第33話 シャルル・ギルスネイの奇妙な話
シャルルはいつも賭場に出入りしているとか。
ミランダに話を聞くと、一族総出で甘やかしているような有様だ。
騎士服のまま賭場に入り込もうとするミランダを制して、渡世人に金を渡して外に連れ出させた。
「ミランダか。そいつは?」
開口一番それか。
シャルルはいかにも身を持ち崩した貴族といった有様だが、端正な顔立ちに翳の滲む相貌だけはあまりにも美しかった。
女には不自由はしないだろうと思える容姿だ。
「一等法務官のベイル・マーカスです。話を伺いたい、断ってもいいがお家の存続が絡む話になります」
シャルルは
凄味の無い美男というのは、どうにも痛々しいものだ。ミランダを見て、筆者を見て、助け舟を出してくれる人を捜している。
「兄上、わたしにも暗殺者が放たれました。どうか、お時間を頂きたい」
「あ、暗殺者が」
「向こうで話しましょう。伯爵閣下の後ろ盾があります。安心めされよ」
シャルルは筆者の言葉に立ちくらみを起こしたようだ。
恐怖か。
「兄上」
ミランダが肩を貸す。
女に助けられるのが似合う妙な男だ。
シャルルを連れて、庁舎へ向かった。
執務室に入ると、シャルルはオズマの描いた口裂け少女、おころも様の絵を見て悲鳴を上げた。
「その絵はやめてくれ」
筆者は絵を外して壁に立てかけた。裏向きにすればよかろうということだが、シャルルはまだそれに怯えている。
「これに関することをお聞かせ願いたい。包み隠さずに」
「……その、ミランダには」
シャルルは妹をちらちらと見る。聞かれたくないことなのだろう。
「ミランダ、外で見張りを頼めるか」
「ああ、分かった。シャルル兄、……なんでもない」
ミランダはうなだれるシャルルにそれ以上言わず、外に出た。
「妹さんには言いませんよ。お話して下さい」
彼にどれだけの思いがあるのかは分からない。しかし、項垂れたまま観念したように口を開く。
「何から話していいのものか」
シャルルは力なく言う。
その瞳には諦念が見て取れた。疲れ切った老人のような、それでいて牙を剥く機会を狙う獣のような独特の輝きである。
「そう構えなくてもよろしい。私は事件の捜査というよりは、怪談奇談、お化けや幽霊の話を蒐集しています。あるのでしょう、そういうものが」
「あるが、それは」
「まずは、そこから話して下さい。夜まではまだ時間がありますよ、シャルル殿」
シャルルは口を開く。
憑りつかれたように、言葉を紡ぐ。
◆
女を知ったのは十四歳のことである。
帝都の学院に学生として通っていた時分のことだ。
悪友たちと共になけなしの銭を握り締めて娼館に向かう。
結果としては惨憺たるものだった。
歳は二一、二だろうか、十代ではない。そして、小太りだった。乳房からは唾液の匂いがしていたし、股座もまた饐えた臭いがした。
下の毛の剃り跡はいやに汚らしく、不潔に見えた。
それでも必死に腰を振るのが男の浅ましさか。
嫌悪感に充ちた交わりであった。
こんなもの、男同士の話では珍しいものではない。
そんなことだってあるということで終わる程度の話である。
両親からは子供を作ることを優先しろと言われた。女子はいらないと、男子だけでよいと。
嫡男に女遊びをさせる親というのも妙なものである。
両親が自分に隔意を持っているのは知っていた。
どちらにも、シャルルは似ていない。
幼いころから、シルセン子爵に似ていると言われ続けていた。
不義の子であるのか、それとも血のなせるものか。それはシャルルにも分からない。
女を抱く度に、あの小太りの女の肌を思い出す。
穢れに触れて、穢れが
シャルルのそれは、女を狙う強盗や強姦魔がよく言うそれに似ていた。また、子供を襲うものも似たことを言う。
狂人の犯罪で性的なものが絡む場合、彼らなりの戦いを行っていることが多い。世界から穢れた存在を排除するための孤独な戦いである。
縛り首にしてやるまで、彼らの戦いは終わらない。戦い続ける生は地獄だろう。だから、彼らを刑に処するのは救いであると思っている。
戦いの勝敗を決してやることにしか救いが無いとは。それもまた法務官の務めか。
「なんであんなことになったのか。まだ、まだ分からないんだ」
