第三章:04



・・・



「――シターテ・ル。まずいことになった」

陰気な声が内線から流れ、けだるげに身を起こす。

声の主――ヤソ・マはむしが好かないが、この気が滅入るような声音は、好みだ。

美しい夜の後のモーニング・コールとしては悪くない。


「なにかしら、ヤソ・マ? せっかくあの砂埃だらけの土地から、すごしやすい日本に

 きたというのに。少しはゆっくりさせてくれないかしらね」

「ヤー・トーが暴走した」

はぁ、とためいきをつく。


横で寝ている男を見る。痩せこけていながら猛禽のようにぎらついた目をした

その男は、適当な町で適当に浚ってきた恋人だ。どこぞの商社に

勤めていたらしいが。昨日までは愛おしかったが、今はもうどうでもいい。


その首筋につつ、と指をはわせ――その命を絶つ。

苦しむこともなく一瞬で死んだことだろう。


「……改人の暴走など、いつものことじゃない。いいのよ、ほっとけば」

「バカもの、ラタキアやダマスカスなどとはわけがちがうのだぞ。

 ここでの我らの行動は秘密裡に進めることが、総帥の意志だ」

改人部隊がシリアにて介入していた紛争地帯をあげ、指摘する。

はぁ、と再びため息をつく。この男は細かすぎる。どうでもいい、そんなこと。


「……ロシア軍も米軍も、私たち改人部隊に勝てるものはいなかったでしょ?

 今更、存在を隠してどうなるというのかしら?

 ――正面からやりあえばいいのよ」

「総合的に言えば我らの方が圧倒的に人員がいないのだぞ。地上戦力では

 まさっていても、補給の問題もある。航空戦力もない。

 土地も狭い日本では、迂闊に動けんだろう」

「あー、もう。いいじゃないそんなこと」


いらいらとしながら答える。

いや、実際のところヤソ・マの言うことももっともだ。確かに我々改人は

人間どころか、フェイスさえ圧倒する超人類だ。

正面から戦うなら、戦車中隊でさえ改人ひとりで殲滅できるだろう。


しかし戦闘というものはバカ正直に真正面からやるものではない。

拠点そのものを爆撃でもされれば大きな損害を被る。



そういった事情はシターテ・ルとてわかっている。わかってはいるのだが――





頭では理解していることも、自分の欲望が塗りつぶしてしまう。

これは改人の特徴でもある。のだ。


ヤー・トーの暴走がいつものこと、というのもそういうこと。中東では

日常茶飯事であり、まともな指揮系統があったとは言いがたい。

そのことはヤソ・マもわかっているはずだが――


「――総帥をないがしろにするつもりか?」

「そ、そんなわけないじゃない。バカねぇ」


流石にその言葉には動揺する。そんなつもりは毛頭ない。


このフェイスダウンという組織は、フェイスだらけだ。あの人形に囲まれていると

気が滅入る。だが、総帥がいるからこそこんな組織に属しているとも言える。


総帥は素晴らしいお方だ。この点において、全改人の意見は一致している。

なにしろ、彼のおかげで我々は人間より優れた新種へと進化したのだから――


「わ、わかったわよ。止めればいいんでしょ、止めれば」

「――もはや遅すぎるきらいはあるがな……」


嘆息する声が聞こえる。それに対してわざとらしく舌打ちを聞かせて答える。

そうも規律を重視するなら、そもそも改人など動かさずフェイスだけ

使っていればよいものを。


室外に待機させていたに命じて、

部屋の清掃をさせる。痩せこけていながら猛禽のように

ぎらついた目をしたその男は、今はひきつった顔でおびえている。



(ああ、次はどんな風に愛し合おうかしら?)



・・・



「――いささか、ステージをあげるのが早くはありませんかな」

どこかの地下空間。かつては洪水時のためにつくられた地下放水路だ。

今は閉鎖され、フェイスダウンの密会場所として利用している。


痩せこけていながら猛禽のようにぎらついた目をした男が、

気だるげな視線をむけてくる。


「"改人"はどうにも気まぐれで、制御不能でな。いつああいうことを

 やりはじめるか、私にもよくわからん」

「呼び寄せること自体が早すぎるのではないか、と言っているのですよ」


生身の人間で、ずいぶんと胆力のある態度だ。そこが気に入ってはいるが。


「もっともな話だ。――実のところ、少し早い」

「……離反者が原因ですかな」


痛いところをついてくる。


「そうだな。アレは邪魔だ。そちらで排除しておいてくれると、助かるのだが」

「それはもう少し早く言って欲しかったですな。今、迂闊に排すると、

 部下たちに不審がられます」


いけしゃあしゃあと言う。もともと、抱え込むはらづもりだったはずだ。

この男は抜け目ない。コチラに対する抑えとして、確保しておきたいのだろう。

その気になれば強引にノー・フェイスを引き渡させることもできる。


が、それはあまりやりたくない。


できれば、事をなしたいのだ。

飛び道具は、控えたい。


「あなたも一組織を率いるものならば、わかっていただけますかな?

