03 再会

 定期便が港に着くと、ヘルシャフト一行はすぐに船を下りた。


「小さな港だな」


 桟橋が一本延びているだけで、船が着けられるスペースはそう広くない。


「これでも一番大きな港なんだよ。何せ、他の国との交易は限られてっからな。この狭い陸地の中で、争うことばっかに夢中でよ」


 アドラは興味深そうに耳を傾けた。


「ほう、ゴランド大陸はまだ統一が成されていない、ということか?」


「いや。今オレらがいるグランドールって国が一応は統一してる。けど、いつひっくり返るか分からねえ」


 成る程、とアドラは腕を組むとヘルシャフトを見上げた。


「キング、ならば色々と交換条件も出せそうです。我々が彼らに力を貸して恩を売る……或いは、サタンを倒した後でのゴランド大陸の支配者と認め、自治権を与えることも良いでしょう」


「うむ。ならばこの国の代表と会わねばな……」


 ヘルシャフトはグラシャの方を向いた。


「グラシャ、せっかくの里帰りだ。親族や昔なじみと積もる話もあるだろう。俺たちはこれから情報を集めて国王と会う段取りを組む。その間、お前は好きに過ごせ」


「いや……それは……無理っつーか、何てゆーか……」


 グラシャは引きつった笑顔で視線をそらせた。


「わぁ~ヘル様ったら太っ腹なんだもん♡」


「なんとお優しい……私たち如きのことに、こんなに心を砕いて下さるなんて♥」


 フォルネウスとサタナキアが、うるんだ瞳でヘルシャフトをうっとりと見つめた。


 だが、アドラだけは険しい顔に冷笑を浮かべている。


「……里帰り、か。結構なことだな」


 ──ん?


 堂巡はアドラの様子にいつもとは違う雰囲気を感じ取った。それは、いつものグラシャをバカにするときとは違う、何か含みのある言い方だった。


「けっ、無理矢理連れてきておいてよく言うぜ。誰が好き好んで里帰りなんざするかよ」


 不機嫌そうなグラシャに、アドラは見下すような微笑みを浮かべた。


「そうか? 私にはお前が今にも尻尾を振り出しそうに見えるがな」


 グラシャは毛を逆立てて吠えた。


「ざっけんな、この陰険メガネ! 誰が嬉しいもんかよ!」


「何を恥ずかしがることがある。せいぜい親に甘えてくるんだな」


「冗談じゃねえ……あんな野郎……次に会ったら、オレは──」


「ああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 耳をつんざくような叫び声が轟いた。


「何だ!?」


 アドラは咄嗟に身構えたが、既に声の主は横を通り抜けている。


 しまった! とアドラは声にならない声を上げ、冷や汗を流した。


 もし、キングの命を狙う者だったら?


 まさかサタンの手の者が既に?


 様々な想いが一瞬で頭の中を駆け巡る。振り向きざまに剣を抜こうと、爪を手首に突き立てた。


「──?」


 だが、そこで動きを止めた。


「若ぁああああ! 若っ! 若じゃあにゃいですかあぁああ! わかぁああああ!」


 ネコミミと尻尾を生やした少女が、グラシャを押し倒していた。


 見た目は十代半ばくらいの少女。その姿を見れば、魔獣の一族であることは明らかだ。だが狼であるグラシャと違って、猫科の魔獣らしい。


 その少女が、ゴロゴロと喉を鳴らしながらグラシャの胸に顔を擦り付けている。


「ああ……この匂い、この触り心地、本物の若だにゃああ……」


「いてて……いきなり何しやがんだ!? ルーニャ!」


 グラシャはルーニャと呼んだ猫科の少女を払いのけると起き上がった。ルーニャは軽い身のこなしで、ふわりと着地する。


 ミディアムカットの明るい茶髪。青い瞳には縦長の瞳孔。頭の上に尖った耳と、腰から尻尾が生えている。


 その少女がヘルシャフトとヘルゼクターをぐるりと見渡した。


「皆さんは、若のお友達ですにゃ?」


 ──若?


 恐らく、全員がその単語に引っかかっている。


 サタナキアが困ったような笑顔で少女に近付いた。


「あの、魔獣のお嬢ちゃん……ルーニャちゃんで良いのかしら? 若って、このグラシャのことですか?」


「はいにゃ! 若は──」


「まっ! 待て、ルーニャ!」


 慌てて止めようとするグラシャに構わず、猫科の少女は嬉しそうに言った。


「若はこのゴランド大陸を統治するグランドールの頭領、グランド様のご子息ですにゃ」


 ──な、


 なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?


 恐らくグラシャとルーニャを除く全員が心の中で叫んだ。

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