静女「知らないとこ行くときは、いつも航太郎と行くんだよね」

航太郎「そういえばそうだ」

  静女、やおら切り出す。

静女「……進路、決めた?」

航太郎「いや、まだ」

静女「私、理系にするつもり。医療系の学校に進めんかなって思うて」

航太郎「はぁ」

静女「先生がね、女子で理系コースに進む人って意外と多くて、それで、医療

 関係の学校を目指す人は生物と化学を履修する人が多いんだって」

航太郎「ああ、そういう組み合わせ」

静女「私もそうした方がええと思うん」

  航太郎、苦笑。

航太郎「俺も数学さえ得意なら、大抵の学校に行けるはずなんだけどなぁ。っ

 ていうか、数学できんと、途端に選択肢が狭まるんだわ」

静女「まだ二年あるし、挽回できるよ」

航太郎「いや、もう消去法で考えとる」

  と、剣道場に着く。

  グレーの壁。やや古びた建物。

静女「ここ、取り壊されるんだって」

航太郎「ああ、そういやぁ聞いたことあった」


○ 同・剣道場

  玄関に入ると漆喰の壁が前面にデンと位置どっている。映写室。

  円柱やフロアは小さなタイルが敷き詰められている。

  ホールは左右から中に入られるようになっている。

  二人、靴を脱いで上がる。

  中央は剣道場として利用されている板敷きのスペース。左右に畳み一畳幅

  くらいの通路があり、脇に防具が置かれている。

  航太郎が振り返ると映写室の投写用の穴が見える。

静女「あそこ、映写室なのかな」

  中央のスペースに入る。

静女「ここ、元々はダンスホールだったんですって」

  航太郎、改めて見回す。

  奥には小さいながらも演壇があり、古びた暗幕が後方に掛かっている。

航太郎「へぇ……ああ、うん。それでこがぁな造りになっとるんか」

  静女、航太郎の掌を取ると、くるりと回ってダンスの真似事をする。

静女「(微笑)踊れたらええのにね」

  航太郎、微笑する。

航太郎「文化祭だしね」


○ 同・剣道場~通用路

  剣道場を出て、元来た道を引き返す。

静女「……お父さん、ここ一、二年食べ物の好みが変わったん」

航太郎「どがぁかしたん?」

静女「病院に行こうとせんのん」

航太郎「検査すればいいじゃん」

静女「お母さんもそう言うたんだけど、『わしを殺す気か?』って怒鳴られた

 んだって」

航太郎「怒ると怖いって本当だったんだ」

静女「(ため息)とにかく頑固で人の話聴かんけぇ」

  静女、遠くを見つめる眼差しに。その横顔。

静女「もしね、お父さんが亡くなったらどうなると思う?」

航太郎「どうなるって――」

静女「(ポツリ)今のままでいられなくなる気がする……」


○ 航太郎の家・食卓(夜)

  食卓を囲む佐名目一家。

久枝「そがぁなこと静女が言うたん?」

航太郎「うん」

久枝「(思案顔)……」

航太郎「何かあるん?」

久枝「お祖父ちゃん、ちょっとした資産家でしょう。それを気にしとるんかしら」

航太郎「遺産相続?」

久枝「お金が絡むとね、もめるけぇ」

航太郎「どがぁ思うとるん?」

久枝「どがぁもこがぁも、子供はそがぁな事は考えんの」

航太郎「……」

久枝「ただ、食べ物の好みが変わったんは引っかかるわねぇ」


○ 航太郎の部屋

  カレンダーが一枚一枚めくられていく。

  秋から冬へと季節は移る。


○ 高校(全景)

テロップ「一月末」

  校庭の隅に溶けかかった雪が残っている。


○ 一年三組

  真紀が航太郎に何か話している。

航太郎「劇?」

真紀「そう」

航太郎「謝恩祭って二年が中心じゃないん?」

真紀「そうなんだけど、とある筋からお呼びがかかった次第で。で、選抜メン

 バーとしてオファーを出したという訳」

航太郎「(乗り気でない)はぁん」

  真紀、台本のコピーを航太郎に渡す。

真紀「台本はもう出来とるん」

  航太郎、受け取ると、パラパラとめくる。

真紀「航太郎が主役で考えとるけぇ」

航太郎「俺、劇なんて小学校のとき以来だぞ」

真紀「三十分くらいだけぇ、難しく考えんでええけぇ」

航太郎「ま、読むだけ読んでおくわ」

  航太郎、それで席を外す。


○ 航太郎の家(夜・全景)

