Childrearing of steel

DINGO‐SPINE

第1話 ハロー、マイチャイルド!


 ――テラ・フォーミングプロジェクト。

 

 それは、資源の枯渇した地球ではなく、他の惑星を地球のような環境へと近づけ移民し、開拓して資源を得ようとした計画。

最初は人類皆で手を取り合い、平和的に技術を共有し、争いもなく皆で得た資源を分け合っていたのだろう。

 だが、それが変わってしまったのは一体何年前からだったのだろうか。少なくとも、十や二十では足りないだろう。五十、いや、百年は軽く超えている。

その原因はある一人の学者がその基礎を作り上げた重機だった。否、というべきか。惑星開拓のために導入されたその重機はいまや姿を変え、車の様だった姿は重厚な鉄の巨人へとなってしまっていた。


 それらの手に持つものがドリルやショベルから、銃火器やレーザーの刃に変わっていくうちに、対象も資源を採掘する山や大地から同じ兵器や人間へと変わっていった。そして最初は小さかった争いの火は徐々に大きくなり、鋼鉄の巨人たちは資源を採掘するための重機から人を殺すための機械に成り果ててしまったのだ。呼び名もただの重機から人型であるゆえの特徴である鋼鉄の頭部――それをとって『アイアンヘッド』と呼ばれるようになった。


 そんな彼らの中の一機、歴戦の猛者が駆る“MAdMurderマッドマーダー”は他の機体と違わずに傷の多い機体であった。ツインアイに見せかけたバイザーアイは橙色に光っており、鈍色の機体は左腕だけが不釣り合いなほど大きく、それ自体が危険だと知らせるかのように赤く彩られておりまるで他の機体の腕をそのままくっつけたような奇妙な見た目をしている。

 その特徴的な腕と見た目から戦場では紅い悪魔とも呼ばれるマッドマーダーはただパイロットに操られるだけの機械ではなかった。そもそも、彼らアイアンヘッドには重機だったころからの名残としてドライバー―今はパイロットだが―を補佐する人工知能Artificial-Grow-Interface――通称『AGiアギ』と呼ばれるものが積まれていた。それらは人間と同じく思考し、成長し、パイロットに合わせて機体の動きを最適化するように作られていた。

 

 もちろん、マッドマーダーにも『AGi』は積まれており彼の場合は男性の会話パターンがインストールされていた。パイロットが最初期の頃、寝ぼけて選択したのが始まりだと酒で酔うたびに彼は聞かされていたが今はそんなことは問題ではない。




 マッドマーダーを駆るパイロットの次の目的地しごとばである惑星『サンライズ』に降り立ったマッドマーダーとパイロットは順調に依頼主からの命令である不法に鉱山地帯を占拠する労働者と違法アイアンヘッドの排除という任務をこなしていた。


 最初の鉱山入口にたむろしていた労働者たちを蹴散らし、一時休息だとパイロットは戦線を離脱することにした。しばらく隠れるために密林地帯の川辺でマッドマーダーの整備をしていたパイロットが食料の調達に行ってくる、とマッドマーダーを置いて何処かへ行ってしまい、手持ち無沙汰になった彼はしばらくOSをスリープモードにして休息をとることにしたのだ。機械に休息など不要、と思うかもしれないが彼は人の心を持った機械だ。精神的に疲れる時は疲れる。主に彼の主であるパイロットと言い合いをした時は特にだ。

 今回の戦いでも武器はこれが良いだとか間に合っているだとかもう少し機体を丁寧に扱ってくれだとかいつもと変わり映えのしない言い争いを彼とそのパイロットはしていた。


 彼のパイロットはかなりの頑固者で年齢は三十後半になろうとしているのに未だに落ち着きがなく少年の様に無鉄砲で聞かん坊なのだ。それを諌めたりなだめすかしたりするのもマッドマーダーの役割なのであったがいかんせんパイロットは小うるさい母親か何かだとマッドマーダーの事を思い、邪険に扱う。が、邪険に扱うと言っても彼の小言に多少反発するくらいで趣味は二人―と称していいかは分からないが便宜上二人とする―とも同じなので戦場ではいきぴったりのコンビネーションを見せた。


