第12話 黒魔術で遊ぼう!

 俺の親と、みやびの親同士で、今夏もキャンプの計画が組まれた。

 夏休み恒例の行事だ。お互いの親がアウトドア好きで、その親同士だけで話し合いがなされるから、俺はその予定が決まった、とだけ聞かされた。ちなみに到着するまで場所は秘密だ。みやびは毎回どうにかしてキャンプ地を聞き出そうとするみたいで、その作戦を立てるのに忙しいらしい。だからなのか、その期間はみやびがよく手伝いをしてくれるから助かると、みやびの母、あこさんは言っていた。


 そんなキャンプを一週間前に控えたある雨の日、俺は例によってみやびの家へ呼び出された。夏休みも残り半分を切っている。今くらいから、宿題のことを逐一言ってやらないと、必ず最終日になって泣きを見ることになる。ちょうどいいと思い、俺は勉強道具を片手にみやびの部屋の襖を開けた。


「我が主よ! その暗黒の力を行使し、今ここに顕現せよっ!」


 まぁそんな予感もしていたが、みやびの部屋はとても勉強できるような環境ではなかった。

 カーテンは引かれており、部屋の中は暗い。灯りはテーブルの上の蝋燭のみで、それは星形の記号を書いた紙の上に乗せられていた。まぁ、簡単に言うと儀式をしていた。みやびも黒い布を頭から被って、そのテーブルの周りをくるくると回っている。

 これだけ見ると関わりたくない、完全に危ない人である。なんだあの踊り、俺にはタコとかイカのマネしているようにしか見えない。


「おーい、みやびー」


 呼びかけると、みやびは黒い布の中から顔を出す。こんな真夏にエアコンも入れずにやっていたみたいで、汗だくだった。


「あー……そろそろ私限界だよぅ。秀一、交代してー……」

「エアコンつけるぞ」


 リモコンのボタンを押して、とりあえずこの蒸し暑い部屋に冷風を入れる。雨のせいか湿度も酷い。


「んー、まぁ一回休憩ってことで……秀一ぃ、飲み物持ってきてー」

「お前な……、一回風呂入ってきた方がいいんじゃねぇのか?」

「いや、もう少ししたいから。まだいい」


 まだするのか……一体なにをしているのかわからないけど。

 一階からお茶を持ってきて、コップに入れてやる。蝋燭は消して、カーテンも開けた。除湿機能のおかげでだいぶ部屋の空気もマシになってきた。

 お茶を2杯一気に飲みほして落ち着いたようなので、この状態の目的を聞いてみる。


「これはねー、黒魔術ってやつだよー。ほら、これ」


 そういって差し出されたのは一冊の本だった。表紙には、『にっくきアイツやコイツもヤレル! 黒魔術の方法512☆』 というものだ。その題名にも呆れたが、それが図書館から借りてきたというものだから、みやびよりもこんな本を貸し出す図書館の方を心配した。


「この本すごいんだよー。本当になんでもできるの、隕石が落ちてくる魔術から、喉に刺さった魚の骨をとってくれる魔術まで!」


 ペラペラと捲るが、なんというかしょうもない魔術が多かった、その割には手順や必要な道具が詳細に書かれているから、なんでもいいから黒魔術ごっこがしたい! という人には結構最適な気はする、例えばみやびのような。


「ちなみに、さっきの踊りは誰かが飲み物を持ってきてくれる魔術だよ!」

「あー……確かに魔術成功したね」


 成功させてしまったね。俺が。

 しかし、その本は意外と俺の興味を惹いた。まぁ男だったらゲームくらいやるし、魔術と言うと心惹かれるものが必ずしもあるだろう。目的や方法は別として。


「そういえば、もう一つ試したい黒魔術、あるんだよね」


 俺がぺらぺらと本をめくっていると、途中のページでみやびが止めた。そのページは、いわゆる雨乞いのページだ。流し読みする感じでは、未来の雨が降る確率を、全て現在に降らしてしまう。という気象予報士涙目の内容だった。


