第13話 ステラノイドの戦い

◇◇◇―――――◇◇◇


『〝ジェイダム・カルデ〟隊出撃せよ。本艦〈マーレ・アングイス〉を防衛し、本艦への攻撃を防ぐことを最優先に』


「了解!」


 ソラトは応答しながら素早く機体のシステムを立ち上げ、ヘッドセット型B-MIユニットを頭に取りつけた。


「全システムオンライン。駆動・火器・情報制御・安全機構オートチェック、問題なし」


 コックピット・メインモニターの端に次々表示され、怒涛の如く流れていく情報の数々をソラトは瞬間的に読み取り、目まぐるしく手前のコンソールのパネル表示を叩いていく。

〝マイン・カルデ〟にはなかった新しいシステム、火器制御や新型の情報制御システム、推進システムも一新されて、改修キットが機体各所に取り付けられた見た目共々、全く別の機体にすら感じられた。


『ソラト。聞こえているか?』


 カイルだ。別の〝ジェイダム・カルデ〟のコックピットに搭乗している。


「通信感度、問題なし」

『ソラト。お前が〝カルデ〟隊の指揮を執れ』


 俺? 思わず漏れ出てしまった問いかけに、モニター上のカイルは強く頷く。


『デベルの事なら、俺たちの中でお前より優れたステラノイドはいない』

「でもカイルの方が………」

『構わない。俺は2番機としてサポートに入る』


 確かにカイルの言う通り、ソラトの方がデベルでの操縦時間が長い。カイルはどちらかというと、地上で全員をまとめる役だった。

 分かった、とソラトはいつになく力強く、そして両側のコントロールスティックを握りしめた。


「………3番機から5番機、状況は?」

『3番機セラム。オールグリーン』

『4番機イルダ。問題なし』

『5番機アキユキ。発進準備OKです!』


 3番機、クレイオ型のセラム。モニター左端に映る、柔らかさを感じさせる髪や中性的な面立ちが特徴的な若いステラノイドだ。製造されてからまだ5、6年。


 4番機。ヨドヴァノフ型イルダ。ステラノイドの中で最も身体機能に優れたヨドヴァノフ型で、ステラノイドの中ではかなり大柄な方だ。製造されて8年。


 5番機。ホシザキ型アキユキは、ソラトやカイルとほどんど同じ見た目だが、2年前の鉱山事故のせいで残ってしまった額右側の傷が、よく見れば前髪の間から覗いている。製造されて9年。


「皆、〈アングイス〉との距離を常に注意しろ。ブースターが増えた分、すぐ推進剤切れになる。………絶対にこの艦を守り抜く」


 それが、人間たちの望みなら。

 ステラノイドは、そのためだけに生まれてきた。

 どれだけ………胸が締め付けられても、それ以外の生き方は知らない。


「1番機から出ます!」

『2番機も!』

『ブリッジ了解! この艦から離れすぎないで。突出しすぎたら最悪、拾えなくなります』


「分かりました!」


 その間にソラトとカイルの〝カルデ〟がそれぞれカタパルトデッキに入る。射出待機姿勢を取り、その時を待った。

 サブモニターの片隅で……確かシェナリンという人間の女性オペレーターが、


『分かってると思うけど、〝ジェイダム・カルデ〟は中長距離支援装備です。あくまで〝ラメギノ〟隊の支援に徹し、前に出すぎないで』


その言葉に、ソラトは外部映像越し、〝ラメギノ〟の装備を流用した自機のロングレンジ複合ライフルに目を落とした。


「………はい」

『月雲大尉からあなた達のこと、なるべく出さないよう頼まれてたんだけど、ごめんなさい。………カタパルトOK! そちらのタイミングに合わせます』

「発進準備OK! 〝ジェイダム・カルデ〟、ソラト機出ますッ!!」




 次の瞬間、カタパルトデッキ全体に展開したプラズマエネルギーが〝ジェイダム・カルデ〟を包み込み、その巨体を一瞬にして宇宙空間へと撃ち出した。













◇◇◇―――――◇◇◇


「〝カルデ〟隊、全機出撃完了しました!」

「よし、接近中の〝アーマライト〟隊に対し牽制射撃させろ。本艦に近づけさせるな」


「艦長、ここはステラノイド兵を前面に、第2小隊の態勢立て直しを図るべきでは?」


 またしても〝意見具申〟してきたシオリン中尉に、もはやオリアスは鋭い目つきで睨みつけるより他の返事をしなかった。この男のせいで、指揮系統は滅茶苦茶。格納庫などの現場では艦長、シオリンどちらに指示を仰ぐのか、戦闘中にも関わらず混乱が続いている。

