第22話 月面上空の戦い

◇◇◇―――――◇◇◇


「ちィッ! なんて数だい!?」


 ジェナが駆る〝シルベスター〟から放たれたビームが、2機の、東ユーラシア系UGF主力デベル〝イェンタイ〟を捉え、APFFを引き剥がす。

 その瞬間、バトルアックスを振り上げてジェナの〝シルベスター〟は一気に敵に急迫。次の瞬間、バトルアックスの一振りで〝イェンタイ〟は2機、胴体を抉られて吹き飛んだ。


 だが、さらにコックピットに敵機接近警報が。上方、それに月面沿いから計5機の〝イェンタイ〟が飛びかかってくる。

 多すぎる………! ジェナはトリガーを引き、ライフルのビームで敵機を牽制しつつ、〝シルベスター〟の加速力にモノを言わせて距離を取った。



 月面、NC市上空の戦いはすでに混沌とした様相を呈していた。

 リベルター艦隊による防衛ラインはすでに決壊。マーレ級3隻が被害担当艦同然に敵艦隊の猛攻を引き受けているが、長くは持ちそうにない。UGFの北洋級艦の何隻かが突出し、激しい攻撃をこちらへ浴びせかけている。



 その時、


『武器が………うわあっ!』

『シオン!!』

『くっ! 〈アングイス〉には行かせな………』



〈アングイス〉が! 母艦の危機にすかさず駆けつけたいが、5機の〝イェンタイ〟はしつこくジェナ機に追いすがってきており………次の瞬間、敵味方位置を表示するウィンドウ上で、〝ラメギノ〟が1機、シグナルロストした。



『シオンッ!!』

『シオンがやられた………』

『出すぎるなテオル! 動き続けて的を絞らせるなッ!!』



 十数機の〝イェンタイ〟。それに3隻の北洋級艦に包囲されてもなお、〈マーレ・アングイス〉とステラノイドのパイロットからなるその護衛隊は頑強に戦い続けていた。

 1機、また1機と〈アングイス〉を包囲する敵機の反応が失われて、遥か向こうで同数の炎の花が咲く。

 ジェナも……急迫してきた敵機に、ビームを出力させたハンドアックスを一閃。APFFを破壊し返す実体刃の一撃で、ようやく〝イェンタイ〟1機、コックピットを斬り飛ばして破壊した。



「はぁっ………月雲はまだなのかい………?」



 NC市内にある〝リベルター〟拠点にカスタムされた愛機を取りに行った月雲。おそらく市内で暴れているという所属不明機の相手に追われているのだろうが………


 さらに2機、今度は正確にビームと実弾を浴びせて撃墜。1機を撤退に追い込む。だが敵の勢い、それに敵機の数は留まることを知らない。今もなお、後方に陣取る北洋級艦から続々〝イェンタイ〟が吐き出され続けているのだ。



 特に鬱陶しいのがあの一隻。艦隊から突出しつつ艦載砲やミサイルと一緒に〝イェンタイ〟を発進させている。傷ついた機体も受け入れており、損傷の軽い敵機はあの艦で応急処置を受けてまたこちらへの攻撃に加わる。



「トモアキ! 生きてるかい!?」

『はいっ! 何とか………!』

「あたしらで北洋級をヤるよ! このままじゃ埒が明かない!」

『で、ですがこの包囲をどうやって………』



 いいから付いてきな! とジェナはハンドアックスで〝イェンタイ〟を1機撃破。〝シルベスター〟はまるで流星のように戦場を駆け巡り、トモアキ機を囲んでいた3機の敵機にビームと実弾を浴びせかける。ビームの直撃を恐れた敵が包囲網を解いた瞬間、トモアキの〝シルベスター〟もまた、ジェナ機に追随した。



「あたしらは北洋級をやる! カイル! 連中を任せていいかい?」

『了解! 敵機の追撃を妨害します』



 頼もしい返事と同時、2機の〝シルベスター〟を追う〝イェンタイ〟隊に、〝ジェイダム・カルデ〟のロングレンジライフルによる正確な射撃が襲いかかる。

 蜘蛛の子を散らすように散開、ジェナらの追撃を断念せざるを得なくなった数機の〝イェンタイ〟は、今度は〝カルデ〟めがけて一斉に飛びかかった。



「ジェナより〈アングイス〉! 今から4番敵艦を攻撃する! 援護射撃できるかい!?」



 今、母艦〈マーレ・アングイス〉は分厚い弾幕を張り、近づこうとする〝イェンタイ〟を撃墜するか、機体の一部を吹き飛ばして退却に追い込んでいる。それでも、徐々にダメージが蓄積していく様子が手に取るように見えていた。



