05 二人の王

「いきなりお恥ずかしいところを見られちゃって……本当に、ごめんなさいにゃ」


「い、いえ……」


 サタナキアは引きつった笑顔で応える。サタナキアとアドラ、フォルネウスは少し離れたところにある建物へと案内された。中に入ると、明るく、清潔で、質素ながら感じの良い部屋だった。


「この離れを使って下さいにゃ。奥に寝室がありますが……三つしかないので、どなたか二人部屋にして頂くと嬉しいにゃ」


「それでは、私とフォルネウスは同じ部屋で。良いですね? フォルネウス」


「うん! 今日はいっぱいお話しするんだもんっ♪ えへへへ」


 抱きついてきたフォルネウスの頭を、サタナキアは優しく撫でてやった。

 アドラはざっと部屋を確認し終えると、ルーニャに向かって話しかけた。


「ルーニャ殿。グラシャはどこへ?」


「あはは……一応、若の部屋はそのままにしてあるので、そっちへ寝かせてますにゃ」


 ド派手な親子ゲンカの勝敗は父親に軍配が上がり、ボコボコにされたグラシャは気を失って運ばれていった。


「グランド殿とグラシャは、いつもあんな?」


 ルーニャは、たははと困ったように笑った。


「ええまあ……」


 サタナキアは少し心配そうな顔で、アドラに話しかけた。


「ヘルシャフト様は大丈夫でしょうか?」


「ああ……しかし、余人を交えず二人だけで、というのがグランド殿の希望だ。やむを得ないだろう。だがもし、グランド殿がキングに危害を加えようとするのであれば──」


 ルーニャは慌てて言った。


「いえいえいえ! そんな! お客人に、あんなことしませんにゃ!? あんなマネをするのは、若にだけですにゃっ!」


「それはそれで、どうかとは思いますが……」


 サタナキアは苦笑いで応えた。


   +   +   +


 割れた窓から風が吹き込み、暖炉の暖かい空気と激しく渦を巻く。しかし、そんなことなど気にも留めない様子で、グランドはヘルシャフトのグラスに酒を注いだ。


「我が国特産の酒じゃ。遠慮なく呑まれよ」


 古い製法で作られたような、気泡の入ったグラスに琥珀色の液体が満たされている。

 地図の彫られたテーブルに置かれたグラスを見つめ、ヘルシャフトは兜に冷や汗を浮かばせた。


 ──見た目はウイスキー。恐らくは味もアルコール度も同じに違いない。こんなもんストレートで飲んだ日には、どうなるか分かったもんじゃない。こんなときは──、


 ヘルシャフトは空中で指を動かし、メニューを開く。


 アダルトモードの課金アイテムの中には、こんな時の為に便利なものが用意されている。その名も『ウゴン』。アルコールの分解速度を高める効果があるので、あらかじめ飲んでおくと、あまり酔わなくなる。MAX値のウゴンMAXを使えば、いくら酒を飲んでも酔わなくなる。


 酔っ払わなければ良い気分になれないではないか、という人もいるかも知れないが、恐らくはこのアイテム、現実世界ではアルコールに弱い人でも酒豪の気分を味わえる、というものなのかも知れない。


 勿論、女の子だけをしこたま酔わせて、色々しようという使い方も、出来なくはない。


 堂巡は迷わずウゴンMAXを選んだ。すると、手の平に小さな瓶が現れる。グランドが自分のグラスに酒を注いでいる隙に、すかさず瓶の中身を喉の奥へと流し込んだ。堂巡だけに聞こえる効果音がして、胃の中から何かが広がった。


 ヘルシャフトはグラスを手にし、グランドへ掲げた。



「仕組んだ女神に祝杯を

 魔王と獣王に乾杯を

 二人の王と、二つの杯 

 酔いしれよ世界。天上の奇跡たるこの酒宴に」



 グランドは感心したような顔でヘルシャフトを見つめた。


「ほう……これは、見事なうたよ」


 感服した意を表すように、グランドは笑顔でヘルシャフトのグラスへ酒を注いだ。


「流石はバルガイア大陸の極東を支配する方じゃ。猛々しさの中にも雅さがある」


 ──え? マジで?


