第22話 小栗さんと遊ぼう! ①

「つけられてる」


 それは俺とみやびと、珍しく一緒に帰ると言った不知火3人での帰り道だった。不知火のその一言に状況が飲み込めなかったけど、後ろを振り向かないようにと言われ、俺はなるべく自然に歩くように務めた。


「だから一緒に帰るって言ってくれたのか」

「学校からそんな気がしてたから、一応」


 不知火が俺達と一緒に帰ることは珍しいけど、そんな理由があったからだとは思いもしなかった。不知火は真っ直ぐ前を見ながら、追跡者の気配を気にしているようだ。ちなみに俺はまったくわからないし、みやびも普通に歩くことを意識しているせいか、妙にぎくしゃくした動きになっていてものすごく不自然に見える。


「二人とも、なにかつけられるようなことは?」

「いや、俺はない」

「私もないと思うけど……、あっ、そういえば理科室の扉に黒板消し仕掛けたくらいかなぁ」

「また古典的な……」


 原因があるとすればみやびしか思いつかない。自分で意識しなくてもいろいろなことをやっているはずだ。


「そう、私としては秀一君がつけられてる感じがしたんだけど」

「俺? まさか」

「確認してみればいい。次の曲がり角を曲がったら私は捕えに行くから、二人は先に歩いてて、すぐに合流する」


 そう言われ、俺とみやびは次の曲がり角で細い路地に入った。少しだけ後ろを確認すると、そこにいたはずの不知火はいない。音も無く行動出来るのはさすが忍者といったところか。


「捕まえたぞ」


 十分もしないうちに不知火が引っ張ってきたのは、同じ学校の制服を着た知らない男子だった。学年によって違う色のバッジを付けているから、俺達と同じく2年生だということは分かる。


「安部君だ、私達のクラスの男子だよ」


 みやびと不知火は知っている人物のようだ。安部君と呼ばれた男子は不知火に腕を後ろでがっちり固定されていて、大人しく歩き抵抗する様子もない。とりあえず話を聞こうということで近くの公園へと場所を移した。


「それで、言い分によっては消えてもらうことになるが」


 不知火はいきなり物騒なことを言い出す。というか眼がキラキラしていてこの状況を明らかに楽しんでいるようだ。最近は忍者界も平和になってしまったようでつまらないと溢していたから、こういうイレギュラーを望んでいたのだろう。


「痛っ……腕、もう少し緩めてくださいませんかね」

「理由だけでも話せば不知火も手加減してくれるだろ」

「あ?」


 なんか安部君に凄い勢いで睨まれた。……俺たち初対面のはずだよね?


「その態度だと、やはり秀一君が狙いだったか。ほら早く訳を話せ、右腕が外れるぞ」

「そうそう、いくらなんでもクラスメートがストーカーはちょっとね」


 みやびもそうは言うが、不知火と同じく顔はニマニマと楽しそうだ。みやびなら『私ほどならストーカーされて当たり前だよね!』とか言っちゃいそう。


「み、みやび様が不快い思われるなんて……すいませんでしたー!」


 しかしそのみやびの発言に、安部君は頭をものすごい勢いで下げた。明らかにみやびだけに謝罪している。というか様ってなんだ様って。


 俺と不知火は顔を見合わす、不知火はその理由に感づいたようだった。


「そういえばみやびのファンクラブができたって……」

「あぁ!そんな話もあったな。みやびのファンクラブなんて俺も噂だと思っていたけど」

「何を言う! みやび様は我らMFCの崇高なる象徴であり神と同じ位にいらっしゃるんだ! くっ、不知火でさえみやび様の素晴らしさを理解できていないとは……」


 本気で嘆いている安部君を見て、俺達は若干引き気味だ。でもファンクラブが明るみになったみやびは特別嫌がるという様子もない。それどころかいろいろ安倍くんに質問を始めた。


