ブランボヌールとスターリング一族

「ロザリー・アルバローズ、私たちは、あなたを救いに来た。あなたを取り巻く全てのものから」


 僕たちを襲撃してきた謎の刺客たちと、それを撃退したアルビノの二人。ゴシック風の黒いドレスに身を包んだ雅さんが発した言葉に、僕はほっと胸を撫で下ろした。闇に溶け込むような黒いドレスと、街路灯の明かりを受けて浮かび上がる白い肌のコントラスト。この二人は僕たちの味方なんだ。二人が来てくれなかったら、僕は今度こそ死んでいたかもしれないし、ロザリーだって……。

 しかしその直後、ふと疑問が湧いた。『ロザリーを取り巻く全てのもの』とはどういう意味だろう。まるで、奴ら以外にも敵がいるみたいなニュアンスに聞こえるけれど。

 ロザリーは怪訝そうに目を細める。


「全てのもの……とは、どういう意味でしょうか」


 雅さんは横目でちらりと僕を見てから答えた。まるで僕に聞かれてはまずいことがあるかのような仕草だ。


「……言葉のままの意味よ」

「ついさっき初めてお会いしたばかりで、いきなりそんなことを言われて、信じる人間がいると思いますか?」


 ロザリーのつっけんどんな返事に気分を害したらしく、雅さんは眉根を寄せて語気を荒げる。


「……あのね、私たちが来なかったら、あんたたちどうなっていたと思って……」

「まあまあ、雅、抑えて抑えて」


 息巻く雅さんを制して、レイデオロさんがロザリーの前に進み出た。


「彼女は小さい頃からずっと命を狙われながら過ごしてきたんだから、警戒心が強くて当たり前だよ。……改めて、お初にお目にかかります、ロザリー・アルバローズ。僕たちは見ての通り、君と同じアルビノだ。実は、僕たちは君と同い年でね。昔から、君のことはテレビでよく見ていたよ。当時の僕はまだマナの力を全く扱えなかったから、なんて不思議な子なんだろうと思って見ていた記憶がある」

「レイ、話が長い」


 少し落ち着きを取り戻したらしい雅さんが、レイさんを押しのけて再びロザリーの前に立った。


「私たちは、『ブランボヌール』という団体の代表としてここに来ました。『ブランボヌール』とは、私たちアルビノだけが扱える特殊なマナの力を、より私たちのために役立てようという理念のもとに結成された、アルビノだけで構成される団体。私たちは、能力に目覚めつつあるアルビノを探して保護し、自衛の力を授けて、アルビノがよりよい暮らしを送れる社会を作るために活動している。ロザリー・アルバローズ、私たちはずっとあなたを探していました」

「私を……?」

「ええ。あなたの知名度とカリスマ性――そして何より、あなたが操る巨大なマナは、私たちにとって大きな力になるものです」


 確かに、ロザリー・アルバローズは世界一有名なアルビノと言ってもいいかもしれない。メディアから姿を消して数年経つとはいえ、それだけ当時の彼女の影響力は大きかったのだ。アルビノのために作られたという団体がロザリーを引き入れることができれば、彼女のマナの力以上に大きなプラスとなるかもしれない。

 しかし、ロザリーは硬い表情を崩さず、二人に対して警戒心を隠さなかった。


「私の情報をどこから得たのですか?」

「シャダイ王国首都チトセシティの郊外で起こった奇妙な爆発事故と、レーヌ・スターリング――さっきあなた達を襲ってきた奴らの動向からの推測、といったところかしら」

「レーヌ・スターリング……? あの者たちの素性を知っているのですか?」

「知っているどころじゃないわ。ブランボヌールが結成されたのは、あいつらからアルビノの仲間を守るためと言っても過言ではない。奴らは特殊な術式を用いてマナを操るスターリング一族の末裔と、それを信奉する者たちからなる極悪非道の軍団。スターリング一族は、マナに対する高い適性をもつ私たちアルビノの生きた心臓を食らうことで、自らが扱う呪術の威力を強化しているの。その効果は代を経ても継続し、現当主のレーヌ・スターリングは、さっき見た通り、非常に強い魔力を持つに至った。私たちは、マナの資質に目覚めたことによって奴らに狙われているアルビノを保護し、奴らに対抗できるよう、マナの使い方を教えているの」


 アルビノの生きた心臓を食らう……。

 その光景を想像して、僕は身の毛もよだつような思いがした。もしも僕の目の前でロザリーがそんな目に遭ったら――そう考えるとぞっとする。

 

「あなたが襲撃された九年前の事件と酷似した爆発事故、そしてそれに呼応するようにシャダイ王国にやってきたスターリング一族の動き。ここにロザリー・アルバローズがいると考えるのは、ごく自然な推測と思うけど、どうかしら?」


