scene:05 宣告

「おひい様! 何をなすってるんですか!?」


 ああ、見つかってしまった。

 ポツリポツリと雨が降り出した夜のチェルノート城。

 その裏手の塀にある小さな勝手口の前で、エリザはミシェエラに声をかけられた。避難民が身を寄せ合う正面側からは城を挟んで反対側の位置。ここからならバレないと思ったのに。エリザは背後にいるであろうミシェエラにバレないよう、小さくため息を吐く。


 だが、見つかってしまったものは仕方がない。

 エリザは努めて何気ない風を装って「ミーシャ?」と振り返った。

 ミシェエラは傘をさして、こちらへ駆けてきている。

 今にも転びそうなその足取りに、エリザは思わず近寄ってミシェエラの身体を受け止めた。

 そしてミシェエラが何かを言う前に、間髪入れず質問を投げかける。


「正門の様子はどうですか?」

「せ、正門ですかい? ――今、シュヴァルツァーんとこの若い衆が馬車でバリケードをこさえた所でさ」

「じゃあ、避難民の収容は完了したんですね」

「ええ、そりゃもう……って、さないでくださいな!」

「なんですか?」

「なんですかは、あたしの言葉ですよ! もう日が暮れて雨まで降り出してるのに、何処どこへ行こうってんですかい?」


 ミシェエラはエリザの格好を指差す。

 エリザは今、農作業用の屋外着に、黒いフード付きのローブを羽織っている。

 それはつまり、夜闇に隠れて出かけるということだった。

 エリザは観念して白状する。


「……マリナさんを探しに行ってきます」

「探すって――――城の外へ出るつもりですかい!?」


 エリザはこくりとうなずく。

 途端、ミシェエラは傘を投げ出し、半狂乱になってエリザにしがみつく。


「いけませんおひい様っ!! 外になんて、そんなっ」

「分かってミーシャ」


 髪を振り乱して止めようとするミシェエラ。エリザはその髪を優しく整えながらほほむ。


「マリナさんを探してくるだけだから。見つけたら、すぐに戻ってくるわ」

「おひい様。けんども、あの爆発じゃあ――」


 言いかけたミシェエラの声が途切れる。

 エリザの顔を見たからだ。

 自身の顔がどうなっているかは、エリザにも何となく察しがついた。笑おうとするたびに顔がこわり、く表情を作れないのだから。よほどひどい顔になっているに違いない。


「マリナさんは……きっと、生きてる」

「おひい様、」

「僅かだけど、個魔力オドの流れを感じるの。――きっと、魂魄人形ゴーレムの素体が壊れて歩けないんだわ。念話が返ってこないのは意識が飛んでるのかもしれない。あ、でも魂魄人形ゴーレムって意識を失うとかあるのかしら。という事はやっぱり蓄魔石に何かあったのかも、急いでわたしの個魔力オドを注がないと――」

「おひい様ッ!!」


 思考の沼にはまっていたエリザを、ミシェエラの声が強引に引き上げた。

 エリザの傍にいるのは腰が少し曲がった老婆。

 ミシェエラが、エリザを諭すように背中をぽんぽんとたたく。


「ここで待ちましょう、おひい様。外に出るなんて言わずに」

「……」

「今、外に出たらおひい様まで死んでしまいますよ。そうしたら、あの娘だって浮かばれないでしょう」

「……離してミーシャ。お願い、」

「おひい様、」

「マリナさんは死んでません!!」

「おう、


 ハッ、と顔を上げる。

 そこにいたのは、魂魄人形ゴーレムの少女だった。

 丸メガネはヒビが入ったレンズ一枚だけになり、辛うじてメイド服だったとわかるボロ布をまとい、燃えるような赤髪は土と雨で汚れ、球体関節は動かすたびに泥やら砂があふてくる。白木の一部にはヒビすら入り、今にも割れて崩れそうだった。


