Ep.3

 ひっそりとした病室はぼくにとって寂しいものだった。誰一人としていない、一人部屋で寝かされていた。


「明日で退院」


 と、なんだかやるせない気持になりつつ、ぼくは暖かいベッドの上で仰向けにくつろぐ。目をつぶる。ゆっくりと、明日に備えて。


「ぐぅぅっっ…」


 眠れない。


 何度目をつぶってみて、夢の中に入ろうとしても寝ることはできなかった。


 ぼくは立ち上がり、喉が渇いている感覚に気が付いた。


「ああ…そういえば、まだ飲んでいなかったっけ…」


 近くにあったポットから水を出そうと傾けるも、一滴も出ない。


「なんだよ、看護婦さんは入れてくれなかったのか?」


 ポットを揺らす。すると、中でわずかに水が揺れる音と水の重みが腕に伝わる。


 水は入っているようだ。けど、開けるようなボタンも入り口もない。きっと、この世界ではなにか試さないと開かない仕組み何だろうと思った。


 ぼくは、ポットを元の場所に置き、机の上に置いてあった財布(親がもしかしてと、おいていってくれた小銭が入っている)を持ち出し、1階にある自販機へ向かって扉から出ていった。


 階段を下りている最中、奇妙なものを見かけた。


 白い一本の糸のような紐がぼくが寝ていた階よりも下の階の廊下から、これから行こうとしている自販機までその糸が続いていた。


「なんだろう? これ…」


 糸に触れようとするが、からぶりする。


 そこに元々糸がないように、手で触れようとしても通り抜けてしまった。


「な…なんだよ…これ」


 ぼくは嫌な予感がした。


 糸から手を放し、その糸がない続いてない、通路から1階の自販機へ別ルートで進むことにした。


 自販機は1階のホームとコンビニの前の2か所ある。ホームは主に中央に位置するが、コンビニはホームから南東に進んだ先にある。


 糸はホームへと続いていた。


 なら、コンビニまでの糸はないはずだとぼくなりに解釈した。それと糸の先に鳴があるのかを考えないように、ぼくはその糸の先を見ないようにしてコンビニの前にある自販機へと早々に向かった。


 コンビニは閉まっている――現時刻は11時過ぎ。


 窓から差し込む月が幻想を思わせる不思議な気持ちに包まれる。


「よかった…いないようだ」


 ぼくは、周辺くまなく見渡し、糸がないのを確認し、早々と自販機で飲み物を購入する。ぼくは、自販機を見て驚愕した。


 見たことがない種類が豊富であるがゆえ、文字やデザインからして、本当においしいのかと疑問を抱かせるようなものばかりである。


 ぼくは、そのなかでもデザイン的に不透明であまり目立たないようなものを選んだ。お金が落ちる音とともに缶を手に取る。


 ぼくは、その缶を開けようとした矢先、誰かから声を掛けられた。


「もしもし、その飲み物分けてくれませんか?」


 胸の高鳴りが荒い。


 ドキドキという音ともにぼくはゆっくりと振り向くと、そこには看護婦のような恰好をした美人の女性が立っていた。


(やばっ! 怒られる!!)


 ぼくは、その場ですぐに缶をおき、「ごめんさい! 喉が渇いて無断で買いに来ました! 規則を破って申し訳ございません!!」と土下座した。


 病院内で大声は禁物。なるべく声は静かにいった。


 看護婦は笑い「気にしていないよ」といい、ぼくを少しコンビニから離れた場所にあるソファーで少し話すこととなった。

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