第一章:『我は戦士、我は炎』


・・・



ヴォォォァン、と腹にまで響くような重低音が座面から伝わってくる。

ツザキ社製、Xinobiシノビ NX-6L。

排気量にして600CCを越える大型バイクのエンジン音だ。実のところ、

から現場に駆けつける足として持たされただけで、さして詳しくもない。

だがこの身体に伝わる振動と、風を切って走る感触は、好きだった。

エッジの効いた猛禽のようなフォルムも、悪くない。


赤く塗られたガソリンタンクに肘をつき、ヘルメットに仕込まれた無線機の声に

耳を傾ける。


「――雷久保氏から連絡があったのは三日前だ。……これまで頑なに自身の所在を

 明かそうとしなかった氏だが、どうやら"フェイスダウン"に嗅ぎつけられたようだ。

 現在は身を隠し、我々に保護を求めている」


耳元のスピーカーから凛とした声が流れてくる。その女性の声は飾り気のない

話し方によく合い、心地よい。

が、その心地よさに耳を奪われている場合でもない。事態は深刻だった。


「……十年以上もの間"CET"の庇護もなく隠れ続けていた博士が、俺たちと

 直接コンタクトを取りたがるとは。よほど切迫しているということですか、本部長?」

「博士といっても、博士号はもっていないがな。さておき、実際状況はよくない。

 雷久保氏が集合場所に指定したその緋衣路市だが、先行した捜査員から

 "フェイス"の活動痕跡を見つけている」


通信相手――俺が所属する"超常集団取締部隊Criminal paranormal organization Enforcement Team"