  航太郎の部屋の窓、明かりが灯っている。


○ 航太郎の部屋(夜)

  航太郎、机に向かって真紀から渡された台本を読んでいる。

航太郎「…………」


○ 翌日・高校・図書室

  航太郎、図書委員の日。

  書棚に本を戻すついでに古事記を探す。

航太郎「あった」

  航太郎、古事記・人代篇を書棚から取り出すと、索引のページを開く。

航太郎(N)「真紀が書いた台本は古事記を元にしたものだった。垂仁天皇の代

 に起きた事件らしいが――」

  真紀が航太郎の姿を認め、寄ってくる。

真紀「何読んどるん?」

  真紀、本を覗き込む。

真紀「お、早速?」

航太郎「真紀、あの台本の話って――」

真紀「古事記で最大の悲恋よ」

航太郎「これ、悲劇だろ? 謝恩会に合わん様な気がする」

真紀「全部、私の趣味だけぇ」

  真紀、目を輝かせる。

真紀「兄と妹の禁断の恋愛を航太郎と静女ちゃんが演じるって素敵じゃない――」

航太郎「え、静女?」

真紀「静女ちゃんはOKしてくれたよ」

  航太郎、思わず視線をそらす。

航太郎「ど、どうして俺に声をかけたか分かったわ」

真紀「剣道場で静女ちゃんと踊ったんでしょ?」

航太郎「え? 見とったん?」

真紀「(にやり)口コミを甘う見たらいけん」

  航太郎、開いた口が塞がらない。

航太郎「真紀、お前なぁ……。そがぁな理由でキャスト決めてどがぁするん?」

真紀「だって禁断の恋を航太郎と静女ちゃんが演じるって二重の意味で楽しめ

 るじゃん」

航太郎「趣味悪ッ! お前の目にはどがぁなフィルタがかかっとるん?」

真紀「乙女フィルタ」

  イメージ挿入。真紀の瞳には航太郎と静女がきらめいて映っている。

航太郎「(呆れて)かぁ、いつもいつもしごにならんのだけぇ」

  (※四五にならない。手に負えない)