シャルルのそれは後悔ではない。諦めである。
◆
まどろみほど心地よいものは無い。
女と眠る寝台で、できるだけシャルルは体を離す。
夜半、ふと目を覚ます。
女の口が動いている。
「こっちじゃないから、右ね、右、そっち、そっち」
寝言か。
枕を直して、眠ろうとするが寝言は続く。
変な寝言を言うものだなと、なんとはなしに聞いていた。
「はやく行きたいね、はやく行きたいね」
変な寝言だ。
『なえああがががが』
突然、妙な音が響く。
隣で眠る女の口から、その音はしていた。
魔物の鳴き声のようでもあり、産まれたばかりの獣の出す奇妙な声にも似ていた。人の喉から出るものとは思えないような音だった。
「こっち?」
女とは反対から声が聞こえて、それから後のことは覚えていない。
変な夢を見た。
その日だけならそう思っていたはずだ。
新しい女と付き合った時にも、同じことがあった。
「まだかな、まだかな。もうちょっと、もうちょっと」
「あんよが上手、こっち、こっち」
「ちょっとずつ、ちょっとずつ」
「かわいい、カエルみたいで」
「うううぅぅぅ、うううぅぅぅぅ」
「うごいた」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから。おいしそう、おいしそう」
女の寝言というのは、こんなものかな。
最初はそう思っていた。
少しずつ違うことが分かってきた。
最初に馴染んだ女は、腹が大きくなってからおかしくなってしまった。
お腹の中の子供を何かが食べていると言い始めてから正気を失い、子は流れた。
それから、会っていない。
様々な女と付き合った。
三十歳までには男子を為せと両親からきつく言われていたためだ。
貴族の令嬢から屋敷の女中、はては娼婦から冒険者まで。子は全て流れた。
寝言は続いた。
恐ろしくて、目を瞑って震えているしかない。
「ねえ、ほっといていいの?」
声はいやにはっきりと聞こえた。
それは幼い女の子のものだ。含み笑いが混じっている。
「え」
不思議なもので、あまりにはっきりと聞こえるので、それを『こわいもの』と認識できなかった。
顔を上げて見やれば、耳まで裂けた口を持つ女の子がいる。目鼻は無かった。
あっ、という驚きはあったが不思議と怖くない。
「あっち、ほら、見て?」
含み笑いと共に指差すのは、付き合っていた冒険者の女である。
女の口が大きく開いていた。何かを叫ぶように。
口から、黒い煙が立ち昇っている。
「あ、え」
何が起きているか分からない。
黒い煙は少しずつ形を為していく。
「お前か」
シャルルは自分の出した言葉の意味を理解して、眩暈を覚えた。
女の口の中に、小さな女がいた。
シャルルの初めての女。
薄汚れた小太りの娼婦がニタニタと笑みを張り付けて、口いっぱいに広がった頭でシャルルを見ている。
どうしたらいいか分からない。
助けるべきなのだろう。しかし、あの女に触れるのは油虫に触れろと言われているようで、嫌悪感がある。
「たすけてあげようか?」
「え」
「たすけてあげるよ」
「あ、ああ、頼むよ」
「たすけてあげる」
耳まで口の裂けた少女は滑るように宙を移動した。隣で寝ている女の腹に手を当てて、引きずり出した。
それは、赤子になる前の胎児の形をしたものだ。しかし、その頭はあの女のものだ。目の開き切らない頭で弱々しく鳴いている。
「もらうね」
口の裂けた少女は、胎児の化物を食べてしまった。
「あかちゃんダメだったね」
言って、その少女もすうと姿を掻き消してしまい、シャルルは茫然としたまま朝を迎えることになった。
それから、女を抱いて眠ることはない。
◆
シャルルから聞きだした話は多岐に及び、今回は割愛するが他も素晴らしい内容だった。
ろくでなしの美男に便宜を図るつもりはなかったが、他にも面白い話が聞けそうなため動くことを決めた。
幽霊やお化けというものはどこまで真相に近づいても、それが何を原因としているか分かることは少ない。逆に、人が起こす何かというのは調べていけば必ず分かる。
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