第19話

 それからの交渉はスムーズに行われた。


 シャイビヤの提示した金額は惑星の評価としてほぼ最高額であり、本来は交通の要衝ようしょうでもなければつかない額だ。


 あれこれと難癖をつけて金を出し渋るよりも、資源惑星を確実に手に入れる方針へシフトしたようだ。

 こうした取引に慣れているのか、傍から見ていてなるほどと思うくらいに手際がいい。レイラの質問にも淀みなく理論整然と答えている。


 レイラもまた、欲張って条件を付けるような真似はしなかった。目標金額を大幅に上回る額を提示されたのである。話をこじらせるよりも、とにかく契約を取り付けてしまいたかった。


 さて、二人が警戒している話を拗らせそうな奴とは誰なのかと考え、私しかいないなと少々複雑な気分のカンザキであった。


 シャイビヤを説得して以降、彼は会話に参加していない。自分の役目は終わったとばかりに口を閉ざしている。


 精神的に疲労しきっていた。今まで何度も、相手は偉くなどないとうそぶいてきたが、それはあくまで人として尊敬できるか否かの話であり、強大な権力の持ち主であることに間違いはない。フリーの船乗りや貧乏自治領主を潰す手段など、いくらでも持っていることだろう。

 正直に言って、怖かった。怖くないわけがない。そんな男を相手に交渉し、脅し、挑発して商談へと漕ぎつけたのだ。

 疲労で眠ってしまわぬよう、耐えるだけで精いっぱいであった。


 幸いにして、商談は30分ほどで終了した。惑星の所有権はシャイビヤに移され、代金は全額前払いだ。管理局から本格的な埋蔵資源の調査隊が派遣され、その質と量によって改めて配当金を支払う。調査と住民の退去は同時に行われ、約半年で受け渡しを完了する見通しらしい。


 前払いなどして大丈夫なのかと考えたが、惑星に持ち逃げの心配はあるまいし、退去を拒んだところで強制接収するだけの武力はある。取引は成立し、所有権を得た後なのだ。今度は遠慮なくやるだろう。


 ふと顔を上げると、レイラとシャイビヤが立ち上がって握手を交わしているところだった。それを見たカンザキも、足元がふらつかないよう注意しながら、ゆっくりと立ち上がる。


 一礼し、応接室を出たレイラに続こうとすると、背後から声がかかる。

「カンザキさん、ひとつ聞きたいことがあるんだが。」

 面倒なことでなければいいが。表情に出さぬよう意識して振り返った。


「私はどこで失敗したかな?」


 憎んでいるわけではない。怒っても苛立ってもいない。クイズの答えは何だったのかと聞くような、本当にちょっとした疑問なのだろう。

 新参の自治領など手のひらの上で、濡れ手に粟とばかりに横から掠め取れるはずだったのだ。


 カンザキはちょっと考えてから

「女を泣かせたことかな。」とだけいって、部屋を後にした。


 一人残されたシャイビヤは、しばらくぽかんと口を開けて、珍客の去った後のドアを眺めていた。


 やがて気を取り直すと、何度かうなずいた。口元には笑みすら浮かんでいる。


「なるほど、そいつは失態だ。」

 そう、呟いた。




 エレベータで数十階分を一気に降りて駐車場に戻ると、トランクから荷物を取り出して壁に叩きつけんばかりの勢いで放り投げた。

 そのまま駐車場を出て、高速道路に入り宇宙港へ向かう。


 疲れきっていた。一応、運転席に座ってはいるが、オートパイロットで走行しているので寝てしまっても構わない。しかし心身の疲労とは別に、目が冴えて眠れなかった。


 一方のレイラは疲れなど全くないかのように、鞄から契約書を取り出し何度も何度も内容を確認していた。レイラと局長のサインが並んでいるのを見て、よし、よしと唸っている。

 数字のゼロを数えてはにやにやと笑い、契約書を鞄に押し込む。そして5分もしないうちにまた取り出すといったことを繰り返していた。


 こういうとき、女はタフだなと、レイラの横顔を見ながらしみじみと感じていた。燃料資源の付加価値を認めさせた取引を成立させたのはカンザキの交渉によるものである。しかし、彼の立場はあくまで助っ人であり、直接の責任を負っていたわけではない。

 開拓民8000人の生活、その責任を背負って、その後の商談をまとめた彼女の心労はいかばかりか。


 カンザキの視線に気づいたのか、レイラは少し照れくさそうに

「何よ、いまさら私の顔なんか珍しくもないでしょう?」


「いや、初めてエロ本を買った少年のような喜びようだと思ってね。」


「げぇ…っ。」


 それから二人は、顔を見合わせて笑った。すべてが終わった、ハッピーエンドだ。


 ひとしきり笑い終えると、急にレイラがしおらしい声で

「あの、艦長、ごめんなさいね…。」


「え?」


「あなたの交渉に割って入るような真似をしちゃってさ。」


 何のことかと思い出すまで数秒の時を要した。カンザキがシャイビヤに、強気で返答をせまっていた時の話かと思い出す。


「構わないよ。むしろあれでよかった。」


「そうなの?こちらからお願いしますって頭を下げるのはタブーだって話だったけど。…いや、まあ、やっちゃったんだけどね。」


「管理局との付き合いが今日限りだというならともかく、むしろこれからが本番だろう。相手を言い負かして恨みを買うなど、とてもじゃないが正解とは言い難い。」


「まあ、ね………。」


「交渉の成功とは、口げんかで黙らせることじゃない。双方納得する形で話を収めることだ。政府軍憎しで本質を見失っていたとは、私もまだまだ未熟だな。」


「艦長が未熟だったら、私なんか案山子かかしみたいなものじゃないの…。」


「商談がスムーズに運んだのはレイラさんの功績さ。誠意をもって、勝ち負けではなく対等の商談だと主張しなければ、ああはいかなかった。」


「はは…そりゃどうも。」


 またこの男は適当なことを言いやがって、と思ったが、その口調は真剣そのものであるとわかると、今度は恥ずかしくなった。


 何か気の利いたお礼でも言おうかと考えていると、隣からかすかな寝息が聞こえてきた。カンザキは眠ってしまったようだ。


 レイラはもう少し話していたかったのにと未練を残しながら、宇宙港に到着するまでの数時間、カンザキのだらしない寝顔を飽きもせず眺めていた。

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