第4章 戦端

第19話 剣


◇◇◇―――――◇◇◇


「デベルによる攻撃だと!? どこだッ!?」


 焦燥した様子で将官らが入室する。

 内部では、すでに並ぶコンソールに担当のオペレーターたちが取りつき、事態の把握に全力を挙げている所だった。


 市長官邸地下にある〝リベルター〟司令室。本部自体はNC市外の別の地点にあるが、ここからでも………シアベルが〝リベルター〟全軍に命令を発することが可能だった。



「フランツ区で所属不明のデベル〝ミンチェ・ラーシャン〟が4機、無差別に発砲! 死傷者多数!」

「フランツ区だと………?」



 混乱したようにルアラン少将らは顔を見合わせる。

 デベルが侵入したのであれば、宇宙港から入ってくるはず。それ以外は不可能だ。


 だがフランツ区はNC市の内奥部にある。ここは、低所得者が多く暮らす貧民街で治安が悪く、地元警察のみならず〝リベルター〟の陸戦部隊まで時には投入しなければならないほど………



「どこの所属だ!? それを確認しろッ!」

「不明です! 所属を示すマーク、ニューソロン炉反応、一切特定できませんッ!」


「ま、まさかUGFの攻撃では………?」

「バカな!〝ラーシャン〟は既にUGFでは民間払下げ機だ!」

「とにかく本部との回線を………」



 狼狽えて滅茶苦茶に指示を飛ばし始めようとしたルアラン少将を退け、シアベルは手近なオペレーターへと近づいた。



「……アディー! こちらの状況は? 緊急避難プロセスは問題なく実施できてるの?」

「は、はい! 市内全域に避難命令を発令、警察誘導の下、市民はシェルターに避難中です!」

「未確認機への迎撃態勢は?」

「現在、都市自衛部隊の〝ガード・アイセル〟5機が出撃。急行中です!」



 民間用スポーツ・デベル〝アイセル〟をカスタマイズし即席の戦闘用デベルへと改修した〝ガード・アイセル〟は、地球統合政府から認められた自衛部隊の装備で、ニューコペルニクス都市自衛部隊には10機、配備されていた。


 だが、元々戦闘用だった〝ミンチェ・ラーシャン〟や〝シビル・カービン〟に比べ、どうしても戦闘能力の低さは否めず………



「! こ、これは………!」

「どうしたの?」

「宇宙港でも〝ラーシャン〟による無差別攻撃が発生ッ! ターミナルが攻撃を………映像出しますっ!」



 司令室のメインスクリーンに映し出される光景。

 それは………数分前の街並みなど見る影もない、破壊された建物の姿。メチャクチャに発砲を続ける〝ミンチェ・ラーシャン〟。

 それに………



「何てこと………」

「〝リベルター〟からもデベル隊を出撃させろッ!」

「待て! この状況下で………UGFに我らとNC市の繋がりが明かとなれば………」

「だが自衛部隊で防ぐことなど……!」


「命令します。直ちに地下基地より〝ラメギノ〟隊を出撃させてください。それに、各拠点に通報して増援部隊も」




 了解! とシアベルの指示の下、直ちにオペレーターたちは各部門への指示を飛ばし始めた。



「し、シアベル様! 表立って部隊を出した場合………!」

「市民の保護が最優先です! 情報をシャットダウンし、UGFにここでの事態が漏れないよう最大限………!



 その時だった。


「シアベル様………! UGF第3艦隊を名乗る部隊から、通信が………!」

「何ですって?」



………音声のみ、回線開いて! シアベルがそう命じると、メインスクリーンが暗転し【SOUND ONLY】の表示。そして、



『お初にお目にかかりますシアベル市長。私はロペイ・ヌジャン准将。地球統合政府、UGF第3艦隊総司令官です』

「………ニューコペルニクス市長、シアベル・アルニシアです」

『市長。我が艦隊はつい先ほど、有力な通報によってNC市が武装勢力によって攻撃を受けていると、確認いたしました。これより我が艦隊が急行し、武装勢力〝リベルター〟を撃滅いたしましょう。シアベル市長におかれましては、市民の避難を最優先に………』


「お待ちなさいッ! 〝リベルター〟ですって?」



 左様。とねめつくような声音に、シアベルは思わず背筋を震わせた。

 まさか。この男………



『市長であればご存じでしょう? 最近スペースコロニーや資源小惑星を襲撃し、無視できない数の死者を出し続けている、唾棄すべき違法武装組織。人類圏の安全を守るものとして、これ以上の暴挙、看過できませぬ』


「お待ちなさい! 市内での戦闘は………」


『ですから、市民の非難を最優先に、と申し上げたのです。………残念ですがこの状況、街に『多少』の被害がでることは、避けられませんからねえ。最悪の事態を想定されて動かれることです。我々も、市内に駐留して、皆さまをお守りすることになるでしょうな』



 それでは、と向こうから通信を断ち切られてしまい、シアベルは………拳を握りしめた。

 これはおそらく、UGFによる自作自演。意図的に、自治都市であるNC市を所属不明のデベルを使って襲撃させ、大義名分を得たUGFが市内へとズカズカと入り込む。その先に待っているのは………