「ねぇねぇ、会員は何人くらいいるの?」

「はっ、現在18名であります」


 どうやらみやびの質問には素直に答えてくれるようだ。というか18人って結構多いな。


「みやび、その調子でいろいろ聞きだしてくれ」

「じゃあー、私を讃える歌とかもあるのかな?」

「みやび、いくらなんでもそれは……」

「もちろんあります。歌わせていただきましょう」


 あるのかよ。そして安部君は歌いだしたが、その内容は聞くに堪えないみやび賛美であったため俺は聞き流した。その内容からはみやびの行動は一見ムダに見えても、MFCにはどれも大変素晴らしく意味のあるものに見えるらしい。


「秀ちゃん、もしかして私、もの凄い人だったのでは」

「影響されるな、みやびが認めたら変な宗教団体になっちゃうから」

「えー……、面白そうなのに」


 もしみやびが教祖になってしまうとどうなるかわからない。まだみやびの中に奇力は残っているし、奇跡のような不思議体験を簡単に成功させてしまいそうだ。


「そういえば、なんで今日は私達についてきたの?」

「それは……」


 その質問に安部君は口籠った。だが俺のことをちらちらと見る限り、どうやら追跡対象の俺に原因があるらしい。


「素直に言わないと腕外してもらうよ?」

「わかりました! 言います言います! 宿敵の弱点を探ろうとしてただけです!」

「その宿敵は俺のことだな?」

「わかってんのかよ、だったら身を弁えろ」


 安部君、俺に対しては辛辣。


「弱点を知ってどうするの?」

「どうにかしてみやび様と離れさせようか模索しております。崇高な絶対神であるみやび様の隣にそのような駄犬は必要ありません、みやび様もお考え直しください」

「……ふぅん」


 駄犬とまで言われるのは少しショックだ。そして同時にMFCの全員からそう思われているのを想像すると俺は身震いをした。本格的に身の危険を案じた方がいいのかもしれない。


「景、腕、一回外しちゃってもいいよ」

「了解」


 みやびの一声を俺が止める前に、不知火はそれを実行する。安倍君の腕からは小さく嫌な音がした。


「うぐっ!」


 小さなうめき声。不知火は本当に拘束していた腕の関節を取ってしまっていた。なるべく痛みを感じさせないようにするためか、不知火は取れた腕をそのまま支えるように持つ。


「安部君、残念ながらMFCとはお話合いをする必要があるみたい。秀ちゃんを駄犬呼ばわりなんてこの私が許すとでも思ったのかなぁ? 本当に私のことを崇高な絶対神だと思っているなら、今の言葉は絶対に言ってはいけないものだったよ」


 さっきまで楽しそうにしていたみやびが、ふとその態度を変える。その冷たい声は、まるで周囲の温度までを下げてしまうかのような冷たさだった。


「明日の放課後、MFCの一番偉い人とお話がしたいと思ってるの。偉い人の名前は? あっ、ちゃんと言わないと腕は取れたままになっちゃうからね」


 青い顔をした安部君を少し可哀想だとも思ったけど、俺の身の危険を考えてもMFCは出来ればみやびからNGを出してほしい。


「2年の小栗さんが、会員番号No1のリーダーです……」

「わかった、じゃあその人を学校のカフェテリアに連れてきて。安部君と、二人だけで来るんだよ。さもないともっと大変なことになっちゃうかも。……景、腕はもう大丈夫」

「うむ」


 安部君の腕はすぐにまたはめられた。そして安部君をそこに残したまま、俺たちは先にその公園を出る。


「……ちょっとやりすぎた?」

「いや、忍者目線としては素晴らしい脅迫の仕方だった。私も胸が高鳴ったぞ」


 興奮気味の不知火はいいとして、みやびは俺の意見を聞きたいようでちらちらと視線を合わせてくる。……怒られるとでも思ってんのかな。


「このままMFCがあっても俺としては不利益しかなさそうだからな。できればみやびがなんとか交渉してくれれば助かる」

「……そうだよね。私も崇め奉られるのは嫌いじゃないけど、秀一とか景になんかある方が嫌だから」


◇ ◇ ◇


 そうして次の日の放課後、俺とみやびと景は先にカフェテリアに到着していた。また安部君と小栗は来ていないみたいだ。


「そういえば、妙なことが分かった」


 少し周りを気にしてから、不知火が納得のいかない顔で話しかけてくる。


「昨日、安部君は2年の小栗という人がリーダーだと言っていたが、2年に小栗と言う名字は存在しないんだ」


「……学年間違えるとか?」


 みやびがそう言うけど、その可能性は低い。この学校は制服に学年を表すバッジが付いているから、基本的に一目で学年がわかる。また、2年も4クラスと少ないから、不知火の探し間違いというのも考えずらいだろう。