 けれど、生きている。

 ナカムラ・マリナが、そこに立っている。


「マリナさんッ!!」

「痛てっ――いきなり抱きつくなよ」


 抱きついたマリナが顔をしかめたので、エリザは慌てて「ごめんなさい」と離れる。だが、本当にそこに存在するのか確かめたかったのだ。


「あんた、自動人形オートマトンだったのかい……?」

「いや、魂魄人形ゴーレムだそうだ。――そういやばあさんには言ってなかったな」


 驚いているミシェエラに、マリナは何でもないように答える。

 

「マリナさん、よく無事で――」

「まあな。……『よくもちやを言ってくれたな』って、エリザに言わなきゃ気が済まなかったからよ」


 どうやら、あの時の言葉を覚えていてくれたらしい。

 エリザは笑って「ごめんなさい」と謝った。


「でも、どうやってあの爆発を?」


 エリザの疑問はソレである。

 うわさに聞いていたリチャードの【断罪式】は、想像を絶するものだった。町の中心には巨大なボウルのような穴クレーターが出現し、その周囲の建物は軒並みなぎ倒されてしまった。そうでない建物も、その骨格を残すだけでとても人が住めるような状態ではない。

 巻き上げられた爆煙はやがて雲となり、こうして雨を降らしている。お陰で残り火は消えたが、むしろ天候すら変えてしまう威力に恐怖を覚えるばかりだった。


 だが。

 その問いにも、マリナは笑みをこぼした。


「あはは! ありゃ確かにすごかったなあ、デイジーカッターの比じゃなかった。モアブか……じゃなきゃ気化爆弾のバケモノじゃなきゃ、あんな爆発は起こせねえ。つか、雨まで降らすなんてな。『核』じゃなくてホント良かったわ」


 マリナは、エリザの知らない単語を幾つもつぶやいて笑う。

 だが、肝心の生き残れた理由を聞けていない。

 ボロボロのメイド服からして、爆発から離れた位置にいたとは到底思えない。そもそも『騎士の注意を引く』という念話からさほど時間を置かずに【断罪式】が放たれていた。半径500メルトを破壊しつくした爆発から、逃げられたわけがない。


 そう視線で問うと、マリナは何故なぜか恥ずかしそうにほおきながら、


「話すと長くなるんだけどよ。まあ、ざっくり言えばだな!」

「……? どういうことですか?」

「だから、話すと長いんだ。――それより現状を教えてくれ。さっき、城の塀を登って入ってきたからよ。なんも知らねえんだ」

「え? ええ……」

 

 ひとまずエリザは今置かれている状況を説明する。

 町から避難できたのは約600人。人口の三分の二以上は収容できたが、それ以外は避難途中に爆発に巻き込まれたと思われる。魔獣に破壊された正門は直しようがないので、商会や青年団が乗ってきた馬車を並べてバリケード代わりに。今はシュヴァルツァー主導で城内に運び込んだ物資の確認と、カヴォスたち青年団は避難民の名簿を作っている。それらを口早に説明した。


「正直、これからどうしたら分からなくて……それで、わたしマリナさんを探そうと、」

「いやいや。上出来だぜ、エリザ」


 言って、マリナはエリザの頭をガシガシと乱暴にでまわす。途端にミシェエラが目をいて「このガキ、おひい様になんてことを」と怒るが、それすらもマリナは笑って受け止めていた。


 何故なぜだろう。

 マリナはこの状況でも、まったく絶望していない。


「マリナさん。どうして、そんなに笑えるの? 外には騎士が四人もいて、逃げ場所もなくて、立て籠もっていてもいつかは町の人間ごと殺されちゃうかもしれないのに……」

「あ? まあ、確かに絶望的だわな」


 言って、マリナは口の端を凶悪にげる。

 そんな悪魔のような笑みを浮かべて、マリナは「避難民はどこにいる?」と言った。


「正面の方です。あそこの方が中庭より広いので」

「うし。じゃあそっちの方に行こうか。シュヴァルツァーとカヴォスもそこに居るんだろ?」

「ええ、多分」


 じゃあ行こう、とマリナはズンズン歩いていってしまう。その後ろをミシェエラが「待ちな、このクソガキ」と追いかけていってしまう。しかしミシェエラが傘をさしていない事に気づき、エリザは慌てて傘を拾ってミシェエラがれないように傘の中に入れた。