 それを代弁するかのように、副長のイルディスが咆える。


「シオリン! 本部からの権限だか知らんが、これ以上は許さんぞ!」

「……副長。私に与えられた独立指揮系統の構築権限はより効果的・効率的に本部の意思を遂行するためのものです。この状況下では………」

「つまり、私は本部から信用されていないということだな」


 辛辣なオリアスの言葉に、思わずブリッジ全体の気温すら下がったような感覚を、誰しもが感じていた。

 シオリン中尉は「それは誤解です。私は………」と懲りることなく再度言葉を紡ごうとしたが、



『こちら月雲! おい! 誰がステラノイドを出撃させやがった!?』



 いつになく激高した様子の月雲がモニター上に映し出される。

 立ち上がっていたシオリンは冷めた目でモニターを見上げて、


「私が命令しました」

『シオリン! てめ………』

「〈マーレ・アングイス〉は今後の作戦の要。なるべく無傷で本部へ帰還させる必要があります。ステラノイド解放の任務は達成されました。多少の〝志願兵〟の犠牲が出たとしても………」


 月雲は「貴様!」と噛みつこうとしたが、


「戦闘中だぞお前たちッ! シオリン中尉。悪いがこれ以上ブリッジの邪魔をするのであれば、出ていきたまえ。月雲大尉、現在第2小隊が苦戦中だ。すぐに向かえるか?」


『………最後のルーク級はもう撃沈寸前です。ここはジェナに任せ、俺とトモアキが向かいます』

「頼むぞ」


 月雲はモニターの中で力強く頷き………最後に席に戻ったシオリン中尉に冷たい一瞥を投げかけると、次の瞬間通信は終了した。


〈マーレ・アングイス〉後方での戦闘を映し出すモニターでは、〝アーマライト〟をまた1機撃破する〝ラメギノ〟。密集してビームを撃ちまくる〝カルデ〟隊の姿が映し出されている。


「〝アーマライト〟1機撃墜! 残り9!」

「〝カルデ〟が4番、7番ターゲットのAPFFを破壊! 優先的に攻撃を!」

「オプリス大尉が敵を撃墜! 敵機残り8!」


 ステラノイド達はよく戦ってくれている。初陣とは思えん。


〝ジェイダム・カルデ〟からの支援射撃により、次々APFFを消失させていく〝アーマライト〟に、オプリス以下第2小隊の〝ラメギノ〟が実弾を撃ち込む。さらに1機の敵機がマップ上から消滅………


〝カルデ〟と〝アーマライト〟の性能差は歴然としている。が、5機の連携と精密な射撃能力によって、その差を全く感じさせない。むしろ〝カルデ〟の方が高性能機なのでは? と思わせるほどの………


 その時だった。


「艦長っ! 〝アーマライト〟が2機、〝カルデ〟隊に接近中です!!」

『く………厄介な敵機に足止めされた!』


 マップ上。オプリスの〝ラメギノ〟は1機の、やけに動きのいい〝アーマライト〟と交戦中。第2小隊残りの2機は、4機の敵機に囲まれ、身動きが取れない状態。


 これは………


「〝カルデ〟隊をポイント541に下げろ! 近接防御システムをオンラインに………!」

「だ、ダメです! 敵が速すぎて退避が………!」

「本艦からの射撃で〝カルデ〟をカバーするんだッ!!」


 混沌とした様相を呈するブリッジ。

 ステラノイド達の状況を逐一監視していたシェナリンもまた、艦長の指示通り〝カルデ〟隊に退避を促していたのだが………


 1番機、ソラトというステラノイドが乗る機体の表示にある一文が加えられる。


「………い、1番機! ソラト君? どうしてライフルを放棄したの!? 応答を………」











◇◇◇―――――◇◇◇


「近接戦をやるッ! 援護しろ!」

『了解!』


 ソラトは素早く兵装表示パネルを操作して邪魔なロングレンジライフルを放棄。〝カルデ〟の背にマウントされていた近接戦装備、ブーストピケックスを取り上げた。それは〝マイン・カルデ〟時代からの使い慣れた装備。


「………行くぞ!」


 スラスター全開。弾丸のような勢いで、迫る〝アーマライト〟にこちらから急接近。


 2機の敵機は、一瞬怯んだ様子だったがすぐに複合ライフルからビームを続けざまに発射。ソラトは細かい機動でそれを次々回避するが………接近する分向こうの命中率は上がっていく。