 ストレートに褒められると気恥ずかしいが、悪い気もしない。


「じゃが、我らは粗忽な田舎者ゆえ、そういった教養はない。返歌はご容赦願いたい」


 その代わり、とばかりにグラスの酒を一息であおった。


「お見事。いや、その様なこと気にする必要などない。あくまで、貴君と相見える機会を得た、俺の気持ちを述べたまで」


 グランドは牙を剥きだし、にっと笑った。屈託のないその笑顔がグラシャと重なる。やはり親子か、と堂巡は少し和んだ気持ちを感じた。


 しかしそれは、あくまで親子設定なのでキャラデザに共通性を持たせている、ということに過ぎない。うっかりすると、そのことを忘れてしまいそうになる。


「それでヘルシャフト殿。このグランドールへやって来た用向きをお聞かせ願おうか。もし、あのバカの我が儘で立ち寄ったのであれば、奴を叩き起こして折檻──」


「いやいや、そういう事ではない。実は──」


 そうしてヘルシャフトは事の次第と、サタン軍に対抗する兵を集めている旨を伝えた。


「──成る程。それは難儀じゃな。されど……」


 グランドは椅子から立ち上がると、テーブルの中程までやって来た。そしてテーブルに刻まれた地図を指さす。


「これが我が国グランドール。そして隣接するサルラ、ミルド。その北にアルドザ、ワリム。ゴランド大陸は、この五つの国によって成り立っている」


 ヘルシャフトも立ち上がった。大柄の魔獣も多い為か、部屋の天井が高い。二メートル三十センチのヘルシャフトでも頭上にかなり余裕がある。


「グランドールが他の四カ国を支配している、ということか」


 グランドは小さく頷く。


「だが、油断がならぬ。確かにこのグランドールに恭順を示しておるが、所詮は口約束。完全な統一には程遠い。このゴランドは闘争の大陸。古より属国が支配する国を倒しては、幾度となく支配者が入れ替わってきたのじゃ。他の四カ国がいつ謀反を起こすか、知れたものではない」


 グランドはグラスを地図の上、グランドールの隣にある国に置いた。


「一番気を付けねばならぬのが、隣国のサルラじゃ。頭領グリズラという男は、野心の塊のような男じゃ。最近武器を大量に買い込んだという情報もある。我々も警戒を厳重にしなければならん」


「もう一方の隣国……ミルドと言ったか。そちらは大丈夫なのか?」


「何かあれば、いつでも裏切るというのは変わらぬ。しかし、ミルドの軍勢はグランドールに比べれば小さなものじゃ。油断は出来ぬが、すぐの脅威とはならぬ」


「なるほどな……」


 ヘルシャフトはテーブルに彫り込まれた五カ国に改めて目を落とした。


「そういうことじゃ。バカ息子が世話になっているのに心苦しいが、兵を貸すほどの余裕がないのが実情じゃ。この大陸での争いが続いておるのに、バルガイア大陸に出兵など無理な話」


「……そうか」


 ──どうする? もっと押すか? だが、無理に粘ったところで意志が変わるとは思えない。せめてサルラの脅威が無くすことが出来れば……。


 堂巡は心の中で溜息を吐くと、一旦引くことにした。


「いや、事情は良く分かった。無理を言ってすまない」


 グランドは微かに安堵の息を吐くと、再び屈託のない笑顔を浮かべた。


「じゃが、ヘルシャフト殿とこうして出会えたこと、それが嬉しいことに変わりはない。せめてもの酒宴を催そう。しばらくはゆっくりと逗留して下され」


「感謝する」


 ヘルシャフトは部屋を出ようと、扉へ向かった。


「待たれい。今、案内を……シルヴァニア! シルヴァニアはおるか?」


 グランドが大きな声で呼ぶと、すぐに扉が開いて灰色の髪をした少女が顔を覗かせた。


「お呼びでしょうか? グランド様」


 端正な顔に切れ長の目。尖った耳と、ふさふさの尻尾。シルバーフォックスを思わせる少女だった。スタイルも抜群で、豊かな胸とくびれたウエストが目を引いた。


「おう、シルヴァニア。ヘルシャフト殿を離れへご案内しろ。粗相のないようにな」


「は、はい。かしこまりました。では……ヘルシャフト様、こちらへ」


「うむ。世話になる」


 シルヴァニアの後について、一旦母屋を出て、庭を歩いて離れへと向かう。


「申しわけございません。お客様にこんなに歩かせて恐縮です」


 歩きながら振り向くと、すまなそうな顔で言った。


「気遣いは無用だ」


 ──それに、綺麗な後ろ姿を眺めながら歩くのも悪くないし。

 とは口に出しては言えなかった。


「ヘルシャフト様は……どちらからいらしたのですか?」


「バルガイア大陸のヘルランディアという国からだ。俺はその国の支配──」


 サタンに国を奪われた現状をどう説明するか悩んだ。しかし、使用人に細かい説明をする必要もないと思い直す。


「支配者。魔王ヘルシャフトだ」


 するとシルヴァニアは大きく目を見開いた。黄色い瞳の縦長の光彩までが広がった。


「そ……そうなのですか……魔王……」


 怯えたような表情を浮かべ、尻尾を股の間に挟んだ。足取りが速くなり、ヘルシャフトから離れようとしているようにも思えた。


 無用に脅してしまったかと、堂巡は内心慌てた。見た目が綺麗系の美人のせいもあって、恐れおののく姿はそれはそれで可愛いが、同時に罪悪感も感じてしまう。


 ──ここは一つ、何か安心させることを言わないと。


「……しかし、思いのほか離れが近くて残念だな。シルヴァニア殿」


「え?」


「もう少し、そなたの美しい後ろ姿を見ていたかったのだがな」


 シルヴァニアは驚いた顔で瞬きを繰り返す。そしてぽっと頬を染めると、目を細めた。


「まあ……バルガイアのお方は、お口もお上手ですのね」


 まんざらでもない微笑みを浮かべて、シルヴァニアは離れの玄関を開けた。

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