 果たして、返答したのはいつものシェナリンではなかった。


『オリアスだ。これより4番敵艦に向け砲撃を開始する。………1番、2番主砲、てぇッ!!』


 太い光条が〈アングイス〉上部から撃ち放たれ、突出していた1隻の北洋級に吸い込まれていく。


 艦載ビーム砲が直撃した北洋級正面にAPFF特有の青い閃光が走る。次の瞬間、繭が裂けるかのように北洋級艦の正面を守っていたAPFFが、消失した。

 だが、デベルのそれとは違い宇宙艦に搭載される大出力APFFはすぐに復活する。事実、北洋級艦を守るAPFFは徐々に元の姿を取り戻そうとしていた。


 時間は無い。



「行くよ! トモアキ!」

『後ろは任せてくださいッ!』



 頼もしい言葉にニヤリ、と頬を緩めジェナは敵艦目がけて愛機を突っ込ませた。

 当然北洋級艦はもとより艦を護衛していた4機の〝イェンタイ〟による激しい弾幕が2機の〝シルベスター〟を襲う。ジェナ、トモアキ共にそれを軽快な機動で回避しながら、トモアキが〝イェンタイ〟を引き付けた隙にジェナ機が北洋級艦のAPFF圏内へと飛び込んだ。


 もはやAPFFの庇護もない無防備な艦体、そして上部ブリッジに、ジェナはすかさず引き金を引き実弾を装填したライフルを………

 だが数発撃った次の瞬間、〝シルベスター〟の背に激しい攻撃を食らう。さらに激しい爆発。

〝シルベスター〟のアルキナイト装甲によって辛うじて機体が破壊されることだけは免れたが………無数の機体異常報告がコックピットモニターの端に次々羅列していく。

 それに衝撃が、一瞬ジェナの意識を吹き飛ばしかけた。



「う……ぐ、く、くそぉッ!!」



 いい所で!

 大型ミサイルランチャーを装備した1機の〝イェンタイ〟。トモアキの〝シルベスター〟によって次々実弾を食らって戦闘不能になるがもう後の祭りだ。


 APFF圏外へと弾き出され、機体の制御を取り戻そうと躍起になるが………数分かかってようやくメインスラスターの一つが息を吹き返した時、コックピットモニター前面に月の暗い大地が大写しになった。


 不時着によって激しくコックピットが揺さぶられ、火花や、壊れたコックピットの一部が容赦なくジェナに襲いかかってくる。

 月面に刻まれる深い溝。月の一部を数百メートルほど抉りながら、ようやく半壊した〝シルベスター〟は静止した。



「………っ! 酷いもんだね、こりゃ………」



【右腕部 使用不能】

【全スラスター OFFLINE】

【脚部駆動システム 損傷 要交換】

【広域探査センサー 損傷 要交換】………



 戦うどころか、動くことすら………

 だがその時、またしても激しい衝撃がジェナを襲う。



「うぐ………っ!?」



 コックピットモニター越し。眼前に1機の〝イェンタイ〟が降り立ち、ライフルをこちらへ向けていた。



………見逃せよ。バカヤロ………!



 だが敵兵にそれが伝わるはずもなく………額や体のあちこちから血がにじむ苦痛に口を歪めながら、ジェナはその時を待った。


 しかし突然、ノイズ交じりのコックピットモニターに映し出されていた〝イェンタイ〟が前のめりによろめき、そして、背に何か撃たれたかのように数回ビクリと震動すると、〝シルベスター〟にもたれかかるように倒れ伏した。