 ロザリーは暫し目を伏せ、何か考え込んでいる様子だった。

 僕はというと、雅さんの話した内容があまりにも衝撃的で、頭が全くついていかなかった。我ながら情けない話だけど、テロリストの襲撃を受けて国立マナ研究所に数日間入院しようやく家に帰れると思ったところでまた違う連中に襲われ見知らぬ人たちに助けられた直後に新しい敵と組織の話が矢継ぎ早に降ってきたのだ。僕の頭で理解しろと言われても無理だし、それより早く家に帰りたいよ。


「助けて頂いたことには感謝しますけれど、にわかには信じがたいお話ですね。それに、今伺ったお話には、いくつか疑問点があります」


 ロザリーは顔を上げ、雅さんを正面から見返しながらそう言った。


「……疑問?」

「まず、本当にアルビノのための『ブランボヌール』なる団体がシャダイ王国内に存在するのだとしたら、私が知らないはずがない。そしてもう一つ、あなたたちが世界を股にかけるほどの大きな団体だとすれば、あなたたちには後ろ盾となるスポンサーがいるはずです。これらの推測から導き出される可能性はいくつかありますが、最も可能性が高いと思われるのは、あなた方がどこか他の国から派遣されたスパイで、私を自国に引き入れようと画策している、というものです。違いますか?」


 ロザリーが放った質問に対して、雅さんの細い眉がぴくりと動いたのを、僕は見逃さなかった。


「……さすがに鋭いわね。確かに私たちはシャダイ王国の人間ではない。スポンサーがいることも認めるわ。でも、私たちは諜報員じゃないし、ブランボヌールの活動の意義だって……」

「雅さん、そしてレイさんとおっしゃいましたね。あなたたちが正直な方であることはよくわかりました。けれど、私がその『ブランボヌール』と名乗る団体に入るわけには参りません」

「ちょっと、もう少し話を聞いて……」

「助けて頂いた恩もありますし、ここであなた方にお会いした件については、上層部には秘密にしておきましょう。面倒なことにならないうちに出国されたほうが身のためだと思います。では……雪舞、モーリス、行くよ」


 ロザリーは冷徹なまでの口調でそう言い放ち、二人に背を向けて歩き出した。僕はロザリーと二人を見比べながら尋ねる。


「え、いいの? ロザリー」

「何が?」

「何がって、色々……」

「モーリスも、ここであの二人に会ったことは誰にも話さないでね」

「うん、それはわかったけど……」


 振り返ると、雅さんは肩をすくめながらやれやれ、とばかりに首を振り、レイさんはその柔和な面差しに苦笑を浮かべていた。さっと雪舞の背に手をかけるロザリーの後姿へ、雅さんが声を張り上げる。


「ま、一筋縄ではいかないとは思ってたけどね……ロザリー・アルバローズ、もし万が一あなたの力があのレーヌ・スターリングに取り込まれるようなことがあったら、今度こそ奴らは私たちの手に負えなくなる。だから、あなたにそのつもりがなくても、私たちはあなたを見殺しにはできないわ。何と言われようと、私たちはあなたを諦めないわよ!」


 先に雪舞の背に跨ったロザリーは、僕の手を引き上げながら答えた。


「どうぞ、お好きなように」


 馬上の僕たちと二人の視線が数秒間ぶつかり、その間、ロザリーの瞳の色は複雑に変化し続けていた。ロザリーは二人のことをどう思ったのだろう。本当に他国のスパイだと思っているのか、それとも――。


「雪舞、ゴー!」


 ロザリーの号令に応じ、雪舞は再び暗い道路を走りだす。振り返ると、二人の姿はみるみるうちに小さくなっていった。遠ざかる二人を見ながら僕は、もうあの人たちと会うこともないのだろうか――と思った。同じアルビノどうし、ロザリーとはいい友達になれそうだったのに……。



!i!i!i!i!i!i!i!i!i!i!



 次の日、約一週間ぶりに登校すると、ラニをはじめ、たくさんのクラスメイト達が集まって来て、声をかけてくれた。一週間も学校を休んだのは初めてのことだから、ずいぶん心配をかけてしまったのだろう。大丈夫、ありがとう、と繰り返しながら席につき、間もなく朝のホームルームが始まった。いつもと変わらない日常が、とても得難いものに感じられる。


 しかし、いつものようにトボトボと教室に入ってきたスピネル先生に続いて、ハンロ高校の制服を着た見慣れない三人の学生がやってきた。転校生だろうか、女子が二人に男子が一人。男子と女子の片方は雪のように肌が白く、揃ってとても背が高い。もう一人の女子はやや小柄で、黒褐色の肌に黒髪の……って、あれ、三人とも、どこかで見覚えがあるような。それも、ごく最近。どこだったっけ……?

 必死で記憶を辿っていると、スピネル先生が教室全体を見渡しながら言った。


「ちょっと急な話なんだがな、今日はなんと、我がクラスに転校生が三人もやってきた。左から順に、雅・ファンディーナさん、レイデオロ・アル・アインくん、そしてレーヌ・スターリングさんだ。皆、仲良くしてやってくれよ」

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