僕と彼女の2日目

朝、目が覚める。隣に目をやると、まだ彼女は眠っていた。昨日とは違っていつもの場所に無言で置かれた食事を持ち机に向かう。黙々と朝ごはんを食べていると、視界の端で何かが動いた。隣の部屋の彼女が僕に向かってブンブンと手を振っていた。僕がそちらを向くと、彼女はニコリと笑い紙を見せてきた。

 そこには大きく おはよう と書かれていた。綺麗な字だった。

 僕は焦ってペンたてに挿しておいたペンを持つ。紙を用意してから、急いで、でも出来るだけ丁寧に字を書く。

 おはよう そう書いて彼女に見せると、彼女は満足げに首を縦に振って僕と同じように小窓に差し込まれた食事を自分の机に運び食べ始めた。

 僕も自分の机に向かい、食事を始める。


 ……挨拶。存在は知っていた。それをする事が“普通の人”にとっては“普通”であることも知っていた。でも、そうすること自体をここに来てからすっかり忘れていた。それは僕の日常にとっては不必要なものだった。

 昨日のとは違う変な感覚。心から温かいものが広がっていくような、変な感覚。その感覚をボンヤリと、懐かしいと感じ泣きそうになった。

 もしかしたら、これが日常になるのかもしれない。寝て、食べるだけの退屈な日々。これからそれが、変わっていくのかもしれない。

 そんな事を思いながらご飯を食べた。

「ごちそうさま」……今までは言っていなかった言葉。言うつもりなんてなかったのに、口をついて出た言葉。これもきっと、彼女の影響なのだろう。

 食器をいつもと同じ場所に置き、昨日と同じ本を読み進める。昨日よりは内容が頭に入ってくる。

 ふと、彼女が何をやっているのかが気になって彼女の方を向く、と同じタイミングで机に向かって絵を描いていた彼女は僕の方を向いた。

 当然、僕と彼女の視線はぶつかる。前と同じように彼女はフワリと笑った。僕も、ぎこちない笑みを返す。彼女はまた机のほうに意識を戻した。

 僕も、目の前の本に意識を戻そうとする。だけど、無理だった。

 昨日と同じように速くなっていく鼓動。だけどやっぱり部屋には一定のリズムで電子音が、なっていて……。

 僕の体に異常がないことは明らかだった。だけど僕には自分の体の“異常”が何故起きているのか理解できなかった。

その日1日、僕は本を読み、彼女は絵を描いて過ごした。

 眠る前に、紙とペンで交わした おやすみ の言葉がただひたすらに僕の心を温かくして、とても、こそばゆかった。

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