第五章:02



・・・



ぎしり、と革張りのソファに体重を委ねて沈み込む。

先ほどまで御厨に今回の顛末の報告を受けていたのだ。

――彼女らが知らないことまで知っているのを知らないふりするのも、

なかなかに疲れる。


「改人、ねぇ……」


胸元に隠したロケットペンダントをいじくりながら、しらけた面持ちで

つぶやく。より優れた人類、次代を担うに相応しい人類――


「さて、それはどうでもいいが。

 三大幹部が引きずり出されるのはいつになりそうですかな……」


ぺちぺち、と手にしたボールペンを打ち付ける。

彼の興味は、つまるところそこにある。


「――二十年近くも忍びこんでるのはなかなかに疲れるものなんですよ、

 総帥どの」



・・・



(――! ――。――、――!)

右手でサインをだし、部隊を展開させる。

ノー・フェイスがもたらした情報により試作された最新鋭ライフル、

非制式7.62mm小銃で武装した部隊だ。フェイスの装甲に対して有効性が認められた

特殊徹甲破砕弾を使用できるアサルトライフルだが、大口径のため

反動も重量も大きく扱いが難しい。

だが、部隊――PCPのメンバーは全員苦も無くとりあつかう。日ごろの訓練の賜物だ。


(頼りにしてるぜぇ……!)


今、竹屋はあるオフィスを取り囲んでいた。

人間社会に潜むフェイスを特定したのだ。その排除のために動いている。



これが竹屋たちの役割だ。ノー・フェイスが増えたとはいえ

戦力は圧倒的に不足している。彼らに全ての戦闘を任せることもできない。


実のところ、フェイスダウンの活動を全て抑制できているわけではない。ほとんどが

闇の中で行われ、たとえ事前に行動を察知できてもその規模によっては

あえて見逃すこともある。――そうしなければとてもではないが手が回らない。

火之夜たちもつぶれてしまうのだ。


そのことは彼らには伝えていない。無意味な負担をかけるだけだ。

ノー・フェイスはともかく、火之夜には察せられていると思うが――



いずれにせよ、こういった諜報員のようなごく少数の場合はPCPの出番だ。

アルカーだけに任せっぱなしも、性にあわない。



(……なぁんて勇ましく言ってみても、たった一体相手に

 一小隊まるまる投入するんだから。しまらねぇよなぁ……)