「何が………?」



 背中から撃たれ、倒れた〝イェンタイ〟に代わってジェナの眼前に現れたもの。その姿を完全に捉えた瞬間、ジェナは全身の痛みすら忘れて頬を緩ませた。



『悪いなジェナ。待たせちまった』

「遅いんだよ。遅れた分さっさと仕事しな」



 ったく。いつも無駄にイイ所で現れやがって。



 その時、上空でいくつもの爆発がほぼ同時に沸き起こった。


「あいつは………!」



 ジェナにも見覚えのあるその機体。だがあの機体は………

 NCアカデミーで埃をかぶっているはずのその機体。それが今、自在に宇宙空間を飛び回って、次々と〝イェンタイ〟を撃墜していた。

 目で追うことすらままならないその圧倒的な機動性に、それまでリベルター艦隊を取り囲んでいた敵機が次々とその反応を失っていく。



「〝ラルキュタス〟!?」

『ああ。アメイジングだぜ………! パイロットはソラトだ』

「あいつが!?」



 確かに、敵部隊のど真ん中に飛び込み、近接武器を振るいまくって大暴れするその様は、一度見たソラトの向こう見ずな戦い方そのものだ。それにステラノイドの能力があれば、莫大な情報量を脳内で処理しなければならない〝ラルキュタス〟の制御だって………



『っし! アメイジングな俺様が援護に行ってやらねえとな! トモアキ! ジェナを連れて一度〈アングイス〉に戻れッ!!』

『了解!』



 次の瞬間、月面の一角が爆発する。月雲の〝シルベスター〟スラスター全開で、月のわずかな重力を振り切って宇宙空間へと舞い戻ったのだ。



「ふ………男ってやつは」



 ジェナは戦場へと戻る月雲機の後ろ姿を、壊れかけのコックピットモニター越しに見守った。












◇◇◇―――――◇◇◇


「こいつッ!!」



 ソラトがトリガーを引き絞った瞬間、〝ラルキュタス〟の掌部ビーム砲が炸裂。片腕を吹き飛ばされた〝カルデ〟にライフルを向けていた2機の〝イェンタイ〟のAPFFをほぼ同時に破壊。急迫してまず1機の胸部に長剣を突き立て、返す一撃で2機目の上半身を真っ二つに斬り飛ばした。



「損傷した機体は下がれ! 俺が敵を引き付けるからその間に部隊を立て直すんだ!」


『わ、分かった………!』



 手負いの〝カルデ〟に乗っていたのはカイル。

 カイル機や他の損傷機が援護されつつ〈アングイス〉へと戻っていくのを視界の端で見守ると、ソラトは迫る敵………十数機の〝イェンタイ〟やその背後に控える北洋級艦を睨み据えた。



「ここから先にはッ!」



 行かせない!


 ソラトもまた〝ラルキュタス〟背面の高度偏向推進スラスターユニットを全開に、敵陣目がけて飛び込んだ。

 当然、激しい弾幕が襲いかかるが、瞬時にその弾道を予測、目まぐるしい機動で全て回避し、〝イェンタイ〟隊のほぼ真ん中に辿り着いたところで………両掌部のビーム砲を矢継ぎ早に撃ち出した。



 ほぼ全方位に次々撃ち出された太いビームは、全弾的確に〝イェンタイ〟の胴体を捉え、そのAPFFを射飛ばしていく。実弾への絶対的防御を失った敵機目がけ、ソラトは手近な敵から急接近し、



「ハァッ!!」



〝ラルキュタス〟の長剣を振るい、こちらの斬撃を回避しようと身をよじる〝イェンタイ〟の胴を容赦なくぶち抜き、裂いていく。

 さらに、未だ損傷の少ない〝カルデ〟や〝ラメギノ〟……それに〈マーレ・アングイス〉による援護射撃によって、瞬く間に10機以上の〝イェンタイ〟が続々屠られて、眩い火の玉と化した。



「これで………!」



 その時、またしてもコックピットに敵機接近警報が鳴り響く。

 下方から〝イェンタイ〟が1機、こちらに突っ込んできて………

 しかし、こちらにビームを射かけてくる最中、横から炸裂したビームそして実弾の散弾をもろに浴びた敵機は、制御を失ったまま直進し〝ラルキュタス〟と交錯した瞬間、他の敵機同様派手に爆散した。



