第17話 選ばれた者


◇◇◇―――――◇◇◇


「お久しぶりです。オリアス艦長」


 ニューコペルニクス市中央区にある市長官邸。周囲をビルに囲まれる中、その周囲だけが、まるで別世界のよう。美しく整えられた森の奥に、こじんまりとした屋敷。これが、歴代のNC市市長の官邸である。


 この屋敷の現在の主、シアベル・アルニシアは、今日の訪問客……〝リベルター〟所属艦〈マーレ・アングイス〉艦長ベリック・オリアス准将を笑顔で出迎えた。ベリックもまた、少し頬を緩ませる。


「お久しゅうございます、シアベル様。市長就任、おめでとうございます」

「ありがとう。ステラノイド解放作戦、ご苦労様でした。………月参謀本部のバグレイ少将とはもう面識はございますよね?」


 エントランスで出迎え、会議室へと向かいながらシアベルは、ふとそう言ってオリアスを見やる。

 オリアスは少し苦笑しながら、


「まあ、憎からず思っておりますがね。向こうがどう思っているかはさておき」


 独自の権限でステラノイドを出撃させたシオリン中尉は、月参謀本部からの出向…つまりバグレイ少将の部下ということになる。

 つまり、月参謀本部さらには月本部はステラノイドを………


 会議室では、すでに〝リベルター〟の将官用制服を着こなす男たち数人が席に着き、雑談にふけっている所だった。

 その中の一人、本部のイアン・ルアラン少将がこちらに人の良さそう笑みを浮かべて立ち上がった。


「おお、よく来てくれたオリアス准将。座ってくれたまえ」

「失礼します」


「此度のステラノイド解放、多少のイレギュラーはあったとはいえ首尾よく行ってなによりだ。………ステラノイド兵の有用性も実証されたしな」


 やや横に広いカウル・バグレイ少将の言葉に、真っ先に反応したのは………この会議の主催者でもあるシアベル市長だ。


「そのことですが………オリアス艦長からの報告書を読ませていただきました。参謀本部出向のシオリン中尉が、艦長の反対を押し切りステラノイド達に出撃を命令したと」


「ええそうです。オリアス艦長は、多少の損害覚悟でUGFデベル隊と交戦するおつもりだったようですが………それは〈チェインブレイク作戦〉を控えた今、実に好ましくない。致命的損害を避けるという意味でも、シオリン中尉の行動は正しかったと、参謀本部として保証いたします」


「月本部も、保護した第1世代ステラノイドより志願者を募り、パイロットや後方支援担当を育成したいと考えており………」



 なりません! シアベルは鋭く言い放ち、勢いよく座っていた席から立ち上がった。



「私は………この〝リベルター〟の設立に賛同する際こう申し上げたはずです。現代の奴隷と化したステラノイド達を解放し、人間社会で自由と尊厳のある生き方をさせなければならないと。これは、地球からの経済的独立・貧困層救済と並んで、我ら〝リベルター〟の悲願であらねばなりません! 皆さんもご存じでしょう? 〝リベルター〟に保護された今、あなた方がステラノイド達に『戦え!』と命令したら、彼らは決して拒否しません。死ぬまで戦います。遺伝子操作によって自由意志をはく奪された彼らを………!」


「で、ですがシアベル様。現実問題としまして、兵力の確保は急ぎ解決せねばならない課題でありまして………」


「資金や資源の確保については今や問題はございません。ですが従軍経験のない宇宙居住者の志願者を〝リベルター〟の将兵として育成するにはかなりの時間が必要となりまして………」


「このままでは、10倍以上の戦力を有するUGF相手に寡兵で挑むことになります。恐れながら、我ら〝リベルター〟は、絶望的な数的不利の状態でUGFと戦わざるをえない現状が………」


「戦力差は」


 ぽつり、と先刻まで沈黙して将官たちの話を聞いていたオリアスが口を開いた瞬間、思わず誰もが沈黙して、彼を見やった。


「………戦力差は、解決不可能な問題であり、それは兵の練度と、デベル・艦船の性能を以てして穴埋めする、と〝リベルター〟設立時に結論付けられたはずです。確かに戦力の確保は急務です。ですが、徴兵に近い形でステラノイドを戦わせるのは………〝リベルター〟の理念に反することになりますな」


 一つ、宇宙植民都市を地球から政治的・経済的に独立させること。

 一つ、宇宙移住者たちの安全を確保し秩序を取り戻すこと。

 一つ、人類がこれまで築き上げてきた、正義と道徳を執行すること。


 このために〝リベルター〟は作られた。もはや利権追求に腐心するばかりで、宇宙における人類社会を守る意思を失ってしまった地球統合政府、UGFの代わりとして。


 ステラノイド……特に〝77人の宇宙飛行士〟の遺伝子データを元に、人類社会の経済的繁栄の犠牲者となるために製造された彼らを死地に追いやることは、なるほど、確かに彼らの遺伝子に設定された〝意思〟に沿う行為だろう。現実的問題の解決にもなり得る。

