第3章 ニューコペルニクス市

第15話 

◇◇◇―――――◇◇◇


『………今、私の中にも苦しみ、悲しみ、そして……〝疑問〟が渦巻いています。何故、世界はここまで残酷でなければならないのでしょうか? 宇宙を住処と定め、地球ではあり得ない莫大な資源を手にする機会を得たにも関わらず。


〝77人の宇宙飛行士〟の功績、そして犠牲により人類が宇宙開発に成功して、間もなく199年の時を迎えようとしています。月、火星、木星圏、さらには土星コロニーの開発も進み、100年以内に人類は太陽系全体に居住すると言われています。

 にも関わらず、私たちは………地球で経験してきたはずの問題を、何一つとして解決できていません。貧困と暴力。さらには……旧世紀には非道徳的なものとして忌み嫌われてきたはずの、奴隷制度ですら復活し、貧しい者の中で最も貧しい人たち、親を失った子供たち、……そして、ただ死ぬまで働くためだけに生み出された第1世代〝ステラノイド〟達を、今も苦しめ続けています。これは、人類の常識、理念、理想、思考の………退化に他なりません。


 何故でしょうか? 皆さん。皆さんの中に渦巻くその〝疑問〟を放置してはなりません。自治を認められたこのニューコペルニクス市でも貧困と暴力が蔓延。その一方で富を蓄え続ける者たちがおり、貧富の格差は年を追うごとに拡大しています。貧困は暴力と、そして親を失った子供たちを生み、彼らは………一部の民間企業に〝買い上げ〟られ、過酷な労働に従事し、そして苦しみながら死んでいっているのです。彼らの子もまた、同じ運命の輪から逃れることができません。


〝ステラノイド〟について、まだご存じない方も多いでしょう。〝77人の宇宙飛行士〟の遺伝子データを元に生み出され、過酷な環境での労働を強いられている造られた人間たち。彼らは自分の境遇について、疑問を持つことすら許されていません。彼らの存在意義は、人間のために働き、人間のためだけに死ぬ。そのためだけに遺伝子を操作され、人間の非道な行いにも抵抗できず………短い一生を終えるのです。



 何故でしょうか? 何故ここまで世界は残酷でなければならないのでしょうか? 人間とは、愛することによって愛される生き物です。そして飽くなき探究心を胸に、無限の可能性へと挑める存在。


 私は、声を大にして皆さんに申し上げます。私と、皆さんの思いは同じ………この世界は歪み、間違った道へと進んでいます! 私は、ニューコペルニクス市長という大役を任せていただく以前より、志同じくする者たちと共に地球統合政府に対し、貿易不均衡の是正と格差問題の解決を要求してきました。……残念ですが、私たちの疑問への回答はなく、むしろ地球統合政府は私たちに対し、さらなる鉱物資源の供給、地球系企業への優遇措置を要求してきています。私が市長に就任して以降、地球からの圧力はさらに増大する結果となりました。



 私たちには、地球統合政府と物理的に対等に渡り合える力はありません。地球統合政府とUGFの目、そして拳は常に私たちへ届く場所にあります。ですが力で抑えつけることによって、私たち宇宙居住者の苦しみ、悲しみが完全にねじ伏せられ、疑問が……かき消されることは断じてありません!


 私たちは、私たちが宇宙居住者であり続ける限り………私たちは〝人間〟であると主張しなければなりません! 力と知恵を合わせ、問題を一つ一つ解決へと導くことができる。それこそが人間のあるべき姿。それを力で抑え、この歪な世界を保とうとする動きは、断じて許してはなりませんッ!! 


 私は希望を捨てません。どうか皆さんも、希望と未来を失うことなく、私たちの歩む先に光があるように………一歩、足を踏み出してください。私は皆さんの前に立ち、皆さんが光ある未来へと向かえるよう、………この命を捧げてみせます』





―――進出歴198年6月11日―――

シアベル・アルニシア、ニューコペルニクス市市長就任演説より抜粋



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