  航太郎、ふっと冷ややかに笑う。

航太郎「……この話、無しな」

  航太郎、きびすを返すと、その場を立ち去ろうとする。

真紀「それは困る。静女ちゃんも航太郎ならって言うとるけぇ」

航太郎「え?」

真紀「あ、顔が赤くなった」

航太郎「…………」

  航太郎、慌てて言い繕おうとする。

航太郎「そ、それなら条件がある」

真紀「どんな条件?」


○ 放課後・一年三組

  授業が終わり、クラブ活動に行こうとしている静女。

航太郎「静女――」

静女「どがぁしたん?」

航太郎「真紀から聞いた? ほら、謝恩会の件」

静女「ああ、劇ね」

  静女、くすりと笑う。

静女「私、思ったんだ。航太郎を舞台に上げたら面白いかなーって」

航太郎「は?」

静女「ほら、小学校の学芸会であったでしょ」

航太郎「何かあったっけ?」

  静女、くすくす笑いはじめる。


○ 回想・学芸会

  舞台で三年生が「ちび姫と巨人」という劇を演じている。

  観客席の中に静女(9)が母の睦(44)と一緒に居る。

狭姫「ちびの私ではどこに逃げても同じようなもの。ああ、どうしよう?」

  真紀が演じる狭姫、頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまう。

  と、狭姫の家来の赤雁(渡り鳥)に扮した新が登場。

赤雁「やっと見つけました。姫、早く逃げましょう」

  赤雁、狭姫を背負って舞台から退場。

  ×  ×  ×

  場面は変わって、今度は大いびき(※航太郎の声)が流れる。

  狭姫、いびきのする穴の前に立つ。

狭姫「そこで寝ているのは誰ですか?」

  と、いびきが止まる。

  航太郎(9)が演じるオカミ(龍神)の声が響く。

オカミ「(尊大な調子で)お前こそ誰だ? おかげで目が覚めてしもうたわ。

 他人の名を聞くなら、まずお前が名を名乗れ。無礼であろう」

  狭姫、たじろぐ。

狭姫「私はオオゲツヒメの末娘で狭姫。色々の種を持つ者です。無礼は謝りま

 す」

  オカミ、尊大な調子で話しはじめる。

オカミ「我は国つ神・大山祇の子でオカミと申す。雲を呼び、霧をたて、雨を

 呼ぶ者である。我が父の大きいことと言えば、海で足を洗ったとき、土を払っ

 て出来たのがあの高島と大島だ。そして、東の向こうに立つ煙は我が父がお

 ならをして、それが……それが、地の国を通って……三瓶の山から出た……

 アハハ、ハハハハハ」

  航太郎、思わず笑い出してしまう。

  つられて観客席から笑い声が。

  静女もくすくすと笑っている。


○ 回想終わり・一年三組

  航太郎、ようやく思い出す。

航太郎「ああ、あれか……」

静女「(笑い)自分で自分のセリフに受けちゃうんだもん」

航太郎「ちっ、憶えとったか。おならで火山が噴火したっちゅうのが妙にツボ

 にはまったんだわ」

静女「ごめんなさい、でも楽しかったけぇ」

航太郎「でさ、俺、キャスティング変更してもらうよう真紀に言うたけぇ。静

 女の相方は俺じゃないぜ」

静女「あ、そうなん」

航太郎「真紀の奴、悪趣味もほどほどにしとけって話だよな」

静女「うん……。でも、あのお話自体は私好きよ」

航太郎「静女もか」

静女「(うなずく)うん」

航太郎(M)「まあ、真紀が静女を姫に重ねてしまうのも分からないではないが

 ……」

静女「古事記って海幸山幸までしか読んでないから読んでみようかな」

航太郎「真紀ってさ、日本神話をベースにした創作ファンタジーを書くのが目

 標なんだとさ」

  それを聞いた静女の目が輝く。

静女「へぇ、いいこと聞いた」

  静女、にこりとする。

静女「うちのお母さん、『ニーベルンゲンの歌』って叙事詩が好きなのね」

航太郎「面白いん?」

静女「凄いよ。クリームヒルトってお姫様が夫のジークフリートを殺されて復

 讐するお話なんだけど、最後にね――」

航太郎「最後に?」

  静女の黒い笑み。

静女「姫は首ちょんぱされちゃうん」

  航太郎、少し引く。

航太郎「あ、それってネタばれじゃん」

静女「結末知ってても大丈夫だよ。ほんと、怒濤のクライマックスだけぇ。と

 にかく凄いんよ」

航太郎「はぁん」

静女「そっかぁ、真紀ちゃん、ファンタジー好きなんだ。今度話振ってみよう」

航太郎(N)「静女も意外と悪趣味かも……。しかし、こういったことがきっか

 けで少しずつだが古典に興味が向くようになった」


○ 数日後・放課後・ある教室

  台本の読み合わせをはじめた航太郎たち。

  静女、真紀、守の他数名が席についている。

  航太郎、セリフを朗読する。

航太郎「今、怪しい夢をみた。サホの方角からむら雲が沸き立ち、にわかに雨

 が降ってきた。そして小さな蛇が私の首にまとわりついてきた」