「他にも3年や1年が2年のバッジを付けて偽装するという手もあるけど、そうする理由があまりない。あと考えれるのは偽名くらいだけど……今はわからないことが多すぎる、今から来る小栗というヤツにも一応警戒しておいてくれ」


 3人での作戦会議が終わると、ちょうど安部君がやってきた。後ろにいるのがMFCのリーダー、小栗だろう。


「ふぇー」

「……」


 みやびが少し気の抜けた声をあげ、不知火は眉をひそめた。

 小栗はびっくりするほどの美形であった。高い背に整った眉、髪はちゃんとセットされていて、歩くのにも余裕が見える。すれ違う女子は2度見して少し赤くなっていた。

 でも、だからこそ怪しい。2年にあれだけのイケメンがいれば、4クラスしかない小さな高校内では必ず噂になるし、一度すれ違えば印象には残るだろう。不知火が眉をひそめたのもおそらくそれが気になったからだ。

 2人は俺たちの正面に座る。安部君は可哀想なくらいに引き立て役で、小栗のためにイスを引いていた。


「すまない、昨日は安部君が迷惑をかけたみたいだね。彼はまたMFCに加入したばかりで ルールが上手くのみ込めていなかったようなんだ。こちらでもしっかり罰を受けてもらうし、次からは尾行なんてさせないから安心してくれ」


 そう話している間に、安部君が小栗の前にコーヒーを置き、小栗さんはそれを当たり前のように飲んだ。……なんか気に入らない。


「それでみやび様、今日は何の要件でお呼び出しでしょうか」


 普通にみやびには様付だ。不知火はまだしも、俺なんか眼中にも入っていない。


「えーっと……」

「ちょっと待てみやび。その前に小栗が誰か確かめる必要があるから」


 小栗の視線が不知火を捕える。


「君はみやびさんの友人の不知火さんだね。しかし僕が誰とは……そういえば自己紹介がまだだったかな? 僕は2年の小栗――」

「2年に小栗と言う名字のやつは存在しない」


 小栗の余裕を持った声を不知火が遮る。小栗はにんまりと笑った。隣に座っていた安部君は、不知火のその言葉に目を見開く。


「安部君、先に戻ってくれていいよ。あと、このことは誰にも話さないように」

「わ、わかりました」


 小栗に睨まれた安部君はまるで蛇に睨まれた蛙だ。小栗の視線にビクリと体を震わせ、小栗が視線を外すと一目散に走り去って行った。


「まぁ、不知火さんくらいならこんなこと簡単に分かると思っていたよ。今日は僕の正体がわからなかった場合、その少しの可能性に賭けてきたんだけど」

「明らかに不自然なお前を私が見逃すわけがない。もう一度聞く、お前は何者だ。みやびと秀一君に先程のような睨みを利かせるなら、私が黙っていないと思え」

「その制服の下に隠してあるシビレ薬と、クナイ3本だけじゃとても僕を止められないと思うけどね。まぁ、いいよ。せっかく僕のことを調べてくれたんだから、正体くらいは教えてあげる。それに、宣戦布告もしたいしね」


 一発で装備を当てられたことに不知火は少し動揺を見せるが、すぐに小栗を睨みつける。不知火は心強いけど、小栗の実力はわからない。それに俺は小栗が何者なのか、少なくとも人間ではないことを予感していたから、不知火の方が心配だ。


「僕の苗字、小栗は、本当はオグリとは読まない。コクリと読むんだ。そしてその由来は――」

「あー! なんか変な感じがすると思ったら、コックリさんだ!」


 その通りです、みやび様。と満足そうに笑ってから、コックリさんは立ち上がり、俺らを見回す。


「そして僕の目的は、秀一君、君を排除して、みやび様を手に入れることだよ」

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