Ⅰ 本物の魔術武器(6)

「おし! これでようやく邪魔者がいなくなった…と、長居をしていてえところだが、俺も急がねえとならねえからな。これから準備して明日にでも下見に行ってみるとするぜ」


 マリアンヌをご満悦な様子で送り出した刃神だったが、彼もすぐにそう言って二本の剣の入った袋を背負い、荷造りを始める。


「おお、そうかね。ならついでに遺跡の説明会とやらも見て来るといい。お前さんの話を聞く分には、そのエクスカリバーの〝魔力〟とやらを増す助けになるやもしれんしの」


「ああ。そのつもりだぜ。フン、どうやら俺の話をちゃんと理解したようだな。骨董屋のオヤジにしとくには惜しいクソジジイだぜ。そんじゃな、今度はかのアーサー王の愛剣を冥土の土産に見せに来てやるからよ」


 最後にそんな悪態としか思えないような挨拶を残し、マリアンヌに続いて自分も店を後にしようとする刃神。


「おお! 言い忘れとったが、くれぐれも用心するんじゃぞ」


 だが、その二本の剣がぶら下がる背中に思い出したかのように主人が声をかけた。


「んん?」


 その声に、なんのことだかよくわからぬといった顔で刃神は振り返る。


「いや、なに、年寄りの老婆心で言うことなんじゃがの。お前さんの魔術武器マジック・ウェポンの話を聞いている内になんだか気になってきてしまったのでな」


「気になる? ……何がだよ?」


「その、背中に背負っとるダヴィデの剣がじゃよ」


 主人は急に鋭い眼差しになると、刃神の背の剣に焦点を合わせて語る。


「一般にはガラハッド卿が聖杯探究の旅の途中でソロモンの船に載っているのを見付けたことになっておるが、他の伝説などをみてみると、どうも双剣の騎士ベイリン卿が抜いた〝呪いの剣〟と同一視しているような観もある。ベイリン卿の剣も本来はガラハッド卿のものとなるはずだったところを、ベイリン卿が優れた騎士だったために運悪く抜いてしまったものだし、ガラハッド卿はアーサー王と同じように岩に刺さった剣を抜いて自らの剣とするのだが、一説にこの剣は魔術師マーリンがベイリン卿から奪って岩に刺したことになっておる」


「……んまあ、確かに両方ともガラハッド卿の剣だからな。それに、どっちも〝選ばれた者しか持てない剣〟だしよ」


 刃神は気のない様子で少し考えてから答える。


「それだけじゃない。ベイリン卿はその剣の呪いのために聖杯の城の漁人いさなとりの王にロンギヌスの槍で〝悲痛の一撃〟を加えてしまうのじゃが、これも一説に漁人の王の弟ガーロンを殺した際に、折れたベイリン卿の剣の刃が原因であるとされておる。そこへ持ってきてまた別の話では、漁人の王自身がソロモンの船にあった剣を抜こうとしたところ、槍で両腿を貫かれたという筋になっておるし、ウェールズの王ヴァルランが謎の船の中でダヴィデの剣を見付け、それでランボール王なる人物を殺したのを〝悲痛の一撃〟としていたりもするんじゃよ。いや、ガラハッド卿の祖父――即ち漁人の王はダヴィデの剣で〝悲痛の一撃〟を加えられたとはっきり言っている話もあるのじゃ」


「ほう……おもしれえな。確かにそう見ると、ダヴィデの剣とベイリン卿の剣、さらにガラハッド卿が岩から抜いた剣は同じ物のように思えてくるな」


「ま、これらの話は史実ではなく、ほぼすべてが創作の物語。作者の混同と見た方が正解なんじゃろうけどな……じゃが、二つの剣を携えたお前さんの姿を見ておるとな、どうにも双剣の騎士ベイリン卿が連想されてならんのじゃよ。あの、呪われた〝非道の騎士〟をの……」


「ベイリン卿……まだ円卓がない頃のアーサー王宮廷最強の騎士だな……すると何か?俺もそのベイリン卿みたく、剣の呪いを受けると?」


 先程よりは多少興味を抱いた様子で刃神は訊く。


「うむ。選ばれし者でなかったベイリン卿は、その剣を抜いたばかりに良かれと思ったことがすべて裏目に出るという呪いを受け、ならぬ殺生を重ねた挙句、終いには最愛の弟ベイラン卿と殺し合う悲運に見舞われた。それにダヴィデの剣に書かれている文字―-〝我を抜く者は恥辱か生命の危機に瀕するであろう〟のこともある。お前さんも選ばれし者にしては、かなり強引に鞘から抜いておったからのう……」


 そう語る主人は、いつの間にかいたく深刻な表情に変わっている。


「ハハッ! どうやら、ちょいと言霊ことだまが効き過ぎちまったようだな、オヤジ。だが、俺を甘く見てもらっちゃあ困るぜ。俺は〝呪いのかかった〟武器を扱う魔術武器使いマジック・ウェポナーだ。扱いこそすれ、誰が武器の方に〝扱われる〟かよ。まあ、安心して俺の活躍を見てるんだな。そんじゃ、ちょっくらアーサー王の騎士よろしく冒険の旅に行ってくらあ」


 しかし、刃神は愉快そうに笑って告げると、おどけた調子で緑男の骨董店グリーンマンズ・アンティークを後にするのだった。


「………………」


 独り残された老主人の耳に、カラン…とドアのベルの甲高い音がどこか淋しげに鳴り響いた……。

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