 疲れていると言えば疲れているしそうでないと言えばそうなのだが、とりあえずマッドマーダーは休みたかったのだ。なんとなく。

どうせパイロットである彼が帰ってくればすぐに起きなければいけない。そうなれば強制的に起こされてまたギャンギャンとそこが違うあそこが違うと言い合いになる羽目になるのだから今くらいは良いだろう、許してほしい、と誰がいるわけでもないのに律儀なマッドマーダーは一言謝ってから自身をスリープモードにするのだった。




マッドマーダーがスリープモードになって十三分丁度が経過した頃、


――センサーが唐突に人の気配を感知する。


最初、彼はパイロットが帰ってきたのだと勘違いした。が、それにしてはセンサーが感知した人数が多い。ひとつではなく、複数人の反応があったのだ。その数およそ三。

 敵襲かと勘繰ったマッドマーダーはスリープモードを解除しパイロット無しでも動作できる自立スタンドアローンモードへと移行する。そしてメインカメラを起動させ、不埒な襲撃者の姿をその記憶回路に焼き付けようとした。が、


「ままー!」


「ママー!!!」


「まぁー!」


視界にぽつんと映ったのは泣きじゃくる子供だった。一人は赤子を背負い、もう一人は赤子を背負った子供に手を繋がれている。

 一体どういうことなんだと混乱するマッドマーダーの脚に赤子を背負った四、五歳程の子供が抱き着いてママ、と一言。ママとは言わずもがな母親の事だろう。が、マッドマーダーは子供たちにそう言われる覚えはない。そもそも、どうやってこのような危険渦巻く未開の密林に子供たちだけで来ることができたというのか。


 疑問に思いながらも数々のセンサーを使い子供たちに爆弾など危険物がつけられていないことを確認したマッドマーダーは混乱する思考回路そのままに発声機能を震わせてなるべく優しく子供たちへと語りかけた。


『すまないが、私は君たちの母親ではないのだよ。君たちの親はどこにいるのだね?』


「ママぁー! あぁーん!!」


「うぇーん!」


泣きじゃくっていて話にならない。話しのできそうな彼のパイロットは食料を探しにどこかへ行ってしまっているし自分との会話では『ママ』と連呼しながら泣き叫ぶばかりでどうしようもなかった。苦肉の策として、彼はあることをするために発声機能を再び震わせるのであった。







「――あ? 子守唄、か?」


マッドマーダーのパイロットであるジョン・ドゥ名無しの権兵衛は食料である魚や食べられそうな野草を抱え、マッドマーダーの元へと帰ってきた。しかし聞こえてきたのは静かな機械の駆動音ではなく川のせせらぎに雑じったオルゴールの子守唄だった。

 いったい誰がそんな悪趣味な物を、と顔を顰めたジョンはマッドマーダーの元へと歩み寄る。


「おい、マーダー。帰ったぞ」


不機嫌そうに呼びかければオルゴールの子守唄はピタリと止まり、消えていたツインアイは再び橙色の光を灯した。つまりはオルゴールの音声を流していたのはマッドマーダーということになる。


――まじかよ、とジョンは頭を抱えた。


『お帰り、ジョン。食料は採れたかい?』


「……ああ、採れたさ。それはどうでもいいんだよ、それは」


『となると敵襲かね? 敵襲は無かったよ。心配しなくても良い』


ジョンを安心させるように穏やかな声色で言い放ったマッドマーダーにジョンは半分堪忍袋の緒が切れそうになりながらマッドマーダーの掌を指さした。


「ちげえよ!!! 俺が訊きたいのはそのお前の掌の上のガキだよッ!!!」


『そうだった。きみが帰ってきたら相談しようと思っていたのだよ』


今思い出しました、と言わんばかりにとぼけた声色でジョンへとそう告げたマッドマーダーの掌の上に乗っていたのは三人の子供。三人が三人ともすやすやと穏やかな寝息を立てて寝ており、彼らの上にはわざわざマッドマーダーがジョンの毛布を掛けておいたのか薄手の簡易毛布がかかっていた。


