Ep.5

 後日、ぼくは退院した。親と一緒に、世話となった医者や看護婦さんとお別れしながら、昨日夜にあった看護婦さんがいないことに気が付き、仕事で忙しいのかなと思いながら、その看護婦さんのことを医者に尋ねた。


 すると、医者はそんな人は見たことがないと言っていたが、隣にいた看護婦さん(昨日怒っていた看護婦さん)が青白い顔をしながら、ぼくに特徴を聞いてきた。


 黒髪でポニーテールでスリルとしたきれいな看護婦さんだったと告げると、その看護婦さんはさらに青白く染め、こう告げてくれた。


「あの看護婦さん――8年前なんですが、秘密にしていただくのあれば、事情を教えます。ですが、どうかこのことはご秘密でお願いします」


 その看護婦さんは、8年前の事件で運ばれてきた長女だった。長女は何度も背中から刺された箇所があって、出血どころかあばらの骨、内臓も傷だらけだったという。


「――当日、私はあの現場にいたわ」


 長女は看護婦さんだった。まだ新人で覚えたてだった。


 この病院に勤めてまだ半日。


 今はなしている看護婦さんは当時の先輩だった。


 綺麗で美しいということもあって、医者や患者からは好意を抱いている者も多かったが、長女は特に気にすることも興味がないようにふるまっていた。


 そんな矢先、あの事件だ。


 一家残虐事件で、知られたものだった。


 あの看護婦(長女)さんの話し方からしてみて、本人であるという自覚はなかった。


 長女の夢は「立派な看護婦さんになって、虐めという概念を捨てみんなで暖かい空間にする」と言っていたそうだ。


 結局、そのあとからなのか、長女が深夜徘徊している姿を目撃するようになったという。


 その人は敵意も殺意もなく、その人と会って相談事や悩みを聞いてくれる優しい人だったと目撃者が語っていたという。


 でも、長女が生きていた頃、そして死んだ頃を目撃していた当時の看護婦さんたちは大勢やめていったという。


 長女は見知らぬ人から見れば、優しい方のように見えるが、知っている人たちからでは怒り切ったような表情に見えるのだという。


 しかも、殺した殺人犯を追っているのだそうだ。


 ぼくは、再びぼくがいた部屋へ見上げた。3階の真ん中あたりで、ぼくはふと目があった。昨日話していた長女という看護婦さんはにっこりと笑ってぼくに手を振っていたのだ。


 少しして、消えてしまったのだけど、いまでもあの病院で通院し続けているのだろうか。


 ぼくは、あの糸の存在がどのようなものなのか分かった。


 けど、あえてそのことは口にすることはせず、泣き崩れる看護婦さんにそっと肩に手を置き、「長女さんは、今でも優しい人だったよ」って、ぼくは窓際に手を振った。


 もう一度振ってくれる人はいなかったけど、ぼくは、その病院から無事に退院し、わが家へと帰った。


 途中、揺れる車の中で、幾つかの糸が見えた。様々な色だったけども、いろんな人が至るところにいるのだが、みんな気づいていないようで立ち去っていくばかり。


 ぼくは、この話も能力も誰にも告げず、窓から見える風景がかつて、住んでいた町とそっくりだったという話はまた別の話。

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