ロストフォース 零 Lost Force ZERO

天満

1-*Prologue-1*

*Prologue-1*


その日は晴天で、新緑を抜けた木漏れ日が地面に眩しかった。

青を見上げるアーチ型の重厚な門には、歴史を思わせる古びた文字で「グランビア大学」と記されていた。

門をくぐればそこには芝生が広がり、伝統ある石造りの講堂が奥にそびえている。

広大な敷地において建物は適度な緑地を挟みつつ間隔を保って建てられていたが、時計塔の背後に近代的なガラスに覆われた研究棟があるのだけはいささか見栄えがよくなかった。あと一区画横にずれていればと思わざるを得ない。


歴史と近代が融合した巨大な大学の中、チェルトは建物のある一室に呼ばれていた。


***


途中すれ違った学生にちらりと横目で見られた気がしたが、チェルトは目を合わせないよううつむいて廊下を進む。

(子供だと思われたかな。それとも……この髪だろうか)

目立つのは嫌いだったが、生まれ持ったものは仕方が無い。

チェルトは母の出身国、イーストエイジアの特徴を強く継いでいた。華奢で小柄な体躯、真っ直ぐな黒髪とやや彫りが浅く幼く見える顔立ちは、ここグレートウエスト大陸ではどこへ行っても珍しく人目を引いてしまう。眼鏡の奥の、子猫を思わせるようなはっきりとしたアーモンド形の目元も、幼く見えてしまう要因のひとつだ。


デスクの上に数点の端末があるほかは、すっきりと片付けられた無駄の無い部屋だった。部屋の主はカテドラルのような長窓を背景に、ゆったりと椅子に腰掛けてチェルトを待っていた。

ハリアー・レジアス。グランビア大学の教授だ。

余裕のある態度から向けられる鋭い瞳が冷たく感じられ、チェルトはつい目をそらしてしまう。


ハリアーが動いた気配がした。

「受け取りたまえ」

言われて視線が言葉を追う。ハリアーの手元に分厚い本があることに気付いた。

「……え」

アンティークな装飾に目を奪われる。同等の大きさの辞書だってメモリーチップに入る時代だ。スマートさを好むハリアーに相応しくない。

一体これはどういう意味なのか。困惑を隠せず、ハリアーを見返した。


「君に渡すよう頼まれていた。アヴァンシア教授のものだ」

ハリアーの言葉に息をのむ。チェルトの意識はすぐに嫌悪へと変わった。

「なんで……今になって!!」

本はこちらへ差し出されている。だがチェルトは手を出さない。出せなかった。言いようのない怒りに震える手を押さえるので精一杯だった。


気付かれているのだろう、ハリアーは、ふん、と鼻で笑って本を机に置いた。

ハリアーはこういう芝居がかった所作がいちいち似合う人物だった。シルバーの髪に紫に近い薄青の瞳。涼やかな目元に気取った口調が似合っている。ストライプの洒落たスーツを銀幕のスターのように着こなしていた。


ハリアーが再び口を開く。

「むしろ今しかないとも言える。君は17歳という若さで助手を得て、研究の道へ入った。例の事件は大いに研究のしがいがあると思うがね」

「冗談でしょう……調査も終わってる、あれはただの事故です。もうとっくに終わったもの……です」

「君は知りたくはないのかね。コンチェルト・アヴァンシア君。父親の事故の原因を」

「もう、10年も前のことです。いまさら……思い出したく……ありません」


ストラップに下げた職員用のIDカードが、身体の緊張を伝え僅かに揺れる。

うつむきながらも睨み付けたハリアーは、憎らしいまでに涼しい顔をしていた。

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