五章【記者と政治家】In 2017

記者と政治家①

 どん、と強い衝撃を腹に受け、わたしは何事かと目を覚まして飛び起きた。その拍子にデスクの上に積み上げられた資料の塔は無残にも崩れ、わたしの顔に覆いかぶさる。塔の瓦礫に埋もれ、息苦しくもがいていると、瓦礫を掻き分けてくれた命の恩人が顔を出す。しかし、その男は髭をたんまりと蓄えた山賊のようにしか思えず、わたしは反射的に小さな悲鳴をあげる。そんな山賊は丸めた新聞紙でわたしの顔を叩いた。

「いつまで寝ているんだ。ここはお前の家じゃないんだぞ」

 山賊らしく低くドスの効いた声で叱る男は、もちろん本物の山賊などではなく、わたしの教育担当であり、俗に言う先輩である。ただ先輩といっても、十五も年の離れているのだから、先輩というより上司という言葉の方がしっくりくる。

 入社して配属されてから五年間、先輩はわたしをぼろ雑巾のように扱っている。それは面倒事を押しつけられた腹いせからではなく、どこか楽しげに見えるのはわたしの願望だろうか。

「仮にも二十七の乙女が、男の比率が圧倒的に多いデスクでいびきをかいて寝ていたら、身体がいくつあっても足りないよ」

 わたしたちのやり取りを見ていた編集長が声を掛けてくれた。編集長――即ちこのフロアのトップを意味する。先輩と同じくらいの年齢と思うが、物腰の柔らかさが表情にも滲み出ていて、かなり年齢は若く見える。黒髪を短髪に刈り上げ、清潔感と男らしさを両立する所長はわたしの憧れでもある。

 ここは『SCOOP』と呼ばれるゴシップ記事をメインに取り扱う雑誌の編集部署。ゴシップ記事といっても、芸能人の不倫や誰それの色恋沙汰のような下世話な話を盛り上げるものではなく、夜に犇めく凶悪犯罪や猟奇殺人にスポットを当てたマニアが好む情報雑誌だ。そういう現場には何度も足を運ぶので、えぐい死体は何度も拝んできた。もちろん初めの頃は嘔吐の連続で、慣れるのに時間を要したが、男の比率が圧倒的に多いこともあり、舐められまいと必死に取り繕ってきた。この職場を辞めて新しい職場を――という考えには全く至らなかった。なぜなら、わたしは自らの意思でこの職場を選んだからだ。女性はおろか、男性の希望者すら滅多にいないこの職場のため、わたしの希望はすんなりと受け入れられた。だから、という訳では無いが、そう易々と音を上げるわけにはいかない。それにわたしには目的がある。それを達成せずして、志半ばに辞めてしまうのはわたしの父に申し訳が立たなかった。

 わたしは必ず見つけてみせる。

 平成の殺人鬼――切り裂きジャックを。

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