真紀「ストップ、ストップ」

  航太郎、思わず台本から目を離してしまう。

真紀「全然感情がこもっとらん」

航太郎「そう?」

真紀「ここはね、危うく殺されそうになった大君が予知夢を見る場面なん。大

 君は不吉な夢に驚いとるん」

航太郎「うーん、そっか……」

真紀「ハイ、もう一度やり直し!」

  そうして読み合わせが進んでいく。

  ×  ×  ×

  台本から目を離し、航太郎、面を上げる。

航太郎「そもそもさぁ、謝恩会で悲劇をやる意味がよう分からん」

真紀「全部、私の趣味」

航太郎「あっそう」

真紀「じゃのうて、本当に最後の最後だけぇ、短くてもちゃんとした内容のも

 のをやりたいんよ」

  航太郎、とっさに反論が思いつかない。

静女「私も、悲劇で別に構わないと思う」

航太郎「……」

  静女、笑う。

静女「だって航太郎、喜劇だったら自分で受けちゃうでしょ?」

航太郎「ああ、言ってはならないことを!」

  その他一同、笑う。


○ しばらく後・休日・静女の住む街

テロップ「三月初頭」

  私服姿の航太郎、祖父の頼信(70)と道ばたでばったり会う。

  頼信、柴犬三匹を連れている。

航太郎「お祖父ちゃん」

頼信「おお、航太郎か」

  柴犬、航太郎にじゃれつく。

  航太郎、笑って柴犬を撫でる。

航太郎「静女はいる?」

頼信「どこか出かけとるわ」

  ×  ×  ×

  頼信と並んで歩く航太郎。

航太郎「あのさ――」

  航太郎、続ける。

航太郎「お祖母ちゃんってどんな人だった? どうやって知り合うたん?」

頼信「祖母さんとは見合い結婚」

航太郎「そうなんだ」

頼信「よう出来た人だったわ。でも急に倒れて。しばらく家族皆が落ち込んで

 しもうた」

航太郎「それで睦さんと?」

頼信「何だ、それが訊きたかったんか」

  頼信、笑う。

頼信「老いらくの恋だわな」

航太郎「……」

頼信「静女が生まれんかったらどがぁなっとったかのぅ」

航太郎「……静女、皆に可愛がられとるけぇ」


航太郎(N)「そこで僕と祖父は別れた」


○ 数時間後・航太郎の家付近(夕方)

  祖父と別れた航太郎、自宅に戻りかける。

  と、携帯電話が鳴る。

航太郎「見慣れない番号だな――」

  無視しようとするも、コール音が鳴り続ける。

航太郎「……?」

  航太郎、仕方なく電話に出る。

航太郎「もしもし――」

静女の声「航太郎? お父さんが、お父さんが倒れたん――」

航太郎「え? さっき会ったばかりだぞ」


○ 病院(全景・夜)

  医療センター(旧国立病院)。


○ 病院・祖父の病室(夜)

  航太郎と母の久枝が駆けつける。

  ベッドで眠る祖父・頼信。

  静女と後妻の睦が看病している。

航太郎「どう? 大丈夫?」

  静女、首を振る。

静女「手の施しようがなかったって、先生が」

航太郎「今まで病院に行ってなかったん? ついさっきまで歩いとったのに……」

  静女、肩を落とす。

静女「……あんだけ検査受けんさいって言うたのに」

航太郎「わしを殺す気かって――」

静女「あのね……、病気が進んでどうしようもなくなったら、ここ(※医療セ

 ンター)に移るんだって」

航太郎「そういう意味か」

静女「バカだよね……逆だよ……」

  ×  ×  ×

  夜が更ける。

  黙りこんだ家族たち。

  叔父の淳が駆けつける。

淳 「遅くなりました」

静女「淳兄さん……」

  静女、血圧計を指す。

静女「脳死だって……。ほら、もうこんなに下がっとる」

  血圧、ほとんどゼロに近い。

淳 「……」

  静女、そっと頼信の掌を取る。

静女「この手、暖かくも冷たくもない」

  淳も頼信の掌をとる。

  目を閉じ薄く口を開いた頼信の面立ち。

淳 「……もう何も聞こえんのか」

  久枝、航太郎の顔を見やる。

久枝「航太郎、今日はもう帰って家で休んどきんさい」

航太郎「え、いや、俺もここで看病するよ」

久枝「ええけぇ、あんたは帰りんさい」

航太郎「……」

  航太郎、渋々立ち上がる。


○ 航太郎の家(早朝)

  眠る航太郎。

  携帯電話のコール音が鳴る。

  飛び起きた航太郎、携帯を取る。

  静女からの着信と画面表示。

航太郎「もしもし――」

静女の声「もしもし? 今ね、亡くなったん」

  航太郎、窓の外を見やる。

航太郎「……分かった。すぐ行くけぇ」


○ 静女の家(早朝)

  棺に納められた遺体を運ぶ航太郎と淳。

  葬儀社の社員も手伝い、家の中に搬入する。

  庭につながれていた柴犬三匹が犬小屋から出てくる。

静女「(犬に)お前たち、お父さんはもうおらんのん」

  柴犬、普段と異なる雰囲気を分かってか分からずかじっと見守る。


○ 静女の家・一階(夜)