 これでは誰が主人で、誰がメイドなのか分からない。

 あきれつつも――エリザは何となくこの関係がずっと続くような気がして、少しうれしかった。


 そうして正面広場に着くと、先に着いていたマリナが一点を見つめて眉をひそめていた。


「なあ、エリザ」

「なあに?」

「なんで、日系人がいるんだ?」

「ニッケイ、人?」

「ほら、あそこ。黒髪で目も黒くて、顔の凹凸が少ないやつだよ」


 あそこだ、とマリナが指差す先には、羊飼いらしき男が塀に寄りかかっていた。羊を操るつえを塀に立てかけ、不安げに貧乏揺すりを繰り返している。


異世界ファンタジアでは、あんな外見の人を『ニッケイ人』って呼ぶの? こっちだとそんなに細かく外見で区別してないから……」

「そうなのか?」

「ええ。汎人種ヒューマニー長命人種エルフなんかと違って、一人一人の外見の差が大きいものだし。あまり見かけない顔だとは思うけど、そもそも羊飼いはあちこち移動するものだから――」


 それでもマリナが気にするのなら何かあるのかと思い、エリザは真剣にその羊飼いを見つめるが、特に変わったところは見つけられない。思わず「ん?」と首をかしげてしまう。

 だが、マリナは今の会話で何かをつかんだらしい。

 唐突に「あー」と何かに納得し、


「そうか、。なるほど、そういう狙いかな?」

「ねえ、それって――」

「うぉーい!!」


 唐突に、遠くから野太い声がかけられる。

 声につられて見れば、体格の良い男がエリザとマリナの方へ手を振っている。その横には商会の主人であるシュヴァルツァーの姿もあった。声をかけたのは恐らく荷役の誰かだろう。恐らく『エンゲルス』という古株だ。


 エンゲルスとシュヴァルツァーは、雨よけのフードを手で押さえながらエリザの下へ駆け寄ってくる。

 と、途端にエンゲルスが驚いた顔をして、


「メイドさん、あんた……自動人形オートマトンだったのか」

「いえ、魂魄人形ゴーレムですよ。エンゲルスさん」


 おどけたようにマリナが答えている様子からして、二人は顔見知りらしい。エリザが野菜を卸した時にでも会ったのだろう。やや興奮した様子のエンゲルスを「いつまでそうしてんだ」と退けて、後ろからシュヴァルツァーが現れる。


「随分な格好だな、おい」

「これはシュヴァルツァー様。お恥ずかしいところをお見せしてしまいまして」

「今までどこに?」

「町に居ました。ですが暗くなってきましたし、そろそろお嬢様の夕食を作らねばなりませんから。こうして戻って来た次第でございます」

「は! その状態で減らず口がたたけるなんて凄えメイドだよ、あんた。こりゃ俺が動く屍体アンデッドになってもい殺せそうにねえな」

「ふふ、シュヴァルツァー様もお元気そうでなによりです」

 

 そう軽口をたたきあう二人は、数年来の友人にすら見える。

 エリザは少しだけ、それを不満に感じた。

 理由は……よく分からない。


「ところでシュヴァルツァー様、お願いがあるのですが」

「……それは俺らが生き残るために必要なことか?」

「ええ、もちろん」

「話せ。俺はあんたと公女様に賭けたんだ。――勝負から下りられねえんなら、行くとこまで行くしかねえしな」


 そうしてマリナはシュヴァルツァーと何かを話し始める。時々、エリザの知らない単語が飛び出すところからして、異世界ファンタジアの何かについて話しているのだろう。

 エリザも参加したいが、何も分からない自分が割り込んで邪魔をしてしまっても悪い。手持ち無沙汰になったエリザは、何とはなしに周囲を見回す。


 それに気づけたのは、偶然だった。


 シトシトと、ベールのような雨が降り注ぐ空。

 そこに、何かがきらめいた気がしたのだ。

 だがこの雨で星など見えるはずがなく、鳥だって飛ぶわけがない。

 なら空にいるのは――


「――炎槌騎士団、」

「なに!?」


 エリザのつぶやきにいち早く反応したマリナが「どこだ?」と問う。エリザは城の上空約100メルトの位置を指差した。正門の向こう側。魔導干渉域の効果範囲ギリギリの位置に、四つの騎影が見える。