「それで、秀一にも手伝ってほしいんだ。週末のキャンプ、雨予報になってたから、今のうちに降らしちゃいたいと思って」

「天気は俺も気になってたけど……週末の話だぜ? 予報なんてすぐに変わるだろ」

「山の天気と女の心は変わりやすいといいますからな! 女の心は今の内にやっておきたいと申しているのだ!」


 ……まぁ、願掛けみたいなもんだろう。少なくともテルテル坊主よりは効力ありそうな気がした。


「踊るのはお前だからな」

「さっすが秀ちゃん! じゃあ、秀ちゃんは私の手握って、もう片方の手を空に向けてあげる役ね?」


 みやびは早速準備を始める。今度の魔術ではカーテンは全て開ける。蝋燭の変わりに聖水を使うらしい。(といっても、水に少しの塩を混ぜただけのものだが)それを注いだコップを、星形の記号が書かれた紙の各頂点に置いていく。準備はそれで完了だ、なんてお手軽黒魔術。


「それじゃ、準備はいい? これから雨の神様にキャンプが無事晴れるようにお願いするから」

「いつでもどーぞ」


 俺は差し出された手を取る。こうやって手をつなぐのもなんだかしばらくしていない気がして、柄にもなく俺は少し緊張してしまった。子供のころは毎日のように繋いでいたというのに、今のみやびの手は細くて、やわらかくて、汗が冷えたのか少し冷たかったので、俺の手の熱さがバレるのではないかとひやひやした。


「では」


 みやびはテーブルの上の星形に片手を掲げる。


「天候の神よ、我が願いを聞き届け、その力で過去、現在、未来の雨を全てここに集めたまえ……」


 俺は片手を空に向けて、その様子を見守る。みやびは掲げていた手をまっすぐ上に伸し、そして体全体でいっきに振り下ろす。まぁ後ろから見ているかぎりは、手を大きく振りながら立ってしゃがんでを繰り返しているようにしか見えないから、なんかいい運動になりそうだなーとか思っていた。

 しかし、窓の外の変化に気づくまでに、それほど時間はかからなかった。

 みやびが手を振り下ろす度に、しとしとと降っていた雨は次第に強くなってきている気がした。おまけに風も出てきたみたいで、窓には雨が叩きつけられバチバチと音を鳴らした。

 この時の俺はまだ、まぁこれくらいなら一時的に降りが強くなるくらいあるだろうと思っていた。しかし、その雨は少しも弱くなるという気配を見せなかった。むしろどんどん強くなり、やがては窓の向こうに見えていた家も見えないくらいの雨量になる。


「お、おい……みやび。そろそろ一回止めないか?」


 そう声をかけるも、みやびは何かに取り憑かれたように一心不乱にその儀式を続ける。外はすでに滝のような雨になっていた。その止まることのない雨粒の音に俺は恐怖さえ感じていた。


「みやび! みやびストップ!」


 俺はその異常さに、繋いだ手を手を引いて儀式を止めさせる。手を引いたせいでみやびはバランスを崩し、俺は体ごと受け止めた。


「はっ!」


 そうしてようやく、みやびは我にかえったようだった。きょろきょろと右左を見渡し、抱きかかえている俺を見上げる。


「私は一体何を」


 俺は深くため息を付いて、抱きかかえたみやびは隣に放り投げて窓の外を見る。まだまだ雨脚は強いが、ピークよりは若干弱くなってきている気がする。


「おー、凄い雨! これって絶対私達の黒魔術のおかげだよね!」

「あぁ、さすがに今回は俺も否定できないわ」

「これでキャンプの天候もきっと大丈夫なはず……ふふふ。もっとやってあげようかなぁ」

「いやいや、もうやめとけ。洪水になるぞ」


 俺はみやびがまた変な気を起こさないうちに、黒魔術セットを片付けはじめた。


 これは後になって分かったことだが、ちょうど黒魔術中だった雨量は、地域で観測史上1番だったらしい。あの時に止めておいて本当によかった。

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