  ふすまや障子を取り払い、続きの間となった状態。

  奥に斎壇が設けられ、通夜が営まれている。

  ×  ×  ×

  弔問客たちが帰路につく。

  喪服を着た静女たち、表に並んで弔問客を送る。

  ×  ×  ×

  通夜を終え、一段落した。

  一階はふすまや障子が取り払われている。

  窓の外は暗く、雪がちらつく。

  静女、体を抱きすくめる。

静女「寒い……」

航太郎「外の冷気が中まで入って来よる」

  静女、壇上に置かれた棺の蓋を開ける。

  (※頼信の顔は描かない)

静女「見て……、眠ってるみたい」

航太郎「まだ実感が湧かん」

静女「……私、もしお父さんが亡くなるとしたら、病院でずっと看病して、そ

 れからだと思うとった」

航太郎「うちの母さんも言うとったんだ。食べ物の好みが変わったっちゅうの

 が気にかかるって」

静女「そんときはもう手遅れだったんよ」


○ 翌日・静女の家(全景・昼)

  弔問客たちが葬儀に集まってくる。

  鯨幕が張られ、近隣の人たちが弔問客の受付を手伝っている。


○ 静女の家・一階(昼)

  頼信の葬式。大勢の人が集まっている。

  親族の席に静女や航太郎たちが。

  守が弔問客たちの中にいる。

  僧侶の読経。

  ×  ×  ×

  淳が立つ。

淳 「本日はお忙しい中、父・真魚井頼信の葬儀にお越し頂きましてまことに

 ありがとうございます――」

  航太郎、静女の横顔を窺う。

  ×  ×  ×

淳 「――ご承知の通り、父は気難しいところがありました。今は随分と丸く

 なったと聞きますが、私が子供の頃は家族皆がいつも機嫌を伺っている、そ

 んなところがありました」

  航太郎、淳の本音に驚く。

淳 「そんな父に反発する想いもあって、次第に家に寄り付くことはなくなり

 ました。でも、そんなバラバラの家族を再び結びつけてくれたのが妹の誕生

 でした」

  はっとした航太郎、静女を見やる。

静女「……」

  静女、無表情のまま。


○ しばらく後・火葬場

  棺の周りに集まった人々。

  棺が納められる。

  淳が火葬のスイッチを押したその瞬間、静女の目に涙が溢れ、こぼれる。

  静女、肩をふるわせ泣く。

  久枝が静女の肩を抱く。

航太郎「……」

  何もできないでただ見守る航太郎。


○ 同・待合室

  骨が焼き終わるまでの待ち時間。

  周囲に人たちが座って思い思いに会話を交わしている。

航太郎「淳叔父さん――」

淳 「どうした?」

航太郎「あの、葬式の最後の挨拶――」

淳 「ああ、つい本音が出てしもうたわ」

航太郎「どがぁ思うとったん?」

  淳、近くに睦がいないのを確認。

淳 「元々あがぁな人だったけど、お袋が亡くなってから益々自分の趣味の世

 界に没頭して家族を省みんようになった――」

航太郎「……」

淳 「そんなこんなで再婚には反対だった」

  静女も耳を傾けている。

淳 「だから家を出て戻ることもなかったけど、睦さんが手紙をくれたんだわ。

 血のつながった妹だから顔を見てやって欲しいって」

  航太郎、静女を見やる。

淳 「(笑顔)で、赤ん坊の静女を見たら、意地を張っとる自分が馬鹿らしゅ

 うなったんだわ」

  静女、無言。


○ 同・玄関~駐車場

  めいめい去っていく人々。

  静女、遺影を抱えている。

  睦、淳と航太郎の前で立ち止まる。

睦 「(一礼)男手があって助かりました」

淳 「いえ、あの程度しかできなくて」

睦 「とんでもない」

  航太郎も淳につられて一礼。

航太郎「喪主ってどんなだった?」

淳 「正直、よう憶えとらん……眠れんかったけぇ」

  久枝の運転する車が乗りつける。

久枝「航太郎、あんたは淳のに乗せてもらいんさい」

航太郎「分かった」

  睦と静女、車の後席に乗るとドアが閉じられる。

  帰っていく車。


○ 静女の家・客間(夕方)