 だが………



「もし彼らを戦士として戦わせることになれば………いずれは、戦闘の大部分を彼らで代替するべき、そういった考え方も出てくるでしょう」


「バカな! そのようなことはッ!」


「あり得ない、と人類の歴史を根拠に証明できますか? 彼らステラノイドは、優秀な〝兵器〟になる可能性を秘めている。今現在、優れた技術者であり、労働者であるように。しかも安価に製造できる。戦争の常識は、一変するでしょうな。人間が安全な場所で政治ゲームを行い、ステラノイドはその駒として戦場で殺され………」


「オリアス、貴様!! 〝リベルター〟の志を侮辱する気かッ!!」

「侮辱しているのはあなた方自身でしょうに!」


 ここから先は言葉の……というより罵声の応酬だった。オリアスら反対派と、推進派のバグレイらと。

シアベルは沈鬱な面持ちで俯き、中立……というより日和見主義的なルアランは狼狽えて事の次第を見守るより他ない。



 その混沌に終止符を打ったのは、




「〝リベルター〟最高司令官として、余がステラノイドの処遇について決定する」


 会議室にいた誰もがハッと沈黙して、その人物へ視線を注ぐ。


 この中で最も……〝リベルター〟の中で最高位にあるその人物の名は、アデリウム。

〝リベルター〟創設者の一人にして、最高司令官。『王』とすら呼称される、……見た目だけならこの中でもシアベル同様の若さを見せる男だ。


 組織の方針は、居並ぶ将官たちにほとんど任せ、自分は滅多に口を出さない。

 だが、彼自身の決定は、何を差し置いても遂行される。最高裁判官のように。


「あ、アデリウム様………」


「積極的な議論、大儀である。だが余はステラノイドの処遇について、以下のように決定する。


 一つ、保護した全ステラノイドより志願者を募り、希望を斟酌し戦闘訓練もしくは後方支援担当としての訓練を施す。ただし〝リベルター〟への入隊は認めず、あくまで臨時要員としての採用に留め、事態の終結後に元の職場へと戻す。


 一つ、〝リベルター〟最新鋭デベル〝ラルキュタス〟のパイロットを、第1世代ステラノイドより指名する。無論、拒否権を与えるものとする」


 通常であれば、誰もが立ち上がって敬礼し、アデリウムの命令に従わなければならない。

 だがこの時は………




「アデリウム様! まさかあの機体が………」


「うむ。技術的調整で難儀しているようだが、故に生半可な人間のパイロットに任せることは認めぬ。………余は、彼を推薦する」


 アデリウムの後方にある大型モニターが灯され、1機の戦闘用デベル【XLAD-22〝ラルキュタス〟】の機体データが明らかとなる。〝シルベスター〟に似たスマートなフォルムだが、ツインアイ型の頭部アイ・センサー、新型の複合ライフルや複合長大型ブレード、内蔵兵装として掌部ビーム砲・ビームブレード生成システムを採用し……次々と流れていくスペック表示は〝シルベスター〟のそれを遥かに凌駕している。


 そして、その傍らに表示された、一人の少年の面立ち。黒い髪に青い瞳、ステラノイドについて知る者ならすぐに〝ホシザキ型〟と呼ばれる、最も生産されたありふれたステラノイドだと分かるだろう。

 その下に表示された個体名は………


 オリアスは息を呑んだ。


「ソラト………!」


「前回の彼の戦闘データ。それに、密かに実施した適性試験より、ステラノイドの中で彼が最も〝ラルキュタス〟のパイロットに適合していると結果が出た。ステラノイドの中で最も戦意の高い個体の一人。直ちに彼をパイロットとして訓練を施すように」



