第二話 聖剣? 魔剣の間違いでは?


 セレナ姫が祭壇の上にある剣を指さして楽しそうにはしゃいだ。

 「見てみて、テレーザ! あれが聖剣よ!」

 「知っていますよ」

 フシルは何度も祭りに来ているため、特に目新しくはなかった。だが、主と一緒に見るのはこれが初めてである。

 「いつ見てもシンプルですよね」

 剣が刃表を客たちに見えるよう、設置されているわけではなく、何百年もの間、石造りの祭壇の上に突き刺さったままなので、そこでイベントをやっているだけのことだった。そもそも、剣を抜く人が今まで現れていたら、ここまで盛り上がっていないのかもしれない。


 「今年は、勇者ルーネス様がいらしているんですって。ギルドが認めたSSS級の強くて格好いい勇者様なのよ?」


 セレナ姫は夢見をするようにそう呟いたが、フシルにとってはどうでもいいことだった。イケメンだろうが豚のようだろうが、勇者は勇者で、それ以上でもそれ以下でもないだろうと、内心で思いながら。

 そもそも、勇者に選ばれたところで、英雄だといわれる人間は今までフシル以外、誰一人としていないのだ。

 なら、今回もその展望は望めまい。

 などと、そう思ったのだ。

 「テレーザ、司祭様が出てきたわよ」

 その言葉でハッとする。祭壇の上に立った司祭が今回の祭典の司会役ということらしかった。


 「みなさま、今年もお集まりいただき、まことにありがとうございます! 我々の国フィラディルシアの豊穣と、皆様のご繁栄を祈りまして、今回も祭りを閉幕とさせていただきます。そして、最後に皆様お待ちかねのメインイベント、主選びを執り行わせていただきます。今回はなんと、勇者ルーネス様もご参加のご様子ですから、もう一幕だけお付き合いいただけると光栄でございます」


 そう、司祭は締めくくり、まず、勇者を名乗る青年たちが剣の前に立ち、柄に手をかけて引っこ抜こうとした。

 しかし、誰も抜くことはできない。情けない顔をして次々に降りていく。

 セイラ姫もちゃっかりその列に並んでおり、市井の男たちも列に交じり始めた。そして、今年こそは! と意気込みながらみんな剣に手をかけるが、少しも台座から抜けることなく、今までの勇者たちともどもがっくりと肩を落として祭壇から降りるのだ。

 「くっ、抜けない!」

 セイラ姫も全く抜くことはできず、がっくりと戻ってきた。しかし、彼女の背を押して列に並ばせ始めた。

 「ちょ、何をするんですか!?」

 「あなたも参加しなさいよ! これは私からの命令です!」

 「ええぇっ……」

 フシルはいやそうな顔をした。すると、優しく声をかけられた。

 「姫がそう言っているのですから、並んではいかがですか?」

 目の前にいたのはなんと、巷で噂の勇者、ルーネス。セイラ姫は明らかにメロメロになっていた。

 「ルーネス様もそうおっしゃっているんだから、テレーザも!」

 「は、はい……」

 主の命令に逆らえず、しかも、ルーネスの後に並んでしまったフシルは逃げ出したかったが、主の視線がある以上、逃げることはできず、仕方がなく耐える。


 ルーネスが祭壇に現れると、女子たちから黄色い声があがった。フシルは遠い目をしながら気配を殺していると、ルーネスが剣に手をかけた。

 下からだとよくわからない代物だったが、結構近くで見ると、聖剣(?)とはてなマークがついてしまう。

 確かにシンプルながらも最低限の装飾で究極の美が表現されているのだが、神々しい何かや、ありがた~い気配も何もない。

 ただ、それ自身から発せられる膨大な魔力に息をのんだ。

 ルーネスの顔がかすかに苦痛でゆがむ。それと同時に魔力が剣へ流れていく、もとい、吸い取られていくのが見えてフシルは目を見開いた。

 (魔力を吸い取っているの?)

 魔力とは魔法の源だ。そして、命の力や精神力でもある。それを失うということは死に近づくということと同意である。

 十数分間彼はこらえたが、ガクッと膝をついた。ルーネスの顔色が悪く、フシルはそっと駆け寄ると、彼の額に触れ、魔力を分け与える。

 「ご気分は?」

 「あはは、君はすごいね。魔力が吸い取られたこと、気が付いたのかい?」

 「えぇ」

 そういうと、鋭く禍々しい聖剣もどきに手をかけ、咆哮と共に魔力を引きはがしにかかる。


 「みんなの魔力を、返しなさい!」


 その次の瞬間、剣が抜けた。魔力だけを吸い取って奪うつもりだったのに、剣までも弱い力で抜けてしまったのだ。

 「は?」

 間抜けな声がフシルからこぼれ出たが、剣はしっかりと彼女の手の中にあった。しかしながら、彼女の眼にはどう見ても禍々しいオーラを放つ魔剣か、もしくはその形状から刀のようだと思った。

 人々がしんと静まり返った。

 唐突に表れた侍女らしい女が、ものの数秒で剣を抜いてしまったのだ。驚かないほうが無理だろう。

 むろん、フシル自身も驚いていた。


 「なんで抜けたの?」


 理解できていなかった。

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