序章

序章 ステラノイド

 進出歴198年。

 地球と月の中間に静止する資源小惑星GG-003。元は二つに割れていた小惑星を、超合金製の物資移動用チューブによって何重にも繋ぎ合わせたその姿は、まるで張り巡らされた菌糸のように有機的だ。片方は民間宇宙港、もう片方は豊富なアルキナイト鉱石を採掘する鉱山として開発が進められている。



 その一角……鉱山開発区画で凄まじい土煙が、宇宙空間へと漂い放り出された。



『………こ、こちら6211番! 第6坑道、入り口が塞がれちまった!』

『く………だから補強した方が良かったんだ! あいつら俺たちの事なんて………』

「落ち着けカイル! ジルバ、中の状況は?」

『入り口にいた奴らが見当たらないっ! 他の所でも落盤があって………!』

『ケガした奴はいるか!? とにかく中のシェルターに………』



 慌ただしい通信内容を頭の中で整理しながら、ステラノイド製造ID:IUU-6654番……ソラトはリニアトレーラーに横たえられていた機械の巨人……DW-05〝マイン・カルデ〟のコックピットに飛び込んだ。人型作業開発機械〝デベル〟の中でもかなりの旧式機だが、簡易な操縦性と整備性の高さから民間企業を中心に未だに第一線で活躍する機体が多いとされる。


 ソラトは「ホシザキ型」と呼ばれる、地球・日本人の遺伝子を持つ、黒髪にまだ幼さを残す面立ちのステラノイドだ。〝第一世代〟の中では最も大量生産されているタイプで、次の瞬間、サブモニターに映し出された同僚の面立ちも、同じホシザキ型だった。




『ソラト! 爆薬を持ってくか?』

「バカ言うな! 余計に崩れるぞ! 採掘用ブーストスコップの一番いいやつを出してくれ」

『で、でも時間をかけたら監視員の奴らが………』

「何とか引き留めてくれ。………〝マイン・カルデ〟、ソラト機出るぞ!」



 全システムを手際よく………人間には不可能な目まぐるしい速度で端末を操作しメインシステムを立ち上げ、脳に直接情報を伝達するヘッドセット型B-MIユニットを頭に取りつけた。

 起動したメインスクリーンに次々と情報が表示されては、瞬間的に流れていく。


【メインシステム・オンライン】


【ニューソロン炉点火 粒子生成率64%】

【ニューソロン粒子核融合炉 臨界】


【B-MIシステムオンライン】

【ニューロン・シナプス適合率99%】

【疑似感覚野構成完了】



 周囲に存在する微細な星間物質を吸収し、〝ニューソロン粒子〟というエネルギー粒子に変換・核融合させることによって莫大なエネルギーを発生させる〝ニューソロン炉〟。


 脳の神経ネットワークとデベルのメインコンピュータとをヘッドセット型ユニットを介して接続。疑似感覚野を脳内に生成することにより、自分の身体を動かすのとほぼ同様の感覚で機体を操作することができる技術……〝B-MI〟システム。



デベルを構成するこの二つのメインシステムが完全に立ち上がった瞬間、〝カルデ〟の三角型モノアイ・センサーに光が灯され、粗アルキナイト製の巨人が起き上がった。


 近くで作業していた仲間のステラノイド達はすぐに安全な場所まで退避。動いた〝カルデ〟の片足が地面へとめり込み、慎重に操作しながら、ソラトはリニアトレーラーから機体の軸をずらして立ち上がせた。


 全高17.12メートルの、でっぷりとした外見の人型。その見た目からマイン(機雷)・カルデと名付けられたらしいが、詳しいことは興味が無いし、ステラノイドのような社会の最下層で生きる者には知る方法もない。



『スコップは14番を使ってくれ! それが一番状態がいい』

「分かった。………ジックとアラベルも呼び戻してくれ。1機だけじゃ時間がかかりすぎる」

『了解。監視員どもは、こっちで時間稼ぎしてみるけど………』



 あいつらのことだ。さっさと行動を復旧させるため、中に閉じ込められたステラノイド達を犠牲にしてでも入り口を爆破して開けろと言うに違いない。

 中にはまだ30人違い仲間がいるのに………


 ここから落盤した第6坑道まで、およそこの資源小惑星を半周しないといけない。

ソラトは機体のマニピュレーターでデペル作業用スコップを一つ取り上げ、スラスター全開で急行するが、それでも10分近くはかかる。



『………おいっ! 〝カルデ〟はまだかよ!』

「今行ってる! そっちに機体はないのか!?」

『中で作業してて一緒に閉じ込められちまったんだよ!』

「パイロットはジルバか? ………ジルバ、中からも掘り返せないか?」

『こ、こちら62……ジルバだ! 落盤で〝カルデ〟の足がやられちまって………』

「他に脱出できる所は?」

『無い……! まだできたばかりの坑道でどことも繋がってないんだ』



 最悪だ。埋まった入り口だけが唯一の脱出路なら、すぐにでも掘り返さなければ……


 ようやくコックピットのメインモニター越し、第6坑道の入り口が見えてきた時、外で作業していたステラノイド達が、それぞれスコップや、道具を持ってない者は空間作業服越しの素手で、何とか入り口を開通させようと試みていた。



