第三章 波乱

07 歓迎の宴

 その夜、グランドが言った通りヘルシャフト一行を歓迎する宴が開かれた。


 会議室のような広い部屋に細長いテーブルが置かれ、グランドールの重鎮が十数名。それにサタナキア、フォルネウスが着席している。末席には一応グラシャが顔を出していた。つまらなそうな顔をして、いかにも不満そうな態度で座っている。


 上座にグランドと並んで座ったヘルシャフトは、至れり尽くせりのもてなしを受けた。


「さぁさ、ヘルシャフト様」


 ルーニャが杯に酒を注ぎ、シルヴァニアが料理を運んでくる。料理の皿が一つ余っていることに気付いたシルヴァニアがヘルシャフトに訊いた。


「あの、お一人さま、姿をお見かけしないようですが」


「ああ。どうしても外せない用事があってな。代わりと言っては何だか、あいつにやってくれるか?」


 指さした先には、おかわりをしまくっているフォルネウスがいた。


「おいしいんだもん♡ 今まで食べたことのないお肉ばっかりで、フォルネウスはいくらでも食べられそうなんだもん♪」


 他の魔獣の三倍の皿を積み上げ、ひたすら料理をかき込んでいた。気を遣うサタナキアが少し抑えるように忠告するが、フォルネウスの耳には入らない。だが、周りの魔獣は逆に面白がって、どんどん食えと囃し立てていた。


 グランドも、そんな様子を微笑ましく見守っている。


 だが、グラシャだけは相変わらず不機嫌オーラ全開だった。


「……ちっ」


 結局食事には一切手を付けずに、席を立った。部屋を出て行くグラシャと入れ替わるようにして、数匹のコウモリが部屋に入ってくる。そのコウモリは、黒い霧のように解けるとアドラの姿へと変わった。周りにいる魔獣たちが、「おおっ」と声を上げ、手を叩いて喜んだ。


「早かったな、アドラ」


 アドラはうやうやしく礼をすると、ヘルシャフトの耳元へ口を寄せた。


「は。ご命令通りサルラへ偵察に向かったのですが、途中で気になるものを見つけましたので、ご報告に上がりました」


「気になるものだと?」


「この町より北の方角、三キロメートルほど離れた森の中に、見張り小屋のようなものがありました。そこに魔獣が二匹」


「グランドの手の者ではないのか?」


「私も、最初はこの屋敷を守る為の見張りかと思いましたが……それにしては見晴らしの悪い場所へ、姿を隠すようにして作られておりました。不審に思い、様子を窺ったところ、断片的ではありますが、二匹の会話が聞こえました。『バルガイアから来ている魔王はいつ帰るんだ』『せっかく準備を進めていたのに』と」


 堂巡は心の中で腕を組んだ。


 ──どういうことだ? 俺たちが招かれざる客ということか? それに準備?


 ヘルシャフトは隣に座っているグランドを見つめた。酔って赤くなった顔で、部下たちの騒ぎを嬉しそうに見つめている。その楽しげな空気は、偽りのものとは思えなかった。


 ヘルシャフトの視線に気付いたグランドが笑顔を向ける。


「何か入り用かな? ヘルシャフト殿」


「……立ち入ったことを伺いたい。この町から三キロメートルほど北の森に、見張りを置いているようなことは?」


 グランドは片側の眉を上げた。


「いや、そんな場所には置いておらぬな。街道沿いと各地の村、それと国境近くに置いてはいるが」


 ──となれば、アドラが見た兵はグランドールの者ではない。ならば、なぜ俺たちがここにいることを知っている?


「お待たせ致しました。次のお料理をお持ち致しました」


 美しい銀色の髪をなびかせ、シルヴァニアが両手に大きな皿を持ってやって来た。


「おう、これよ! これ! ヘルシャフト殿、我が国の伝統的な料理じゃ」


 焼いた骨付き肉が無造作に積まれているだけに見える。しかし光り輝くような照りと、そこから立ちのぼる香りが、たまらないほど食欲を刺激した。


「確かに美味そうですな」


「コケラスという動物の肉でな、柔らかくて味が濃厚じゃ。それを昔ながらのタレに漬け込み、香草を焚いて焼き上げるのじゃ。これがたまらぬ」


 そう言いながら、グランドは肉に手を伸ばした。


「グランド様は特に辛めの味付けがお好みですよね? こちらに特別に辛くしたものをご用意してありますよ」


 にっこり微笑んで、シルヴァニアは別の皿を差し出した。色が他のものと明らかに違う。赤く輝き、見るからに辛そうだった。


「おお! 気が利いておるな。ささ、ヘルシャフト殿も早く」


「では」


 ヘルシャフトは普通の味付けの皿を選び、骨を掴むと良い香りがする肉に歯を立てた。


 ──うわ! 柔らかっ。それに意外と味が複雑だぞ? 香草を何種類も使っているのか? それにタレがいい。雰囲気は照り焼きのタレっぽいが……。


 隣を見ると、アドラもナイフとフォークを使って肉を口に運んでいた。


「ふむ……成る程。シンプルゆえにタレの味が生きている。それに香り……もし急ぎの料理をする場合は、私の特製タレにバリエーションを加えて、特徴のある塩を使えば……例えばトゥルグザラウの塩なら……」


 料理人としての血が騒いでいるらしい。そんな部下のささやかな楽しみを邪魔するのも申し訳ないと思いながら、ヘルシャフトはアドラに向かって言った。


「アドラ、少し相談をしたいことがある。サタナキアとフォルネウスを連れて、離れへ戻れ。俺はグラシャを捕まえてから行く」


 アドラはメガネのブリッジを指先で上げ、表情を引き締めた。


「承知致しました」

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