『この子達が私をママと呼んで離れてくれないのだよ。親がいるかどうか聞いても私の事をママとしか呼ばず、何も答えてはくれない』


「は? ママ、だあ? お前が? ママ?」


『そうだ』


「――ぶっ!!」


マッドマーダーの言葉を聞き、ジョンには一気に笑いの神が舞い降りた。

 それもそうだろう。厳つい鋼鉄の塊である狂った殺人鬼の名を冠するマッドマーダーが“ママ”ときた。ギャップがあるにも程がある。一体全体どうなってママと呼ばれることになったのか。この子供たちはどこから来たのか。ジョンはマッドマーダーに訊きたいことが沢山あったがマッドマーダーでさえよく分かっていない様子。そんなことよりもこの厳ついマッドマーダーがママという可愛らしい愛称で呼ばれている方がジョンには問題だった。


「ぶわははははははっ! お前が…っ、ママだって!!? ぶはーっはっはっはっは!!! ありえねぇええ!!! マッドマーダー略してママってかあ!!? ぶひゃははははははは!!!!」


『いくらなんでも笑いすぎだろう。ジョン』


「これが……っ、笑わずにっ…! いられるかってえの!!!! ぎゃははははあひーひひひ!!! 死ぬ!!! 笑い死ぬ!!!」


『静かにしてくれたまえジョン。子供たちが起きてしまう』


「へーへー。なんだ、お前も結構乗り気じゃねえかよ。マ・マ・さ・ん!」


『私はママではないっ!!!!』


キーンと辺り一帯に響く程の大声でマッドマーダーはジョンの言葉を否定した。が、その声の所為でマッドマーダーの掌に乗る子供たちの内の一人が身じろぎし、ぱちりと目を開けた。


「ま…ままぁ? 」


くりくりとした目がマッドマーダーとジョンを交互に見る。うるんだ瞳は徐々に涙で満たされ、ポロリと大粒の雫を垂らし、雫の生産元である子供はマッドマーダーの指にしがみついた。


「おじさん怖いぃい!!!!! やだぁああ、ママぁ―――!!!」


「んなッ!!? おじさんだと!!? お兄さん、だろぉおお!!?」


『安心してくれたまえ、ジョンは怖いおじさんではないよ。おじさんはおじさんでも彼は優しいおじさんだ』


「マーダーてめえッ! 裏切りやがったなぁ!!?」


泣きだす子供とそれを宥めるマッドマーダーにおじさん認定されたジョンは食材を持ったままぎゃーすぎゃーすと怪獣の如く地団太を踏んだ。歴戦の傭兵もおじさん呼ばわりは応えたらしい。

 ぐぬぬ、と顔をトマトの如く真っ赤にして唇をかみしめるのであった。






数分後。ようやく落ち着いたのか赤子をあやす子供を落とさないように掌を丸めたマッドマーダーにジョンは顔を顰めながら呼びかけた。


「んで、どうすんだそのガキ」


『私は親元に帰すべきだと思っているのだがね…いや、まあきみさえよければ、なのだが』


「俺が嫌だっつってもお前はやりたいんだろ? なら協力してやるよ」


ただしお小言は控えろよな、と苦い顔でマッドマーダーへと告げたジョンは頭の中で思考を巡らせていた。川のせせらぎの音がちょうどよく思考を纏める集中力を増幅させてくれているのかいつもの三倍は考え事がはかどるような気がする、と別の事も考えながら、子供たちが何処から来たのか。何が目的なのかをジョンは考えていた。