「待たせた! 皆下がってくれ!」

『遅いぞ!』

『やばい! 監視所が動き出した! 戦闘用デベルが2機そっちに行ったぞ!』

「ジックとアラベルで時間稼ぎさせろ。………待ってろよ」



 ソラトは思いっきり〝マイン・カルデ〟が持つブーストスコップを大きく振り上げさせ、硬い小惑星の地面に突き刺した。ブーストスコップに内臓されたマイクロブースターと〝マイン・カルデ〟が持つ第2世代炉の出力全開で、強引に地面をほじくり返し、人力とは比べ物にならない量の土塊を宇宙空間へと放り出す。


 機体内蔵のセンサーをチラッと見るが………落盤はそれほど深くない。ある程度時間があれば人が脱出できるだけの空間を作ることぐらいは。

 だが………



『おいお前らッ! なーにやってんだぁ!?』

『誰も爆薬持ってねえのかよ! 今すぐ吹っ飛ばせ! ノルマが達成できないだろうが!』



 くそ………

 必死に坑道の入り口を掘り出そうとするソラトの〝マイン・カルデ〟の背後。〝カルデ〟に比べればほっそりとしたボディの機体、〝ミンチェ・ラーシャン〟が降り立つ。丸々とした〝カルデ〟に比べ、角ばった機械的なフォルムが特徴的な戦闘用デベルで、その手には威圧感のあるビーム・実弾複合ライフルが握られていた。

〝ミンチェ・ラーシャン〟の、ゴーグルによってシールドされた頭部アイ・センサーの奥にある双眸がソラトの〝カルデ〟を睨みつける。



 ソラトは手を休めることなく、



「こちら、6654番。第6坑道入り口他が落盤し、中に作業員30人以上が閉じ込められています! 下手に爆破すれば坑道全体が………」

『なーにが〝作業員〟だ。どうせ使い捨てのステラノイド共だろうがッ!』



 ソラトは内心歯噛みした。

 上の連中……こいつらみたいな監視員や鉱山監督のような〝人間〟にとって、ソラトのようなステラノイドは同じ人間じゃない。安い値段で売り買いされる、人の形をした消耗品だ。


『誰も持ってねえってなら俺がやるぜ。グレネードを何発か埋めりゃ……』

「! ………待ってください! それじゃ………」

『るせえ!!』



〝ミンチェ・ラーシャン〟の拳が〝カルデ〟の胸部にめり込んだ。



「うぐ………っ!」


 横殴りの衝撃。ひび割れるモニター。けたましい警告音が鳴り響いたかと思うと……今度は背を打つ衝撃。〝ミンチェ・ラーシャン〟の大出力で思い切り殴られ、だがまだ小惑星の引力に引かれて地表へと叩きつけられたのだ。



「ぐ………ま、待て………!」



 さらにゴン! という重厚な音。まだ生き残っていたモニターが真っ暗になる。

〝カルデ〟の頭部を〝ミンチェ・ラーシャン〟の足が踏みつけていたのだ。


 だがサブモニターが移動するもう1機の〝ミンチェ・ラーシャン〟の姿を捉える。その手には軍用のショックグレネードが………

 今そんなものを使われたら、入り口は開くかもしれないが中が………



 だが、ソラトにはもうなす術はない。

 旧式機では元は軍用だった〝ミンチェ・ラーシャン〟に勝てるわけがなく、今ここで抵抗すれば……下手をしたら他の仲間にまで責任が………



「待って………!」



 その懇願を聞く者はいない。


 ステラノイド………人類に代わり過酷な環境で作業することを目的として、かつて人類の宇宙進出に多大な功績を遺したと言われる〝77人の宇宙飛行士〟のDNAデータを元に作り出された、新たなる短命の奴隷たち。


 人類社会から意図的に隔絶された彼らには当然人権など与えられず、民間企業によって〝製造〟、ユーザーに〝納入〟された後は、主人のために死ぬまで働く。どれだけ惨たらしい目に遭わされたとしても、彼らに反抗は許されない。



 人類が新たなる暦、〝進出歴〟を定めて190年余。

 宇宙開発は、彼らステラノイドの犠牲によって成り立っている。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る