 その時、



『話は聞かせてもらった。あの下品な東ユーラシア人の思い通りにさせるわけにはいかない』



 先ほどまでヌジャン准将なる人物を映していたモニターに、今度は別の人物……アデリウムが現れた。


「あ、アデリウム様………! それでは………」

『うむ。予定よりかなり早いが、我らの実力を示す時だ。〈マーレ・アングイス〉〈マーレ・アウストラーレ〉〈マーレ・コグニトゥム〉を出撃させろ。5時間以内にNC市防衛に展開可能な部隊も全て出せ。市内の暴徒鎮圧は、シアベルに陣頭指揮を一任して問題ないな?』

「はい。アデリウム様。お任せを」



 シアベルは恭しく一礼する。顔を上げた時、そこにある決然とした面持ちを正面から見据え、アデリウムは微笑んだ。



『では、諸君らの検討を祈る。余も〈マーレ・コグニトゥム〉に行き、宇宙艦隊の指揮を執る。………そうだ。誰かソラト君を迎えに行ってくれないか?』

「ソラト………でございますか?」



 思わず呆けた様子で聞き返したルアランに、アデリウムは鷹揚に頷いた。



『うむ。この事態だ。まだOS周りに不安は残っているが〝ラルキュタス〟を出したい。………あの機体の力を引き出せれば、我が軍の数的不利を覆すことなど容易いだろう。彼には、その素養がある』



 XLAD-22〝ラルキュタス〟

〈チェインブレイク作戦〉の切り札となるべく製造されたこの機体は、あまりの高性能、そして制御OSすら追いつかないあまりに敏感・複雑すぎる操作性から、………月雲のようなトップエースでさえ手に余る機体となり、並んで製造されていたXLAD-23〝オルピヌス〟と並んで作戦開始前のロールアウトは絶望的、とされていた。



 その機体を、ここで出すと………



『事前の調査で、彼は今NC市にいるはずだ。シアベル、彼の捜索も頼めるかな?』

「………分かりました、お任せください。身柄を確保した後、NCアカデミーへ連れていく手配を」



 今、〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟はニューコペルニクス・アカデミーの、一部の者しか立ち入りを認められていない極秘の地下格納庫に置かれている。システム開発で月面都市最先端を行くNCアカデミーを以てしても、未だにロールアウトの目途すら立っていないのだ。


 それを………



「ですが、あれは不完全な機体です。下手をすれば彼の命すら………」

『彼には素養があると、そう言った。………ステラノイドの力の一端、見せてもらおうじゃないか』



 それだけ言うと、再び大型モニターは沈黙し、ただ暗闇のみを表示し始めた。












◇◇◇―――――◇◇◇


 轟音と凄まじい衝撃。

 硬い何かが砕けて、市内の疑似重力に引かれて落ちようとする音………


「伏せて!」


 ソラトはレインの頭を強く抱えて、彼女を庇うようにその場に伏せる。

 着弾の衝撃によって家屋の一角が崩れ落ち、ソラトらの背後に落下した。細かい破片と砂埃が容赦なくソラトを襲う。


「そ、ソラト………!」

「目を開けちゃダメだッ!」


 数秒後、ようやく細かい砂埃すら舞い上がらなくなった時……背後にあった3階建ての建物が無残にも半壊し、崩れかけの内装を晒していた。



「こんな近くまでデベルが………。とにかくシェルターに急ごう!」



 ソラトは、まだ足の震えているレインを支えながら……2ブロック先にあるはずの緊急避難用シェルターを目指す。

 宇宙港は真っ先に所属不明デベル〝ミンチェ・ラーシャン〟の攻撃対象となり。ソラトはレインを連れてすぐに引き返した。だが、軍事目標など無いはずのこの区画にも〝ラーシャン〟は現れ、滅茶苦茶に発砲して街並みを破壊。都市自衛部隊のデベルがようやく表れて応戦しているが………かなり分の悪い状況だ。