  火葬を終えた親族が戻っている。

  静女が茶、コーヒーをテーブルに並べる。

睦 「淳さん」

淳 「はい?」

睦 「分骨ですけど、どうしましょう?」

  航太郎、淳をちらと見やる。

  淳、天井を見上げる。

淳 「それはいいんですけど、私も独身で、この先どうなるか分からんし」

久枝「それはそれで後で考えればええけぇ」

淳 「そうかのぅ」

  黙りこんだ親族一同。

静女「あ、忘れとった」

睦 「何?」

静女「柴の世話」

睦 「ああ」

航太郎「あんときの祖父ちゃん、犬の散歩しとったんだ。それから三時間も経っ

 とらんかったけぇ。倒れたって電話が入ったん」

睦 「まあ」

淳 「親父らしいといえば親父らしいわ」


○ 同・庭

  静女、柴犬三匹に餌をやる。

  柴、餌にかぶりつくようにして食べる。

静女「ごめんね。お腹へっとったよね」

航太郎「犬は我慢強いよな」

  淳が出てくる。

淳 「……」

  淳、無言で柴を撫でる。


○ 翌日・一年三組(朝)

  始業前の時間。

  航太郎は窓の外を見ている。

  窓の外では雪がちらつく。

  と、ドアが開いて静女が入ってくる。

  気づいた女子たちが静女の許に集まり、言葉を交わす。

  と、真紀が三組を覗くと入ってくる。

真紀「静女ちゃん」

静女「真紀ちゃん、お早う」

真紀「あの、お父さん亡くなったんだよね。この度はご愁傷さまでした」

静女「お気遣いありがとう」

真紀「……あの、それでなんだけど、謝恩会、明日だけど、どうする?」

静女「どうって……」

真紀「まだ色々あるんでしょう? 私が代役で出るけぇ」

  航太郎、聞き耳を立てている。

  静女、かぶりを振る。

静女「ううん、セリフは憶えとるけぇ、大丈夫。心配せんといて」

真紀「こがぁなときに無理せんでええけぇ」

静女「もうお葬式は済んだし、子供の私がすることは特に無いよ」

真紀「そうなん……」

静女「私は私で三年の先輩たちを無事に送り出したい、そう思うとるけぇ」

  と、始業のチャイムが鳴り始める。

真紀「じゃ、じゃあ、話はまた後で。よろしく」

  真紀、自分のクラスへ戻っていく。

  静女、自分の席につこうとしたところ、航太郎が呼びとめる。

航太郎「大丈夫?」

静女「劇のこと? 前から決まっとったことだけぇ」

航太郎(M)「開き直ったのかな?」

  と、クラスの担任が入ってくる。


○ 航太郎の家(全景・夕方)