「………!?」

『よォ坊主。派手に決めてくれるじゃないか』



 接近してきたのは、ジェナ中尉の救出に向かっていた月雲大尉の〝シルベスター〟。



「大尉。ジェナ中尉は?」

『トモアキに連れて帰らせた。無茶しやがって………』



 と、その時、センサー表示モニター上の敵機の数が一気に増大した。

 後方に下がっている北洋級艦から、続々〝イェンタイ〟が吐き出されていく。



『くそ………きりがねェな』

「北洋級艦をやります!」

『それしかないわな! ………だがこっちもボロボロだ。敵機を食い止めつつ5番敵艦を沈めるぞ!』



 了解! とソラトは高度偏向推進スラスターユニットを再度全開に、先行する月雲機の後を追った。












◇◇◇―――――◇◇◇


「………っ! う………!」



 視界の端を焼く光の明滅に網膜の裏を刺激されて、クレイオ型ステラノイドのトーラムは、目を覚ました。

 全身が痛い。頭の深い傷から血が流れているのを感じる。


 乗機である〝ラメギノ〟のコックピットは酷い有様だった。主だった端末はショートしてパネルを点滅させ、コックピットモニターの半分近くが壊れて何も映していない。



「い、今どこ………?」



 まだ生き残っている端末を叩いて現在位置を確認。………最後に覚えているのは、突出した北洋級艦の攻撃に気付かずに、艦載ビーム砲で機体のAPFFを破壊されて、そこを〝イェンタイ〟に撃たれて………



 時折反応の鈍い端末をどうにか操作し、まだ生き残っているコックピットモニター部分にマップを表示。だいぶ味方から離された。スラスターの一部はまだ生きているから、味方機のどれかに近づいて拾ってもらえれば生還できる。



 だが、モニターに映し出されいる外部映像に、トーラムは思わず息を呑み、一瞬呼吸すら押し殺してしまった。



 敵艦………北洋級艦が眼前を航行し、モニターの左端から右端へとゆっくり移動しながら、〝イェンタイ〟を味方の位置目がけて吐き出し続けている。敵機の動きから、おそらくこの〝ラメギノ〟がまだ生きていることに気がついていない。激しい損傷で中のパイロットが死んだ、残骸だと誤認しているのだ。



 全身が痛い。

 血が、どんどん流れ出て………意識が今にも飛びそうだ。

 眠りたい………


 だが、やるべきことは、決まっていた。



「動け………!」



 低下していたニューソロン炉の出力を上げる。その損傷から、爆発の危険があると警告表示がいくつも出てくるが、数分だけ……数分だけ持ちこたえてくれればいい。

 機体の損傷は、左腕、右脚部が破壊され、火器を失っている。各所に実弾直撃による損害。だが、シールド格納ブレードはまだ生き残っており、起動するとぎこちない動きながらもちゃんと展開してくれた。



 まだ、戦える。〝イェンタイ〟はなおも発進し続けており、おそらく前方APFFは機能していない。そこを突破して艦橋、それにメインエンジンを破壊すれば敵艦は沈む。



 機体のみならず、トーラム自身、身体のあちこちにコックピット残骸の破片が突き刺さっており、指一つ動かすだけで激痛が走る。呼吸もめちゃくちゃだ。

 それでも、今ここであの艦を沈めないと………NC市が、仲間たちが………!



 次の瞬間、〝ラメギノ〟のまだ残っていたスラスターが、激しく推進力を噴き出した。

 コックピットに火花や稲光が飛び散る。



「まだだ!」



 仲間をやらせはしない!

 まだ死ねない!!


 瀕死のトーラムが操る〝ラメギノ〟は鋭い軌道を描いて敵艦に肉薄。艦橋にいるブリッジ士官の顔すら見える位置に到達する。



「う………おおおおおおおォォォォァァッ!!!」



 残る渾身の力を振り絞り、半壊した〝ラメギノ〟はブレードを大きく振り上げた。



 だが、



「ぐあ………!?」



 刃が艦橋構造物に到達する寸前、コックピットモニターが全て真っ暗に………

 モニターが死んだわけじゃない。何か大きなものに、機体の視界全てを塞がれてしまったのだ。


 そしてミシ……ミシ……! とコックピット全体に響く、何かが潰れひしゃげ始める音。


 コックピットの構造全てが歪み、中心にいるトーラム目がけて圧縮されていく。

 トーラムがコックピットごと自分が、機体が潰されることに気付くのに、そう時間はかからなかった。



「あ、うあ………うわああああああぁぁァァッ!?」



 何で!? どこから………!?

 だが、もうトーラムに為す術はない。

 逃げ場など無く、肉体全てがひしゃげたコックピットの両壁に閉ざされる寸前、



『地球の力を思い知らせてやると、そう言ったはずだ』



 飛び込んできた敵からの通信。

 それが、トーラムが最期に聞いた「悪意」だった………



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