 まず、鉱山地帯の労働者の子供という線は有り得そうだ。が、ここから鉱山地帯まではかなり離れているために子供単独でここまで来るのは不可能だ。親が近くかどこかにいるはずだ。

 しかし、マッドマーダーのことをママと呼んだのならば少し話はおかしくなってくる。母親や父親と来たのなら「ママはどこ?」と訊くはずだ。それがそうではなく、マッドマーダーを母親の様に言っており、出会って小一時間ほどしかたっていないというのにかなりの懐きようを見せている。まるで雛鳥の刷り込みの様にマッドマーダーから離れない子供二人+赤子の三人組の意図がジョンには読めなかった。


もしかしたら罠かもしれんなぁ、とぼやきながらジョンは電子煙草に火をつけた。紫色の煙が天高く舞い上がり、密林の鬱蒼とした木々の間をすり抜けてゆく。


『ジョン、子供がいるんだ。煙草は控えてくれ』


表情があれば顔を顰めていたであろう苦々しいマッドマーダーの声が頭上から落ちる。いまさっきお小言は控えてくれといったばっかりだろ、と顔を顰めながら溜息を吐いて電子煙草の火をその手で揉み消した。


「高かったんだぞこれ。一本でどれだけするとおもう?」


『参考までに聞いておこう』


「なんと一本10cだ」


『ロマンにあふれているのだな。で、その10cぶんのお味は? いかほどかね?』


『c』―クレジット、と簡潔に呼ばれるそれは彼らアイアンヘッド乗りの間で出回っている金銭の名称であった。世間一般のお金を1円とすると1cあたり1万円に換金できる。弾薬費などが膨大なアイアンヘッド乗り達が計算し易い様にと造られた専用の通貨であるためにそれの価値は単位では分かりにくい。が、10cとなると換算して10万円。

 ジョンは一本10万円の煙草を吸っているということになる。馬鹿か、と言いたいかもしれないが彼らは仕事をひとつ成功させるたびにウン百万cという膨大な報酬をもらうことができる為に金銭感覚が麻痺しているのだ。勿論、そこから弾薬費や修理費をしょっ引けば消費に合わせてかなり減らされることもあるがそれでも大金持ちには変わりない。


金を得るために命を売る。

それがジョン達アイアンヘッドを駆る傭兵の生き方だった。

嫌なら正規軍に入り開拓組として量産型アイアンヘッドに乗り、集団戦をすればいい。報酬は雀の涙ほどになるが生存率はぐっと上がるだろう。しかしジョンはそれをしなかった。

 最初はジョンだって正規軍入りを夢見ていた。だが、試験に落ちた。そのせいで正規軍に入ることができず、こんな未開のジャングルで愛機と一緒にお高い電子煙草を握り潰してまで子供の面倒を見なければならないことになっている。


――だがそれほど不幸だとは思わなかった。


「まあまあだな。地球で吸った葉巻の方がうまかったよ」


すん、と息を吸いながらジョンはテントを立て始める。青かった空は闇を帯びた夕焼け色へと変わっていた。


「――そろそろ夜だ。ガキ達はお前のコックピットで寝かせてやれ。あと、猛獣が出た時は頼むぞ、マーダー」


『任せたまえ。冷暖房きっちりきかせて快適な睡眠を約束しよう』


えへん、と胸を張るかのごとく得意げな声色でそう宣言したマッドマーダーにジョンはガックリと肩を落とした。


「どうして俺の時はその気を利かせてくれないのかねぇ?」


『む? 何か変なことを私は言ったのか?』


「いんや、なんでもねえよ……」


ほら、と追加の毛布を投げ渡したジョンはいそいそとテントの中へと入っていく。毛布を指先でつまむ様にキャッチしたマッドマーダーは首を傾げるのであった。

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