大体二十から三十名。なるべく被害を避けるためには、

これだけの彼我戦力が必要なのだ。



それでもはでる。避けようも無く。



思い浮かぶのはあの子憎たらしい仮面野郎だ。おっと、賭けに負けたんだから

"ノー・フェイス"と呼んでやらねば。


仲間を散々殺してきた仮面。それとまったく同じ姿をしたアイツが気に食わない。

が、それ以上に気に食わないのは――俺たちが渇望してやまない、

アルカーの助けになる力を最初から持っていることだった。



これまでどれだけ戦ってきたか。あのクソ真面目くん火之夜が、

陰で血反吐を吐くのを見てみぬ振りをして、アイツに全てを押し付けてきたか。

その姿を見てみぬ振りをしなくて済む力を、どれほど求めてきたか。

あの顔なしノー・フェイスはあっさりと手にしてやってきた。



気にいらねぇ。



部下から展開が済んだことを確認し、突入する。

既に異変を感じてはいたのだろう、突入と同時に先頭の部下二人が

フェイスの不意打ちを食らい吹き飛んでいく。即死だろう。


譲二と啓太。息のあった相棒同士で、どちらも家族をフェイスに襲われ

家族を植物状態にされている。



怒りに燃える余裕も悲しみに暮れる暇もない。



フェイスの次の行動を予測して横っ飛びに回避する。竹屋たちの装備は

筋力強化を施すパワード・スーツと反射神経を強化する薬物で固められている。

だが、フェイス一体にすら不十分な装備だ。



とにかく、数で圧倒するしかない。普段フェイスたちがアルカーを襲うように。

同士討ちに気をつけ左右に展開する。その間も銃撃でけん制していく。


フェイスの注意がこちらに向いたところを狙い、上階から降りてきた分隊が

窓を割って突入。その背に徹甲破砕弾を叩き込む。


「ガ、ガガッ!」


フェイスが呻くが、致命打にはならない。

だが生身の人間である竹屋たちにとっても充分な隙を生み出す。


十字砲火。

銃弾が嵐となってフェイスに叩き込まれる。


さしもの人造人間も、これだけの弾丸を受けては無事ではいられない。

戦車の正面装甲に匹敵する防御力を誇るフェイス。小銃弾など受け付けない――

と、言いたいところなのだろうがこの銃弾は装甲表面で塑性流動を引き起こして

破砕する。本物の戦車は別として、防御力はあっても純粋な厚さが足りない

フェイスの装甲にはそれなりにダメージが通る。



がくり、と膝から崩れ落ちるフェイスを踏みつけ、銃口を押し付ける。



仮面。赤い単眼が光る無貌の仮面。

その面をじっと見つめて――吐き捨てて引き金を引く。



「――全然似てねぇやな」



・・・



「――かーッ、炎の精霊、雷の精霊、ねぇ……まったくわけのわからねぇモノばかり

 見つけてきやがって、まぁ……」

金屋子は頭をかきながら資料に目を通す。

と言ってももはや彼の理解を遥かに越えた内容ではある。


これならまだ、フェイスダウンの技術の方が身近に感じるというものだ。


彼は雷久保博士に教授を受けた唯一の技術者だ。といっても彼が元々専攻していた

進化分子工学をかじったことがある程度で、その全てを理解できたわけではない。

それでも、フェイスに有効な弾丸の開発やその構造を解析したのは彼の功績だ。


実のところ、精霊の研究と言っても彼にできることはほとんどない。

雷久保博士から受け継いだ技術で精霊から情報をひきだす程度のことだ。

はがゆいといえば、はがゆい。


「あの小僧にゃ苦労をかけるからな……」


もし彼ら技術研究班がフェイスダウンの技術をもっと吸収できていれば。

もし精霊の正体をつかみ、その力を再現できれば。

彼がああも苦しみながら戦うことはなかったろう。



アイツは、良い奴だ。誰もがそう思う。

それにかこつけて、今まで全ての責をおっかぶせてきた。

その罪悪感は、いつも胸にある。



「……そういう意味でも、あいつにゃ感謝せんとな……」


この場にいない仮面の人造人間を思い出す。

感情の欠片もないような面をして、火之夜と負けず劣らず熱い男だ。

アイツがきてから、火之夜の表情は変わった。

こころなし、眉間のしわも減った気がする。



――ま、いっちょ頑張ってみるか。あのガキどもがもちっと楽できるようによ。



・・・



はあ、とため息をつく。

小岩井のいる医務室は、平時は意外と暇だ。一番怪我をしやすいPCP部隊員は

大抵消毒程度で済む軽い怪我か、手術設備のある本棟へ搬送されるような重傷か、

あるいは――帰ってこないか。その三種類にわかれる。



この医務室の主な役割は心のケアだ。なにしろこんな環境、患者にはことかかない。

最近ではホオリの診療も日課になっている。だが、一番必要としているはずの

火之夜はこの医務室にあまり寄り付かなかった。小岩井にもあまり近づかない。


(私が嫌われてる――なら、よかったんだけど)


むろん、違う。そういう人間ではない。

彼が小岩井と接触を避けるのは――自身の精神的疲労を見抜かれないためだ。



定期的なチェックはしているが、彼は誤魔化す。そしてその誤魔化しに

ある程度のっからなければいけないのがCETの現状――だった。

その状況にはがゆい思いをしていたものだ。



(でもま、今は違いますよね)



ノー・フェイスがやってきた。

戦力的には1が2になっただけ。負担という意味では大きく変わったわけではない。


だが火之夜にとっては違う。彼にとってはなによりも心強い相棒ができたことが、

彼の精神的負担を大きく減らしている。無理をして痛々しい明るさではなく、

朗らかさを感じる素直な明るさが戻ってきているのがよくわかる。



(頼りになりますもんねぇ、彼。優しいし)



ホオリと一緒に施設内を歩き回っているのを良く見かける。その際、

なにかにつけ他人の手伝いをしてもいる。小岩井自身、彼に重い荷物を

運んでもらったことは一度や二度ではない。

きっと、戦場でも火之夜の大きな助けとなっているのだろう。



ほう、とため息をつく。



(ノー・フェイス、か……)



・・・


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