09 別離

 グランドはその体に見合った、大きなベッドに横になっていた。額には汗が浮かび、苦しげな呼吸を繰り返している。


「親父……」


 グラシャは枕元に立ち、拳を握りしめた。


 グランドの寝室には大勢の家臣が集まり、廊下にまで人が溢れている。グランドの頭に濡れたタオルを置き、ルーニャは沈痛な表情を浮かべた。


「宴会の途中で急に倒れたにゃ……」


「それで、原因は何なんだ?」


「それは……まだ分からないにゃ」


「なにぃ!? 分からないってどういうことだよ!」


 噛み付かんばかりの勢いで、グラシャはルーニャに迫った。


「だ、だから分からないにゃ! それまで、凄くお元気だったにゃ! でも薬も効かないし」


 家臣の一人がぽつりと漏らす。


「……まさか、毒を盛られたのでは?」


「バカな。この屋敷には信用のおける者しかおらぬ」


「それに宴会の酒や料理であれば、他にも同じ症状の者がいるはずだ」


「やはりお体が優れないのを隠しておられたのでは……」


 グランドが倒れた理由をあれこれ推測している中に、ヘルシャフトの声が割り込んだ。


「──すまないが」


「王様?」


 グラシャは怪訝な顔でヘルシャフトを見つめた。


「こんな時に何だが、我々は失礼させて頂こうと思う」


「えっ!? ちょ、王様! このタイミングでかよ!?」


 慌てたように叫ぶグラシャに、ヘルシャフトは落ち着いて答えた。


「こんなときだからだ。グランド殿が大変なときに、手間のかかる客人が居座っていては申し訳が立たぬ」


「で、でもよ……」


 戸惑うグラシャに、ルーニャが泣きそうな顔ですがり付いた。


「若……行ってしまうのにゃ?」


「ルーニャ……ああ、俺は……」


「そんな! ひどいにゃ! グランド様がこんなときに! 若が偶然来てくれたのも、神様の思し召しにゃ! ここにいて欲しいにゃ!」


「そ、そんなこと言われてもよ! 今さら何で俺が親父なんかの為に──」


 ルーニャを引きずったまま、出口に向かおうとする。その行く手に、大勢の人々が立ちふさがった。


「お待ち下さい、若様! せめてグランド様がお元気になるまでいてください!」


「そうです! グランド様が臥せっておられる以上、我らの頭領は若様しかおらんのです!」


「お前ら……」


 嬉しいような、苦しいような、二つの気持ちの狭間でグラシャの表情が歪む。そんな顔を、グラシャはヘルシャフトに向けた。


「グラシャ。頼みを聞いてやれ。グランド殿が元気になるまでの間だ。心配しなくとも、しばらくならお前抜きでも何とかなる」


「でも! いつ治るかなんて、わかんねーよ! もし長い間かかったり、ひょっとして──」


 グラシャはその言葉を飲み込み、歯をかみ合わせる。鋭い牙がぎりっと音を立てた。


 ヘルシャフトとヘルゼクターから顔を背けると、そこには昔なじみの仲間たちの祈るような顔が並んでいる。


「若!」


「若様!」


「……くっ!」


 ヘルシャフトは迷うグラシャの背中を押すように言った。


「俺たちの心配はいらん。グランド殿が元気になったら、追いついてこい。それまで魔獣軍団の軍団長の席は空けておく」


「……分かったよ」


 グラシャは観念したように肩を落とす。それと対照的に、周りの者たちは安堵の表情を浮かべた。


「今からなら夜の定期便に間に合うだろう。港へ行くぞ」


 ヘルシャフトはマントをひるがえして部屋を出ていった。続けてアドラたちもグラシャに声をかけては、その後へ続く。


「何なら十年くらい、居ても構わんぞ」


「……昔の仲間は大事にしなさい」


「ばいばーい、なんだもん」


 あっさりと姿を消したヘルシャフトたちに、グラシャは寂しさを感じた。


「んだよ……くっそ」

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