 とにかくレインを安全な所へ。

 だがその時、前方から重い地響きが断続的に沸き起こる。………〝ラーシャン〟か!? とソラトはすかさずレインを引っ張って、まだ残っている建物の陰に隠れた。


 向こうの建物から伸びる巨大な影。

 だが現れたその姿は〝ラーシャン〟のそれではない。戦闘用とは思えない軽装で………



「………アカデミーの〝アイセル〟?」


 目を見開いたレインが、フラフラと建物の陰から出ていこうとする。


「レイン、駄目だ!」


 慌てて引き止めようとするが、その時にはもう向こうのデベルのアイ・センサーがこちらを捉えた後だった。



『ま、まさか………レイン?』



 外部スピーカーから漏れる声。レインがハッと息を呑む。



「バニカ先輩?」

『無事だったんだね! 良かった………! 向こうのシェルターはもう一杯だ。アカデミーの方に避難しな!』


「で、でもアカデミーには………」


『アカデミーにも緊急避難に使える地下室がある! 急いで………行け! 早くッ!』



〝アイセル〟というおそらく民間用デベルがライフルをソラトらの背後へと向けた。

 刹那、石畳を潰しながら1機の〝ラーシャン〟が現れる。



 ドガン! ドガン! と鼓膜を潰しかねない発砲音と共に弾丸が迫る〝ラーシャン〟に直撃するが………APFFを装備した戦闘用デベルには無意味。難なく弾かれてしまう。



『ぐ………!』

「行こうレイン! ………アカデミーは………」

「こっち!」



 今度はレインがソラトの腕を掴んで、すっかり破壊された通りを駆けた。

 二人を庇うように〝アイセル〟が前進し、〝ラーシャン〟と激しく撃ち合っていた。だが、あのままでは………



 区画をまたいで、まだ所属不明デベルの攻撃が届いていない並木道を抜けると……広大な敷地と石造りの巨大な建造物が目の前に広がる。



「ここは………」

「ニューコペルニクス・アカデミーよ。………あ、テリン先輩!」



 その正面ゲート前。一台のデベル運搬用リニアトレーラーが停車し、その荷台に先ほど見たものと同じ民間用デベル〝アイセル〟が横たえられていた。

 髪の長い女性が胸部コックピットの辺りに取りついて何やら作業していたが、声をかけられた瞬間ハッと顔を上げる。



「あ………レインちゃん?」

「テリン先輩! これ………」

「あ、うん。この辺りにも敵が来てて、自衛部隊もすぐに来れないみたいだから私たちが出ちゃえって。ビーム兵器が無いから足止めぐらいしかできないけど………」


「分かりました。………私が出ます!」



 ダメだ! 走り出そうとするレインの腕を、すかさずソラトは捉えた。



「危険すぎる! 相手は戦闘用なんだぞ!」

「分かってる! でもここを守らないと………お願い、行かせて」



 無謀だ! 実体兵器では戦闘用デベルのAPFFを破壊できないのに……!

 ここでレインを行かせたら………



「中に避難するんだ。今俺たちにできるのは………」

「ソラト!」

「ダメだッ!」



 思わずレインの腕を掴む力が強くなる。と、「っ!」と彼女の表情が、苦痛で歪んだ。力を入れすぎたのだ。


「あっ! ご、ごめ………」



 だが力を緩めたその瞬間、レインはソラトの手を振り払い、止める間もなく〝アイセル〟へと飛び移ってしまった。



「レインッ!!」

「ごめんなさい! ソラトは避難して! ………敵の足を止めるだけだから」



 既にコックピットハッチを開けて、内部へ飛び込んでいくレイン。

〝アイセル〟のアイ・センサーが起動し、リニアトレーラーの荷台からその巨体が立ち上がる。



『危ないから下がって!』



 外部スピーカーからの声に、反射的にソラトは引き下がった。立ち上がった〝アイセル〟は備え付けてあった実体ライフルを手に、



『競技用だけど………牽制だけなら!』



 脚部スラスターが吹き上がり、瞬間的な爆風がソラトの全身を撫でる。

 次の瞬間、スラスターによる莫大な推進力を獲得した〝アイセル〟が凄まじい勢いで、いくつも黒煙が上がる街の方角目がけて飛び駆ける。



「レイン………そうだ! あの、俺にも機体を貸してくださいっ!」



 レイン一人で行かせる訳には………だが「えっ?」と先ほど〝アイセル〟を準備していた女性、テリンはかぶりを振って、



「ご、ごめんなさい。あれが最後の機体なの」

「そんな………!」



 このままではレインが………

 何とか他のデベルを……だが、市内に〝リベルター〟の施設がことは知っているが、どこに置かれているかは機密事項で………



「くそ! どうしたら………」



 考えろ! 何か方法があるはずだ。

 その時だった。



「ほっほっほ。これは僥倖、僥倖じゃ。………君が、ソラト君かの?」



 背の低い老人が杖をつきながらこちらに近づいてきた。………何で、俺の名前を?



「そう、ですけど………」

「うむ、うむ。優しそうな顔じゃが、その目は戦士のもの。それにしても、ステラノイドというのは同じ顔が多くて変わり映えせんのぉ」

「あなたは………?」



 この老人、ソラトがステラノイドであることすら知っている。

 と、



「ダウル学長!? 危ないですよ!」



 テリンが驚いた様子でトレーラーから飛び降りる。

「構わん、構わん」とダウルなる老人は笑いながら、



「それにしても………女の子一人、引き止められないのは感心せんのぉ」

「………」

「ま、今はそっちの方が都合が良いのじゃが………来るが良い。お主に〝剣〟を授けてやろう」

「剣………?」

「え………まさか学長? 〝ラルキュタス〟を出すんですか? でも、あれシステム周りが………」


「使いこなせるかどうかは彼次第じゃ。アデリウムは素質があると言っておったが………」



 話についていけず、ダウルとテリンを交互に見るしかないソラトに、ダウルは穏やかに微笑んで、



「選ぶがよい。何にせよ、お主以外にも戦うものはおる。このままシェルターに避難するもよし。〝剣〟を手にし、戦士としての道を歩むもよし……じゃ」



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