  航太郎が帰宅すると、門の前に自家用車が停まっている。アイドリング中。

  母の久枝が運転席に乗り込む。

航太郎「どこ行くん?」

久枝「真魚井の家」

航太郎「俺も行くわ」

久枝「あんたが行っても仕方ないでしょう」

  久枝、ドアを閉めると、車を発進させる。

航太郎「……」

  去っていく車。


○ 翌日・謝恩会の日・体育館

  体育館のフロアには折りたたみ式の椅子が並べられている。

  「○○年度謝恩会」と書かれた横断幕。

  既に一年と二年生は席についている。

  そこに卒業式を控えた三年生たちが入場してくる。

航太郎(N)「うちの高校では卒業式の前日に謝恩会を催す。全ての三年生が出

 席する訳ではない。日程の都合で出席できない人も少なからずいる」

  三年生たちが着席を終えた。

  生徒会長がステージに上がり、謝恩会開会を告げる。


○ 同・体育館・ステージの袖

  劇の開演を控え、舞台衣装をまとった航太郎や静女たちが詰めている。

アナウンス「それでは、一年生による舞台劇『サホビメとサホビコ』です」

  拍手が起きる。


○ 劇中劇

  静女が扮するサホビメ(※垂仁天皇の后)が実兄のサホビコと話し込んでいる。

  サホビコは錦織守が演じている。

サホビコ「ヒメ、ヒメは大君と私と、どちらが愛しい?」

  サホビメ、しばし沈黙した後、重い口を開く。

サホビメ「……兄様です……」

サヒビコ「それはまことか?」

サホビメ「はい……」

  サホビコ、小刀を取り出し、サホビメに渡す。

サホビコ「その言葉がまことであれば、この刀で大君が寝ているときを狙え」

サホビメ「(うつむく)……」

  舞台の袖で航太郎は自分の出番を待っている。

航太郎(N)「この劇は垂仁天皇の代に起きた事件を元にしている。天皇の后で

 あるサホビメの実の兄サホビコが天皇を暗殺するよう命じたのだ」

  ×  ×  ×

  場面変わって航太郎が扮する大君(垂仁天皇)と静女が扮するサホビメの

  二人が舞台にいる。

  サホビメの膝枕で眠る大君。

航太郎(N)「キャスト変更を言ったときは気づかなかったが、膝枕は役得だった」

  サホビメ、静かに懐から小刀を取り出す

  と、ふりかぶる。

  が、決断できずに刀をおろしてしまう。

  同じことを三度くりかえす。

航太郎「(寝たふり)……!?」

  航太郎の頬に涙が落ちる。

航太郎(M)「本当に泣いてる?」

  航太郎、思わず目を開ける。

  静女は確かに涙をこぼしている。

航太郎「……」

  と、舞台の袖からセリフを言うよう真紀が身振り手振りで航太郎に指示を

  出すのが目に入る。

大君「い、今、怪しい夢をみた。サホの方角からむら雲が沸き立ち、にわかに

 雨が降ってきた。そして小さな蛇が私の首にまとわりついてきた。ヒメ、こ

 れは一体いかなる夢であるか?」

  サホビメは黙っていたが、やがて口を開く。

サホビメ「やはり、隠しおおせるものではありません――」

  ×  ×  ×

  場面は変わって、鎧に身を包んだ大君(航太郎)と供の兵士が舞台にいる。

  と、舞台上手から赤子の人形を抱いた兵士(湯里洋)が戻ってくる。

兵士「お后を連れ帰ることはかないませんでした。しかし大君の御子だけはこ

 うしてここに」

大君「なんということだ。ヒメはサホビコと共に稲城で焼け死ぬつもりなのか」

  そこで劇は終わり、幕が下ろされる。

  拍手が起こり、次第に大きくなっていく。


○ 劇中劇終わり・体育館・舞台袖

  ホッと一息ついた航太郎たち。

  真紀が静女の許に駆け寄る。

真紀「最高だったよ! あの場面で本当に泣いちゃうんだもん、迫真の演技だっ

 たよ」

  静女、作り笑い。

航太郎(M)「真紀にも見えとったんか」

  航太郎、静女が泣いた理由を尋ねる場面を想像。

  「お父さんのこと思い出しちゃったのね」とあっさり答える静女の顔が浮かぶ。

航太郎(M)「ま、どうせ、そんなところだろう」

  真紀、神妙な表情に変わる。

真紀「あ、そういえば……だったね」

静女「ううん、別に」

  守が静女に声をかける。

守 「真魚井、お疲れ」

静女「錦織君もお疲れさま」

  静女、航太郎の許に寄ってくる。

静女「お疲れさまでした」

航太郎「そちらこそ、お疲れさま」

  航太郎、フロアにつながる扉をそっと開く。

  照明が灯って明るくなったフロア。

  航太郎、男子生徒たちに呼びかける。

航太郎「じゃ、着替えてこようか」

守 「ああ」


