終わらせるための物語

三谷一葉

序章

ある少年の記憶 004

 覚悟なら、とうの昔にしたつもりでいた。

 しかし、それはやはり「つもり」だけであって、実際には全く足りなかったのだろう。

「…………ぅぅうううわああああああッ!!」

 奇声か気合か、とにかく声を上げて、目の前にいる魔王の腹に剣を突き立てる。

 技もへったくれもなかった。ただ一直線に突っ込んだだけ。避けるのは容易いことだっただろう。

 しかし、何故か魔王は避けなかった。

「あ…………」

「どうした、もっと嬉しそうな顔をしろよ。お前は、魔王を倒した英雄様なんだぜ?」

 身体から力が抜ける。剣を手放して、その場に座り込んだ。

 呆然と魔王を見上げると、彼は腹から血を流しながら笑っていた。

「あーあ。これで俺もおしまいか…………もうちょい頑張れるかなとか思ってたんだけどな」

 魔王は数歩後ろに下がり、その場に座った。腹に刺さった剣を引き抜く。流石にその時は笑みを消して顔をしかめていたが、すぐに元の笑顔に戻った。

 血は、流れ続けている。

「さて少年。魔王を倒した御褒美だ。ちょっと昔話でもしてやろう」

 何も言えなかった。できなかった。それでも構わず、魔王は続けた。

 その内容は、何となく想像していたものであった。ただ、それが現実にならないことを、ずっと祈っていた。

「どうするのかはお前が決めろ…………ま、選択肢なんてあってないようなもんだけどな」

 そう言い残すと、魔王は突然仰向けに倒れた。もう魔王は死んだのだと、虚ろに思う。

 魔王の遺体から、黒い煙のようなものが幾筋も立ち昇っていた。それをじっと見つめて、彼は固く拳を握った。

 躊躇ったのはほんの一瞬だけだった。手が真っ白になるほど拳を固く握り、煙の中に身を投げる。

 その先は、何があったのか覚えていない。









 ────かつて、世界には「魔王」がいた。

 何百年かに一度、突然現れる魔王は、その度に世界に災厄をばらまき、人々を絶望させていた。

 だが、いつの時代でも、正義の神アスタによって見出された「英雄」が「魔王」を倒し、世界は滅びる前に救われていた。

 いつしか人々は、「魔王」が現れるたびに「英雄」の存在を求めるようになった。

 「魔王」が何故「魔王」になったのか、「魔王」を倒した「英雄」のその後はどうなったのか、知ろうとする者はいない。



 先の魔王が倒されてから、十年。

 世界はまだ、平和である。


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