――通称"CET"の作戦本部長である御厨みくりや仄香ほのか女史の言葉に、

表情が厳しくなる。


「――情報が漏れていると?」

「雷久保氏が我々と接触したがらないのも当然だな……」

女史には珍しく、声に疲れをにじませている。だが無理もない。


"フェイスダウン"。

その活動が明るみになったのはここ十数年の話だが、その結成は数十年……

いや、彼らがもつ科学技術を考えるとそれ以上昔から存在していたと見られる

悪の秘密結社だ。

生体アンドロイド、無から作られた機械生命体である"フェイス戦闘員"を手駒に、

人々を襲う凶悪な集団である。



彼らに襲われた人間は、あらゆる自発的行動を示さなくなる。まるで無気力になり、

放置すればいずれ餓死する人形のような状態と化す。


本来なら、その被害が確認された時点で警察または公安が動く事案だ。

いや、実際に対策本部が設置され捜査が始められたこともある。

だが"フェイスダウン"の恐ろしさはその戦闘力だけではなかったのだ。

彼ら"フェイス"は人間に欺瞞し、行政組織のあちこちに隠れ潜んでいた。

そのスパイにより捜査チームの情報は敵に筒抜け。数日にして全員が生きた屍と化した。


一週間もたたずにチームが瓦解したことを受け、秘密裡に結成されたのがCETだ。

その存在を隠匿するため、通常の行政機関とは隔離された秘密部隊。

その結成に重要な役目を果たしたのが――"博士"こと、雷久保番能ばんの氏だ。


博士は、フェイスダウンに捕らわれその研究に従事させられていた人間だ。

だが夫婦で共に脱走し、そこで得た情報や技術などを提供してくれた

CETの重要人物でもある。



その博士が"フェイスダウン"に所在を知られたとなれば――どうなるかは、

想像に難くない。



「幸いと言いたくないが、この情報漏えいにより身内に潜んでいた"フェイス"は

 特定できた。だがそもそも、ばれることを承知で"フェイスダウン"に

 情報を伝えていたのだろうな……」

「……それでは、この町で博士と接触するわけにはいかないですね」

「そうだ。……と、言いたいところなのだがな……」

「まさか……」


女史には似つかわしくない歯切れの悪い言葉に、嫌な予感がした。

「既に、博士は市内に潜入している。

 奴らが緋衣路市を包囲する前に入れたのは幸運だが、

 こうなっては単独で市外に脱出させる方が、危険度が高い」

「……合流して、強行突破せよ、と……」

ヘルメットをかぶっていなければ眉間を揉みしだいているところだ。



CETには、戦闘員は事実上俺一人しかいない。

故あって俺はフェイスと戦う力を持つが、普通の人間はフェイスに対抗できない。


振りぬく拳は音速を超え、破壊的な衝撃波を撒き散らして鋼を貫く。

駆ける脚はアスファルトを砕き、一秒で数十mを走り抜ける。


まるで人型の戦車のごとき戦闘力を誇るフェイスは、

とてもではないが人の手に負えない。

その動きを見切ることも、そもそも人間が持てる火器ではフェイスの装甲に

痛手を与えることもできない。

考えうる最高の装備と訓練を施した兵士でも、奴らの前では脆い案山子だ。


「……ぼやきたくなる気持ちはわかる。だが、いまだにフェイスに対抗できる装備の

 開発は目処が立っていない。

 ――"アルカー・エンガ"、おまえ以外は」

は辛いですね」

ついつい皮肉を返してしまう。女史の困った気配が無線機の向こうから漂い、

少し反省する。


眼鏡の奥から凛とした瞳で相手を見据える、長い黒髪をたなびかせる彼女だが、

組織の長という立場上どうも眉間にしわが寄りがちだ。

せっかく端正な顔をしているのだからもったいないと思う。



――そう、俺が身につけた力こそ、博士がフェイスダウンから奪い去った"炎の精霊"。

太古の昔より地球に存在した、超自然のパワー……

それ以上のことはフェイスダウンすら知らない、正真正銘の超常現象、超常存在だ。


意志を持った力場であるは、適合者としてこの俺を見出し融合した。

その力を引き出すために与えられたスーツとあわせて、俺は――

"アルカー・エンガ"となる。


フェイスの装甲すらやすやすと貫く、精霊の力。これによって我々CETは

フェイスに対する"矛"を手に入れたのだ。

反面、"アルカー"一体でフェイスの魔の手を防がねばならない、というのが

俺たちが持つジレンマでもある……。


フェイスたちを殲滅するだけならそれでもまだなんとかなる。だが、こういった護衛任務などは極めて不利だ。


「……不平を言うつもりはありませんが。いくら"アルカー"の力があっても

 このままではジリ貧です。

 結局のところ、一人でできることなど限りがあるのですから……」

「わかってる、わかってはいるんだ……おまえには苦労をかけるが……」


おそらくは向こうで頭を抱えているだろう女史の姿が思い浮かぶ。彼女に言ったとて、

仕方のないことだとわかっている。



だが、流石に自分も限界が見え始めている。

フェイスたちも、少しずつではあるがこちらの動きについてきはじめている。

そのうえ数においては圧倒的にフェイスが上回っているのだ。全方位から迫る敵意に、

心も疲弊している。


せめて一人でも、背中を預けられる相手がいれば……


「――いえ、ないものねだりをしました。今はそんなことを言っている場合ではない。

 雷久保博士との合流場所は?」

「向こうが警戒してまだ教えてくれてはいない。合流一時間前に無線連絡を行うから、

 電源を入れたままおまえは周辺地理の把握に努めてくれ」

「了解」


みじかく返答をきりあげ、バイクのハンドルを引き寄せ前輪をめぐらす。

と、無線機からいままでより少し柔らかい声が届く。


「無理をさせる立場でこういうのも気が引けるが――無理はするなよ、火之夜」

「……ええ」

その言葉に、少し救われる。


相手の無線が切れたのを確認すると、俺――赤城火之夜は一度ヘルメットを脱ぎ、

蒸れた赤髪を手で拭う。再びヘルメットを被り、クラッチをきってアクセルをふかす。

クラッチレバーをはなした途端、馬がいななくように前輪が高くもちあがり、

爆音をあげて急発進する。



周囲の人間がなにごとかと注目するのを後ろに感じながら、

こっそりと心の中で嘆息する。




(……バイクの運転も、慣れておく必要があるな……)


・・・



「これより今回の作戦を確認する!」

流麗な言葉を繰り出す隊長格のフェイスが、輸送ヘリに乗り込んだ部下たちを睥睨する。

人間たちが実用化していない完全な光学迷彩と完全消音ローター。

CH-18NM"ゼブラ"。闇夜にまぎれ、市街に展開するのに最適な機体だ。


部下のフェイスたちは壁際のシートに座り、じっと隊長を見つめる。

1182号も前のめりに座る。


http://mitemin.net/imagemanage/top/icode/245435/


全員、これから向かう先に何が待ち受けているかは知っている。

だが、怖気づくものはいない。

そもそも恐怖という感情がまだ芽生えていないのだ。


「十二年前、我が組織から脱走し研究成果を奪い去った人間、

 雷久保番能の所在が判明した!

 奴は現在、緋衣路市に潜伏しているものと思われる。

 奴は組織に多大な打撃を与えた仇だが、それだけではない」


実に芝居がかった演説だが、おそらく他のフェイスたちには

なんの感慨も与えていないだろう。



無感動に見つめる光眼の先で一人拳をふりあげるさまは滑稽ですらあったが、

どうも感情を獲得したフェイスはああも大仰に振舞うことを好むらしい。

最初から感情を持っていた俺にはわからないが、よほど嬉しいことなのだろう。


「雷久保が持つの奪還も今回の主任務だ。

 だが、奴は人間どもにとっても重要人物。

 そのため、敵部隊CETは"アルカー"を派遣した!」


ぴくり、と。


その言葉が出たときだけ、肩が揺れ動いた。隊長格フェイスはそんな俺を

ちらりと一瞥し、作戦概要を続ける。


「知ってのとおり、アルカーはこれまで我々の作戦を何度も妨害してきた。

 だが諸君はこの一ヶ月、アルカー打倒を専門とした訓練を続けてきた!

 その成果は必ず実る! これまで君らを見続けてきた、私が断言しよう!」


人間だったなら戦意が高揚するところなのかもしれないが、無感情の仮面の群は

興奮も失笑もせず、身じろぎすることもなく話を聞くだけだ。


「現在先行した偵察員が雷久保を捜索している。第一目的は奴の研究成果の奪還、

 そして――奴からエモーショナル・データを引き抜くことだ。

 アルカーに遭遇する前に達成できればベストだが、期待はするな」


一度、背を向けたのはむしろ自身の怯懦を隠すためか。だが振り向いたその態度は流石に

彼も実戦をくぐりぬけたもののそれだった。



「雷久保を発見しだい部隊を展開する! アルカーが出現した場合、

 アルカー対策部隊は奴の撃破を最優先せよ!」



隊長以外誰も何も言わない、櫃の中のような機内で、俺は組んだ拳に力を入れる。

アルカー。アルカー・エンガ。

生まれてからずっと、奴の戦いだけを見て過ごしてきた。

まるで旧知の間柄かのようにすら感じる、その相手と。



今日、実際にあいまみえるのだ。


・・・



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る