第九話 魔繭




「あら」


「うげ」


それまで離れ離れだった両者達の邂逅は、そんな嫌悪の一言で始まった。


ヴォーニッド達が奥へと進んだ結果、リディア達も通った広大な空間へと到達。そこで彼等は何故か突っ立っていたメイを発見し、そのままリディアとも合流を果たしたのだ。


お互いの背後に隠れていた少年少女達が、笑みを浮かべてお互いに駆け寄る。


「ミカ! カレル!」


「ニーナ! 無事だったんだね!」


「勝手に居なくなって……心配かけさせんなよな!」


今頃心配してるのはお前らの家族だけどな、と反射的に茶々を入れたくなるヴォーニッドだったが、そこは空気を読んでぐっと堪える。


そんな彼等の感動の再会とは裏腹に、ヴォーニッドらの再会は惨憺たる様子である。


リディアは最早此方を見ようともせず、メイは安定の無言。調整役としてのポジションを確立して来たシャーレイも肩を竦め、この状況に匙を投げていた。


「あー、なんだ。あんたらも無事で何よりだよ。怪我は無いか?」


「ご心配なく。それほど私達は柔では無いので。仮に怪我があったとしても治療なら問題なく行えますわ」


「そういう事を言ってるんじゃねぇってのに……」


返す言葉全てが刃となってヴォーニッドを傷付けに掛かってくる。この状態ではまともに話し合いも出来ない、と彼は溜息をついた。


「とにかく、ここじゃ落ち着いて話も出来ない。一旦この隧道を抜けて、子供達を送ってから再度魔繭の探索にーー」



と、彼がそう提案した次の瞬間。



『ヴォォォォォォォォォォ!!!!!』


「うわぁ!?」


「キャァッ!」


唐突に鳴り響いた何者かの唸り声に、子供達は怯えて一斉にしゃがみ込む。ヴォーニッド達も強大な魔獣の気配に身構え、自らの得物を構えた。


「逃した個体があったか! どこに行きやがった!」


「チッ、空間に反響して出所が特定出来んな」


「……いや」


『ウロボロス』を起動し、魔獣の場所をサーチしていたメイがポツリと呟く。先程からの違和感に漸く得心がいったというような表情で、遥か上を見上げた。


「完全に盲点を突かれました。皆さん、上を見てください」


「上?」


その言葉に従い、一斉に天井を見上げる一同。



そこには、予想だにしない光景が広がっていた。



「っ、な……」



「……なるほど、道理で見付からない訳ですわ」



紫に怪しく発光する卵形の物体。巨大に膨れ上がったそれは微かに脈動し、中に存在する生の息吹を感じさせてくる。



「……『魔繭』。なるほど、こんなところに……」


「って、感心してる場合じゃねぇ! もうあいつは孵りかけだ! 今すぐこの場から離れて……」


「いいえ、そう簡単には行かないようですわよ」


ヴォーニッド達が入って来た入口の方を睨み付け、レイピアを向けるリディア。その方角には、ヴォーニッド達も交戦した魔獣達が多数群がっていた。


次々と駆け込んでくる狼達。彼等も交戦して数多くの狼を倒した筈だが、それでも未だにこれだけの数が残っている。それだけこの事件の根は深かったという事だろう。


「チッ、次から次へとキリが無い! しぶとさだけは一級品だな」


シャーレイは遠距離からの狙撃で何体かの脳天を撃ち抜きつつ、一人悪態を吐く。それもそのはず、幾ら数を減らそうと、次から次へと狼が増えているからだ。この数がどこに隠れていたのかと思ってしまうほど、敵は次から次へと補充される。


減らしては増えるというキリのないいたちごっこが彼等の目前に迫っていた。その上、彼等の頭上には魔獣の親玉と思われる巨大な魔繭。時間をかければかけるほど、彼等が不利になるのは目に見えている未来だ。


