「架空日記」のその後 【3】

message 【3】

天久保啓太郎様へ  -妹・ハルキからの手紙-

お兄さまへ


先日はお手紙をありがとうございました。

お手紙に書かれていたとおり、ハナバタケミツルさんという転移者が私の元に手紙を届けてくださいました。

私はそちらの世界の文字が読めませんので、ミツルさんに代読していただき、そしてまたこの手紙の代筆をお願いしております。


私はあの手紙からお兄さまの真心をしっかりと受け取りました。

ですから、私も真心を込めて、今の自分の嘘偽りない気持ちをお伝えしたいと思います。


お手紙をいただいた時の私の正直な気持ち。

それは、嬉しさと懐かしさ以上に戸惑いでした。


私は5歳でこちらに転移しました。

転移してすぐに私を保護してくれた育ての両親や姉妹と共に、二十年近くをこちらの世界で暮らしてきました。

自分が生まれた世界はここではないこと、元いた世界には両親と兄がいたこと、兄とよく近所の公園で遊んでいたことなどは記憶の断片に残っていますが、思い出と呼ぶにはあまりにも頼りないもので、物心ついたときにはすでにこちらの世界の人間として何の違和感もなく生きていました。


ですので、夫の居城にミツルさんが突然訪ねてきて、お兄さまからの手紙を渡したいと言われたときにはにわかには信じられませんでした。


けれども、ミツルさんが読み上げる手紙に心を打たれ、元の家族の元気な様子に安堵し、また同封していただいた家族の写真の面影が自分の朧げな記憶に輪郭をつけたことで、自分が別世界からの転移者であるという事実を改めて突きつけられたように思いました。


手紙の中で、お兄さまは私に “健康で幸せな人生を送っているか” と尋ねていましたね。

答えは「エイル!」(花畑注:異世界において強い肯定を表す言葉)です。


私が魔王ルドルフ・エルケーニヒと結婚したことは、ミツルさんからお兄さまに伝わっているそうですね。

あなたは、きっとそのことを心配されているのだと思いました。


残念ながら、我が夫の一族は人間に災いをもたらす存在であると長い間誤解を受けてきました。

確かに、夫は魔物達の頂点に立つ存在でありますが、それは魔物の間だけに成り立つ関係であり、夫は元々人間に危害を加えたり、ましてや支配するつもりはありません。

しかし、低級な魔物が人間を見境なく襲うことで、その頂点にいる夫まで人間の敵であるとみなされてしまっているのです。

二年前に私たちが出会ったのも、私が山菜採りの途中にドゥンケルハイトヴァルト闇の森に迷い込み、魔物に襲われそうになっていたところを彼が助けてくれたことがきっかけでした。


魔物は高次の生き物であればあるほど、外見も知性も神に近くなります。

人間もまた神に似せて作られていることを考えれば、魔力があることを除き高次の魔物はほとんど人間と変わりないのです。

夫と出会ったとき、私は彼を魔術師だと思い込み、魔物と知らないまま恋に落ちました。

彼が魔王であると知った時には、最早それを理由に別れることなんてできないくらい彼を深く愛していました。

彼と共に生きる決断をしたのは私自身ですし、彼もそんな私を一生かけて愛すると誓ってくれました。

私は今、愛するひとと共に生きる喜びを全身で味わっているのです。


そして結婚から一年経った今、私がひしひしと感じていることがあります。

それは、私が幼くしてこちらの世界に呼び寄せられ彼と出会ったのはまさに運命であったと、天から与えられた二つの使命を果たすためだったのだということです。


私に与えられた使命の一つは、魔物たちと人間との間に不可侵の協定を結ぶことです。


かつて、夫を害悪の頂点に君臨する者とみなし、闇の森を蹂躙し王城に乗り込むは後を絶ちませんでした。

彼が人間に危害を加えるつもりがなくても、聞く耳を持たずに攻撃をするのはいつも人間の方でした。


当初、夫は自分さえ手を出さなければいつかは人間たちもわかってくれると思っていたようです。

しかし、勇者たちは彼の部下を何人も殺し、彼を討ち取り富や名声を得ることだけに執着し、彼に人間と争うつもりがないことは誰一人として理解してくれなかったそうです。


結局、夫は愚かな人間に歩み寄ることを諦めてしまいました。

しかし、愛する夫と人間がむやみに戦うことは私には耐えられませんでした。


できることならば、魔物と人間が共生する世界であってほしい。

けれども、現実には魔物と人間の間にできた溝は簡単に埋まるものではありません。

ですからせめて、魔物はこの闇の森の中でのみ生きること、人間は闇の森に立ち入らないことを約束し合い、これ以上命を奪い合うことのないようにしたいと思いました。


私は夫と人間の王との間に立って交渉を行い、先日ようやく不可侵協定を結ぶに至りました。

夫は闇の森に結界を張り、魔物たちが森の外に出られないようにしましたし、低級魔物に人間を襲わせないよう、上級魔物達に管理と躾を徹底するよう命じました。

一方、人間側では王の命令により、闇の森への立ち入り禁止及び魔王討伐のクエストの廃止が決定しました。


争いをなくした先に、少しずつ信頼関係を築いていけたら……。

いつか魔物と人間が共生できる世界に辿り着けたら……。


今は、そのためのいしずえを夫とともに築いていくのが自分の使命であると感じています。


そして、もう一つの私の使命。

それは、私たちのこの思いを後の世代につなげることです。

実は今、私のお腹には新しい二つの生命が宿っています。

再来月には男の子と女の子、双子の兄妹が生まれてくる予定です。

魔物と人間、両方の血を受け継ぐこの子たちは、きっと双方の種族をつなぐ架け橋となってくれると信じています。


愛する人達がこの世界にいる以上、そしてこの二つの使命を背負っている以上、私はこの世界から離れるつもりはありません。

ですから、私が戻ってくることを待ち望んでいるというお兄さまの言葉に戸惑いを隠せなかったのです。


ですが、それは決してお父さま、お母さま、お兄さまのことを赤の他人同然に思っているということではありません。

時おり朧げに思い出す家族の記憶の断片はいつもふんわりと温かく、心地の良いものでした。

それはつまり、私が元の家族を愛し愛されて幸せな生活を送っていたということを確信させてくれるものだったのです。


こうしてお兄さまとミツルさんを介して手紙をやりとりできるようになったことは素直に嬉しいのです。

これからも時おり手紙のやりとりを通して交流を続けていけたらと思っています。


会えなくても、心を通わせることはできるはず。

お兄さま達が私の幸せを願ってくれているように、私もこの世界からあなた方の幸せを願っています。


       ハルキ・エルケーニヒ



追伸

同封してくれた家族の写真を見て、お父さまがよくカメラを構えて私たちの写真を撮っていたこと、そちらの世界には写真という技術があったことを思い出しました。

あいにくこちらの世界には写真の技術がありませんので、私の肖像スケッチを同封いたしますね。


それから、お兄さまの書いた字を見て、転移前の自分がひらがなを読み書きする練習をしていたことも思い出しました。

ミツルさんにご指導をお願いして、もう一度ひらがなの練習を始めてみようと思います。

そしてひらがなが書けるようになったら――。

その時は、お父さま、お母さま、お兄さまにあてて、自分で手紙を書いてみようと思っています。

出産の報告と、私の直筆の手紙が届くことを、どうか楽しみに待っていてください。

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