 エリザとマリナの声に気付いたのだろう。正門広場に集まっていた避難民たちも空を指差し、動揺のざわめきが広がっていく。


「くそ! 話が違うぞ、メイド!」

「お待ちくださいシュヴァルツァー様。彼らは動いておりません」

「あぁ!?」


 罵声を上げかけたシュヴァルツァーも空を見上げる。

 確かに炎槌騎士団の四騎は、上空に待機したまま動いていない。そこから『固有式』を放つ様子もない。ただ、こちらを見下ろしているだけだった。


 城内にいるエリザと避難民600名余りは、騎士の姿を、固唾を飲んで見守る。


 雨音がこれほどうるさいものだとは思わなかった。音が全身を飲み込もうとしているような気さえする。恐らく、ここにいる全員が同じような圧力を感じていることだろう。


 そして、その静寂を破ったのは――――空に浮かぶ炎槌騎士団だった。


「チェルノート城につどりし諸君に告げる!」



    ◆ ◆ ◆ ◆



 少し時間を戻す。


 エリザがマリナと再会を果たしていた頃。

 正面広場では町長のカヴォスが、避難民の名簿を作るために一人一人に声をかけている最中だった。


 それは公女エリザベートの指示であり『万が一、他国へ避難する時のために名簿が必要』という事だった。何とも弱気な領主だと思うが、町で引き起こされた爆発を見た後ではそれもむなしといった所だろう。

 本来は青年団に任せるはずの仕事だったが、彼らの多くは正門のバリケード作成に行かせたため人が全然足りていない。カヴォスはもう『いいとし』であり、力仕事はをしかねない。だからこうして名簿作りに励んでいるのである。


「ふむ、これで大体そろったかな」


 紙に書き付けた名簿には、二百名ほどの名前が記されている。そこに家族や知り合いの安否の内容まで書き込んだ。これでひとまず、カヴォスが自身に割り振った仕事はこなせたはずである。