○ 体育館・フロア

  劇を終えた航太郎たち、席について出し物をみている。

  ふと前に目をやると静女の姿が目に入る。

航太郎(N)「あのとき静女はもう何もないと言っていたが、それは本当のこと

 ではなかった。祖父の遺産相続、静女は話合いの場に同席していたそうだ」


○ 翌日・学校・屋上

  並んで手すりにもたれる航太郎と静女。

航太郎「どうだった?」

静女「何が?」

航太郎「家族会議っちゅうか親戚が集まったんだろう?」

静女「うん」

航太郎「俺は蚊帳の外でさ」

静女「(ぽつり)私は娘だもん」

航太郎「……そりゃそうだ」

  静女、微笑する。

静女「……淳兄さんがね、柴一匹貰っていくって」

  航太郎、笑顔をみせ、うなずく。

航太郎「あのさ……サヒメールって静女だろう?」

  静女、うなずく。

航太郎「……気にしてくれてありがとう」

静女「あれ、お父さんの携帯だったん」

航太郎「ああ、どうりで知らんアドレスだと思うたわ」

静女「時間指定メール使うたりしたん」

航太郎「あ、それで」

  静女、向き直る。

静女「航太郎、私からもありがとう」

航太郎「いきなりどがぁしたん?」

静女「男手があって助かった」

航太郎「棺担いだだけじゃん」

静女「それだけで十分だよ……」

  航太郎、微笑する。

航太郎「な思ひと――」

静女「うん?」

航太郎「(苦笑)ここから先は憶えとらん」

静女「(うなずく)うん」

航太郎「いや、深い意味はないけど、ふと思い出したけぇ」

静女「そうだね。そうかもしれないね」

  静女の表情が和らぐ。

静女「あれこれ悩んでも、死んだ人は帰って来やせん。私らに出来ることは、

 ただ送り出す、それだけ」

  静女、静かにうなずく。

航太郎「……」

  静女、懐から封筒を取り出す。

静女「これ――」

航太郎「それは?」

静女「お父さんが」

  封筒の端が茶色く汚れている。

静女「それ、血を吐いたん」

  静女、封から手紙を出すと航太郎に渡す。

  航太郎、手紙を読む。

  祖父の筆跡。『恋を』とだけ書いてあり、そこから先は筆が乱れ、判読で

  きない。

航太郎「恋を?」

  静女も手紙を読むとくすりと笑う。

静女「(微笑)きっとそのままの意味だけぇ」

航太郎「そうか、七十年分の想いが詰まっとるんだ」

静女「お父さんの最後のメッセージなんだ」

  二人、空を見上げる。

航太郎「なしてあんとき泣いたん?」

静女「劇?」

  静女、笑う。

静女「分からん」

  晴れた空。


○ 春・新学期・高校(朝)

  桜の花が咲いている。

  登校して来る生徒たち。


○ 同・校内・廊下

  校内の各棟を結ぶ廊下。そのスペースに設置された掲示板に二年生のクラ

  ス分けが張り出されている。

  生徒たちの中に航太郎がいる。

  ざわつく声の中、航太郎は自分の名を探す。

航太郎「……」


○ 同・廊下・二年六組の前

  中に入ろうとした航太郎、静女に呼び止められる。

静女「航太郎」

航太郎「あ、お早う」

静女「クラス、隣だね」

航太郎「静女は理系だっけ」

静女「うん」

航太郎「身体、強うないのに、せやない?(※大丈夫?)」

静女「……わからん」

航太郎「まぁ、やる前から駄目と決めつけとったらいけん」

静女「一口に医療系って言うても色々あるけぇ」

  航太郎、うなずく。

航太郎「俺、何となくだけどさ、古典や歴史に興味湧いたから、そっちの方向

 で行ってみようかなと思うとる」

静女「そっか。それでいいんじゃない?」

航太郎「うん」

静女「……じゃあ」

航太郎「ああ」

  航太郎、静女が隣のクラスに入っていく姿を見つめる。

  視線に気づいた静女、航太郎をちらと見やると微笑する。

  航太郎も微笑み返す。

  二人、それぞれのクラスへ入っていく。


(了)



【引用元・参考文献など】

・「新日本古典文学大系 3 萬葉集」佐竹昭広/編 岩波書店 二〇〇二年


劇中劇「ちび姫と巨人」狭姫とオカミのやりとりは

・「江津市の歴史」山本熊太郎/編  一九七〇年

・「日本伝説大系 第十一巻 山陰編」野村純一/編 みずうみ書房 一九八四年

・学童唱歌「ハロー!この町」脚本・作詞 佐藤万理 作曲 川崎絵都夫

などを参考にした。


劇中劇「サホビメとサホビコ」は

・「口語訳 古事記 完全版」三浦佑之 文芸春秋 二〇〇二年

を参考にした。

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