 決定は下され。誰も拒否権は有していない。本人以外は。












◇◇◇―――――◇◇◇


 また、着ている服が新しくなった。


「街に行くんだから。その空間作業服はダメよ!」


 そう言ってレインはソラトへ紙袋を差し出し、入っていたのは青いシャツに紺色のズボン、それに白いパーカー。新しい靴下、黒いブーツ。

『私服』というもので、仕事以外の時に着るものらしい。今まで、空間作業服と……〈アングイス〉で支給された上下の分かれた寝巻ぐらいしか着たことがなかった。


 着てみると、ちょうと身体のサイズに合っていて、空間作業服のように重くない。

 白い空間作業服から着替えたソラトに、レインは満足そうに頷いて、


「よし! なかなか決まってるじゃん。それじゃ、行こっか」

「うん………」


 ぐいぐい、と腕を引っ張られて連れていかれて………ふとソラトは遠巻きに見守っていたカイルの方を見る。

 カイルは、小さく頷いて「こっちは任せろ」と口を動かしていた。


〝リベルター〟の秘密宇宙港からシャトルで月面沿いを飛行し、民間機としてニューコペルニクス市の宇宙港へ。

 手続きを済ませて宇宙港のエントランスホールに入ると………数え切れない数の人間に、思わずソラトは立ち尽くしてしまった。


「だ、大丈夫?」


 何歩か先に行ってしまっていたレインが慌てて戻ってきて、また、ソラトの腕を優しく掴んだ。


「ここ、人が多いから。はぐれないでついて来てね」

「わ、分かった」



 レインに先導されて、どんどん人混みの中を掻き分けながら………ソラトは知らない世界を思わずキョロキョロと見回してしまった。


 天井には、ホログラム投影される無数の広告。

 人間たちの着ている服は様々で、行きかっている方向も別々。

 壁沿いの店では、食べ物や衣服、雑多な商品が売られており、どこも賑わっている。


 知識情報として頭に入っていても、実際に体験するのは生まれて初めてだった。


 宇宙港から出ると、高台にある正面ゲートから月面都市ニューコペルニクス市の全容が一望できた。遥か向こうに背の高い建造物群が見える。


「ここが、ニューコペルニクス………」

「すごいよねー! 私も最初びっくりしちゃった。意外と都会よね。さ、街までモノレールで行くから」


 こっちこっち! とまたしても腕を引っ張られて、ソラトはレインに続いて、モノレールステーションまで歩いた。どこが何なのか全く分からないソラトは、ただレインについていくしかない。


 ステーションに着くと、ゲートを通ってプラットホームへ。少し待つと8両編成のモノレールが到着して、半ば人混みに押されるように、ソラトとレインは車内へと入った。



「あ、飲み物と買わなくて良かった?」

「俺は、別に………」

「疲れてない? シャトルの操縦もソラトだったし」

「大丈夫」

「にしてもすごい人の数だよね~。ソラトってぎゅうぎゅう詰めなの平気?」

「特に、苦しくない」

「そっか………」

「………」



 その後、レインが聞いてソラトが答えて……を2、3回繰り返していたが、やがてどちらも沈黙してしまい、ソラトはぼんやりと流れていく街並みを窓越しに眺めていた。



「………何か、無理させちゃってるみたいでゴメンね」

「え………?」

「ほ、ほら! 何かいきなり連れ出しちゃったみたいで………ステラノイドって、私たちの言うこと、上手く断れないんだったよね……? 何か、ごめ………」

「レインだから」


 え? と俯きがちになってたレインが驚いたように顔を上げる。

 ソラトは、その目を真っすぐ見てしまって………思わず言いたいこと全部が脳内から一瞬消えてしまったが、すぐに一つ一つ紡ぎ直して、


「レインが誘ってくれたから。………行きたいって思って、仕事もあったけど、カイルたちに任せて、行きたいって………だから、嫌じゃない。無理やりじゃない」



 レインはしばらくポカン、と口を開けていたが、ハッと我に返ると。



「そっか………そっか!」


 と、綻んだ表情を見せて、……それを見た瞬間、ソラトの顔の温度はまた上がってしまい、顔つきも、何故か緊張してしまった。



「ふふ………ソラト顔真っ赤」

「ご、ゴメン………」

「え? い、いや謝らなくていいから!」












◇◇◇―――――◇◇◇


 ソラトとレインがいるモノレール車両の次の車両、その扉の前で。

 青いサングラスの男、月雲が密かに、二人をストー………尾行していた。


「………レインがソラトに好意を持っていたのは察していたが………おそらくソラトもそれは同じ。ふっふっふ………」


 ソラトは第1世代ステラノイド。遺伝子操作で感情表現を抑制され、さらに自分を表現する能力に欠いている。死ぬまで働くためだけに生まれた生命に、そのような機能も、教え込む必要もないからだ。


 だが、確か特段表現を削除されているわけではない。聞けば後天的な努力で人並みの感性を取り戻した例もあるとか。ソラトが自分の気持ちに気が付き、それを打ち明ける日が来れば………よほどのことが無い限り〝リベルター〟に入隊したいなど考えないはずだ。


「残念だったなソラト。お前を〝リベルター〟に入れる訳にはいかん。何せ思春期のお年頃で〝人を愛する〟ということを知ってしまったのだからな………絶対入れんぞ~」


「レイン頑張れ……! あんたが彼氏と付き合えば自ずと練習時間が削れる、そうすればガッツリあたしが追い付いて………アカデミートップエースの地位は再び私の手に~!」



 ふっふっふ。

 むっふっふっふ。


 扉に張り付く男と女の不気味な笑い声に………同じ車両の乗客たちは少々ドン引きした様子だったが、二人は気づいていない。


「………で、あんた誰?」

「あんたこそ」

「俺は………月雲って呼んでくれ」

「ツキグモぉ~? あたしはバニカ。バニカ・レニアスよ。レインの1コ先輩」

「なるほど………だがなバニカ。俺たちにそんな呼び名は必要ない。そうだろ?」

「ああそうだな………〝同志〟」


 ガシッ! と固い握手を交わす二人に。もう言葉は必要ない。

 そして、


「好きだって言え、好きだって言え、今すぐ好きだって言え~………!」

「付き合え付き合え付き合え付き合え………」



 二人の呪詛は扉越しで、さらに人ごみを掻き分けた先にソラトたちがいることもあり、届くわけがない。


 結局のところ月雲とバニカは、あまりの不審者っぷりに乗客から通報されてしまい、次の駅で大慌てで脱出することになるのだが………それはまた別の話である。



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