 ついに3発のビームが〝カルデ〟の上部に命中。モニターの片隅に現れる【APFF:OFFLINE】の表示。衝撃でコックピットも左右に揺さぶられる。


 だがソラトは減速せず、直前の実弾での一撃を紙一重の所でかわしきり、1機の〝アーマライト〟に肉薄する。

 そこで、思い切りよく敵機もライフルを投げ捨て、バトルブレード抜き放ってきた。

〝カルデ〟のコックピットいっぱいに大写しになる敵のバトルブレード。


「させるかっ!」


 敵の凶刃が〝カルデ〟の表面に触れる寸前。スラスターを変更させて敵機の上方へと飛び上がる。虚空を撫でる敵のバトルブレード。

〝アーマライト〟の背後に回り込んだソラトの〝カルデ〟は、次の瞬間、あらん限りのパワーでブーストピケックスを一閃した。



「い………けえええェッ!!」



 ピケックス。本来なら岩石を抉り取るためのデベル大のツルハシ。その両刃が、今ビームの閃光を放つ。

それは、〝ジェイダム・カルデ〟への改修過程で付け加えられた、ブーストピケックスへのビームブレード追加機能。


〝アーマライト〟のAPFFがビームを帯びたピケックスを一瞬受け止める。だが、すぐにその大出力に耐えられなくなり、敵機を守っていたエネルギーの膜は一瞬にして抉り飛ばされる。


 さらにピケックスを構え直し、続けざまにその先端を〝アーマライト〟のコックピットへとぶち込む。

 アルキナイトの鉱床を抉るのも、アルキナイト合金製の装甲を抉り飛ばすのもそう変わらない。胸部コックピットごと上半身を穿たれ、引き裂かれた〝アーマライト〟は、数秒後、一点の炎の花を咲かせた。



………これで1機!



 まだ、こちらの近接戦に攻めあぐねていたのだろうもう1機の〝アーマライト〟が間髪入れずに飛び込んでくる。

 振り下ろされるバトルブレード。ソラトはすさかず後退しながらピケックスで弾いて逸らした。返す一撃で敵機のAPFFを切り裂く。

 APFFを消失し、なおも迫る敵機からのバトルブレードの一撃を、避けきれずにピケックスの柄で受け止めた。


「く………!」


 パワーで………押し負けるっ!

 次々表示される駆動系の異常警報。このままだと………


「か、カイル………!」


『ソラトッ! 今行く………』

「俺ごと撃てッ!!」


『な、何言ってるんだそんな………!』


「いいから早くッ!」


 もう………持たない。

 だが母艦との距離が近すぎる。


ここで、この機体を行かせるわけにはいかない。敵機が止まっている今なら、確実に撃破できる。

そのためなら………


「う………ぐ………!」


〝カルデ〟の腕部が軋む音が、直接コックピットにも響いてくる。

 続けて、どこかがひしゃげる音。


 メインモニター全体に映る、敵機〝アーマライト〟のアイ・センサーの眼光。

 これ以上は………!


 だがその時、今にも〝カルデ〟を切り裂こうとしていた〝アーマライト〟の腕が、半ばから断ち切られた。


「……!」


 すかさずソラトは後退。

 そこに割り込んできたのは………1機の〝シルベスター〟だった。


 颯爽と現れた〝シルベスター〟は引き下がろうとする敵機を逃がさず、その手に構えていたハンドアックスで両断。中枢を裂かれた〝アーマライト〟は頭部アイ・センサーの輝きを失い、人の形をした鉄くず同然の状態で宇宙空間に打ち捨てられた。


『………無事か?』


 先の戦闘の衝撃でひび割れ、ノイズが走るメインモニターの一角、通信画面に表示された月雲大尉の表情は………まるで別人のように堅かった。


「………はい」

『お前らはもう下がれ。後は俺たちでやる』


 有無を言わさぬ声音でまるで吐き捨てるような言葉の直後、月雲大尉の〝シルベスター〟は遥か、まだ交戦中の宙域へと飛び去って行った。


「………」


 何だろ。


 助かったはずなのに、まるで仲間を失った時と似たような、胸の疼きを覚える。

 ソラトはそっと、自分の胸に手を当てた。


 やっぱり、あの艦に乗ってから………何もかも変わった。


「………〝カルデ〟隊、一時帰艦する」


 了解! と各機からの応答。

〈アングイス〉に近い機から踵を返し、ソラトの〝ジェイダム・カルデ〟も、一瞬、まだ続く戦場にアイ・センサーを向けたが、ピケックスを格納し僚機の後を追った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る