契約と脅迫

第12話

 照り付ける太陽の下、鍬を振るい地を耕す。撃たれた右腕は今も動かすたびに痛みが走るので左腕一本で鍬を扱っていた。


 作業が辛くないわけではない。だが、流れ出る汗とともに自分の中に溜まった澱のようなものが出ていくような気がして、アルグスはこの作業が気に入っていた。

 あたりを見回すと、部下たちも似たような顔をしている。疲れてはいるが、どこか憑き物が落ちたような、何かから解放された顔だ。


 痛む右手でゆっくりと首に手をやる。そこには手錠ならぬ首錠がかかっていた。無理に取ろうとすればレーザー光で首が落ちる。所有者がリモコンを操作すれば、それでも首が落ちる。


 正しいパスワードを入れなければ開錠はできず、操作キーは首の後ろに付いているので自分で操作することもできない。安価で作られ、効果は抜群の宇宙世紀ベストセラー商品である。


 輸送戦艦と名乗る艦に牽引され地上に降りた後、仲間全員に首錠を付けられた。

 非人道的な道具だとは思う。同時に、これがあるからこそ安心して外に出せるという一面もある。首錠がなければ今も全員まとめて独房入りだろう。

 いっそのこと処分してしまった方が早いとすら考えるかもしれない。いつでも殺せるという安心感が、自分たちの身を守っているのだ。これは枷であると同時に、盾でもある。


 首錠を刺激しないよう、慎重に首まわりの汗をぬぐい、また作業を再開する。鍬を振るい、土を耕す。

 耕運機くらい無いのかと部下の一人がぼやいたことがあるが、航路を封鎖されていたからなと答えるとそれ以降、誰も不平を言うものはいなくなった。


 先のことについて不安はある、不安しかない。自分たちの身はどのような処分を受けるのか、このまま死ぬまで労働力として扱われるだろうか。最大限悪趣味な想像を働かせれば、祭りのたびに一人一人、生贄として公開処刑されるかもしれない。また、そうされたところで文句を言う資格も無い。


 土との対話だけが、安らぎをくれた。奪い、奪われるだけの人生だった。自分は今、初めて命を紡ぐ尊い行為をしている。

 この畑には何の種をまくのだろうか。せめて芽が出て、実るまで生きていたい。ほんの少しでも何かを残したのだという実感を持って死にたい。


 ふと気が付くと、泣いていた。おかしな話だが自分が泣いていることすら気づかなかった。炎天下の作業では、流れる涙すら熱い。涙を拭うこともせず鍬を振るい続けた。土が、こんなにも愛おしい。


 街のある方角から、車のエンジン音が聞こえる。慌てて顔を拭いて見上げると、軽トラックが一台と乗用車が一台、こちらに向かってくるところだった。


 トラックの荷台には寸胴鍋がいくつか乗っており、栗色の髪の女が立っている。スーツの上にエプロンをかけ、フライパンとお玉をもって背筋を伸ばしていた。

 この資源惑星を発見した企業の社員であり、輸送戦艦などという理不尽な艦を引っ張ってきた女、レイラである。


 やがてトラックが畑の脇に停車すると、レイラがフライパンを叩いてガンガンと音を立てる。


「はい、休憩時間!飯よ、飯ッ!」


 海賊の部下たちが鍬を置き、一斉に集まってきた。ここでは食事だけが唯一の楽しみだ。


 乗用車からは男が数人、自動小銃を持って出てきた。こちらに向けてはいないものの、緊張した面持ちで睨みつけている。見るからに扱いに不慣れなようで、安全装置の外し方を知っているかどうかも心配になってきた。


 そんな護衛たちに構わず、レイラは手近な海賊を捕まえて配膳を手伝わせていた。プラスチックの皿に注がれた、大量の豆とジャガイモ、そして干し肉の切れ端が浮いたスープ。カルシウムの錠剤を添えたものが基本的なメニューだ。

 特に宇宙ではカルシウムが流出しやすいので、船乗りはこうして補う必要がある。


 最低限の健康に気を使ってくれているということは、すぐに殺すつもりは無いということだろうか。

 そんなことを考えながら、アルグスは切り株の上に腰を下ろしてスープを口に運んだ。一応、塩味はついている。

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