なれば、どうするべきか。ヴォーニッドは沈思黙考し、ややあってから決断を下す。


「……このままじゃジリ貧だ。火力を一点に集中させて突破口を開く。それしかない」


「奇遇ですわね。不本意ながら、私も同じ事を考えておりましたわ」


初めてまともにコミュニケーションが取れたのではないだろうか。そんな場違いな感想を抱きつつ、ヴォーニッドは話を続ける。


「そりゃ光栄だ。そんで、そっちには一気に大火力を出せる奴はいるか?」


「……私がやる」


そう言って静かに《ウロボロス》を掲げるメイ。確かに魔法ならば人には出せない火力を出す事も容易い。


「オーケー。それじゃ、魔法を放つタイミングになったら適当に合図をくれ。それまでの前線は俺が張ってやる」


「貴方一人でですか? 無茶はあまり口にしない方が宜しくてよ?」


「へっ、こっちもそれなりに鍛えてるんでね。倒せなくても凌ぐくらいなら出来るさ」


腰だめに刀を構えるヴォーニッド。それまでの軽い雰囲気はどこへやら、その表情は真剣そのものだ。


「ーー『迅動』」


一気に魔獣との距離を詰める。急に目の前に現れた存在を無視出来るほど、魔獣達は鈍感ではない。牙を剥き、唸り声を上げながら一斉に彼へ向かって襲い掛かる。


だが、そんなことは想定済み。ヴォーニッドは続く刀でそれに対応する。


「柳凪流二の太刀、『旋嵐つむじあらし』」


ヴォーニッドを中心に、周囲三百六十度へ向かって放たれる剣撃。襲い掛かっていた魔獣達は、呆気なくそれに吹き飛ばされる。


ただの剣閃であれば、魔獣達の重みに耐え切れず一匹や二匹の侵入は許していただろう。だが、旋嵐は幾重もの剣撃を一瞬で周囲に展開する。一つで力負けするのならば、十重なればいい。そんな単純な思想の元に作られた剣技だ。


が、そんな絶技であっても数には勝てない。次から次へと襲いくる魔獣達へ完璧に対応する事は出来ず、ヴォーニッドの体には徐々に擦り傷が増えていく。


だが、彼の役目は殲滅ではない。


「ヴォーニッド、下がれ!」


空間に響くシャーレイの声。ヴォーニッドは一際強く刀を振り、魔獣達を一時的に下がらせると、勢い良くバックステップでシャーレイの元まで戻る。


そして、代わりに前へ出たのはメイだ。天に掲げた《ウロボロス》の先端は展開し、中に存在する宝玉が剥き出しになっている。妖しく光るその宝玉には、多大な魔力が込められているということが傍目にも分かった。


「《ウロボロス》、リミッター解放。攻性術式、百の展開を確認」


メイの背後にずらりと並ぶ色とりどりの波紋。その一つ一つが攻撃魔法であり、いずれも戦争で使われる様な殺傷能力を持つ強力な術式だ。


《メビウス》を使って魔法を使えるとはいえ、普通の人であれば一つ術式を展開するだけで精一杯である。それを時間が掛かったとはいえ、この数展開出来るというのはやはり尋常では無い。自らの仲間の特異性を、ヴォーニッドは事ここに至って思い知った。


「ーー発射ファイア


掲げた杖が振り下ろされる。その瞬間、背後の波紋から一斉に魔法が射出された。


そうして起こるのは蹂躙劇。これでもかと目の前に展開されていた魔獣の群れが、みるみる内に数を減らしていく。逃げ惑う魔獣もいるが、魔法というのは標的を確定してから放つ為、基本的には必中だ。そんな彼等の足掻きは無駄になる。


魔法が全て射出された頃には、魔獣は三分の一程まで減少していた。


「今がチャンスだ! 行くぞ皆!」


ヴォーニッドが少女を、シャーレイが少年二人を抱え上げ、一気に駆け出す。


だが、数は明らかに減ったというのに、背後から響く魔獣の声は一際大きくなる。そんな異常事態に、しかしヴォーニッド達は背後を確認せずとも状況を把握した。


「……孵りやがったか!」


これまでとは違う、新たな魔獣の唸り声。それは最悪の事態の産声として、ヴォーニッド達に危険を如実に知らせた。

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