 ――フェイスダウン総帥、フルフェイスどの」

「ああ、わかるとも。超常集団取締部隊を総括する刑事局長、天津稚彦」


牽制しあうように、お互いの名を呼びあう。

彼との付き合いも、それなりに長くなった。


「――いずれにせよ、だ。今回呼び出したのは……

 もうフェイスダウンの存在を隠蔽する必要はない、と伝えるためだ」

「ほう。それはなにより。そろそろ工作活動も大変になってきまして」


言葉とは裏腹に無感動にかえしてくる。

実のところ、話はこれで終わりだ。わざわざ呼び出す必要もない。


だが、彼には働いてもらっている褒美エサも、与えなければ。



「――そうそう。中東に派遣していた三大幹部だが――

 、日本に呼び寄せた」

「――そうですか」


ほんの僅かな間をのぞけば、まるで動揺した様子をみせず、今までどおり

無感動に一言返すだけだ。


その心の中ではどんな情念が渦巻いているか知らないが、それを表に出さず

理性で蓋をすることに完璧に成功している。素晴らしい男だ。



全ての人間がこうなら――



――そんなことを考えたところで、離反者……ノー・フェイスのことに思い至り、

やや渋い思いになる。

そういえば、アレも感情や衝動に行動を左右されたものだった。



「……やはり、邪魔だな」



改人が始末してくれれば、都合がよいのだが。



・・・



「――これが周辺地域の地図だよ。頭に叩き込んで!」

「すまん」


桜田が投げてよこした地図を、アルカーが受け取る。

ノー・フェイスには直接脳内にダウンロードしてもらえるよう、調整済みだ。


「オレらは付近を捜索して逃走経路の把握と、逃げ遅れた人たちを救出する。

 こっちの展開状況はノー・フェイスにリンクしておくから、

 オメェがアルカーに随時伝えてくれ」

「頼む」


竹屋が部下に指示をだしながら、部隊の行動を伝える。

こちらの答えにふん、と鼻をならしながらも、肩をたたいて激励してくる。

ずいぶんと態度も軟化したものだ。いやな気分はしない。


「俺がまず正面から攻めてみる。ノー・フェイスは隙をうかがって

 しとめられるようなら、しとめてくれ」

「わかった。……しかし、隙か……」


ビルの屋上から、まだ遠目に見える敵の姿をみやる。

蛇の特徴をもったその人間……人間? は、全身からミサイルのようなものを

生やしている。弾切れという概念がないのか、とにかくあたりかまわず

打ち放ち、爆炎につつまれている。

あれだけ派手にばら撒かれると、近づくのも容易ではない。


「しかし――ノー・フェイス。本当にアレがなんなのか、わからないのか?」

「ああ。おそらく組織のネットワークに繋げば、判明するだろうが……」


当然それは逆ハッキングをしかけられるリスクがある。位置情報も知られるし、

もう二度と繋げることはないだろう。



あれはなんなのだろうか。

フェイスダウンは、隠密行動が旨だったはずだ。それがこの白昼堂々、

派手に暴れている。テレビでもこの事件で話題騒然だ。



『――天津刑事局長からは、ことここに至ってはフェイスダウンの存在を

 隠しておくことに意味がない、との判断がくだっている。

 カメラは気にするな、存分にやっていい』

「了解」


御厨からの通信にアルカーが返答する。

事態が、どんどん急変していく。


(オレが原因なのか?)


心の中でひとりごちる。思い当たるのはそれぐらいだ。

フェイスダウンも、変革が求められているというのか――



「すこし戸惑ってしまったが、問題ない。そうだろう?」


アルカーが、困惑しているオレの肩に手をおき、落ち着かせてくる。


「……傷ついた人たちがいる。傷つけている奴がいる。

 なら、俺たちの役目はきまっている」

「――そうだったな」




その力強い言葉に、目を覚ます。

そうだ、考えるのは今じゃない。



今は、戦う時だ。



「――いくぞ、ノー・フェイス!」

「ああ、はじめるか、アルカー!」


拳をうちつけあい、互いに頼れるにまかせて

戦場に走り出す。



そうとも、恐れる必要はない。

オレの背には、最強の英雄ヒーロー、アルカー・エンガがついているのだから。



・・・


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