 そう思い、名簿から顔を上げると塀の傍に人影が見えた。

 あまがつも着ずに、雨に打たれたまま塀に寄りかかっている。横に置かれたつえからして羊飼いなのだろう。

 だが、カヴォスも見た事の無い顔だった。

 ということは当然、名簿にも載っていない。


 やれやれ、漏らしがあったか。

 カヴォスは眼鏡を直しながら、塀に寄りかかった男へと近づいた。


「初めまして、で良かったかな?」


 そう笑いかけると、男はチラリとカヴォスを見たが、すぐに視線を地面に落としてしまう。『話しかけるな』と、全身で表現していた。とても名前を聞ける雰囲気ではない。


 とはいえカヴォスは、いい加減な仕事を許せない性質たちである。

 それが自分の事となれば余計に。

 若干、ムキになってカヴォスは男に話しかけた。


「最近ここに来たのかい? 見たところ羊飼いのようだけど」

「……」 

「名前を聞いても良いかな? 公女様の指示でね、避難してきた人を把握しておきたいそうなんだ」

「……」

「名前を聞いても良いかな?」

「……」

「名前、教えてくれないかい?」

「……」

「名前、」

「……」

「教えて欲しいなあ~。教えてくれないとお兄さん、困っちゃうなあ~」

「……いや、あんたもうジジイだろ」

「おや、話せるじゃないか」


 ちっ、と男が舌打ちをする。

 しかしようやく口を開かせる事ができた。あとは名前さえ聞いてしまえば、カヴォスとしてはどうでも良い。カヴォスはどこまでも仕事人間だった。


「とりあえず名前だけ教えてくれないかい? そしたら退散するからさ」

「…………ダリウスだ」

「家名はあるかい?」

「……ヒラガ」

「ダリウス・ヒラガ――君だね」


 よしよし、とカヴォスは名簿に書き記す。

 だが、男の貧乏揺すりはとどまるところを知らない。不安にさいなまれているのだろう。

 どれ、少し勇気づけてやろう。と、カヴォスは話しかける。


「まあ、来た早々に災難だったね。でも安心しなさい。ここの城主は領民思いだ。しかも魔導干渉域を備えた城塞だからね。早々、騎士も襲ってはこれないさ」

「……あんた、名前聞いたら退散するんじゃなかったのか?」

「いいじゃないか少しくらい。――そうそう、信じられないだろうがここの公女様は、帝国の魔獣だって倒すようなお方なんだ。不安に思う必要はないよ」

「ああ、知ってるよ」

「ん?」


 ダリウスと名乗った男は変な言い回しをした。カヴォスはそれを問おうとしたが、男が不機嫌そうに腕を胸の前で組み、そっぽを向いているのを見て諦める。貧乏揺すりまで激しくなってきていた。これ以上は殴りかかられても文句は言えない。


 さて、そろそろ本当に退散するかな。

 そうカヴォスは考え、ふと、男の腕に変な模様があることに気づいた。先ほどまでは分からなかったが、腕を組んだ際に袖がズレてあらわになったのだ。


 どこかで見たような模様だな、と思いカヴォスは記憶を探る。

 確か、大昔に町へ来た旅芸人一座の――魔獣使いビーストテイマーが似たような刺青いれずみをしていたような。


「なあ、あんた――」


 その刺青いれずみはなんだい?

 そうカヴォスが問おうとした矢先、男が唐突に空を見上げた。あまりの急激な変化だったため、思わずカヴォスも男につられて空を見上げる。


 男が空を見上げてつぶやいた。


「……来ちまったか」


 空に浮かぶのは四つの影。

 天馬ペガサスや、一角馬ユニコーンまたがった甲冑騎士シヤゼル

 炎槌騎士団だった。 

 カヴォスはその姿を見た途端、身体が硬直するのを感じた。

 蛇ににらまれたかえる――いや、神罰を待つ人間という方が正しいか。


「チェルノート城につどりし諸君に告げる!」


〔拡声式〕でも使ったかのような大きな声が、城内に響き渡る。


「諸君らの主、エリザベート・ドラクリア・バラスタインは罪を犯した。

 我らの敵、ルシャワール帝国とつながり王国へあだなそうとしたのだ!!」


 その言葉に、城内にいる誰もが顔を見合わせる。

 まさか。あのおひとしの公女様が、そんな大それたことをするだろうか。

 そう、お互いに問いかける。

 だが問題は、そのように上空の騎士が言い張っていることだった。


「故に! 公女エリザベートが保有する財産全てを没収、破壊せねばならない。

 ――当然、諸君ら領民も含まれる」


 再び、城内に絶望の空気が広がる。城塞用の魔導干渉域があるとは言うが、町を破壊しつくした爆発を防ぐことが出来るものだろうか。たとえそれが防げたとしても、騎士が直接乗り込んできてしまえば町の人間は抵抗する術を持たない。


 恐慌状態に陥る寸前――上空の騎士の「だが!」という声が、城内を正気に引き戻した。


「諸君らに一度だけ機会をやろう」


 それは何だ。

 あの無慈悲な神が、一度だけ機会チャンスをくれるというのか。

 城内に避難した人間全てが、空に浮かぶ騎士の言葉を待った。

 

 そして、その『機会』が告げられる。


「日が昇るまでに、諸君らの主である公女エリザベートの首を、私の前に差し出したまえ」


 シン――と、静寂に包まれた城内。

 やがてどこからか、さざめきの様にヒソヒソと声があがりはじめた。

 それは、さざ波のように人々の間に広がっていく。


 今、騎士様はなんて言った?

 公女様の首をせと?

 つまりそれは、俺たちにということか――!?


 騎士は城内の人間に言葉の意味が浸透するのを眺め、やがて彼らが続く言葉を聞くために口を閉ざすの待つ。


 ――そして再び静寂が戻ったとき、騎士は嘲笑を含んだ声色で告げた。



「さすれば――諸君らの命だけは助けてやろう」


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